第百六十三話 おみやげ選び
アリューシャ視点が続きます。
次回からユミル視点に戻るので、今回までおつきあいください。
ソフィーちゃん達と一緒に街の目抜き通りを散策する。
ここはモリアスの街で最も大きな通りだけあって、様々な店や露店が軒を並べているので、お土産を探すにはもってこいなのだ。
この情報は宿のメイドさん(ユミルお姉ちゃんに非ず)から仕入れたもので、情報の確度はかなり高い。
「おお、この果物は……」
「それ、日持ちしないからお土産には向いてないよ?」
「じゃあ、こっちのは?」
「……美味しいけど、臭いよ」
「え……」
通りすがった露店で、最初にカルネちゃんが持ち上げたのは、おっきな、赤ん坊の頭くらいある柑橘類。
さっぱりした甘さでとても美味しいのだが、傷みやすく、日差しが強いこの近辺ではタルハンまで持たないだろう。
次に持ち上げたのは、パイナップルを丸く、大きくしたような果実。
こちらは分厚い表皮のおかげで、多少日持ちはするのだが、果肉の匂いがきついので有名だ。
その分、味は絶品で、濃厚かつクリーミー。鼻をつまんででも食べたがる人もいるという噂がある。
どちらもお土産にするには少しばかり難点を抱えているので、やめておいた方がいいと忠告しておいた。
結局カルネちゃんは、宿の部屋で自分達が食べる分だけ購入している。
「いいけど。それ、部屋で切らないでね?」
「窓開けてれば大丈夫じゃない?」
「匂いが部屋中に染みついちゃうよ!」
「え、部屋中って、服にも?」
「服どころか、体にも」
「それはヤだ。カルネちゃん、それは返品」
「ちょっと、勝手に返さないでよー」
比較的おとなしい性格のソフィーちゃんとカルネちゃんだけど、やはり三人揃うとそれなりに姦しい。
特に異国情緒あふれる街並みのおかげで、テンションが上がっているのだ。
そのせいだろうか?
この街の空気が少し張っていることに気付くのが、少し遅れた。
よく見ると、街角には鎧を着た兵士の姿が散見できる。
タルハンでも街の規律を守るため、街角に兵士を立たせる事はあるが、この街はその数が異常に多い気がする。
更にいくつか、異常を見出すこともできた。
保存食などの食料が普通に置いてあるのだ。
北の宿場町まで騎士団を派遣し、食料を掻き集めたというのに、そのお膝元であるこの街の保存食がまだ豊富に残っている。
通常こういう物は、近場から品薄になっていくはずなのに。
「保存に向かないこういう果物が残っているならともかく……なにかおかしい?」
「どうしたの、アーちゃん? その干し肉、欲しいの」
「いや違うし。まぁ、うん。ちょっとねー」
このお店は露店なので通りを歩く人たちの目に良くつく。だから果物だけでなく、冒険者や旅行者向けの保存食なんかも扱っているらしい。
干し肉やチーズなどの長期保存向けの食料を手に取ってみるけど、品質は悪くない。
というか、ユミル村で作っているそれより、遥かにいい。そんな良品が、普通に置かれているのだ。
「なにー、今更保存食だなんて、アーちゃんはグルメじゃないなぁ」
「違うよ。おじさん、この街は保存食とか結構残ってるんだね?」
「ん? いや、普通だろ、これくらいなら」
「でも南の方で飢饉が起きたって聞いたよ?」
「ああ、嬢ちゃん達は北から来たのかい?」
今のわたし達は学園の制服を着ていないので、ちょっとオシャレした街の子供って雰囲気だ。
わたしはユミルお姉ちゃんと一緒に買ったサマーワンピース。カルネちゃんはミニスカートに薄手のシャツを合わせている。タータンチェックのネクタイがいい感じだ。
あれはわたしも欲しいかも。
ソフィーちゃんは膝丈のフレアスカートに、上はぴったりした感じのシャツ。その上に夏用のカーディガンを羽織って、体の線を絶妙にアピールしている。
く、三人で一番大きいからって……いや、わたしも育っているのだ。いつかは追い抜けるはず。
とにかく、そんな服装なので学園から来た旅行者だとは、一見では判らない。
だからおじさんはわたしの質問に不審に思ったのだろう。
「うん。宿場町で足止めされて、ひどい目にあっちゃった」
「そりゃ、災難だったなぁ。確かに領主様は南の方へ食料支援したから、どっかでシワ寄せは来てると思ってたけど」
「この街はシワ寄せ来てないの?」
「ああ、あの業突く張りな領主が自分の領地から支援物資を出すもんかい!」
カラカラと豪快に笑って見せてはいるが、その眼には本気の侮蔑が篭っていた。
どうやらここの領主様は、あまり市民から好かれていない模様だ。
レグルおじさんとかはきちんと組合で下積みしていたので、比較的好意的に受け入れられていた。
後、いろいろお祭り好きな性格も、民衆受けしていた原因だろう。
「そっか、じゃあ街から出さずに周りの村から物資を送らせたんだ」
「多分そう言う事だろうな。いや、とばっちりとは言え、嬢ちゃん達には悪い事しちまった」
「おじさんのせいじゃないでしょ。それにしても兵士さんが多いね?」
街角に立つ兵士の姿が頻繁に視界に入ってくる。これがのんびりとした街の気風から激しく浮いて見えるのだ。
タルハンに比べてもあまりにも数が多いので、ひょっとすると何かあるのかもしれない。
「ああ、あいつらか。領主の私兵達だよ。なんだか急に、いかにも『俺たち仕事しています』ってアピール始めやがってよ。飯食や『ツケにしろ』って煩いし、物買えば『まけろ』と喚くしロクなモンじゃねぇ。嬢ちゃん達もあいつらにゃ近付くんじゃないぞ」
「へぇ、判った。ありがと」
「どういたしまして! 素直なよい子にはもう一個オマケしてやろう!」
「わ、ありがたいけど……これは――」
こうして、カルネちゃんが買ったドリアンっぽい果物が、もう一個増えたのだ。
どうやって処分しよう……?
次に寄った所は本格的なお土産屋さんだ。
この街の名物である動物園の動物たちのスケッチとか、木彫りの像とかが置いてあって、お店の中を眺めるだけでも目が楽しい。
紐を引っ張ると翼が上下する仕掛けの付いたグリフォン像とか、男子達も好きそうだ。
「あ、こっちは首が動くよ」
「あはは、これはかわいー」
キリンの首が前後にかくかく動く人形を見て、カルネちゃんが珍しく声を上げて笑っている。
ちなみに私の目の前には『牝馬を襲うグリフォン』人形が置いてある。
これにはどう反応していいのか、わたしも判らない。
「うーん……」
「アーちゃん、面白いの沢山あるね」
「でも、なんとなく『お土産』って感じじゃないんだよね。いんすぴれーしょんに反応しないの」
「アーちゃんは珍しいの見慣れてるから、そう思うだけなんじゃない? わたしはこんなのでも充分面白いよ」
そういって手に取ったのは目の前にあったグリフォン像である。
これも紐を引くと動く仕掛けが施されていた。『どこが』とは、乙女の口からはとても言えない。
でもユミルお姉ちゃんならば、嬉々として口にするだろう。すごい。
「ソフィーちゃんって地味にフリーダムだよね?」
「そうかな?」
「そーだよ」
どうせならセンリお姉ちゃんとユミルお姉ちゃん、それにわたしとお揃いのお土産とかが欲しい。
そうなると、食べ物や人形とかじゃなくて、身に付ける物が適当かな?
「アクセサリーとかは置いてないのかな?」
「あるよ、あっちに。石を動物の形に彫ったイヤリングとか置いてた」
「そんなのがあるのに、なぜわたし達はここにきているのだろう……?」
「ノリと勢い?」
カルネちゃんが指さした方向は、指輪や装飾品などの服飾が置いてある一角だった。
ここはどちらかと言うと、子供向けのオモチャ置き場だ。レディにふさわしい場所ではないのだ。
「ちょっと向こう行ってみようよ。わたしお揃いのアクセサリーとか欲しい」
「お揃いの武器じゃなくて?」
「……木刀もいいかもしれない」
わたしは冒険者生活が長いので、どうしても実践的な道具に好みが偏りがちである。
武器の蒐集を好むのも、その影響だ。
ユミルお姉ちゃんと並んで木刀を構える姿を、少しだけ憧れてしまったのは否めない所なのである。
「……まぁ、それはそれとして」
「今、ちょっと悩んだよね?」
「それはそれとして!」
わたしは二人を引っ張って、服飾コーナーへ向かった。
そこには指輪やアクセサリーと一緒に、グリフォンやヒポグリフ、ユニコーンがペイントされたシャツなどが置いてあった。
「おお、こういうのを待っていた」
「ここにきて、流れ変わったねー」
明らかにオモチャ置き場とはジャンルが違う。
ソフィーちゃんはユニコーンペイントのシャツを胸に当て、こちらへ見せてきた。
「馬の首が……谷間に埋もれてる」
「これは許されざるね」
「もごう」
「承知」
「なんでよー!?」
いつものノリで悪ふざけをしていると、わたしの視界になかなか面白いものが飛び込んできたのである。
それは壁に飾られた、ヒポグリフの仮面だ。しかも黄色と白、それに青まである。
その色合いは、鷲の顔と言うよりすでにインコである。
「でも、可愛い――」
「え……そう?」
「アーちゃんの趣味が時々よく判らない……」
「えー、よく見てよ。ほら、可愛いじゃない!」
「でも、ヒポグリフのマスクって、顔だけだと、ただの鷲の仮面よね? 下半身の馬とか関係ないし」
「言ってしまったな、キサマ……言ってはならない事を!」
「そこが逆鱗に触れるの!?」
ヒポグリフとは上半身が鷲、下半身が馬の幻獣である。
牝馬とグリフォンの間に生まれた生物なのだが、マスクにすると確かに鷲の顔だけになってしまうのだ。
だがそれはどうでもいい。重要な事じゃない。
「可愛いかどうかが問題なのです。これをユミルお姉ちゃんが付ければ、可愛いと思わない?」
「あの人の顔隠すのは、もったいないような気もするけど」
「む、一理ある」
ユミルお姉ちゃんはとてもモテる。
街に出れば、その存在を知らない人からほぼ確実に声を掛けられるくらい、モテる。それくらい可愛いのだ。
その顔を隠すのは確かに忍びなくはあるが……
「悪い虫除けにはちょうどいいかも」
「そう来るか……」
「おじさーん、このマスクください。三つ全部」
「え、お客さん、それ買うの? しかも全部?」
なぜ店員が驚く? そんなに売れないのかな、このマスク。
わたしは可愛いと思うのだけど。街の特色である動物園のお土産として、充分理解できるし。
「買います。可愛いじゃないですか」
「あ、そう……?」
店員さんは何か言いたそうだったけど、結局わたしの勢いに押された形で会計を済ませた。
三色揃っているので、センリお姉ちゃんにもかぶってもらおう。わたしは白でユミルお姉ちゃんは黄色かな?
着ぐるみ大好きなユミルお姉ちゃんならば、きっと気に入ってくれるはずだ。
「アーちゃんアーちゃん、どうせならこっちのも……普通のお土産も用意しておくといいかもしれないよ?」
「あ、そっか。別に一つだけって話はないもんね。さすがソフィーちゃん、デキる女!」
「そーでもないけど……ごめんね、ユミルさん。止められなかったよ」
「ん、なぁに?」
「なんでもないよー」
こうしてわたしのお土産選びは、無事終了したのである。
完璧だ、完璧なチョイスだ。さすがわたし!
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