第百五十七話 熱戦
翼を封じてワイバーンは岩の谷間に落ちた。だが、これで終わりじゃない。
むしろここからが正念場である。
ワイバーンの体力は高い。そして武器もまだ、蹴爪に毒針、尻尾に牙。
何よりその体重その物が武器になる。
これを防ぎつつ、体力を削りきるのが一苦労なのだ。
「俺は下に行って直接指揮を執る。お前らはここで牽制と治癒を頼む!」
ハウエルはそう叫んで、崖下まで吊るしたロープを伝って下に降りて行った。
わたしの仕事も、ここからが本番である。
狭い崖に挟まれてワイバーンは大きな動きが取れない。それを利用して前後から挟み撃ちにするのだ。
空を飛べない今、ワイバーンの蹴爪は封じられたも同然だ。
ここを挟み撃ちにすれば、前は牙だけを集中すればいいし、後ろも尻尾とその先の毒針に気を付ければいいだけだ。
盾持ちの戦士が戦線を支え、網を引きちぎって飛んで逃げようとする時は、上に控えたスリングのお姉さんが機先を制する。
怪我をすればわたしが即座に癒し、大事に至らせない。
ワイバーンから見れば、完全に詰んだ状況といっていい。
「あ、【ヒール】!」
尻尾を受け止めた戦士さんが吹っ飛ばされ、岩に叩き付けられる。ぐらりと体が傾いだ所へすかさずヒールを飛ばして、戦線を維持させた。
戦士のおじさんはこちらに軽く手を振って謝意を伝えてきた。
「おら、お前ら! 嬢ちゃんの前で無様晒すなよ。バカにされっぞ!」
「ハ! オチオチ怪我もできねぇってか!」
ハウエルの激励にそう答え、盾を構えて敵を抑え込みにかかる。体格差のある相手に全く怯みもしていない。
彼が選んだだけあって、歴戦の冒険者なのだ。この程度では余裕を失ったりはしない。
「【キュア・オール】!」
再び戦士の人が怪我を負い、その動きが急速に落ちた。おそらく毒を食らったのだと判断し、状態異常解除の魔法を掛ける。
解毒のスキルは本来盗賊系の技なので、ユミルお姉ちゃんが得意だ。
でもわたしはすべての状態異常や付与魔法を解除する魔法が存在する。これを掛ける事で解毒と同様の効果を与えることができる。
わたしも回復魔法を惜しげもなく投入して戦線を維持する。高知力を誇るわたしのMP回復力は、この程度では枯渇しない。
まったく衰えぬ前衛陣にワイバーンは痺れを切らしたように身を捩り、ハウエルへと噛み付きにかかる。
それを紙一重で躱し、懐へ飛び込む。
翼の付け根、その強固な鱗が生えていない数少ない場所へ的確な剣を撃ち込んで、翼の動きを奪って見せた。
「さっすが――」
その動きを見てスリングのお姉さんが呻く様に声を漏らした。
あの、滑るような足運びはわたしも苦労した記憶がある。ユミルお姉ちゃんには及ばないけど、ハウエルの腕はさすがだ。
「よし、私も下に降りるわよ。翼を奪ったならここにいる意味はないわ」
「はぁい!」
わたし達がここにいるのは、わたしを安全圏に置く意味と、ワイバーンの飛行阻止である。
翼にダメージを受け飛べなくなったのなら、より近い方がスリングの効果は高い。
わたしは前後両サイドの治癒を受け持っているため、ここを動かない方がいい。
まるで予定調和のように位置を入れ替え、前衛の後ろにつくお姉さんを見て、これがパーティ戦なんだと思い知る。
状況を見て位置を変え、何の合図も無しにその陣形を変化させる。
わたしやハウエルは飛び込みだったけど、他の人たちと組んで戦ってきたからこそできる、呼吸の合わせ方。
わたし達は三人で行動し、その役割が完全に分かれているので、ああいう動きはあまり無い。
それを目にできただけでも、ここに来た意義は大きい。
個別の力量ではワイバーンに劣るのに、罠を用い、配置を変更させ、弱点を突く。強敵のワイバーンを物ともせず圧倒する。
これが冒険者の本来の戦い方なのだ。
激闘は三十分も続いただろうか。
ワイバーンもその集中力を切らせ、動きを大幅に鈍らせている。
冒険者たちもまた、スタミナを切らし、ミスが目立ってきた。わたしが【ヒール】を飛ばす回数が目に見えて増えてきているのだ。
その度にハウエルの檄が飛び、冒険者たちは応える。
それを見てアーヴィンおじさんとの違いを見た気がする。
アーヴィンおじさんは言うなれば将軍だ。前線にありながらパーティ全体を指揮し、まるで一個の生物のように運用する。
対してハウエルは隊長というべきか。
同じように前線に立っていても味方を鼓舞していても、自分が先頭に立って引っ張っていく所が微妙に違う。
同じリーダーでも、タイプが違うということだろう。どちらかといえばユミルお姉ちゃん寄りなのかもしれない。
そんな風に気を抜いたからか、わたしはワイバーンの動きを見落としていた。
今まで崖に制限され、振り下ろす動きが多かった尻尾が円を描くように加速しているのだ。
それは戦士のおじさんを薙ぎ払い、その余勢を駆って自らの頭を飛び越え崖面を叩く。
明らかに意図した動き。
これは、後方から射撃を加えてくるスリングのお姉さんや魔術師を狙って、崖を崩しに来たのだ。
突如として頭上から崩れ落ちる岩に冒険者たちは慌てた。
自分たちが頭上を抑え、牽制した動きをワイバーンに真似された結果になる。
「きゃあ!?」
「なっ、くそぉ!」
悲鳴を上げて退避する二人。
その声に動きを止めたハウエルは、尻尾の引き際に毒針を腕に受ける。
急激に鈍る動き、後方の冒険者達はこの隙に脚に切りかかっているが、倒すには至らない。
ワイバーンは賭けに出たのだ。
後方の敵を懐に入れてでも、こちらの後衛を潰す。そういう作戦だ。
ぎろりと凶悪な視線を向けるワイバーン。その先には岩に脚を挟まれ動けなくなったお姉さんの姿。
それを見てわたしは、矢も盾もたまらず、その場を飛び出した。
後から考えれば、他に手段はいくらでもあった。
【セイフティ・ゾーン】で近接攻撃を防いでもよかったし、上空から攻撃魔法を撃ち込んでもよかった。
だけど、お姉さんが怪我をするのは見たくないと思ってしまったのだ。
ロープを使わず、崖面を走るように駆け降りる。
お姉さんの前に飛び出し、その手を引っ張って岩から引き抜こうと足掻く。
そんなわたしを、ワイバーンが見逃すはずもなかった。
ハウエルは毒に掛かって動けない。
落石で陣形はズタズタにされ、他の冒険者も近づけない。わたしが間に合ったのは、その俊足ゆえだ。
目の前に最も厄介な治癒術師が現れ、これを狙わないはずもない。
叫ぶよりも早く牙を剥き、襲い掛かってくるワイバーンを見て、わたしも覚悟を決めた。
ここで逃げれば、お姉さんが危ない。だから、ここで立ち塞がるのだ、と。
侍祭系の耐久力は実のところ悪くない。
わたしの耐久力は最低値だけど、それでも他の冒険者よりしぶといはずだ。
自分に付与をかけ、傷を癒しながら敵を撲殺する戦闘スタイルだってあると、ユミルお姉ちゃんは言っていた。
いわゆる『殴りプリ』である。
迫る尻尾に一撃受け止める覚悟を決め、歯を食いしばる。
だが、その攻撃がわたしに届くことはなかった。
突如上空から木の棒らしき『なにか』が飛来し、尻尾に突き刺さったのだ。
それはそのまま、尻尾を地面に縫い止め、ワイバーンの身動きを完全に封じてしまう。
何が起きたのか、理解する暇なんてなかった。
体勢を立て直すなら今のうちだ。
「【キュア・オール】、【セイフティ・ゾーン】!」
ハウエルに掛かっていた毒を消し去り、彼を前衛に押し上げる。
続いて防御結界の魔法を唱え、近接攻撃を防ぐ。これで彼が毒に侵される心配はない。
そうやって稼いだ時間を利用し、わたしは更なる魔法を詠唱する。
「【オートキャスト】、【スペルチャージ】、【ファイアボルト】!」
【スペルチャージ】の魔法は賢者系にとって異質な魔法だ。
これは直後に詠唱したボルト系の魔法を近接攻撃に加算する魔法で、その効果は三度攻撃を当てるまで持続する。
そして、これを使うということは本来後衛である魔術師が最前線に出ることを意味するのだ。
危険を冒すだけあって、威力はピカイチである。
本来しっかりとした前衛がいるわたし達の間では、まず使うことのない魔法。
だが今もっとも必要な打撃力を補ってくれる魔法でもある。
尻尾を縫い止められた苦痛でワイバーンは混乱していた。その攻撃はすべて、ハウエルが受け持ってくれている。
わたしはその合間を駆け抜け、最前線に躍り出た。
わたしの動きを見て、あえて牙を剣で受け止めるハウエル。
その足は大きく地面にめり込み、攻撃の威力の高さを伝えている。
わたしはその横合いから飛び出し、たっぷりと魔力を付与したファイアブレードを首に叩き付けた。
直後解放される【ファイアボルト】の火力。
それは易々とワイバーンの堅い鱗を叩き割り、刃を食い込ませ、内側から肉を焼く。
さらに発生する、【オートキャスト】。
内部から噴き出す炎と、降り注ぐ炎弾。
傷口から噴き出すその炎は、一発では止まらない。
わたしの剣は――止められない。
「やああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫びとともに何度も斬りかかる。
わたしの攻撃速度は一八八。
一秒間に四度以上斬り掛かれる速度。ユミルお姉ちゃんの秒間二十五回とかには全然及ばないけど、それでもかなり早い方だ。
さらに一振りごとに【ファイアボルト】が十発追加され、さらに乱数でファイアブレードのオートキャストも発生している。
その瞬間火力はユミルお姉ちゃんに迫る物があるはず。
斬撃と共に飛び交う炎弾。それはファイアブレードの発生させるそれと合わさり、まるで雨のように――豪雨のようにワイバーンを焼き尽くしていった。
気が付けばワイバーンは首を半ば炭化させて息絶えていたのである。
戦いが終わって、みんなを癒した後は解体作業である。
だけどその間、わたしはハウエルたちに散々叱られることになった。
理由は簡単。せっかく安全圏に配置したのに飛び出してしまった事だ。
スリングのお姉さんも盾は装備していたので、一撃くらいは受けられた。わたしは崖の上からその怪我を癒すだけでも良かったのだ。
それなのにかばうために崖を降り、あまつさえ最前線に飛び出して剣を振るったのである。
これでは私に『危ない事はさせない』と連れ出したハウエルの立場がない。
「今後はきっちり指揮に従うこと。いいな」
「はぁい。ごめんなさい」
「……まぁ、よくやった。治るといっても怪我はしない方がいいからな」
「え?」
「かばってくれてありがとうって事よ。でも無茶は本当に駄目よ?」
お姉さんはわたしを背後から抱きしめながら、ハウエルの言葉を訳してくれた。
「あー、つまり……ツンデレ?」
「誰がだ!」
背を向け表情を見せてはいないが、ハウエルの耳は真っ赤になっている。
それなりに強くて、みんなを引っ張り、そしてとても――からかいやすい。
彼が冒険者に人気な理由を、わたしはこの時、理解したのである。
とりあえず一話分完成したので、取り急ぎ投稿しました。
今後ペースは落ちると思いますが、不定期で上げていきたいと思います。
読み直す時間がないので誤字の多さは、大目に見てくださいw