第十四話 冒険者支援組合での一幕
三人称視点での閑話となります。
ユミルたちは出てきませんので、ご注意ください。
冒険者支援組合。
それは大陸全土を活動域とする冒険者を支援するために誕生した、互助組織である。
様々な支援やサービスを受けられるとあって、冒険者を名乗るものなら大抵は加入している組織でもある。
たかが一互助団体が……と思われるかもしれないが、この組織の影響力は計り知れないものがあった。
単独でモンスターを狩れる冒険者、それがパーティという名の群れを組む。
そんな武装集団が星の数ほど加入しているのだ。
加入人数は下手な小国の比ではない。そして職員の数も、それ相応に多い。
一般人を遥かに超える戦闘力を持つ冒険者が、山の様に加入している組織。それが組合の恐ろしさだ。
そしてこの『組合』、蓄積される知識量も半端なものではない。
古代遺跡に潜る冒険者から齎される知識や技術。それを解析する為の研究者の育成までも行っている。
この世界で最大の戦力を保持し、最先端の知識を集積している場所。それが『組合』だった。
ヒルは提出されてきた書類を見て安堵の息を吐いた。
そこには几帳面な字で、新たな迷宮を認可する旨が書かれている。
これで晴れて、あの迷宮は『ユミルの迷宮』として登録された事になった。
「これで一安心、ですかね」
この情報は伝達系の魔法によって世界各地の組合に回され、あっという間に広まる事になるだろう。
これで迷宮から生み出される無限の資源、その収益の五パーセントが権利者であるユミルという少女に支払われるのだ。
迷宮による、新たな資源の確保。
それは各国の抱える財政難を一気にひっくり返してしまう、切り札でもある。
故にその利権は計り知れず、一攫千金を求めて冒険者は迷宮を探す。
上手く見つけ出し権利者になれれば、その権利で一生食うに困らなくなるのだ。
もちろん、迷宮を踏破するのもいい。迷宮の最奥に存在する迷宮核を持ち帰ることが出来れば、これまた一生遊んで暮らせる大金が手に入る。
迷宮を見つける。迷宮を踏破する。災害級の魔獣を倒し栄誉を得る。
その三つが、大抵の冒険者の最終的目標となる。
魔獣を倒して得る栄誉については説明の必要が無いだろう。
武芸優れた冒険者は、何処であっても引く手数多である。
将として迎える事が出来れば、その名だけで周囲の勢力を牽制する事ができる。
そして冒険者本人にも恩賞と言う名の褒美が与えられる。故に生活は安泰。
迷宮の発見についても言わずもがなだ。
迷宮を見つければ、莫大な富を手に入れる事が出来る。
通常は持ち出された収益の五パーセントが権利者へ支払われる。
たった五パーセントと思われるかもしれないが、迷宮が生み出す富は金額の桁が違う。
五パーセントだけでもちょっとした街の予算に匹敵するのだ。
そして迷宮の踏破。
迷宮を踏破すれば、迷宮核を手に入れる事ができ、これまた莫大な富へと変換される。
強大な魔力を持つ迷宮核の使用用途は、ほぼ無限。
数も少量しか出回っていないために、各国で奪い合いが起きている状況である。
それゆえに価格も天井知らずで釣り上がり、持ち出した冒険者が一生――いや三生くらい遊んで暮らせる金額が支払われるのだ。
核を持ち出した迷宮はどうなるのかという問題は、もちろん存在する。
だが生み出された迷宮内部の物は、決して消える事は無い。核を持ち出されたとしても、すぐに資材、資源は枯渇しない。
もちろん迷宮核が無くなっているので、内部のモンスターが新たに呼び出される事は無い。
だが環境を維持する程度の能力は残っているから、権利者がいきなり干上がるという事態は避けられる。
もちろん核の残した魔力とて無限ではないので、いずれは再生されなくなる。
しかし、その期間は軽く百数十年は先とされている。
つまり権利者は――人間であるならば、だが――死ぬまで金に困る事はなくなるのだ。
しかし……この迷宮の難易度は、他の迷宮のそれを遥かに上回る。
「ここに挑もうという冒険者は、あまり居ないでしょうね」
最低でも危険度三。最大で確認されているモンスターの危険度は五。
しかもまだ五層までしか確認されていない。
「これで最下層までとなると……邪神でも出てきかねませんね」
「おう、ヒル! なんか面白そうな迷宮が見つかったんだって?」
草原の迷宮に思いを馳せていると、ぶっきら棒な声が掛かる。
この冒険者組合タルハン支部でこんな口調を使うのは一人だけだ。
「し、支部長!? 何ですか、いきなり」
「新しい迷宮が見つかったとあっちゃ、じっとしてられる訳ねぇだろう。しかも超難易度だそうじゃねぇか」
「ええ、まぁ。一層の最弱ですらチャージバードですからね」
「そいつぁすげぇ。普通はホーンラビットとかその辺だろう?」
ホーンラビットとは角の生えた大型のウサギで、その健脚を持って突撃をしてくる猛獣だ。
だが、予備動作が大きく盾を構えさえすれば、あっさりと受け止められ、反撃を加えることができる。
つまり初心者でも倒せる、扱いやすいモンスターとして知られている。
しかも肉や毛皮はそこそこの値段で取引されるので、懐にも優しい。
駆け出しで懐具合の寂しい冒険者にうってつけのモンスターだ。
このモンスターを狩った事が無い冒険者は居ないとまで言われるほどである。
「四層でディープアローンが出てきた時は死んだと思いましたね」
「邪神の眷属じゃねぇか……それが四層かよ」
「ええ、難易度が高すぎです。これでは大きな収益は厳しいでしょうね」
「――おもしれぇじゃねぇか!」
呵呵と笑いながら、腕を組む。
この組合で昇進する者は二種類居る。ヒルの様な事務仕事のスペシャリストと、支部長の様な叩き上げだ。
豪放磊落な見た目に反し、彼は様々な陰謀を潜り抜けた経験を持つ冒険者でもあった。
大抵の事は自力で何とかしてきた。その自負故に、事態を『面白い方』へ転がる事を望む場合が多い。
――だがこれは……好都合か?
ヒルは支部長を見て思案する。
彼なら、彼女達の問題……草原から離れられないが故に組合に加入できない、という問題を何とかしてしまうかも知れない。
「そうも言ってられないんですよ。権利者の少女は諸般の理由で草原から離れられません。つまり組合に加入できないんです」
「あ? そいつぁ美味くねぇな。大金が動くってのに、後ろ盾がないのか」
「はい。もっとも彼女自身はかなりの達人ですので、力尽くでどうこうは出来ないと思いますが」
「ほぅ、腕が立つのか……どれほどだ?」
「凄まじく。支部長だって危険度五の敵を秒殺はできないでしょう」
「そこまでか!? ところで、なんで加入できないんだ?」
「子供を保護してるんですよ。あの大草原を子供連れで渡れないからです」
彼が見たところでは、子供にしてはかなり体力があるようだったが、それでも身体自体は五歳児程度。
あの大草原を二週間、いや体格的に考えるならそれ以上歩き続けるのは、かなり無理があると思われた。
「子供? 何でそんな所に……いや、そうか、迷宮生成の際の次元の歪みだな」
「ええ、おそらくは。権利者のユミルという少女も、巻き込まれたクチらしくて、記憶が混乱しているようです」
「そりゃ……周辺国からしたら、いい鴨じゃないか。しかも腕利き。こいつぁ、手出しするなって方が無理な話だな」
「流石、元ベテラン冒険者。把握が早いですね」
ヒルは茶化した調子で返してみたが、実際はそう安穏と出来る状態ではない。
記憶喪失の少女が莫大な資産を生み出す迷宮の権利者として、フリーでいるのだ。
囲い込もうとする国は多いだろう。いや、しない国の方が少ないだろう。
「一刻も早く確保してぇところだな。だが組合の規則じゃ……」
「ええ、試験はともかく、登録支部の支部長との面接が必須です。だから――」
「よし、俺が行こう!」
「はぁ!?」
もちろん支部長が直接出向けば、面接は可能になる。
試験は迷宮内のモンスターの素材を適当に持ち帰らせればいいだろう。だが……
「そんな事されたら困ります!」
「なにが困るんだ? 俺が行けば、すべて解決だろう?」
「そっちは解決できても、こっちが滞るんですよ!」
そう、支部長が草原まで出向くとなると、片道二週間、往復で一月程度の空白期間がタルハン支部にできる。
その間、新規の冒険者の受付が不可能になってしまうのだ。
ただでさえ冒険者というのは出入りが激しく、日に五人程度、多ければ十人以上の希望者が殺到している。
それが一ヶ月も停止してしまえば……
「タルハン支部がパニックになりますよ!」
「なるほど、それもそうか。困るか?」
「困ります」
「じゃあ、お前行け」
「ハァッ!?」
今度こそ、ヒルには何を言っているのか理解できなかった。
支部長が行くのは困る、だがなぜそこで、自分が行く必要になるのだ?
「何で私が?」
「まぁ聞け。迷宮が見つかったんなら、そこに冒険者が出入りするだろ?」
「当然ですね」
「もちろん新規で来る奴も増える訳だよな?」
「そりゃあ……来るかも知れませんね」
「なら、そこに組合の支部を作らなきゃいけねぇじゃねぇか。お前、そこの支部長になれ」
ヒルは愕然とする、という感情を初めて味わう事になった。
確かに迷宮のそばには支部があった方が便利だろう。
迷宮から得られる資材の買い取りや運搬、権利者への配分。冒険者達の管理、補助。
やるべき事は山の様にある。
それなのにそばに支部が無いとなると、一手も二手も出遅れる事になってしまう。
ならば、あの迷宮のそばにも支部は必要だ。そこまでは判る。
「なぜ……私が……」
呆然と呟く彼の前で支部長は書類を手に取り、目を通す。
二、三度頷いた後に、質問に答えた。
「見たところ年端もいかねぇ子供じゃないか。顔見知りの方が相手も安心するだろう。それにお前独り身だしな」
「ぐっ」
確かにヒルには妻が居ない。それどころか養うべき両親もすでに居ない。
完全に独り身の事務方エリート。それが、彼だ。
怜悧な容貌も相俟って女性職員には非常にモテるが、幸か不幸か特定の相手はまだ居ない。
「どっちにしろ、買い取った資材の管理やら輸送の冒険者の手配やらも必要になるだろう。それにこの報告書じゃ、医師や警邏の必要性もあると書いてある」
「うう……」
「警邏はアーヴィン。なら、医師は……ルディスがやりゃあ問題ないな。だが、連中を仕切る頭が必要になるだろう?」
「それは……はい」
ダメだ。交渉上、ここで肯定の言葉を口にするのは致命的だ。それが判っていても……支部長の正論には反撃の隙が無い。頷かざるを得ないように誘導されている。
「だからよ。お前が支部長として出向しろ。新しく冒険者組合草原支部を作り上げるんだ。大丈夫、お前の処理能力ならできるって」
「簡単に言わないでくださいよ!」
「安心しろって。こっちとしても、出来る限りの助力はしてやるよ」
「本当ですか?」
「まかせろ。これでお前も俺と同格だな」
ニヤリと性格の悪そうな笑みを浮かべる支部長。
そして、堂々と宣言してのけた。
「ヒル=カートランド。お前を仮称、冒険者組合、大草原支部の支部長として任命する」
「……謹んで拝命します、支部長」
「おい、もう同格なんだぜ? 名前で呼べよ」
「ああ、もう。この御礼は必ずしますからね、レグル=タルハン」
かつて、このタルハンの地で迷宮を発見した英雄に向けて、ヒルは悪態を吐いてみせたのだった。
続きはまた明日になります。
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