第百五十六話 囮作戦
ウララに跨って、ハウエルの駆る馬と併走する。
ワイバーン退治には機動力が必要ということで、今回参加する冒険者達は組合から馬車二台と馬を数頭借り受けているのだ。
わたしはウララがいるので、借りなかったけど。
ちなみにセイコはおるすばん。学園のみんなを守る護衛も必要なのだ。
ウララは賢いのでしがみついているだけで、他の冒険者に追走してくれる。だから走りながらでも、しゃべる余裕がある。
それに揺れが少なくなるように八本の足を細かく動かして調整してくれている。
これは長年、わたしが愛馬にしてきたからこそできる芸当である。えへん。
「ワイバーンを相手にする際、重要なことは何だと思う?」
隣を走るハウエルが、わたしに話しかけてきた。こちらも冒険者を長くやっているせいか、騎乗する姿は様になっている。
わたしは質問の内容を考えてみた。
空を飛んで急襲してくる大型生物。尻尾に毒針を持ち、大きな爪と牙を持っている。
そしておっきい。力が強い。
「襲ってきたところを一撃で倒すこと?」
「残念。正解は飛ばせないことだ」
なるほど、確かにワイバーンは空を飛んでいる。飛ばれたら剣も弓も届かない所まで逃げられてしまうのだ。
でもワイバーンは空を飛んでやってくる。飛ばせないことなんてできない。
「だから落とすのさ。そのためには、まず罠を張る」
そういって前方を指差す。
そこには小さいけど深い森と、切り立った岩山が存在していた。
「ワイバーンはあの岩山に巣を作ったらしい。今は周辺の森で動物を食って満足しているが、そこに生き物がいなくなると更に広い範囲を餌場にするだろう。そうなると真っ先に引っかかるのが――」
「あの宿場町ってことだね?」
「そのとおり。だから組合に仕事が出された。ああいう小さな町じゃ、来る魔物を撃退するだけじゃなく、周辺の情勢も把握しておかないと命取りになるんだぜ」
「ふーん」
まるで先生のように、講釈を述べるハウエル。
ひょっとすると、冒険者の後輩であるわたしに勉強させようと思っているのかも知れない。
意外と世話好きな性格なのかな?
その後、森の外輪部で馬を隠して斥候達が偵察に出かけた。
わたしはそういうスキルが無いのでお留守番だ。今回のわたしの役目は、怪我と毒を治す事が重要視されている。
火を焚けばワイバーンに見つかるかも知れないので、火を使わずに昼食を取って休息する。
お弁当に宿の料理人さんがサンドイッチを渡してくれたので、わたしのお昼は他の人より少し豪華だ。
他の冒険者達はなぜか野菜を齧っていた。
「なんでみんな野菜なの?」
「ん? ああ、今は干し肉がないからね。それに、ワイバーンは肉の臭いに敏感だし。果物も臭いがきついから、避けた方がいい。そんな訳で匂いが比較的少ない野菜がメインになっちゃうんだ」
「へぇ、臭いにも気をつけないといけないんだ。すごい」
わたしと一緒にお留守番してる、戦士風のおじさんが、丁寧に理由を教えてくれた。
「ひょっとしたら、このサンドイッチもダメだったのかな?」
「ははは、正直うらやましいとは思うけど、その程度の量なら問題ないと思うよ。匂いの強い物も入ってないみたいだしね」
他にもわたしの水袋に入っていたのは、ほのかにリモーネの香りが付いていた。
宿の料理人のおじさんが気を利かせてくれたんだろう。さっぱりとした風味が長い乗馬の疲れを押し流してくれる。
あぐあぐと手っ取り早くサンドイッチを片付け、身体を横たえて疲労を快復させる。
ユミルお姉ちゃんと同じく、わたしもあまり疲れは感じないのだけど、馬にしがみついたまま二時間近く走ったので、精神的に疲れてはいるのだ。
後、いつもなら、そろそろお昼寝の時間だし?
しばらくすると、斥候の人たちが帰ってきたので、身体を起こす。
ここからが本番だ。
「むふん!」
「変な声出すな」
「失敬な。気合の掛け声だよ」
「帰って早々、気の抜けるやり取り聞かせるなよ。ワイバーンは巣にいない、罠を仕掛けるなら今のうちだな」
斥候の人が持ち帰った情報で、罠を仕掛ける場所や種類を決めていく。
岩山は結構大きいらしく、しかも谷間があちこちにあって複雑な構造らしい。
「逆に言えば、仕掛けどころが多いとも言えるな。やはり網か?」
「ならここの谷に誘い込んだ方が良いな」
「トラバサミとか要らんよなぁ……お嬢ちゃん、俺が囮すっから、スレイプニール貸してくれん?」
ワイバーンを罠に誘い込むには、餌で釣るしかない。だけどワイバーンの機動力を超える馬なんて存在しない。
だから囮は命懸けの役目になる。少しでも生存率を上げるために、ウララの力を借りたいのだろう。
「ブルル――」
ウララは構わないと言わんばかりに首を縦に振っている。本人が認めているのなら、わたしが断る理由もない。
囮役の人のため、自ら危険を買って出たのだ。やはりウチの子達はいい子である。
「ウララはいいって言ってるよ」
「そりゃありがたい。けど……まさかスレイプニールに乗れる日が来るとはなぁ」
「一生物の経験になるな」
「やべぇ、代わって欲しくなってきた」
「じゃあ、お前やるか?」
「いや、やっぱいいや。ワイバーン怖いし」
「どっちだよ!?」
賑やかな声を上げつつも、手はロープを編んで網を作っている。
目はかなり雑だけど仕掛ける相手も大きいので、適当でもかまわないらしい。
飛び道具を持っている人は、装備の具合をチェックしていた。
弓にクロスボウに、投石器、投槍。
わたしはその中でも、冒険者のお姉さんが使っていた投石器という武器を興味深く見ていた。
「ん、アリューシャちゃんだっけ? この武器、何か気になるの?」
「うん。ユミルお姉ちゃんはあまり射撃武器は使わないから」
主に近付いて斬る。逃げれば追い縋って斬る。たまに衝撃波を飛ばして斬る。
とにかく斬るのである。投げるとか撃つという工夫はあまりしない。
それは工夫が必要ないほど強いという証拠なのだ。やはりすごい人なのである。
更にセンリお姉ちゃんが加入してからは、遠距離攻撃は銃が大半で、わたしはこういう武器は目にすることが少ない。
弓やクロスボウは他の冒険者が使っているのを見ることがあったけど、スリングというのは滅多にお目に掛からなかったのである。
「そっか、迷宮じゃ少し決定力に欠ける武器だものね。でもこの武器にもいいところがあるのよ?」
「どんな?」
「そこいらの石ころを武器にできるから、弾切れの可能性が少ないの!」
「おお!」
センリお姉ちゃんは銃弾の補給にいつも四苦八苦している。
長丁場になると、【複製】スキルで作り出しているけど、消費の方が激しいため、MPが追いつかないらしいのだ。
「どう、少しやってみる?」
「いいの!?」
「どうぞどうぞ」
スリングとは長く丈夫な紐に革の受け皿を付けただけの簡素な武器である。
これをくるくると振り回して加速させるのだ。投げる時は紐の片方を手から離せば、中の石が遠心力ですっ飛んでいく。
精密に命中させるにはかなりの熟練が必要だけど、今回の標的は大きいので、あまり慣れは必要ないらしい。
わたしはぶんぶん石を振り回して、標的を定め――全力で腕を振り下ろした。
「やあ!」
「うぉわ!?」
石はすごい勢いですっ飛んでいった――後ろへ。
そこはちょうどハウエルが罠を作っていた場所で、彼の頭を掠めるように石は飛んで行き、その先の岩に当たってバカンと音を立てて砕けた。
「あっぶねぇな。殺す気かぁ!」
「ごめんごめん。でも怪我したら治すよ?」
「マッチポンプかよ!?」
喚くハウエルは放っておいて、お姉さんにスリングの扱いを教えてもらう。
わたしは器用度も高めだったせいか、しばらくしたら標的に当てれるようになった。
こうして罠を作り、待ち伏せの準備は整ったのである。
視界の端ぎりぎりの所を、横切るように駆ける一頭の馬。
囮役のウララだ。
わたし達は森の中に身を潜め、囮として駆け回る一人と一頭を息を呑んで見つめていた。
一時間ほど森の周囲を目立つように駆け回っていただろうか? 空の一角にポツンと黒い点が見えた。
その点は見る見る大きさを増し、やがてワイバーンの威容を形取る。
全長は二十メートルはあるだろうか。リンちゃんと同じくらい大きい。
だがリンちゃんに比べると、身体は細身で全体的にシャープな印象を受けた。
前足が無いのもワイバーンの特徴で、尻尾の先が少し膨らんで、そこに毒腺が仕込まれているのだという。
ハウエルがワイバーンの接近に気付き、鏡を使って光を反射させ、合図を送る。
その合図に気付いた戦士のおじさんとウララ達は、一気に方向を変えて岩山の方へ向かっていった。
「よし、掛かった。俺達も配置に付くぞ」
ハウエルが一声掛けて、森の中を進む。
わたし達が配置に付くまで、ウララは森を迂回するように移動して時間を稼ぐのだ。
最初から配置についておけばいいと思わなくも無いのだが、襲撃の際一番危険なのはファーストアタックだそうで、敵を見つける監視の目は多い方が良いのだとか。
それに罠のある場所には、すでに数名の冒険者が待ち構えてあるので、ここで数人抜けても問題ないのだそうだ。
健脚を飛ばして十分ほどで罠の場所にたどり着く。
ハウエルもわたしに遅れずついてきた。わたしほどではないけど、結構な速さだ。
「アリューシャ、お前めちゃくちゃ足速いな……」
ぜぇはぁ息を切らせながら配置に付くハウエル。
ユミルお姉ちゃんだったら、軽くわたしを振り切るくらいなんだけど、少しだらしない。
「っと、来たぞ。ぎりぎり間に合ったか」
「ハウエルがもっとしっかりしてたら余裕だったんだよ?」
「うっさいな。間に合ったんだから良しとしろよ!」
土煙を上げて、岩山に向かってくる影。
そのすぐ後ろの上空には巨大なワイバーンの姿があった。
「まずい、追いつかれる!?」
「おかしい。ウララの足なら、振り切るなんて余裕のはずなのに……」
わたしの疑問を他所にワイバーンは、のしかかるように牙で襲い掛かり――ウララがその顎を迎撃した。
六本の足で速度を維持しつつ、残った後ろ足二本を下から跳ね上げたのだ。
急に体勢が変わって戦士のおじさんが投げ出されかけたけど、ぎりぎりしがみ付いて耐える。
そして今にも噛み付かんと迫ってきたワイバーンの下顎を、ウララの足が強かに蹴り上げた。
予想外の反撃に、頭を跳ね上げられ体勢を崩すワイバーン。
その隙に再び距離を取るウララ。
ワイバーンは高度は維持しているものの、脳震盪を起こしたのか、ふらふらとした状態のまま岩山の影に飛び込んできた。
そんな状態では罠の存在に気付くはずも無く――
「グギャアアアアアアアァァァァァ!?」
岩の隙間、上空に張られた網に絡め取られ、翼の動きが封じられる。そのまま地上へと落下していくワイバーン。
自らの状況にようやく気付いたのか、怒りの叫びを上げている。
ウララが速度を落としていたのは、この罠をより的確に掛けるため、反撃で脳震盪を起こさせる目的だったのか。
戦士のおじさんが腕を振り上げ、合図を送ってくる。
網に絡め取られてワイバーンは飛び立つことができない。上空は崖の上に潜むわたし達が押さえている。
シチュエーションは万全だ。
ワイバーン退治はこれからが本番なのだった。
アリューシャは着々とユミル化していってます。