第百五十八話 保護者合流
戦いが終わってもそれで『ハイ、サヨナラ』とはいかないのが冒険である。
本来、討伐の目的は食肉を得る事なのだ。
なのでワイバーンを解体し、その肉を持ち帰らねばならない。
そのために組合が馬車まで貸してくれたのだから、ここで帰ったら本末転倒なのだ。
それにワイバーンは上級冒険者の登竜門と呼ばれるモンスターでもあり、その素材は高価な部位がとても多い。
肉は食肉に向き、淡白な味わいをした鶏のような食感がある。
鱗や皮は防具に用いられ、強靭な品質は高級品として取引される。
骨や爪は武器として利用され、これも高額で取引されるし、内臓や毒腺も薬として珍重される。翼は滑らかかつ強靭で、服飾にも用いられる。
牙や角に至っては、魔術道具として他の部位よりも一段高い値が付くのだ。
捨てる部位のない実に『えころじぃ』なモンスターなのだ。
「とはいえ、もう馬車に乗らねぇぞ。どうするよ?」
問題は二十メートルを超える巨体である。
馬車二台と簡易で作った橇二つでは、とても運びきれるものではない。
いくら血抜きして軽くなったとはいえ、その重量はかなりのモノがあるのだ。
解体作業というのは、本当なら手早くやらねばならない作業である。
そうでないと、血の臭いを嗅ぎ付け、他のモンスターが襲撃してくる可能性があるからだ。
だが今回に限っては、その心配はほとんどない。
近隣の猛獣は、すでにワイバーンによって駆逐され、生き延びた猛獣の類もナワバリから逃げ出しているからだ。
だからいつもよりゆっくりと作業できるとはいえ、放置していく訳にも行かないのがつらい。
「しょうがないな……肉を少し諦めるか?」
「いや、今回はそれがメインだろ。諦めてどうすんだよ」
「でも一番安いところと言えば――」
冒険者たちは額を突き合わせて、何を置いていくか取捨選択している。
そこでわたしは、先ほどの一幕を思い出した。
「あの……ひょっとしたら、どうにかできるかもしれないよ?」
「お、マジか?」
もちろん強引に持って帰ろうとすれば、わたしがアイテムインベントリーに仕舞っちゃえば何の問題もないのだ。
死体は一つでアイテム重量一として扱われるので、大雑把な解体しかしていない今なら、特に問題がない。
だがそれよりも――確認しなければならない事があるのだ。
「うん、ちょっと待っててくれる?」
「あ? ああ」
わたしはロープを伝って崖を登り、周囲を見回して目的の姿を探す。
そう……姿だ。
あの時――尻尾に一撃貰いそうになった時、上空より降ってきた、謎の木の棒。
後で調べてみたら、先を削って槍状になっていた。
そんな雑な武器で、ワイバーンの鱗と皮を貫ける存在なんて一人しか知らない。
「ユミルお姉ちゃーん、いるんでしょ? 判ってるんだから!」
叫んでみるけど周囲に影はない。
いや、ユミルお姉ちゃんが本気で隠密したら、わたしに見つけられるはずがないのだ。
「……そうでもないかな? 【サーチ】」
空間転移する魔術の基本となる、空間を把握する魔法【サーチ】。
これは周辺に存在する隠れた存在を見つけ出す魔法だ。
その利便性の高さに比べ、習得レベルはとても低いのが特徴で、いつになっても必須の魔法と言える。
「あっつ! あっつ! 今バチって言ったバチって!?」
突然、わたしの背後から両手を広げて抱き着こうとしていたユミルお姉ちゃんが姿を現す。
【サーチ】の魔法は探知と同時にダメージを与えるのが特徴なのである。
うっかり忘れていたけど、ユミルお姉ちゃんなら問題あるまい。
地面を転がりまわって痛みに悶える姿は少しはしたない。
ほら、短い衣装のスカートとか捲れ上がっちゃってるじゃない。
「イタズラしようとするからでしょ」
「アリューシャってば、ひどーい」
口ではひどいって文句言ってるけど、全然堪えた風には見えない。
わたしの魔法ダメージってちょっとしたモンスターくらいなら一撃で死んじゃうくらい高いはずなんだけど、その打たれ強さはさすがだ。
「あの木の棒、ユミルお姉ちゃんだったんでしょ。ありがと」
「うん、アリューシャが危なそうだったから、つい……ね。あんな目にあわせるなんて、ハウエルには後でお仕置きしなきゃ」
わりと本気の目でお姉ちゃんが物騒なことを言う。
崖下からハウエルのくしゃみが聞こえたような気がしたけど、気のせいだろう。
「あれはわたしが言うこと聞かなかっただけだから、許してあげて」
「まぁ、当人がそう言うなら、考えてあげるけど」
「でも、あんなスキル、持ってたんだ?」
「最近はポイントも余り気味だからね。【スピアスロウワー】っていうスキルを取ってみたんだ」
わたしはユミルお姉ちゃんと冒険して、長い。
取得しているスキルは大抵把握していたけど、さっきのスキルは見た事がない。
話によると、【スピアスロウワー】は槍系の射撃スキルで、詠唱も技後硬直もなく攻撃力は高い。けど、一度撃ち出すと武器が非装備状態になってしまうのが難点なのだそうだ。
ショートカットキーが使えれば、装備を簡単に付け直せるのだけれど、この世界にショートカットはない。
一発だけなら使い勝手のいいスキル。それが【スピアスロウワー】なのだそうだ。
「それでいつ着いたの?」
「今朝。宿に行ったらアリューシャはもう出掛けたっていうから、慌てたよ」
ユミルお姉ちゃんの話によると、わたしが出発した後、開拓村に行き世界樹の木の実の栽培をトラキチ達と会議したそうだ。
翌朝、それが順調に実っているのを見届け、センリお姉ちゃんがそれをポーションにできないか回収したところで、ユミルお姉ちゃんは村を飛び出したらしい。
それから一昼夜掛けて、今朝宿場町に追いついたけど、その時にはわたしはワイバーン退治に出発した後だったのだとか。
そこで私の意図を察したユミルお姉ちゃんは、リンちゃんと上空から一部始終を監視していた、ということなのだ。
待ち伏せの時、ワイバーンを警戒していたにもかかわらず、発見する事ができなかったのだから、ユミルお姉ちゃんの【クローク】の隠密性の高さは、とんでもないと言える。
「それでね? ちょっと運べる量が足りなくって……リンちゃんに手伝ってもらえないかな?」
上目遣いで小首をこくんと傾げて、お願いしてみる。
ユミルお姉ちゃんはこういった可愛い系の仕草に弱いので、そこを突こうというちょっと浅ましい思いはある事は自覚している。
でも、今はそれどころじゃないので、わたしのこだわりは遠くへポイしちゃおう。
案の定、お姉ちゃんはしばらくフルフルと震えた後、わたしに抱き着いてきた。
この二日飛びっぱなしだったらしいのでちょっと埃っぽいけど、お日様の匂いがする。ユミルお姉ちゃん特有の匂いだ。
「もっちろーん! アリューシャのお願いをボクが聞かない訳ないじゃない。リンちゃんなら楽勝だよ! たとえリンちゃんが無理でもボクが橇牽いてあげる」
「それはやめて。お願いだから」
ワイバーンの巨体を乗せた橇を、身長百五十に満たない少女が軽々と引き摺り回す光景というのは、『ちょっと』どころでなく目立つだろう。
ユミルお姉ちゃんは自称身長百五十センチと言い張っているけど、わたしの身長が百五十センチなので、それより低いユミルお姉ちゃんは、明らかに大台に届いていない。
目測では百四十七か八くらいだと、わたしは見ている。
そんな小柄で華奢で愛らしい少女が、片手でワイバーンを引っ張り回す光景というのは、きっとシュール極まりないだろう。
ちなみにできると確信してる根拠は、時折それより大きいリンちゃんを平気で引き摺っているからだ。
寝藁の交換で屋敷の厩舎の掃除をした時、まだ眠そうにしているリンちゃんの尻尾を引っ掴んで、強引に外まで運び出した光景は未だに忘れられない。
そしてその寝藁を【フレイムビート】で焼き尽くした、センリお姉ちゃんの姿も……
色々と『だいなみっく』なのだ。うちのお姉ちゃん’sは。
馬車二台と、騎乗してきた馬で作った橇一つ。それにウララの牽いた橇とリンちゃんが力を合わせれば、ワイバーンの死骸を宿場町まで運ぶのは、何の問題もなかった。
というか、リンちゃん一人でも余裕だったくらいである。
ここ二年の間にリンちゃんの体もまた一回り大きくなり、馬力も増している。
そして、それ以上にユミルお姉ちゃんのレベルが上がって、手が付けられない状態になっている。
ワイバーン丸々一頭の肉を持ち帰って宿場町は大きく沸いた。
十数トンもの肉が纏めて得られたのだから、冒険者たちも鼻高々である。
その他の部位も高値で買い取ってもらい、わたしもみんなと同じだけの分け前を貰うことができた。
正直『お肉だけでいい』と断ってみたのだが、他の冒険者さん達が『今回の殊勲者を手ぶらで帰らせるなんて、とんでもない』と強引に押し付けていったのだ。
その後酒場を借り切って宴会があったそうだけど、わたしは学校の宿で夕食が出るから、参加できなかった。
みんなとはタルハンでもう一度会う約束をしてから、お別れしたのである。
モリアスまでの食料として五百キロくらいのお肉を受け取り、その何倍ものお肉を商人さんが買い取った。
そしてわたし達の分は最優先で香草や塩漬けにして、長期保存処理をしてくれている。
明日の朝には一日遅れで出発することができるそうだ。
ユミルお姉ちゃんの護衛参加も、先生たちは驚きながらも『やっぱりそうなったか』と言いたげな表情で受け入れてくれた。あれは諦めの表情である。
宿などの手配は無理だけど、タルハン一の剣士が護衛に参加してくれるのだから、断る道理もないのだそうだ。
問題は大量の旅人が足止めを食らっているこの宿場町では、ユミルお姉ちゃんが泊まる部屋が空いていなかった事。
さすがに他所の生徒と一緒に宿泊しているわたしの部屋に転がり込むというのは、先生も良い顔をしなかったので、ユミルお姉ちゃんは厩舎に宿泊することになった。
お風呂と食事は追加で用意してもらえたので、『それで充分』とは言っていたけど、少し可哀想である。
「ボクは野宿には慣れてるから安心して。っていうか、もう慣れるくらい野宿しているのか……」
わたしに記憶はないけど、ユミルお姉ちゃんたちはあまり外で寝起きする生活とは無縁の暮らしをしてきていたらしい。
それがこの世界にきて、野宿だの解体だのに馴染んで、もう七年になる。
なんだか感慨深い表情をしているのが印象的だった。
そんな訳でお風呂は一緒に入れるので、ソフィーちゃんとカルネちゃんと一緒に大浴場にやってきた。
「大浴場で大欲情とか、上手いこと言うなぁ」
「ユミルお姉ちゃん、何言ってるの?」
「いや、アリューシャが一番可愛いけど、他の子もね?」
「むぅ!」
ユミルお姉ちゃんは可愛い子が大好きだ。
でもわたし達の中でも本人が一番可愛い辺り、理不尽な存在である。
浮気性なお姉ちゃんの頬を軽くつねりながら、わたし達は冒険の疲れを癒していった。
軽く体を流して、まずは湯船で体を温める。
お湯に髪が浸かるのはマナー違反だそうなので、手早くまとめ上げるのだが、これがユミルお姉ちゃんは大の苦手だ。
タオルを頭に巻き、その隙間から髪があちこちに飛び出している姿は、なんだかおかしい。
ソフィーちゃんがそれを見て、軽々とまとめ上げてあげているところを見ると、どっちが年上だか判らないくらいなのだ。
四人並んで湯に浸かると、昼間の戦いの疲れがじんわりと溶け出すような感覚を覚える。
特に徹夜で追いかけてきたユミルお姉ちゃんはひときわ効いているようで「くあぁ……」って変な声を出していた。
「ユミルさんって直接会うの初めてだけど、なんだか子供っぽい人だね」
「ユミルお姉ちゃんは可愛い系で、センリお姉ちゃんは綺麗系なの」
「アーちゃんちは、ご飯がおいしいって聞いた」
「うん。お姉ちゃんたちは食にうるさい人だから」
「よかったら食べにおいでよー。素人の適当料理だけどさー」
「来る時は気を付けてね?」
ちなみにこうやって気軽に誘っては、スラちゃん警戒網に掛かってスライムプレイを強要される同級生が後を絶たないのだ。
もちろん食べたりなんかしないけど、トラウマになる子も多い。
たまにクセになる子もいる。ユミルお姉ちゃんなんかはそうらしい。
「でも、ユミルさんって街一番の剣士に見えないくらい腕とか細いよね」
「触ってみるー?」
見かけ華奢なユミルお姉ちゃんは、触った感触も絶品である。
あれであの筋力を発揮できるのだから、この世界のステータスは不思議なのだ。
後、あの感触はヤバイ。ユミルお姉ちゃんはわたしの肌の感触をプニプニで癖になるといっているが、実は本人の方が数倍ヤバイのだ。
滑らかな肌の手触りとその下の弾力ある肉の感触は本当に癖になる。本人は気付いてないけど。
あの柔らかな腕のどこに筋肉が存在するのか、訥々と問いただしたい。
わたしも自覚ないけど、自分の肌の感触って自覚できない物なのかもしれない。
「お? おお? おおぉぉぉ……」
遠慮なく腕を触ったカルネちゃんが奇妙な声を上げている。
これは……堕ちたな。
「すっごいでしょ?」
「うん、アーちゃんを上回る逸材。わたしより柔らかいとか有り得ない」
「うわぁ……うわ、これなに、反則」
反対の腕はソフィーちゃんに触らせている。
手を左右に伸ばして、大の字になって腕をマッサージされてる形になって、ユミルお姉ちゃんの表情は蕩けきっていた。
そこはかとなく、えっちぃ表情である。
「ああ、美少女にマッサージされながら入る風呂とか、何この天国……」
「もう、二人とも、ダメー! ユミルお姉ちゃんはわたしのなんだよ?」
「あー、はいはい」
ユミルお姉ちゃんを強奪して、胸に掻き抱く。
やれやれという表情で二人はお姉ちゃんから手を放した。
わたしの独占欲は意外と知れ渡っているのだ。
「おお、肌に直接とか、もうダメだし! アリューシャ実は誘ってる?」
「本当に何言ってるの!?」
結局その後、みんなで洗いっこしたりして親睦を図るのは成功していたのだ。
でもユミルお姉ちゃん……『ほぼイキかけました』ってなに?
しばらくは水曜と週末の週二回更新になりそうです。