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ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ  作者: 鏑木ハルカ
本編 ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ
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第百七十一話 死者なき虐殺

 襲い来る、騎兵八十騎。

 地方都市の騎士団としては小規模かもしれないが、これはロゥブディアの私兵化した騎士が大半だからだ。

 モリアスではロゥブディアに忠誠を誓わない限りは騎士になれない。そうでない兵士は一般の歩兵がせいぜいなのだ。

 故に騎士団は自然と弱体化し、今では八十騎程度の集団で落ち着いている。


 それが一斉にボク達五人に襲い掛かってきたのだ。

 その時、ボクは――自らの失敗を悟った。


「しまった! 五人分もヒポグリマスクを用意してない!?」

「この状況で言う事はそれか、テメェ!」


 今更顔を隠す必要性も無いのだけど、五人と言うと戦隊モノっぽくてつい用意したい気分になってしまっただけである。

 ツッコミを入れてくるハウエルは、現在スライム塗れの武装粘菌モード。実に嬉しくない誰得な光景だ。


「まぁ、場を和ませるジョークですが」

「今和ませてどうすんだよ! あいつら目を血走らせてるぞ!?」

「まぁ普通は勝てると思うでしょうね。で、勝った後の事を考えれば、血走らせるのも無理はないかと」


 今も昔も、敗残兵の末路は惨い物である。

 特にボクやアリューシャのような美少女にとっては、つらい選択肢しか残されないだろう。

 すなわち、慰み者になるか、自殺するかだ。


「それを妄想して騎兵突撃しかけてくるところが、バカとしか言いようが無いですけどね」


 ボク達個人は正直言って、誰一人普通の戦闘力をしていない。

 この中で最も弱いであろうハウエルですら、今は超人と化している。そんな集団に最も有効な戦法は、遠距離からの射撃だ。

 騎士のプライドか何か知らないが、剣での近接戦を選んだ段階で、彼らの敗北は揺るぎない。


「それじゃ、そろそろ行きますかね」


 彼等とてキルミーラ王国の兵である。この後、まっとうな処分を受けて、裁かれねばならない身の上だ。

 それを非正規戦とはいえ、勝手にボク達が処断するのは、あまりいい顔をされないだろう。

 ユミル村は、タルハンと――引いてはキルミーラ王国とは、今後もいい関係を続けたいのである。

 だからこそ、できる限りの不殺を皆に進言しておいたのだ。


 まず真っ先にボクが先陣を切って敵集団に一気に駆け込んだ。

 ボクの脚力は時速にして三百キロを超える。サラブレッドの五倍と言う速度は、彼らの度肝を簡単に抜いて見せた。

 まだ距離があると思い剣を振り上げたままだった騎士の顔面に、剣の腹を遠慮なく叩き込む。

 その騎士は馬の上から水平に吹っ飛んで、後方の騎士を巻き込んで集団の後ろに消えていった。


 続けて、わずかに遅れてガイエルさんも突入してくる。

 こちらは剣すら抜かず、無言の気合と共に飛び蹴りを騎士に向けて放っていた。

 胸部の板金鎧がヤバイ感じにひしゃげ、血反吐を吐いて落馬していく。


 さらにキーヤン。

 こちらは剣を使って騎士達の腕の腱を切って回っていた。

 スライムなゴーレムもどきと化したハウエルも負けてはいない。なんと騎兵の突撃を正面から受け止め、馬ごと力尽くでねじ伏せていた。

 スラちゃんのパワーアシスト、半端ねーッス。


 更にリンちゃんが引っ掻き、セイコとウララが蹴る。


 そして最後にアリューシャ。こちらはボク達がウッカリやりすぎて瀕死になった騎士達を回復させている。

 戦場の中でも癒しを与えるアリューシャさん、マジ天使。


「ユミルお姉ちゃん、殺しちゃダメって言ってるけど、一番ヒドイ怪我をさせてるよ!」

「てへ、ごめん」


 これはボクの筋力が高すぎて、適度な手加減ができていないせいだ。

 最近対人戦なんてご無沙汰だったので、慣れるまで少し時間が掛かるだろう。


 その間もガイエルさんは喜々として敵を薙ぎ払っている。剣すら使っていないのは、無手の格闘術を試しているのだろう。

 ハウエルはスラちゃんのパワーを活かして、ボク同様に敵を吹き飛ばしている。

 運の悪い騎士は、ハウエルに殴り飛ばされ、ひしゃげた顔面をアリューシャによって癒され、無事と判断されては再びボクに殴り飛ばされていた。


 まさに地獄である。

 アリューシャ、天使って言ったけど、やっぱり撤回させてもらいます。

 個別に回復するのが面倒になったアリューシャは、範囲回復魔法【サンクタム】を使って戦場ごと纏めて回復させている。

 これが阿鼻叫喚を、さらに加速させる事になった。


 斬られては治り、殴られては治り、潰れては治る。


 こちらが死なない程度に手加減しているので、騎士達は何度も何度も、繰り返し瀕死の重傷を負わされる羽目になったのだ。

 しかも馬から叩き落されているので、重装の騎士達は逃げる事も叶わない。

 手当たり次第に、無限に半殺しに遭い続けるのだ。


「た、たしゅけ……ごめんなざい、ごめんなざい、もうゆるじで!」

「イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イヤダ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ……」

「やめろ、もう俺を癒すな! お願いだから終わらせてくれ!?」

「えー、でもこの魔法自分で解除できないし」


 アリューシャは血と涙と鼻水と涎でぐしゃぐしゃになった騎士の懇願を、あっさりと却下した。

 この自動回復エリアは一定期間経つか、一定回数癒すまで続くのだ。

 しかも彼女は切れそうになるたびに、定期的にかけ直していた。


「悪魔か! 降伏するから、もう許してくれ!?」

「でも、あれを止める勇気は、ボクにはないなぁ」


 ボクが指さす先には、歓喜の声を上げて暴れまくるガイエルさんとハウエルの姿があった。

 滅多に近接戦闘を堪能する事ができないガイエルさんは、もはや興奮度マックス状態で、正直近付くのが怖いのだ。

 ハウエルもスラちゃんパワーに酔いしれ、なんだかヤバイ笑いを浮かべている。

 二人の上げる哄笑が戦場に響く。


「クハッグハハハハハハハハ! いいぞ、次はこの技を試すか!」

「もっと、もっとだ! もっと俺に戦いをよこせ!」

「多分ハウエルは明日泣く羽目になるからいいとして――」


 スラちゃんのパワーアシストは、実は内部の人間の事はあまり考えられていない。

 人体の仕組みについてはよく勉強させたので、関節があり得ない方向に曲がるとかはないのだけど、瞬間的に人類の限界を超えた機動を無理やりさせるので、筋肉痛があり得ないほど激しいのだ。

 もちろんそんな動きをすれば、通常ならばすぐにでも悶絶するのだが、スラちゃんの麻痺毒で痛覚が麻痺させられているので、装着中は気にならない。

 スライムの面目躍如ともいえる。


「ガイエルさん、すとーっぷ」

「声小っさ!? もっと大声で止めてくれよ!」


 なんだか聞いたような声がツッコミを入れてきたので、その騎士を見やると、そこに転がっていたのはクルーズだった。


「あん? そっちから襲い掛かってきておいて、なに贅沢言ってるの。アリューシャ、やっぱりあと三十分ほど続けよう」

「はぁい」

「ごめんなさい、もう許してください!?」


 こうしておよそ一時間弱に渡って行われた虐殺(死傷者無し)は、『南部街道の惨劇』として、延々と語り継がれる事になったのだ。





 彼らの処遇は、むしろ戦闘が終わってからの方が手間取った。

 八十人もの騎士を武装解除させ、拘束し、まとめ上げるのに時間が掛かってしまったのだ。


「ふむ、少々物足りんが、こんな所かな?」

「いや、そんな血塗れになるまで拳を振るっておいて、なに不満そうにしてるんですか。少しはこっちを手伝ってくださいよ」

「さすがに縄打ち術まで学んでおらんのでな。いや、今後の趣味のために覚えておくか?」

「何の趣味!?」


 騎士達の中には完全に精神に異常をきたしてしまった者もいる。

 クルーズの様に正気を保ったまま拘束された騎士はせいぜい八割と言う所か。

 残り二割、およそ十五人ほどは、虚ろな目で涎と小便を垂れ流しながら、狂った笑いを浮かべていたのだ。


 あと、犠牲者はもう一人追加で。


「ハウエル、生きてる?」

「…………ぁ、ぅぅ……………………」


 地面に倒れ伏し、ビクビクと断末魔じみた痙攣を繰り返し、呻き声で反応する男が一人。

 スラちゃんを除装し、アリューシャに状態回復魔法を掛けてもらった直後、この有様になったハウエルである。

 麻痺毒すら解除してしまったために、身動き一つ取れない状態になったのだ。


「生きてるみたいだから、問題なし」

「あ、る……わ…………」


 この辺りの装着者への配慮は要研究である。


「勝利のために、味方すら犠牲にするとは……タルハン、おそるべし……」

「そこ、変な勘違いしない」


 ちょっときつめに縛って、クルーズの口を封じておく。

 彼らはこの後、タルハンに移送され、一般人に危害を加えようとした反乱兵として処罰される。

 もちろんここからタルハンまでは一週間の道のりがあるため、輸送するためにはアリューシャの【ポータルゲート】を使用する。

 ガイエルさんの空間歪曲魔術に頼る手もあるのだが、今回は彼に多大な協力をしてもらっているため、少し遠慮したのだ。


「別に我が運んでもよかったのだがな?」

「今回は凄くお世話になったので、これくらいは。それにロゥブディア一人ならともかく、この人数を食わせるとなると、海賊のアジトでは不便がありますので」


 八十人の男を食わせるとなると、その食料の量はかなりのモノになる。

 それをアジトまで毎日運び込むのは、正直言って面倒くさい。

 幸い屋敷には氷室に使用している地下室が残っているので、ここに閉じ込めておけばいいだろう。

 内部の食料は、倉庫やインベントリーに移せば問題ない。


「あとは……面倒を持ち込んだラドタルト、いやドルーズ共和国への報復ですね」

「ふむ、我が行って暴れてこようか?」

「いえ、これは外交の問題もあるので、レグルさんとも相談しないと……あとガチで討伐部隊が編成されるのでヤメテください」


 二国間での出来事なので、キルミーラの外交問題でもあるのだ。

 ボク個人が勝手に殴りこんでは、ややこしい事になる。


 今回、ガイエルさんが姿を見せつけた事で、ユミル村以外にもタルハンにドラゴンが関わっている事が内外に知れ渡った。

 今後は下手な手出しをしてくる国は確実に減るはずである。

 だが、それはそれ、これはこれ。ちょっかい出した報復は受けてもらわねばならない。ただし、所属するキルミーラの邪魔にならない範囲で、だ。

 その手段を考えるには、レグルさんと言う専門家に協力を仰ぐ必要がある。


「とにかく、こいつらは一旦タルハンで隔離しておきますので、ガイエルさんたちは先に旅団に戻っておいてください。あまり遅くなると心配させちゃうので」

「む、それもそうか。承知した」


 ボクの知人と言う事でガイエルさんも帰りの護衛の一員に入っている。

 古竜王に護衛される学園生徒って……一生モノの思い出になるだろうな。





 地下室に八十人の騎士を監禁したボクは、唯一の出入口である床扉に、ずっしりと食料などを乗せておいた。

 これはボクでも少々持ち上げるのは苦労する量なので、一般人では開ける事は不可能だろう。

 更に念のためにスラちゃんに見張りを頼んでおく。これで彼らは逃げ出す事は不可能だ。


 ロゥブディアも本来ならば一緒に監禁しておいた方が手間は取られないのだが、首魁が手下と一緒にいると、何をやらかすか予想が付かない。

 特にロゥブディアは死刑確実なので、自殺&殉死なんてコンボを決められたら、迷惑極まりない。

 彼等にはしっかりと、罪人であると裁かれた上で、処刑されてもらわなければならない。

 そうでなければ、後任の人事にも影響があるのだ。


 ロゥブディアの方は監視にイゴールさんが付いていてくれるので、特に問題はないだろう。

 滅多に使用しないけど、彼はエルダーレイス。憑依なんて能力もあったりするのだから。


 こうしてボク達の……というか、アリューシャの修学旅行は、無事終わりを告げたのだった。

次のお話で今章は終了になります。

その後の更新は再びポンコツ魔神の方に移るので、こちらはしばらく停止になります。

ご了承ください。

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