第百四十九話 二年後
再開します。例によって隔日連載の予定です。
ユミル村攻防戦から早くも二年の月日が流れた。
あの後ケンネル王国は、冒険者組合の締め付けにより、その勢力を大幅に狭める事になっている。
ケンネルでの組合活動の停止は冒険者の流入を止め、彼らに護衛を頼んでいた交易商人の流入も止まってしまったからである。
商人が流れてこなければ、物資の流れも金の流れも止まる。
金の流れが止まれば人の流れも止まる。つまり冒険者の減少も発生しているのだ。
このため、各地方のモンスター討伐にも支障が現れ、大氾濫規模とまでは行かなくとも、小規模なモンスター増殖現象が頻発している。
これを討伐するために軍を派遣する必要があり、周辺国に手を出すどころではなくなってしまったのが現状だ。
更にこれらの影響は民衆にも影響を与える。
治安の大幅な低下、経済の停滞、モンスターの襲撃……この大惨事に遭って国に留まる者は激減し、他国への難民として流出に歯止めが掛からない。
結果、税収は大幅に減少。難民流出による国勢も縮小の一途を辿り、復帰の目処はまったく立たない状況だ。
組合の予想では、このまま締め付け続ける事により内乱に発展、更に分裂して小国家群に成り果てるのではないかと見ている。
対して、ユミル村の状況は非常に好調だ。
一時的に冒険者の減少を招いた迷宮だが、トラキチとヒルさんが交渉の場を設ける事により、より効率的な迷宮の改変が進んだ。
更に村の外で必要な資源を、ヒルさんが希望する事でトラキチがそれに応える。
このコンボにより、ユミル村の資源状況は大幅に改善された。
迷宮攻略の方も堅調である。
本来迷宮をクリアされないようにしなければいけないダンジョンマスターなのだが、トラキチの場合は都合が違う。
彼は軟禁状態にあるため、迷宮をクリアしてもらいたい。
だが、あからさまに手抜きの運営をしてしまっては、『効率的に迷宮運営する』ために呼ばれた彼の立つ瀬が無い。
ダンジョンコアに『お前、要らない』と判断されたら、作られた存在であるボク達がどうなるか、判った物ではないのだ。
故に、迷宮を育てながら迷宮攻略を進めさせるという、矛盾する行為を平行せねばならない。
ここら辺の匙加減が、現在彼を悩ませている種である。最近、頭皮が後退気味なのは、きっとそのせいだろう。
以前より少しばかりユーザーフレンドリーになった迷宮を堅実に踏破し続け、ボクは今、二十九層まで足を伸ばせるようになっていたのである。
一般的な冒険者達も、二十三層まで到達しており、その到達域はこの二年でほぼ倍になっているのだ。
だが、彼の住む領域は未だ見えていない。
ボク達の状況も大きく変化した。
具体的に言うとアリューシャは十二歳になり、初等部の最上級生となった。
身長もぐんと伸びて百五十センチまで伸びている。つまり――
「ユミルお姉ちゃんはかわいーねぇ」
「ええい、頭を撫でるんじゃありません!」
年齢的にボクの方がまだ一つ上にもかかわらず、身長は完全に敗北している。胸や腰周りなんかも言うに及ばずである。
もはや完全に妹扱いである。
その美貌と世話好きでフレンドリーな性格から、すでに学園ではアイドル的存在であるにも拘らず、シスコンの性格が災いして積極的にアプローチしてくる者はいないらしい。
もちろん、ボクがいる限りヘタな男との交際なんて認めない。
センリさんとの関係も大幅に変わっている。
彼女はボクに迫るようになっているが、カザラさんとの関係も続けている。
アーヴィンさんとの事は完全に過去の出来事として割り切る事ができたようだ。
今では良い友人として穏便に付き合えている。
そのアーヴィンさんも、現在は冒険者の現役続行の瀬戸際に立たされている。
それはルイザさんが結婚による引退を望んでいるからだ。
確かに子供ができれば現役続行なんてできようはずもない。ローザも加入してまだ二年なので、ここで自分達が抜ける事に不安を感じているのだ。
パーティの戦力としても大きな不安を抱える事になる。
そして一番変化しているのはボクだ。
どう変わったかというと……
「ひわあぁぁぁぁぁぁ!?」
「あ、ユミルお姉ちゃん、そっち行ったよー?」
「来るなあああぁぁぁぁ!」
現在二十九階層。ボスのいる階層の一つ手前だ。
だがボクは今、この階層の攻略に手間取っていた。
ボクの排除を妥協したトラキチによって、ボクがボス部屋に突入しても普通のボスが出てくる。
通常程度のボスではボクを止める事なんてできやしない。
なので二十九層まで順調に進む事ができたのだが、この階層でボクは最大の敵に出会う事になった。
すなわち――死霊系やゾンビ系のモンスターの登場である。
「おのれトラキチ、なぜこのモンスターを配置したぁ!」
「ユミルお嬢様、さすがにそこまで嫌われるのは、私としても少しばかり傷付きます」
「イゴールさんは別ですとも!」
イゴールさんは屋敷の管理を斥候の師匠であるレグルさんと共同管理するようになっていた。
そしてレグルさんは……なんとタルハンの領主にレベルアップしていたのだ。
彼が町長を引退し、子爵位を持って戻ってきたのは、タルハンの領主になるための布石だったらしい。
ボク達が転移者であるという情報は、後援者であるレグルさんとヒルさんの二人しか知らせていない。
そしてレグルさんが領主になったことで、ボク達は非常にフットワークが軽くなったのだ。
レグルさんはボクの正体を知り、屋敷に出入りしているという事で、イゴールさんの代わりに管理を引き受けてくれることも多い。
屋敷の管理から半ば解放されたイゴールさんは、ボク達のパーティに不足している斥候として、冒険に参加してくれるようになった。
罠をあっさりと見抜き、壁をすり抜け偵察してくれる彼は、もはや無くてはならない戦力になっている。
「ほら、アリューシャちゃんが退魔法を使うから、さっさと足止めしてきなさい」
「センリさんが鬼だ!」
「泣き顔も可愛いわね」
「本気で鬼だ!?」
涙目になりながらも、魔剣『紫焔』を引っこ抜いて八つ当たり気味に剣を振る。
【エンチャントブレイド】を起動して、魔力を纏わせておくことで、死霊系モンスターにも高い効果を発揮させる事は忘れない。
死霊系のモンスターには物理攻撃が効きにくいので、魔力を纏わせないといけないのだ。
たとえ音速に迫る剣撃と言えど、物理無効の相手には何の意味も持たない。
ちなみにイゴールさんは巻き添えを食らわないように、さっさと後ろへ下がっている。
「うわーん!」
ボクは迫力溢れる裂帛の気合で斬りかかり、その迫力にレイスどもが怯む。
なんだかべちべちとHPドレインっぽい攻撃を受けているけど、きっと気のせいだ。
「いくよー、【バニッシュ】!」
「ちょ、待っ!?」
【バニッシュ】は三メートル程度という極小範囲とはいえ、範囲攻撃の魔法でもある。
そして不死系のモンスター以外にもダメージを与える事ができる、大司祭の数少ない万能攻撃魔法だ。
もちろん、パーティメンバーであるボクには、その攻撃は届かない。
だがそれ以外なら届くのである。
具体的に言うと、爆散したゾンビの死肉とか……
「ぎゃあぁぁぁ!?」
「あ、ごめーん」
可愛らしくテヘペロして謝ってくるアリューシャだが、さすがに腐肉塗れにされて怒らない訳には行かない。
ボクはデロデロになりながら、腰に手を当てて怒りを表現する。
「アリューシャ……罰として、今日はお風呂でボクを洗いなさい。隅から隅まで」
「えー、ユミルお姉ちゃん、それってご褒美だよ?」
「どんとこい!」
「ちょっと、それは私にやらせなさいよ!」
そんな感じで、ボク達は休日の迷宮探索をこなしていたのである。
土日の休日は村へ出張して迷宮探索に勤しみ、平日はタルハンでアリューシャを学校へ送り保護者をする。
これが今のボクの日常である。
センリさんはその間ポーションを始めとした薬品や道具類を組合に納め、副業として軽くない収入を得ている。
少量とはいえアンブロシアを組合に卸し、医療関係にも多大な貢献をしている。
この町というより、もはや世界に必須な人材なのだ。ボクの貞操を狙う困った人だけど。
そんなある日、アリューシャがプリントを手に屋敷に帰宅してきた。
スカートの裾を跳ね上げながら駆け込んでくる元気一杯の姿は見ててほっこりしてくる。
「ユミルお姉ちゃん、修学旅行のお知らせだって!」
「ほぅ? 修学旅行とな?」
そういえば彼女ももう最上級生。そういった旅行の話も来る頃である。
テマやラキもすでに卒業しており、世話好き美少女ながらガキ大将のアリューシャが自宅を離れて数日他所に行くのだ。心配でないはずが無い。
「目的地はどこ? ユミル村とか言ったら大爆笑なんだけど」
「それ、わたしは笑えない」
ぺらっと手渡されたプリントに目を通すと、キルミーラ王国南部地方の大都市の名前が挙がっていた。
「モリアス……か。行ったことはないなぁ」
「南の首都って呼ばれてるんだって」
「ラドタルトの交易が盛んなところよね」
ヒョイと首を出してきたセンリさんが補足してくれる。
確かに南部の都市ならば、南のラドタルトの方が交易しやすいだろう。
「という事は動物とか結構いるんですかね?」
「動物園とかあるらしいわよ」
「あ、それはボクも見てみたいかも」
この世界の生態系は元の世界とまったく違うといっていい。
そんな場所にある動物園となると、見た事も聞いた事も無い動物が多くいるかもしれないのだ。
「いいなぁ、アリューシャ羨ましいなぁ!」
「うふふーん、いいでしょー。お土産期待しててね」
「センリさん、ボク達も行きませんか?」
「あ、いいわね。学園の旅行に便乗しちゃおうかしら」
「それはやめて! なんだか恥ずかしいもん」
さすがに子供の修学旅行に親が同行するなんて、聞いた事が無い。
だけど、見物に行きたい気持ちは確かにある。
旅行期間は一週間を超えているので、行くならトラキチにはその旨を伝えておかねばならないし……
「別に旅行に同行する必要は無いですね。資金的な問題はありませんし、時間的なものもなんとでもなる……行かない理由はないかも?」
「そうね。アリューシャちゃんがモリアスに行くんだし、私達が行った事ないというのもねぇ」
保護者として活動範囲や見識が子供より狭いというのは、なかなか気になるところである。
「それより、せっかくの修学旅行なんだから、準備とか要るんだよ。ほら、新しい武器とかぁ」
「いやいや、アリューシャ……何で武器が必要なのさ?」
「オシャレ?」
アリューシャ……武器はアクセサリーじゃないのだよ。
でも服とか靴とかは揃えてあげないといけないな。彼女のパジャマはいまだに着ぐるみ怪獣なのだ。
可愛いから仕方ないけど、クラスメイトと一緒に寝るのに、それはかわいそうかも知れない。
それに旅行カバンとかも揃えなければならないな。
「出発は来月か。準備期間は結構あるね」
「お買い物、行くの?」
「それはもちろん!」
アリューシャに可愛い服を着せるチャンスなのに、ボクが断る理由など無いのだ!