第百四十八話 その後のユミル村
村での攻防から一週間が過ぎた。
ドラゴン達は散々村の周囲を焼き払って、すっきりした表情で北へと戻っていった。
報酬に何か支払おうと思ったけど、ストレス発散できたからいらないと断られた。
逆に時折焼畑に呼んでくれとまで言っていた辺り、実はストレスのある職場なのかもしれない。
ケンネル帝国は謝罪としてユミル村とタルハンに謝罪声明と賠償の支払いを行ったが、あくまで侵攻は一部の不穏分子による独断と突っぱねている。
組合もそれを飲む訳にはいかないので、追々経済制裁が発動して痛い目を見る事になるだろう。
ただし、向こうの言い分である『一部の不穏分子による独断専行』という部分は、侵攻した兵員の少なさから多少の説得力を発揮して、国体解体までは行きそうにない。
どうにもこの辺りはしたたかな立ち回りを見せている。
アリューシャも体調を持ち直し、今は元気に学校に通っている。
情報の共有と言う事で、目を覚ましてからボクが元々は男だった事を話したりしたのだが、記憶がない上に野生児である彼女は、異性という物にあまり頓着していなかった。
むしろ『男の子ならけっこんできるね!』と、無邪気に喜んでいたくらいである。
その目にはなんだか怪しい光が宿っていたような気がしないでもないが……
問題があるのはむしろセンリさんだ。
彼女は自身が『作り物』であるというショックから抜け出せず、今もまだ部屋に閉じこもったきりである。
食事は取るし、部屋を訪れたら迎え入れてくれるので、自殺などの心配は無いだろうが……やはり目を離せない状況が続いているのだ。
「えと……センリさん?」
「…………なに」
「もうお昼ですし、昼食とか食べに行きません? たまにはランデルさんのところでパーッと――」
「いらない」
「……そうですか」
薄暗い部屋の中、ベッドの上で三角座りしたまま、あっさりと却下された。
散らかった部屋は埃が積もり始め、不健康そうな有様になりつつある。だが、この状況で掃除しろとも言えない。
「えと……じゃあ一緒に料理とか作りましょう。気分転換になります」
「いや」
「あ、そっすか……」
一事が万事この調子である。
取り付く島もないので、結局ボクも手持ち無沙汰にベッドに並んで腰を掛けている。
「……ユミルはさ」
「はい?」
「自分が偽者だって知って、ショック受けなかったの?」
「んー……」
久しぶりに彼女の方から振られた話題は、やはりヘビーなものだった。
とはいえ、会話しようとしてくる時点で、少しは持ち直してきているのかも知れないのだ。
「ショックと言えばショックでしたが、反面安心した所もありますね」
「安心?」
「ボク達はこちらに転移してきて、もう五年になります」
「私は三年ね」
「ええ。これを逆に考えますとね。もし作られたのではなく転移だったのだとしたら……向こうで五年も行方不明になっている事になるんですよ」
行方不明は七年で死亡認定だったかな?
余りはっきり覚えて無いけど、そんな所だっただろう。
「ボクは両親はすでに死んでて一人暮らしなんだけど、田舎に祖父母がいるんですよね」
「そう……?」
「もし五年も行方不明になってたとしたら、すごく心配掛けてたと思うんです。でもボクが偽者って事は、元の世界にはキチンと本物のボクがいるってことです。つまり心配を掛けずに済んでいる」
こっちに転移してきて、色々性格的なものも変化しているけど、生きて所在が判明しているだけでも安心させる事はできているはずだ。
その点に限ってだけは、偽者で感謝していると言ってもいい。
「優しいのね。私はそんな事考えもしなかったわ」
「センリさんも家族と一緒に暮らしていたのなら、いきなりそれを失う悲しみは判ると思います」
「家族は私を失っていないかもしれないけど……私は『私の家族』を失ったわ」
「そりゃ……まぁね。じゃあボクじゃダメですか?」
「え?」
「代わりになるなんて大きな事は言えませんけど、ここで一緒に暮らしてもう三年です。ボク達じゃ『新しい家族』になれませんか?」
ここにいるのは中の人じゃ無くセンリさんだ。ボクもユミルと言うアバターが人間化した物である。
一から生まれ直したボク達という存在。
ならば家族も一から作りなおしてもいいはずじゃないか。
「ボクと、アリューシャと、センリさんと――セイコと、ウララと、イゴールさんと、リンちゃんと、スラちゃんと……なんだかモンスターばかりですけど、この屋敷全部、家族になりましょう。ダメですか?」
「そんなこと――! でも……」
「まぁ、すぐに決断なんてできるモノじゃありません。それにボクの場合、色々盛大に変わっちゃったので、逆に区切りが付けやすかったのもありますし……」
「色々変わった?」
「その……ナイショですよ?」
「なによ、今更」
「実はボク、元の世界では…………男でした」
「なっ!?」
センリさんの表情に驚愕が浮かぶ。
そりゃそうだ。彼女はボクを女だとばかり思っていたのだから。いや、女として作られた身体なのだから、間違いじゃないけど。
「だから、家族だけじゃ無くて色々失ってるんですよ。身体的にも、精神的にも」
「そんな……いえ、そういう事もありうるのね――」
まぁ、凸な部分は無くなったが代わりに胸とか増えた訳だし――ちょっとだけど。
「そんな訳で結構苦労してるんですよ。いきなり草原スタートでしたし、アリューシャを保護して責任とかできましたから、最初は必死で気にしてる暇ありませんでしたけど」
「そうね、アリューシャちゃんなんて記憶すらないのよね」
「ですね。一番厳しい状況なのはアリューシャですね」
「私、記憶があるだけマシだったのね……負けてられないわね」
「でも、無理はしちゃダメですよ? 今回の話はへこたれても仕方ないくらいの重大事なんですから」
「そのときはユミルが支えてくれるんでしょ? 家族なんだし」
「それはもちろん」
ボクだって、この世界に来た時はアリューシャに支えてもらったんだ。
その相手すらいなかったトラキチに比べれば、ずっと恵まれている。
「家族って事は……旦那様?」
「どうしてそうなるんですっ!?」
「いやほら、アリューシャちゃんは娘みたいなものだし」
「むしろ妹と言って!」
「今のユミルの年齢なら本当に姉妹みたいよね。むしろ私が旦那様かしら。そういえばキーヤンのゲームでは性転換できたわよね?」
「逃げて、キーヤン、超逃げて! ボクの貞操のために!」
最近アリューシャに狙われている気がしてたけど、ここに来て新たな肉食獣が発生した模様。
元気になったのなら、それもやむなしだけどさ。
「ところでユミル?」
「なんですか?」
「私達、一緒にお風呂に入ったりしてたわよね?」
「…………」
「マッサージとかもしたわよね?」
「……………………」
ま、まずい! これはボクがこの世界に来て以来最大の危機!?
「それじゃ、ボクはこの辺で……」
「責任、取ってよね?」
「センリさんにはカザラさんがいるじゃないですか!?」
「そこはそれ、これはこれよ」
すまぬ、カザラさん。これがNTRというヤツか……
こうしてセンリさんは、なんだかイヤな方向に立ち直ったのである。
そんな訳でこちらの問題が片付いたところで、トラキチに会いに迷宮へと出向く。
あの時は気を失っていたアリューシャも連れて、改めて御挨拶だ。
アリューシャの【ポータルゲート】でユミル村に飛んでから、まずは村の様子を尋ねて回る。
組合支部のヒルさんに挨拶して、近況を聞いておく事にした。
「という訳で最近どうよ?」
「イヤ、いきなりフランクな挨拶ですね?」
「まぁ、あんな事があった後なので、気になってたんですよ」
「そう言えばセンリさんは立ち直ったようですね。良かったです」
「心配掛けたわね。ユミルが結婚してくれるって言うから、落ち込んでいるどころじゃなくなったの」
「なんですって!?」
いきなりホラ話をかっ飛ばすのやめてくださいよ!
「冗談ですよ。それに女同士じゃないですか、ボク達」
「ふーん……?」
「いや、過去は置いとくとして……」
ジト目でセンリさんに睨まれて、ボクは嫌な汗が流れるのを感じた。
なんだか立ち直らせるためにバラしたボクの秘密が、致命的な結果を招いてる気がしてならない。
そんなボクの袖を、クイクイとアリューシャが引っ張る。
「お、お姉ちゃん達、結婚するの?」
「いやいや、しないから! ボクはアリューシャ一筋だし!」
「酷い、私の事は遊びだったのね!」
「センリさん、やめてくださいよ! ホントに、ホントにィ!?」
涙目になって懇願すると、『今日はこれくらいで勘弁してあげる』と含み笑いを返してきた。
冗談にして流してるけど、目が笑ってないんだよね。
「まぁ、冗談はさておき。村の復興は、まぁそれなりという所ですね。建造物の方はアルドさんが張り切って直してますが、避難した人達はなかなか戻ってきてくれません。何より冒険者が減ってしまったのが痛いですね」
冒険者は七名が戦死し、五十名あまりが逃亡している。
逃げた人達はばつが悪くて戻ってくるとは考え難い。
そう考えると、トラキチと約束した『迷宮にもっと人を送る』という約束は前途多難である。
タルハンからこちらへレベルアップを目指してやって来る新規の冒険者たちに期待する事にしよう。
その後、迷宮に入り、チャージバードやシャドウウルフを蹴散らしながら、泉の部屋に向かった。
ボクやセンリさんは元より、アリューシャもこの階層の敵に遅れを取るような事はない。
人目を避けるため、そこから六層へ飛んでそこでトラキチと挨拶することになった。
「一週間か。いきなり予定より遅いのでは無いか?」
「すみません、こちらも都合がありまして……ほら、ボク達偽の体だって知らされてショックだったんですよ」
「そうか、それもそうだな。ああ、アリューシャには始めて会うな。俺がこの迷宮の主のトラキチだ。親しみを込めて黒の迷宮主と呼ぶがいい」
「はじめまして、トラキチさん!」
「……うん、お前はユミルの影響を受け過ぎだ」
なんだかんだ言いながらも、アリューシャに飲み物を出したり、食事を振舞ったりしていてトラキチの気配りっぷりが微笑ましい。
まるで姪っ子にゴマを擂るおじさんのようだ。
「そうだ、そこでニヤニヤしてるエロ娘」
「誰がエロ娘ですか!」
「お前だ。貴様……今後迷宮内で自慰行為は禁止するからな」
「ひぁ! み、見てたのですか!?」
「この迷宮内で俺の目が届かない場所はない。それと、俺の像のアレを斬り落とすのはヤメロ。タマヒュンするから」
「ユミルお姉ちゃん、『じーこーい』ってなに?」
「アリューシャは知らなくていい事だよー」
「ユミル……あなたって人は……今度から私が相手してあげましょうか?」
「やめて、お願いだから!」
もう、なんだかボクの株が下がりっぱなしである。
いや、センリさんに対しては爆上げのようだけど、それはそれで困る。
彼女が立ち直って以降、カザラさんの恨めしそうな視線が痛いのだ。
「まぁ、無理にとは言わんが、できる限り訪れるようにしてくれ」
「はい、スミマセンね。それと冒険者たちですが……戦争の影響でやはり一時的に減ってるようです」
「最近人の出入りが減ったと思ったら、あの影響か。こればっかりはどうしようもないな」
「呼びこむのは人じゃないといけないんですか?」
「いや、モンスターの意思力も取り込めるのだ。人じゃなくても問題ないぞ」
「なら今度、暇そうな連中に声掛けてみます。ドラゴンとか」
「それはやめてくれ。迷宮を育てるどころではなくなってしまう」
ガイエルがここに挑戦したら、その日のうちに踏破されそうだ。
とにかく、そんな訳でトラキチとの面通しは滞り無く終了したのだった。
ここまでで一区切りとなります。
次の話は作中で2年ほど先に飛び、実験的にアリューシャ主観多めの展開でやってみますので、ご注意ください。
投稿の再開は、ポンコツ魔神の新章が一段落してからになるので、10日後くらいでしょうか。