第百四十五話 迷宮の意思
舞台裏説明回。少し長いです。
映像の向こうでテーブルに着席して、顎に手をやって考え込むトラキチの姿は、本当にどこから話した物か思案している風だった。
「そうだな、時間はあると言っていた事だし、本当に最初から話すとするか。まず、そこの男――」
「はい?」
前もってヒルさんに向かって指を向ける。
ヒルさんも、唐突に話の矛を向けられ、一瞬困惑した表情を見せたが、瞬時に建て直した。
この辺りの切り替えの早さはさすがだ。
「これから話す事は他言無用だ。もし話せば――」
「話せば……どうなります?」
「村を壊滅させたくはあるまい? 俺がその気になれば、ベヒモスやアジ・ダカーハを迷宮の外に配置できる」
「配置――あのキシンと言う男のような能力ですか?」
「ああ、それのモンスター版だな」
「……判りました、他言無用を誓いましょう。【強制】の魔法でも掛けますか?」
行動を縛り、違反した場合は命すら落としかねない魔法を、ヒルさんはあっさりと口にした。
それが彼の本気を物語っている。
ちなみにこの魔法、リビさんが使用できる。
「いや、そこまでは必要ない。違反したらどの道死ぬんだからな」
「それはコワイですね――」
「では話を戻すぞ。ここではお前だけが知らないことだが、俺と女神……アリューシャと言ったか。彼女とそこのユミル、それにセンリは違う世界の人間だ」
「違う世界……?」
ボク達最大の秘密を、トラキチはあっさりバラしてのけた。
だが確かにそろそろ潮時だったのかもしれない。
ボク達の異常能力はもちろん、キシンと言う男の異能までは、とてもじゃないが説明できないのだ。
「そうだ。俺たちはこの世界に来た時、それぞれ異能を授かっている。ユミルは個人戦闘力、センリは製造能力、アリューシャは他者を強化する能力。そして俺とキシンは――」
「戦力を配置する能力、ですか?」
「具体的にはキシンだけなんだがな。俺はこのコアを効率的に運用する能力と言うところか」
背後の壁にめり込むように存在する、二つの緑色の鉱石を指で指し示して見せた。
あれがダンジョンコア――?
「ユミルさん達が異世界人……じゃあ、記憶がないと言うのも?」
「済みません。正直に言う訳にはいかなかったので……」
「ああ、確かにそれはそうですね。ですがそれを証明する事はできますか?」
「こういうのはどうでしょう?」
ボクはアイテムインベントリーと装備ウィンドウを展開して、瞬時に装備を着け変えて見せる。
身の丈を超える大剣がどこからともなく現れては消えていった。
それはまるで、手品を見ているかのような光景。
「これは……」
「アイテムインベントリーと言う機能ですね。これがあるから、ボク達は大量のアイテムを自在に運び出す事ができたんです」
「一晩で四十本もの丸太を運び出したこともありましたが、こういう事だったのですか」
「本気でこれを運用すると、もっと効率よく資材搬出とかできたんですけど……バレると世界が変わりかねない能力ですから」
この能力で大量のアイテムを隠して持ち運べると言う事は、街中などに危険物を簡単に持ち込めると言うことだ。
要人のそばに近寄る際にも、武装解除することができない。
ただ『運べる』だけじゃない、危険な運用が可能な能力、それがこのアイテムインベントリーである。
「確かに危険な能力ですね。ひょっとして、センリさんやアリューシャさんも、この能力を?」
「多少機能が違うけど、似たような物は持ってるわ。同じ事ができると思ってくれて問題ないわよ」
「それは……恐ろしいですね。特にアリューシャさんがその能力を持っているとなると……」
幼児が危険物を運んでくるなんて、普通は思わない。
アリューシャのような美少女ならば、特に油断を誘う事ができる。
これにキーヤンの核弾頭やオックスの銃火器のようなアイテムが合わされば、国を一つ滅ぼすことだって容易いだろう。
「これが俺達の特殊な出自が判ってもらえたか? さて、それを踏まえた上で、お前達……迷宮についてどこまで理解している?」
「迷宮について、ですか?」
この世界に存在する特殊スポット――迷宮。
これがあるからこそ、ボク達は生き延びることができた。
「この世界に存在する、ランダムに発生し、モンスターやアイテム、資源を無限に産出する特殊ポイント、くらいの認識ですが――」
「その程度か?」
「その程度って……他に何かあるの?」
ヒルさんの答えやボクの反応を見て、トラキチは溜息を吐いて肩を竦めて見せた。
テーブルに置いてあるマグカップに瓶から赤い液体を注ぎ、喉を潤して先を進める。
「いいか? このダンジョンコアは、迷宮を生み出す。その『迷宮と言う限定空間』内に置いて、地形を作り、罠を配置し、モンスターと言う生命を育む。こういえば判るか?」
「一体なにが――」
「それって……迷宮内ではまるで神様みたいじゃない」
トラキチが言い直し、センリさんがその詳細を端的にまとめた事によって、迷宮の異常さが浮き彫りにされた。
確かに、地形の操作だけ出なく、生命の創造まで行っているのだ、この迷宮は。
「そう、そして迷宮は意思力を喰らって成長する。どんどん、どんどん大きくなって――もしもそれが星を覆うほどに大きくなったら?」
「は? それ――ちょっと待って、それじゃ……」
自由自在に生命を作り出し、地形を操作し、アイテムまで生み出す迷宮。
その規模が惑星レベルまで成長したとなると……それは正に、神そのものではないか?
「俺はこう考えている。このダンジョンコアは、『神の卵』なのだ、と」
トラキチの宣言に、その場はシンと静まり返ってしまった。
そりゃそうだろう。神様の卵がダンジョンコアだなんて、普通は考えない。
いや、そんな存在がこれほど身近に存在したと言う事自体が、意外過ぎる。
「よく『神の意思は人の身では諮り知る事はできない』なんて聖職者が言うけど、ベースになる存在が人ですらないのならば、納得もできるだろう?」
「それは……ダンジョンコアは意思を持っているという事ですか?」
「そうだ。でないと迷宮などという物を産み出し、人に試練を与えるなんて無駄な事、やるはずが無いだろう? こいつらは明らかに意思を持っている。そして内部の意思を喰らって成長するんだ」
「内部の意思?」
「そう、迷宮内に存在する意思の力。生き延びようとする意思、戦いを求める意思、金銭欲、名誉欲、その他諸々。それらがモンスターとぶつかり合い、より強い意思力を発露させる。迷宮はその意思を喰らって成長する」
「それじゃ、ボク達が倒したモンスターの意思も……?」
「迷宮にとっては侵入者が勝とうがモンスターが勝とうが、その結果はどっちでも良いんだ。そこに闘争の意思さえあれば、な。その意思力を『ダンジョンポイント』として吸収し、迷宮を拡大し、新たなモンスターを配置するんだ」
それじゃ、ボク達が今まで迷宮内で戦ってきた結果、この迷宮は更に大きく強くなっていったって事?
「もちろん、侵入者……この場合は冒険者か? お前達にとってもそれは無駄じゃない。溢れたポイントは迷宮以外にも取りこまれる。つまりは……経験値として」
「そしてその力を得て、私達は自己を成長させるって訳ね? そういう意味ではよく出来ているって言うのかしら」
センリさんが納得したように、頬に手を添える。ヒルさんに至っては唾を飲み込んで、言葉を失っていた。
ボク達も新たな情報を詰め込まれて、少しばかり喉が乾いてきていた。
一息入れるべく、インベントリーから果実水入りの水袋を取り出し各自に配る。
「あ、ああ……ありがとうございます。なるほど、便利な能力だ」
「でしょ?」
ヒルさんが水袋を受け取りながら、感心したようにそれだけの言葉を絞りだす。
「で、この情報を踏まえて、過去に戻るぞ。この大陸の中央部に一つのダンジョンコアが出現した。これが始まりだ」
「それがこの迷宮なんですね」
「いや、この段階では少し違う。やがてその迷宮に……これは本当に偶然なんだが、同じ場所にもう一つのコアが出現したことだ」
「はい?」
「そういう偶然がない訳じゃないだろう? コアはこの世界の『どこか』に『ランダム』に出現する。迷宮内とて例外じゃない。問題はその結果、この迷宮自体が異常すぎる力を放出し始めたことだ。一つの迷宮に二つのコア。ぶつかり合うコア同士の力。それが力の漏出を招き、迷宮周辺に異常生育地帯を作り出したんだ」
「それって……」
迷宮内に匹敵する、異常な生育地帯。それはこの草原そのものを指し示す。
「そう、これがこの大草原の生まれた原因とも言える。そしてこれが、コア達の首を逆に締める事になる」
その言葉にヒルさんは、はたと思いついたように言葉を繋ぐ。
「そうか、大草原のおかげで、この迷宮は長らく人の目に付く事はなかった。意思を喰らって成長するのが目的ならば、侵入者の激減は――」
「そうだ。成長の妨げになる。強すぎる力が、自身の生育を妨げる事になったんだ。だが、人とは違う思考を持つコアにはそれが理解できない。より強い力を発揮すればするほどに人の足は遠のき、やがて途方に暮れる。そして一つの決断を行う事になる」
「決断?」
「自分達で力を効率よく運用できないのならば、それができる者に任せてしまえば良い。そう考えたのだ、こいつらは」
ダンジョンコアの力を効率よく――だから……
「ダンジョンクリエイター系のゲームをやっていたあなたが召喚された?」
「それが俺がここに閉じ込められている理由だ。そして召喚とは少し違う。俺はこの迷宮によって――作られた存在でもある」
「え?」
作られた存在。つまり召喚とは違う存在?
彼も一種のモンスターだと言うのか?
「召喚じゃなくて、ですか?」
「人を一人、次元を超えさせるというのはこいつ等の手にも余るらしい。だから複写という手段を取った。俺の人格をこの迷宮で作った器に転写する。だがここで一つの問題が持ち上がった」
淡々と説明を続けていくトラキチ。だが、彼が複写された存在だと言うのなら、アリューシャは? ボクはどうなんだ?
「ダンジョンクリエイターという俺がやっていたゲームでは、アバターが存在しない。だから俺の記憶を元に五歳くらいの肉体を作り、そこから成長させるという手段を取った。人の自我が確立するのがそれくらいと言う理由からだそうだ」
「ちょっと、待って……じゃあ、アリューシャも……」
「そして、せっかく呼び出した俺に逃げられないように、御丁寧にこの最下層の部屋に閉じ込められて二十年。幼少時に転生した俺は環境に適応することでかろうじて自我を保っていたが、それでも話し相手くらいは欲しい。そこで溜まっていたポイントを使い呼び出したのが……女神、アリューシャだ」
だからアリューシャはこの迷宮に一人で……?
「女神という枠で召喚をかける訳だから、それ相応のゲームから呼び出す事になった。いわゆるシム系のゲームだ。もちろんこれにはアバターが存在しないので、俺と同じように五歳くらいから成長させる必要があったのだが――」
「待ってください! アリューシャはあなたが呼び出した。それは判りました。じゃあボクは? ボクはなんなんです!?」
「女神を攫うお前を俺が呼び出す訳が無いだろう? だが推測は立つ。過去の展開からして、一人を複写すれば別にもう一人複写される事になる」
「もう一人?」
「アリューシャを呼び出した時は、お前が現れた。そしておそらくケンネルでオックスが呼び出された時には……」
そのタイミングでこちらにやってきたのは――
「センリさん?」
「そう。で、今回のキシンが呼び出された時には――」
ケンネルが軍事に傾いた時にキシンが召喚されたとすれば、それはおよそ一年前と推測される。
それとほぼ同時期に北でドラゴンが倒される事件が起きた。それを行ったのは――
「キーヤン……だとすると、トラキチさんが呼び出された時に、もう一人?」
「いるのだろうな。二十五年前に呼び出された召喚者が。それが誰かは知らんが、どこにいるのか推測がつく」
「え?」
「ケンネル王国はなぜオックスという男を呼び出そうと思った? それは他に前例を知っていたからに他ならないだろう」
「あ、じゃあ……」
「ケンネルにはもう一人召喚者がいるのだろうな」
もう一人の転移者の存在をトラキチはこともなげに推測してみせた。
それはケンネル王国がまだ余力を残している事に他ならない。そして、それはまだ増える可能性が残されているのだ。
この事実に、ボクは寒気が走る思いがしたのだった。
ユミルは異世界転移なのにタイトルが転生なのは、こういう事情だったりします。
このネタ晴らしまで長かった……