第百五十話 新たなる脳筋
さて、アリューシャの修学旅行のお買い物に行くためには、現金も用意しなければならない。
大半の支払いはカード払いできるのだが、それができない店もない訳じゃない。
そんな訳で、アリューシャと共に冒険者組合に来たのだが……
「烈風姫ユミル、その剣腕が真実というのなら俺と勝負しろ!」
今、ボクの目の前には二十歳そこそこの冒険者の姿。
腰に剣を下げて、盾を背負っている。年のころはアーヴィンさんの雰囲気に近いが、もう少し落ち着きが無い感じだ。
だがこれからアリューシャとデートだというのに、こんな馬鹿っぽいのを相手にする義理は無い。
「はいはい、邪魔だからどいてね?」
「テメ、馬鹿にする気かぁ!」
「そもそも名前も名乗らない奴の相手をする気は有りません」
人と話す時はまず自己紹介から。基本である。
「あ、そうか。俺の名はハウエ――ぶぎゅる!?」
聞いたからといって相手するとは言っていない。
馬鹿正直に胸を張って名乗ろうとしたハウ某を蹴り飛ばし、組合事務所に入っていく。
時速三百キロを弾き出すボクの脚力で蹴り飛ばされては、無事では済まない。
手加減はしておいたので、気絶程度で済んでいる。
「いや、暑くなると変なのが出てくるよねぇ」
「でも少しかわいそう?」
「あんなのに同情しちゃダメだよ? アリューシャがストーカーされたら大変でしょ」
「だいじょーぶだと思うけどなぁ?」
カウンターに向かいエミリーさんに現金を卸すようにお願いする。
書類を書き上げ、用意されるまでエミリーさんに先ほどの男について尋ねておく。
「ああ、ハウエルさんね。剣の腕が立つことで有名なのよ。現状ではアーヴィンさんといい勝負ね」
「なんだ、その程度か」
「彼を『その程度』呼ばわりできるのはユミルちゃんとお父――領主様くらいよ? アーヴィンさんってこの数年で物凄く腕を上げてるんだから」
確かに初めてあった頃に比べれば、かなり腕を上げている。
現在急激に成長している彼に以前から匹敵しているという事は、噂になった時点では彼よりも相当強かったという事になる。
「ふぅん……」
「まぁでも、その分悪い噂も多くてね。少しばかり天狗になってる所が――」
「テメェ、いきなり蹴り倒すとはどういう了見だ!」
そのタイミングでドアを叩きつけるように開いて、ハウエルとやらが乗り込んできた。
もう気絶から目を覚ましたのか。意外と打たれ強いな。
だがこういう輩と正直ににやりあうのも、メンドクサイ。
「さては俺を畏れて勝負を避けているんだな!」
「うわ、めんどくせぇ……」
「違うというなら勝負しろ。レグル=タルハンの後継者は俺である事を証明してやる」
「別にレグルさんの跡を継ぎたい訳じゃないし。というか、ボクの方が強いし」
「そんな訳あるか!」
レグルさんのカリスマ性はさすがというべきか。
ボクの方が強いというのは結構知れ渡っているのに、いまだに彼の方が人望はある。
戦争なんかが起きて、ボクとレグルさんが兵を募るとしたら、間違いなくレグルさんの方に人が集まるだろう。
このハウエルも、レグルさんの信奉者の一人なんだろう。
同程度の腕と噂されるアーヴィンさんではなく、ボクの方にやってきたのも、ボクがレグルさんより強いという噂が広がっているからなのかもしれない。
「とはいえ、何の旨味も無いのに無駄に戦うのも……なに、アリューシャ?」
「わたしが戦いたい!」
「えー……?」
シュタっと手をあげて宣言するアリューシャ。
そういえば賢者職であるアリューシャは片手剣を使う事ができる。
見たところハウエルも片手剣を使うようなので、バランスはいいかも?
「おいおい、いくらなんでもそりゃ無いぞ。お前でも大概ガキ臭ぇってのに」
「ヌッコロス」
といったところでメンドクサイのは変わりない。
せっかくアリューシャが戦いたいと言っているのだから、やらせてみればいい。
「まぁキミではアリューシャには勝てる訳ないし」
「んだとぉ!」
「でも確かに、ユミルちゃんを本気にさせるには、アリューシャちゃんに手を出すのが最短よね?」
「エミリーさん、余計な入れ知恵しないでください」
そりゃ、アリューシャに掠り傷一つでも付けたら百倍返しは堅いけど。
ハウエルもエミリーさんの発言を聞いて、ボクとの戦いの前哨戦にちょうどいいと思ったみたいだった。
「なるほど、こいつを本気にさせるには、この嬢ちゃんに勝てばいいんだな?」
「じゃ、試合成立という事で」
「勝手に決めないでください!」
「アリューシャちゃんは戦いたい。彼も承知した。ホラ、何も問題はないわ」
「アリューシャも危ないことしちゃダメー!」
ボクの説教を聞き流して、アリューシャは屈伸なんかして見せてる。
命のやり取りをする訳ではないので、模擬剣での試合になる。日ごろ剣を持ち歩いていないアリューシャでも、対処可能だ。
彼女も一端の冒険者なので、これ以上ボクが口を出すのは筋違いになりかねない。
「それじゃ、アリューシャちゃん対ハウエル君。どっちに賭けるー?」
エミリーさんの宣言に冒険者達は次々と声を上げた。
「そりゃアリューシャちゃんだよなぁ」
「勝てる訳ないよなー」
「あの子強いし。ハウエルくらいじゃな」
「可愛いは正義だし。ユミルがいなけりゃ俺の嫁にしてる」
「貴様、よく言った。遺言は残したな?」
そんなわけでアリューシャの決闘騒ぎが始まったのだ。
この流れ、カロンの時もあったなぁ……
円形の闘技場に模擬剣を持って対峙するアリューシャとハウエル。
賭けは結局アリューシャの圧倒的人気により、不成立となった。
中央にはげんなりした表情のヤージュさん。
これもカロンの時の配役と同じだ。意外と巡りの悪い人なのかもしれない。ヤージュさんは。
「それでは模擬戦を始める。剣あり魔法ありの実戦形式。ただし相手を死なせたら反則負けの上、罰則だからな」
「はーい!」
「フン、うっかり大怪我させても文句は言うなよ」
あの馬鹿、よりによってアリューシャ相手に魔法ありの実戦形式だと?
うっかり死んでも文句言えないぞ。
ボクの支援が無いので、アリューシャのオートキャストは全力の半分程度しか発生しない。
それでも彼女の魔力ならば、一般冒険者など一瞬で消し炭にできる。
「一つ言っておきますけど、アリューシャは魔法も一流ですよ?」
「子供相手ならこれでも足りないくらいだ」
「あっそ」
そこまで言うなら、やってみればいい。
ボクとしてもアリューシャの近接戦の腕がどれほど上がっているか、確認できるという物だ。
「それでは模擬戦、始め!」
ヤージュさんの掛け声と共に、両者が一気に間合いを詰める。
「おらぁ!」
先手を打ったのはハウエルの方だった。
間抜けな言動とは裏腹に、かなり鋭い突きを放つ。だが、アリューシャはそれを余裕を持って回避する。
この程度の攻撃ならば、ボクは元より、アリューシャより回避能力の劣るセンリさんでも避けられる。
「てぇい!」
反撃にアリューシャの袈裟斬りの斬撃。これは先のハウエルよりも遥かに鋭い物だった。
生半可な腕の者では白光が走ったように見えただろう。
だが、これはアリューシャの全力ではない。
ハウエルの体勢を崩した隙に、【アジリティブースト】を自分に掛ける。
更に加速したアリューシャにハウエルの剣は追い付かなくなってきた。
その余裕を使って新たな魔法を起動する。
「【セイフティゾーン】!」
青白い光がアリューシャの足元から立ち上り、その身を包む。
この光の柱は射撃攻撃を防ぐ【プロテクトアロー】と反対に、近接攻撃を弾く効果がある。
数回とはいえこの防壁に剣を防がれ、ハウエルは一旦間合いを取った。その合間にアリューシャは【オートキャスト】を詠唱する。
この魔法を使うという事は、アリューシャは近接戦――という剣で勝負をつけようという気だ。【オートキャスト】は剣の威力不足を補うためだろう。
「やあぁぁぁぁあああ!」
「ハッ、防壁の中にすっ込んでいない点は褒めてやる!」
振り下ろされるハウエルの剣。それを避けて懐に入るアリューシャ。
敏捷度を更に加速しているアリューシャが更に早い剣を返す。
だが驚いた事にハウエルはこれを跳ね上げ、返す刃でアリューシャに一撃を加えた。
両者初めての有効打。だが致命的なダメージには程遠い。
明らかに身体能力で上回るアリューシャから先手を取ったハウエルの実力は大した物だ。
だが実戦ならば、これで終わらない。特に司祭職を経由しているアリューシャのしぶとさは半端無いのだ。
「【ヒール】!」
ダメージは実際に存在しないが、実戦を想定してアリューシャは自分に【ヒール】を掛けた。
これが実戦ならば動きに制限が出るほどのダメージを受けたと思ったのだろう。
だがこれで攻め倦む事になるのはアリューシャの方だ。
身体能力で勝っていながら返し技でダメージを受けた。彼女は魔法に関してはプロフェッショナルだが、剣に関しては素人同然である。
この守りを攻め崩すだけのバリエーションが存在しないのだ。
有利を確信し、フフンと鼻で笑うハウエル。
ただしその有利は、剣では、と付く。
「……【ばにっしゅ】」
ゴンと弾ける光の爆発。
狭い範囲とはいえ、その中央に立っていたハウエルはこれを避ける術はなかった。
「ひ、卑怯な――!?」
剣で勝負を決めにくると思い込んでいたハウエルは、これをまともに受けた。
うん、やっぱりアホだな。
「【ふぉーすすらっしゅ】」
続いて【バニッシュ】よりも更に起動の早い【フォーススラッシュ】が飛ぶ。
この一撃でハウエルはまたも気絶したのだった。
「子供に負けた……俺の剣はまだまだだ……」
床に手を着いてブツブツとつぶやくハウエル。
どうやらアリューシャは二人目のトラウマ持ちを生み出したようだ。
「ま、アリューシャは別格ですからね。身体能力で劣っていながら一撃入れたのは大した物ですよ」
「慰めてもらわなくていい。俺はどうやら自惚れていたようだ」
「ちなみにユミルお姉ちゃんは、わたしの倍くらい早いんだよ!」
アリューシャの補足を聞いて『冗談だろ?』という表情をするハウエルだが、正確に言うと倍以上早い。
おそらくボクの剣閃は彼には視認できないだろう。
更にスキルを使って加速するのだから、もはや手に負えるレベルではないのだ。
「世界は……広いな……」
アリューシャの言葉にウンウンと頷く冒険者達を見て、ハウエルは完全に負けを認めたようだ。
「修行不足はよく判った。また出直してくる」
「いや、二度と来るなよ」
「俺、いつか『世界最強』になるんだ――」
ぐっと握り拳を作って空を見上げるハウエル。
こういうのと付き合うと無駄に疲れるので、勝手に見えないところで頑張ってもらう事にしよう。
「そう、なら一ついいことを教えてあげよう」
「ん、なんだ?」
「北の英雄の存在は知ってるかい?」
北の英雄……つまり、キーヤンの事である。
「彼はレグル=タルハンに匹敵する英雄だそうだ。君が強さを求めるならば、いい試金石になると思うよ」
こう言っておけば、こいつは北へ旅立つだろう。
厄介ごとは誰かに押し付けるに限る。
こうしてハウエルは北へと旅立っていったのである。
彼は北に向かおうとしますが、また出てきます。