第百五十二話 クラスメイトとの旅路
以前にお知らせしていたと思いますが、ここからアリューシャ視点での話が続きます。
ユミルの登場はしばらくお待ちください。
「住み慣れた我が家を出て、仲間と共に旅立つ日がやってきました。こんにちわ、アリューシャです」
「アーちゃん、なに言ってるの?」
「うん、ユミルお姉ちゃんがいってたお約束ってやつー?」
馬車の隣に座っているソフィーちゃんに、ユミルお姉ちゃんから教えてもらったお約束を教えてあげた。
ユミルお姉ちゃんはいろんな事を知っていて凄い。
それにとても強い。
何よりとってもとってもカワイイ。
ちょっとドジな所とか、もう反則である。お嫁さんに欲しい。
「ふーん、そう言えば水鉄砲もユミルさんの発明だったのよね?」
「うん、『子供には娯楽が必要だー』って」
「おかげですっごく楽しめてるよ。夏のお祭りとかサイコーだもの!」
「そうそう。ユミルさん、今年は大通りの真ん中に落とし穴掘って反則負けだっけ?」
「去年はスライムで井戸に蓋をして敵の補給を絶って反則負けだっけ?」
「エンターティナーよね」
「今年はなにやらかしてくれるのか楽しみ♪」
「あ、あはは……楽しんでくれて嬉しいわ……」
ユミルお姉ちゃんは本当は凄く強い。
たぶん、普通にやったらぶっちぎりで優勝しちゃうくらい――強い。
でも普通にやれば、見てる人にとっては至極つまらない物になるだろう。
だからいろいろ趣向を凝らして、見てる人も楽しめる『驚きに満ちたぷれいんぐ』を目指しているのだ。
そしてセンリお姉ちゃんも、そんなユミルお姉ちゃんの悪乗り――もとい、『崇高な目的』に便乗して楽しんでいる。
来年からはわたしも一般部門の参加になるので、お姉ちゃんたちと一緒に出るつもりだ。
「でも、個人的にはもう少し、ユミルお姉ちゃんの凄い所を知らしめたい気もするんだけど……」
「レグルさんに勝ったって話だっけ? あれは眉唾だよなぁ」
話に割り込んできたのは、同級生の男の子だ。同じ班の男子で、名前はテッド。
この旅行用の大型馬車には一クラス二十五人が乗っている。教師と御者の人を合わせて三十人だ。
全部で四クラスあるので百人の大移動である。これに護衛の冒険者が二パーティついている。
牽いているのは四頭の馬で、セイコとウララはその周囲を暢気に歩いている。あの子達は、今回は護衛なのだ。
他にもスラちゃんの入った小瓶を携行していたりして、万全の状態である。
これはユミルお姉ちゃんに強引に持たされた。
用事でついてこれなくなって心配した結果とはいえ、少しばかり行き過ぎな気がしないでもない。
それはともかく、ユミルお姉ちゃんがレグルおじさんに勝ったのは本当のことだ。
これはキチンと訂正しておかねばならない。
「本当だよ。わたし、その場で見てたもん」
「えー、マジでー?」
「本当なんだってば! わたし冒険者だし。ほら、組合の登録証だって持ってるんだよ」
肩に吊るしたポシェットから組合証を取り出して見せる。
中身は見せちゃだめだって言われているので、表示は最小限に設定しておく。
「うわっ、本当だ! アリューシャって本当に冒険者だったんだなぁ」
「すげー、俺も冒険者になりてー!」
「ユミルお姉ちゃんのおかげでなんだよ!」
「マジで! すげー、ユミルさん、マジすげー!」
男の子たちは両手を上げて歓声を上げていた。
ちょっとわたしの求める賞賛の声とは違う気がするけど、まぁいいか。
逆に女の子たちは少し心配そうな表情をしていた。
「でも冒険者って凄く危険なんでしょ? 怪我しちゃったりとか、しない?」
「んー、少しだけあるかな? でもわたしは自分で治せちゃうし、ユミルお姉ちゃんが敵は一切近づけさせないし、センリお姉ちゃんのお薬ですぐ治せちゃうし、けっこう大丈夫だよ」
ソフィーちゃんに【ヒール】をかけて、『ね?』と証明してみせる。
怪我はしていないので、効果を実感することはできなかっただろうけど、ほのかに光るエフェクトが発生するので、スキルが発動したことは理解できたはずだ。
それを見て、男の子たちは更にエキサイトする。
やっぱりユミルお姉ちゃんたちより、ぜんぜん子供っぽい反応だ。
どんな時も大人な対応のお姉ちゃん達は、やっぱりスゴイのだ。
修学旅行の目的地はキルミーラ王国南部の大都市、モリアスだ。
ここは『南部の首都』と言われているほど大きな都市で、その権力も首都と二分するほど大きいらしい。
旅行の目的は、そこへ行って南北の確執と、その中央にあるタルハンの重要性を再確認すると言うものである。
タルハンからモリアスまでは馬車でおよそ六日ほどかかる。
途中二箇所の宿場町があるのだけど、それ以外の夜は野宿する必要がある。
およそ一日おきの野営。その野営の技術を冒険者から学ぶのも、教育の一環なのだ。
「塩っ辛い干し肉も水で戻して具材を足してやれば、いいスープの元になるのよ」
簡易で作ったかまどで、冒険者の女性が野営料理の解説をしている。
途中で採取した野草なんかを追加して具沢山なスープを作っていた。
味見させてもらったけど、もう一味、二味くらい足りないかな?
ユミルお姉ちゃんの美食へのこだわりはすごかったので、こういった野営料理でもおいしく食べる工夫をしていた。
一人で火加減を見ていたとき、こっそり臭み消しに肉桂の樹皮やタイムの葉なんかを混ぜて味を調整しておいた。
食事時に冒険者の人が首をかしげていたのを見て、わたしは少し吹き出してしまった。
「なんか……いつもより美味しい?」
「メリンダ、お前料理の腕あげたな!」
「お姉ちゃん、美味しいよ!」
「そ、そうかな? あはは……」
固いパンをスープに浸して、みんなで食べる。
少し塩がきつめなのは、疲れを取るために必要だからだそうだ。
これに干した果実なんかをデザートにつけて、栄養のバランスを取るのだ。
「んー、硬いけど美味しいね。あーちゃん!」
「こういうご飯も、変わってていいよねー」
「ユミルさんもこんなご飯作ってくれるの?」
「ユミルお姉ちゃんのご飯は……もっと変?」
こっそりアイスクリームが出てきたりするから、油断できない。普通の野宿じゃありえない。
これもアイテムインベントリーがあるからなんだろうけど、いろいろと規格外なのだ。特にユミルお姉ちゃんは。
干し肉もほとんど消費したことがない。
燻製にして味を濃縮した物はよく食べるけど、保存食としての役目は期待してないって言うか……お肉とかその場で狩ってくるし。
足の速さやリンちゃんの機動力を活かして、逃げるモンスターに背後から追い縋り、一刀両断してくるのだ。
ユミルお姉ちゃんの俊足にかかれば、セイコやウララですら逃げ延びることはできない。
わたしも野草の知識なんかはけっこうあるので、新鮮な野菜は調達できる。
センリおねえちゃんはいろいろな調味料を確保してるので、味付けにも困らない。
こうなるともはや、野宿ではなくバーベキューの様相を呈してくる。
この間なんて、野生の水牛を見つけて、力尽くで取り押さえてミルクを絞っていた。
ユミルお姉ちゃんは『新鮮なミルクゲットだぜー』って叫んでたけど、なんだか違う気がしてならない。
そもそも、わたしより小柄なユミルお姉ちゃんが二メートルもある水牛を取り押さえて、ひっくり返して乳搾りする姿は、なんというか……すごくシュールだった。
ワイルドなんてレベルじゃない。
「おい、今ユミルっつったか!?」
そこに聞き覚えのある男の声が割り込んできた。
この間絡んできた冒険者の一人、ハウエルがそこにいた。
「あ、ハウエル。いたんだ?」
「呼び捨てにすんな。年上は敬えよ!」
「また勝負しよーね」
「やめてください、お願いします」
あの戦いはなかなか面白かった。
ユミルお姉ちゃん相手だと全く敵う気がしないのだけど、ハウエルはけっこう互角に戦えるのだ。いわゆるライバルってやつ?
ハウエルはわたしのそばに来て、声を潜めて話しかけてくる。
「人前で子供に負けたとあっちゃ、冒険者の沽券に関わるから、そういうのは無しの方向でお願いします。マジで」
「えー、楽しかったのに」
「イヤ、ホントに。ただでさえ結構知れ渡って大変なんだから」
「そう言えば北に行くんじゃなかったの? 南だよ、こっち」
彼はキーヤンさんを倒すために北の国を目指したはずなのに、なぜ南行きのこの旅団に同行しているのだろう?
ひょっとして方向音痴なのかな?
「いや、北に行くにしても資金がな……長旅をするだけの金が無かったから、報酬のいい護衛を受けたんだよ」
「でもハウエルってボッチでしょ? この護衛はパーティ単位での依頼だと思ったけど」
「ボッチ言うな!? あの女の口の悪さを、物の見事に受け継いでやがるな」
「それはわたしにとって褒め言葉。で?」
「タイミングよく、欠員の出たパーティがあったから臨時で割り込ませてもらったんだよ」
「そんな事できるんだ」
わたし達はいつも、ユミルお姉ちゃんとセンリお姉ちゃんで組んでいるので、臨時というのはした事が無い。
と言うか、わたしを入れてくれるパーティってあるのだろうか? わたし、まだ十二歳だし。
「あれだけの戦闘力があるんなら、どこだって大歓迎だと思うけどな。攻撃魔法も回復魔法も使えるんだろ?」
「うーん……剣は元より、攻撃魔法もユミルお姉ちゃんには敵わないんだけど? お姉ちゃんの【メテオレイン】ってすごいよー」
「【メテオレイン】?」
「オートキャストで【メテオスマッシュ】が雨のように落ちてくるの! アイスゴーレムが一秒以下で蒸発しちゃうんだよ」
「マジかよ……」
秒間で何十回も斬り付けるユミルお姉ちゃんの攻撃速度だからこそできる荒技である。
しかも剣先が音速を超えて衝撃波を発生させるので、【メテオクラッシュ】の爆炎が更に吹き散らされて、それはもうすごい事になるのだ。
トラキチさんが『迷宮壊すな!』って、ユミルお姉ちゃんにお説教したくらい。
「言っとくけど、ユミルお姉ちゃんに手を出しちゃダメだよ?」
「誰が出すか!」
「最近センリお姉ちゃんも参戦してきて、争奪戦が大変なんだから……」
「どっちも女じゃねぇか。爛れてるなぁ」
「わたし、おっきくなったら、ユミルお姉ちゃんに赤ちゃん産んでもらうの!」
「あ、そっすか……まぁ、がんばれよ」
どこか虚ろな表情で応援してくれるハウエル。これが外堀から埋めていくって事なんだろうか?
わたしは彼に、スプーンを振り回してユミルお姉ちゃんの凄さを力説していく。
どこか投げやりだった表情が、だんだん青白くなっていく様は少し面白かった。
特に国境付近で山ごとドラゴンを蒸発させた件では、顔が真っ白になって、少し心配したくらいだ。
「あんにゃろ、そんな事までやってたのかよ……」
「ね、勝てないでしょ?」
「くっ、確かに今の俺じゃ勝てそうにねぇ……ってか、人類で勝てる奴いるのかよ」
「さぁ? 銃弾斬れるレベルの人がいれば、相手できるかも」
「無茶言うな!?」
いつの間にか、わたしの周囲には護衛の冒険者の人たちが集まっていた。
噂に聞く最強剣士のナマの冒険譚を楽しそうに聞いていたのだ。
「やっぱすげえんだな。烈風姫って」
「ってことはあの子が『アンタッチャブル』アリューシャなの?」
「ああ、手を出したら最後、保護者が鬼の形相で制裁にくるって言う……」
「何人か実害が出てるらしいぜ……『新鋭』バートンとかブランゲル卿の子息とか?」
「ブランゲル卿?」
「ほら、クロード=ブランゲルだよ」
「ああ……『くそまみれ』のクロードか」
なんだか不穏な噂が聞こえたような気もするけど、せっかくの楽しい夕食の場を壊すことも無いでしょ。
ここは大らかな心で流すことにしよう。わたしはレディになるのだから。
そしていつか、ユミルお姉ちゃんを篭絡して見せるのだ。
主人公以外の視点での長話というのは賛否あると思いますが、アリューシャ視点でのユミルというのを一度書いてみたかったので、ここに持ってきました。