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ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ  作者: 鏑木ハルカ
本編 ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ
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第百五十五話 出発前夜


 その日は日も暮れてきていたので、ワイバーン退治出発は翌朝ということになった。

 先生にはハウエルの口添えもしてもらえるとの事なので、おそらくうまく言いくるめてもらえるだろう。

 ああ見えて、アーヴィンおじさん並には知名度のある剣士らしいし。


 とりあえず宿に戻って、みんなと夕食を摂る。

 その日のメニューはソラ豆の冷製スープと、マグロっぽい魚のタルタルステーキ、サラダがたくさん。

 デザートはスターフルーツのシャーベット。

 好みによってタルタルステーキは頬肉の焙り焼きと入れ替えることも可能だった。


 男の子達は手の込んだ料理に歓声を上げていたけど、脂身の強いタルタルステーキは女の子には少し重い。

 わたしは夕食のメニューを見て、この町の食糧不足はかなり深刻であることを認識した。


 ソラ豆は実が大きく、乾燥させて保存食にするのは手間が掛かる。

 それに水で戻すのも時間が掛かるため、あまり保存食の素材としては出回っていない食材だ。

 タルタルステーキにしても、赤身肉ではなく、腹側の脂の乗った部分を利用して誤魔化している。

 頬肉は本来食料には利用されることが少なく、廃棄される事も多い部位である。


 それを言わばお得意様である学園の生徒に出さざるを得ないというのは、もはや苦肉の策という所だったのだ。

 これは本来メインを張る肉類の不足や、魚の身の部分を保存食に回したことによる弊害と思われる。


 隣町までたった二日と思うかもしれないが、冷蔵設備が未成熟なこの世界では、その二日でも充分食物を傷ませることが可能だ。

 ましてや今は、気温が高い晩夏である。

 脂の多い魚の腹身や水分豊富な果物はあっという間に食べられなくなってしまうだろう。


 食堂の片隅で、ハウエルが引率の先生を連れ出していくのが見えた。

 多分わたしを討伐に連れて行く交渉をしてくれるのだろう。高レベルの治癒術が使えるわたしの有用性は、先生も理解しているところである。

 ユミルお姉ちゃんと一緒に迷宮に潜っているのも知っているので、おそらく許可が下りることだろう。


「アーちゃん、ご飯おいしかったねぇ。ちょっと脂っこかったけど」

「ん、料理人の人、がんばってたねー」

「果物がおいしかった」

「あれも南の方の果物だよ。タルハンじゃ珍しいかも?」

「へぇ、アリューシャ、物知り」

「えっへん」


 食事の後は入浴である。

 この宿は学園の生徒を受け入れるだけあって、大浴場や露天風呂なども設置されていて、汗を流すことができるのだ。

 タルハンでは水浴びが主流なので、あまり風呂が付いている宿は多くないが、こういう交易中継点では風呂のような嗜好に応える宿も多い。

 これは地下水が豊富なこの大陸だからこそかも知れない。


 着替えを持って、三人でお風呂に向かっているところで、ハウエルと行き遭った。


「おう、明日の許可、取れたぞ」

「うむ、ごくろう」

「お前な……その言葉遣いが、すっげーあいつを思い出すわ」

「わたしにとっては褒め言葉だよ?」

「まぁ、あの強さは心酔に値するけどな。程々にしとけ」


 手をひらひら振って、その場を立ち去るハウエル。その後姿は熟練冒険者のオーラとやらを放って見えた。

 不思議とユミルお姉ちゃんには、ああいう雰囲気が漂わないんだよね。


「なんか、いかにも冒険者って感じだよね。ハウエルさん」

「うん、かっこいいかも」

「ユミルお姉ちゃんの方がカッコいいんだけどなぁ」

「はいはい」


 ソフィーちゃんとカルネちゃんの、ハウエルの評価は意外と高いらしい。

 わたしの意見をあっさり流されたので、少しムキになって反論してみる。


「少なくとも、アーヴィンおじさんの方が冒険者らしいよ?」

「そりゃ、比べるのが間違いでしょ。アーヴィンさんって英雄の後継者って噂されているもの。後おじさんって言うな?」

「ヤージュさんは今一歩届かなかった感じだよねー」


 ソフィーちゃんはアーヴィンおじさんを『おじさん』というと怒る。

 出会ったときの印象から、わたしは癖が付いちゃっているので、いまさら呼称の変更は難しいのだ。


 脱衣所で賑やかに服を脱ぎ捨て、お風呂に入る前に持ってきた小瓶の蓋を取る。

 中から小さなメルトスライムが這い出してきて、それを見たソフィーちゃんがびくって震えた。


「もう、知ってるけど急に出されたら驚くじゃない」

「ごめんごめん。スラちゃん、見張りよろしくね。男子とか来るかもしれないから」


 わたしの記憶力は悪くない。テッドが『覗いてやる』と宣言した事は憶えているのだ。

 ここは警戒に当たってもらわねばなるまい。


 スラちゃんはにょろりんと触腕を一振りして、露天風呂の衝立(ついたて)の向こうに消えていった。

 『殺すな』と言い忘れてたけど……スラちゃんは賢い子なので、きっと食べたりしないだろう。


 温泉の作法を二人に教えながら、身体を湯で流す。

 ソフィーちゃんもカルネちゃんも、わたしより胸が大きい。カルネちゃんにいたっては、わたしより背も高いのだ。

 ユミルお姉ちゃんはわたしが大きくなったと褒めてくれるけど、実際クラスではわたしの体格は、高くも無く、低くも無い、中くらいである。

 わたしを大きく感じるユミルお姉ちゃんが小さすぎるのである。

 あの体格で二メートルを超える大剣を片手で振り回すのだから、すごい。


「うむむ……アーちゃんは相変わらず、お肌がすべすべなのだ」


 背中の流しっこをしてる最中に、カルネちゃんがそんな事を言ってくる。

 そりゃ毎日お風呂に入っているので、磨き抜かれているのだ。しかも、スラちゃんによる角質除去まで付いてくる。

 我が家の女子は、常にお肌すべすべなのである。


「でも、ソフィーちゃんもかなりすべすべだよ? お風呂無いんだよね?」

「うん。でもわたし泳ぐの好きだから、しょっちゅう水浴びに行くし」

「そう言えば夏は毎日川に行ってたねー」


 わたしも付き合わされて、毎日へとへとになるまで泳いでいた。

 おかげで水泳だけはユミルお姉ちゃんよりも達者になってしまったのだ。



「そう言えば明日って、ハウエルさんとどこ行くの?」

「んぅ? あー、モンスター退治にね。ほら、組合に保存食増産の依頼が出てたでしょ。ハウエルさんがあれ受けて、私がそのサポートをする話になったの」

「えー! 大丈夫? モンスターと戦うんでしょ?」

「大丈夫だよー。ほら、わたしって治癒術とか使えるから呼ばれただけで、後衛だから」


 本当は剣を使えるけど、無駄に心配させる必要もないだろう。

 実を言うと、ユミルお姉ちゃんと一緒の冒険だと、わたしが前に出る必要がまったく無いので、少し欲求不満だったのだ。

 ハウエルが前衛ならば、きっと大暴れする機会もあるはず!


「アーちゃんは女の子なんだから、無理しちゃダメだよ?」

「うん。でも、それを行ったらユミルお姉ちゃんだって女の子なんだよ?」

「あー、ユミルさんはなんか……性別ユミルって感じ?」

「むぅ、それはヒドイー!」

「ぎゃー!!」


 暴言を吐いたソフィーちゃんをくすぐりの刑に処していると、衝立の向こうで男の子の悲鳴が上がった。

 テッドが宣言通りやってきて、スラちゃんに撃退されたのだろう。


「あの声……テッド君?」

「スラちゃんの警戒網に引っかかったんだね」

「だ、大丈夫なの?」

「スラちゃんはすごく頭のいい子なので、安心なのだ」


 しばらくすると、馬の(いなな)きと共に、、テッドの声が遠ざかっていく。

 ウララが連行していったと思われる。


「おい待て! 襟首を咥えるな」

「ブルルル――」

「うわわわ、振りたくるのはよせー!」


 そんな声を聞いて、ソフィーちゃんは呆れたような溜息を漏らす。


「ほんと、男子ってばバカばっかり」

「お子様なのよねー。ユミルお姉ちゃんみたいに、大人にならないと」

「え、それは……」


 親友よ。なぜ、そこで口ごもる……?





 翌朝、わたしは誰よりも早く起きて冒険の準備を整える。

 制服の上から定番の薔薇模様のローブを纏い、天使の羽を背負う。

 これはHP強化と共に攻撃速度が上がるので、近接系スキルの無いわたしにとって非常に心強い装備なのだ。

 さらにガラス細工の付いた靴を履いて、詠唱速度を短縮するキャスケット帽のような帽子をかぶる。


 ここまでは制服以外の着替えとして言い訳できる範疇である。

 わたしは治癒役のお手伝いということなので、武器は装備していかない。

 いつも使っている両手用の大杖や片手剣は、この旅行に持ってきていない事になっているからだ。

 アイテムインベントリーについては秘密なので、それを装備するのは宿を出てからである。


「よし、じゃあ行ってきます」

「アーちゃん気をつけてね?」

「まかせて。というか、わたしに何かある時ってハウエルが死んでる時だよ」

「そうなると旅行どころじゃなくなっちゃうね」


 護衛の中でも最も腕の立つハウエルがいなくなると、問題である。

 代わりの護衛が雇われるまで、出立が遅れることは間違いない。


「くそ、見てろよ。俺もいつか冒険者になって、スカウトされるようなるから」

「テッドはそれまでに落ち着きを持った方がいいね」

「自分が呼ばれたからってエラソーにすんなよ!」

「べーっだ!」


 テッドに舌を出してから、宿を出る。

 周囲に人目が無いことを確認してから、オートキャスト機能のある片手剣とダメージ反射効果のある盾を装備した。

 これは被弾時の反射ダメージでオートキャストを発生させるためである。


 いつもは両手杖を装備することの方が多いのだけど、今日の前衛はハウエルである。

 はっきり言って、ユミルお姉ちゃんより数段不安があるのだ。

 いつでも近接戦闘できるようにしておいて、損は無いだろう。

 一応スラちゃんも小瓶に回収して所持しているので、護りは万全のはずだ。


 厩舎で寝ていたウララにまたがり、冒険者組合に向かうと、すでに三つほどのパーティが出発の準備を済ませていた。

 今回はワイバーン退治ということで、五つのパーティが参加することになっている。

 単独パーティでも倒せないことは無いのだろうけど、安全を考えるとこれ位の数が必要になってくるのだそうだ。


「おう、来たか」

「おはよう、ハウエル」

「おはよう、アリューシャ。今日は頼むぞ」

「まかせて!」


 そんな挨拶を交わすわたし達に、ひそひそと声が聞こえてきた。


「あれが『アンタッチャブル』アリューシャか――」

「あの『ユミルの秘蔵っ子』だろ?」

「噂より……かわいいな」

「バカ、それで手を出したらどうなるか……判るな?」

「お、おぅ」


 なんだか、不要なまでに恐れられている気がする。

 しかもその原因がユミルお姉ちゃんというところが、嬉しいやら悲しいやら。


「むぅ……」

「まぁ、お前の実力を疑ってるわけじゃねぇから、大目に見てやれ」

「そりゃ判ってるけどー」

「それより……今日は両手杖じゃないんだな」


 ハウエルはわたしの格好を一瞥してから、装備について疑問を持ったようだ。

 いつもはユミルお姉ちゃんの後ろで杖を持っているので、そっちの印象が強いからだろう。


「ん? あんなに大きな杖は旅行の邪魔になるじゃない。回復の効果が少し落ちるけどそれでも充分な威力はあるはずだよ?」

「そうか? なら別にいいんだがな」


 片手剣でも充分邪魔になるはずなんだけど、そこは疑問に思わなかったようだ。

 ハウエルが大雑把な性格で非常に助かる。


 そんな訳で、わたし達はワイバーン退治に出発したのだった。


 

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