第百四十四話 迷宮会議開幕
お待たせしました。
ここから五話ほど、間章的に舞台裏のネタばらし回となります。
◇◆◇◆◇
迷宮に避難してそろそろ夜も更けようかと言う時間帯。
明け方の襲撃に備えて、冒険者達は身体を休める時間に入っていた。
「でもよ。奇襲……今度こそ大丈夫だよな?」
「前はボロボロだったからな」
それでも眠りに着く事ができず、不安を示す声があちこちで上がっていた。
前回の奇襲失敗が、彼等の自信を大きく砕いているのだ。
「大丈夫ですよ。僕達がここに辿り着いた段階で、この戦いは勝利が確定しています」
そこに口を挟んだのは、カロンだ。
ヒルと共に前線に立ち、多くの命を救った彼は、冒険者からも一目置かれる存在になりつつあった。
だが、その彼の言葉といえども、今度ばかりは簡単に納得できるものではない。
「そうか? ここと一層が繋がってる情報は漏れてるだろうし、奇襲に備えている可能性もあるんじゃないか?」
「いえ、私達が迷宮内に避難してる情報は向こうに漏れていませんから」
やはりそこに口を挟む、ヒル。
彼も緊張で眠れない一人だった。
こうして会話する事で、自身が見落としている情報が無いかを再確認する意味も有るのだ。
「知られていない以上、警戒はされていないはずです」
「それに、失敗したとしても時間さえ稼げば……あの人が来てくれますから!」
「あの人?」
自信たっぷりに拳を握り締めて宣言するカロン。
その余裕っぷりに、周囲の方が訝しげな表情を浮かべる。
「ユミルさんですよ! あの人なら、千の軍勢なんて物ともしませんから!」
「あー、ユミル嬢ちゃんなぁ……」
「確かに強いけどなぁ。強さだけはピカイチなんだけどなぁ」
「でもユミルだからなぁ」
「なんで、そんなに残念そうな顔をするんですか! 僕が知る限り、あの人以上の剣士なんていませんよ!?」
強弁するカロンを見て、肩を竦ませる冒険者達。
水鉄砲大会が行われたのは、つい最近である。
「まぁ、強いんだけど――余裕があるとルールの隙間を狙って、斜め上にかっ飛んでいくのがな」
「予想外の行動を取るから、見てる分にはいいんだ、見てる分には」
「そうそう、何もしてないのを見てる分には美少女なんだよ。行動するとすげー残念系だけど」
日頃のユミルの奇行を思い出して、冒険者達が笑いを漏らす。
それに反論して、余計エキサイトして行くカロン。だがそこには、それまであった緊張感は無くなっていた。
リラックスした空気を察し、ヒルは薄く笑顔を浮かべていた。
「ユミルさんには感謝ですね。本人には伝えてあげませんが」
「伝えたら怒りますよ、きっと」
クスクス笑いながら、組合の女性職員が相槌を打つ。
侵攻を受けてたった三日だが、この三日で始めて気の緩んだ瞬間だった。
その時、西側に位置する部屋から悲鳴が上がった。
各部屋へのルートは安全のため開け放たれている。その西側の部屋から光が漏れだしているのだ。
もちろん、最低限の光源を確保するため、【ライト】の魔法は掛けてある。
しかし、漏れだす光はそれ以上の光量を持っていた。
「なに事です!?」
「あれは……転移装置?」
「まさか、連中が逆侵攻を――!」
蜘蛛の子を散らすように、中央の部屋へ逃げ込んでくる民間人。
無人になったその部屋に現れたのは十名程度の少人数だった。
「あれ……まさか、ユミルさん?」
現れた影は明らかに見覚えのあるシルエットをしている。
更に地上で足止め工作を行っているはずの斥候達の姿もあった。
その姿に完全に毒気を抜かれたヒルは、呆気に取られたように呟いた。
◇◆◇◆◇
迷宮内でセンリさんと合流できたけど、この先何が起こるのか判らないので情報交換だけはしておきたい。
その旨を迷宮主に告げると、意外にも了承の許可が出た。
「意外と物分り良いんですね?」
「外敵はお前がすべて排除してくれたからな」
「ボク達は外敵じゃないんですか?」
「人が来ないのもこちらとしては困る。だが軍をもって独占しようとする連中は許さん」
人が来ないのは困る?
何か事情でもあるのだろうか……というか、事情があるからこうやって話掛けてきてるんだろうけど。
「まぁ、それは後で話してくれるでしょ。それよりセンリさんはどうしてここに? まさか軍隊を一人で相手するつもりだったとか……ダメですよ、そんな無茶しちゃ」
「それをやらかしたアンタが言うかな!?」
周囲には抉られた壁や地面に混ざって、人の形を失った死体がゴロゴロと転がっている。
まだアジ・ダカーハの倒した兵士の方が人の形を保ってると言っていい。
「とにかく、私は草原を爆走してるユミルを見て、慌てて後を追ってきただけよ。こっちは周囲で足止め工作してた冒険者諸兄」
「あ、ども」
「これがあのユミルさんか……初めて見た」
「射撃大会見てましたよ」
「それは忘れろ。今すぐに」
ボクの名誉ももちろんだが、ルイザさんの名誉のためにも。
後、珍獣を見るような目でこっちを見るんじゃない。
「そりゃもう、地面を踏み砕きながら走って行ったんだから、何事かと思ったわよ」
「ああ、そうだ。アリューシャが急にここに来るって転移しまして……慌てて駆けつけたんですよ。全速力で」
ボクの足でも、普通に走れば一時間は超える道のりだ。
なので【狂化】を使って脚力を強化し、移動速度増加装備まで利用して一気に駆け抜けてきたのだ。
「アリューシャちゃんが? 大変じゃない!」
「大変でした。でももう確保出来たので問題ないですよ」
床に横たえたままのアリューシャを抱き上げ、無事をアピールする。
彼女は熱は下がっていたのだが、病み上がりで無理やり行動したので、体力が尽きて倒れてしまったらしい。
「おい、彼女は無事なんだろうな?」
「ん? なぜあなたが心配するんです?」
突如割りこんできた、迷宮主の声に疑問を持つ。
アリューシャの無事を心配する立場ではないはず……?
「いや、それは――ああ、それも後でまとめて説明した方がいいか。そういう訳で早く六層へ飛べ」
「ここじゃダメです?」
「お前等だけじゃなくヒルって奴にも話を通しておきたい。それと、そっちの冒険者共には内密にしたい」
「ややこしいですね」
つまり、迷宮権利者のボクと、組合支部長のヒルさん、それにセンリさんとアリューシャという転移者を交えて話をしたいと言う事か。
「でも六層は今避難民で一杯よ?」
「部屋を分ければいいだろう。それくらいの広さはある」
「センリさん、とにかくここは行きましょう。このままじゃ話が進まない」
「それは――そうかもね。でもここは放置していいのかしら。残党とかやってきたり……」
「――その場合は番犬が処理してくれるだろう。安心しろ」
声に応じてガシャリと骨の音が響く。
そういえばまだアジ・ダカーハは放置したままだった。
迷宮主に名を呼ばれて、コロンとひっくり返って腹を見せて喜んでいる。正直、かわいくない。
「ソロであいつを倒せる冒険者はさすがにいないだろう。兵士なら皆殺し、冒険者なら追い払う程度に押さえてやる」
「そうしてもらえるならありがたいですけど……」
まぁ、勝てるといっても苦戦はしそうな相手だ。スルーさせてくれるのならば、それに越した事はない。
ボク達は迷宮主の指示通り、まずは六層に向かってヒルさんと合流することにしたのだった。
鳩が豆鉄砲を食らったようなヒルさんと合流するし、ケンネルの駐留部隊をボクとセンリさんで殲滅した事を告げる。
たった二人で二百の遠征軍と、その召喚兵を根こそぎ蹂躙した事を知ると、ヒルさんはすごく微妙な表情をした。
「私達の苦労は一体何だったのでしょうね……」
「まぁ、そういう事もあるんですよ。それにボクの場合は半分はアジ・ダカーハがやらかしたような物ですし」
「私の場合は輜重隊だけだったしー」
「アジが倒したのは雑魚だけだ」
「半ば邪神じみたモンスターを魚みたいに呼ばないでください!?」
「アジフライ、喰いてぇなぁ」
その後、迷宮主が接触して来た事を話し、転移装置のある部屋を会議室にして会合をする事になった。
カロンが強硬に参加を申し出てはいたけど、一介の冒険者に過ぎない彼には参加資格無しと迷宮主が断じたおかげで、この会合には参加できていない。
彼は彼で思考が偏ってるので、ややこしい会議に参加しないのはありがたい。
それに、この転移装置のある部屋を押さえておけば、万が一ケンネルの残党がいたとしても、避難民に被害が及ぶ事はない。
だが、対話相手が迷宮主であるならば、モンスターがいきなり湧いてくる可能性がある。
その対応のためにも、カロンには残っていてもらわないといけないのだ。
現状、アリューシャを除けば、彼がトップのヒーラーである事には間違いないのだから。
扉を閉ざし、聞き耳を立てる者がいないのを確認して、ようやく会合の開始である。
転移装置の台座をテーブル代わりにして、車座に座る。
その一角に突如、別の部屋の光景が浮かび上がった。
それはこことは違う蝋燭に照らされた、薄暗い部屋。
だが部屋の隅にある緑色の鉱石が仄かに光を放っており、決して暗くはない。
ここで読書したら目を悪くしそうだけど。
そこで席に着く、二十歳そこそこの男性の姿があった。
肌は青白く、不健康そうでキーヤンとは別の意味で痩せぎすな男だ。
心なしか、どこかで見た事があるような気がする。泉の部屋とかで、色々斬り落としたあの像とか……
「そちらに映っているか?」
「これが――迷宮主さん?」
「どうやら大丈夫の様だな。俺がこの迷宮の主であるトラキチだ。だが黒の迷宮主と呼べ」
「トラキチさんね、了解したわ」
「お前等は揃いも揃って……」
あっさりとトラキチと呼び捨てたセンリさんに、迷宮主が苦虫を噛み潰したような表情をした。
まぁ、こういう名前ならば弄られるのも慣れているだろう。
「まぁいい。話しというのはアレだ――まずはそこのお前、女神を返せ」
そう言って指差した先はボクだ。
そしてボクに対してそう言うって事は、女神というのは……アリューシャの事だろう。
だとすれば、その意見を受け入れるなんてのは言語道断。
「ダメです。子供を監禁するような人の所に預けられる訳が無いでしょう!」
「監禁ではない、保護だ!」
「保護だろうとなんだろうと、そもそもなぜあんな場所にアリューシャを呼び出したんです?」
「アリューシャと言うのか……いや、正確に言うとあの場所にしか呼べなかったのだ」
「というと?」
そこで男は顎に手をやって思案を始める。
しかも男が可愛らしく首を傾げるんじゃない。
「俺は人と話すのは二十年振りだから、上手く説明できるか自信がないが――」
「二十年!? どうしてそんなに……」
「ここに閉じ込められてんだよ! 察しろよ!」
「懲役中?」
「違うわ!」
話が二転三転する中、ヒルさんが手を上げて発言を求める。
やはり議長不在の会議など、ろくに進む物ではなかった。
「済みません、このままでは収拾が付かないので、まずあなたの話を最初から聞かせてください。ユミルさんは静粛に」
「あぃ」
「む、判った。とは言っても何処から話した物か……」
「時間はまだ有るのでしょう? ケンネルも殲滅してくれた様ですし、慌てる必要はありません」
「そうか、では最初……うん、最初って何処だろう?」
「おいィ!?」
とぼけた返事をするトラキチに、ヒルさんは思わず突っ込みを入れるのだった。
本当は去年中に残りを上げたかったのですが、色々とありまして。
また2日に1度のペースで、5話ほどあげていきます。
その後は魔神と交互に、一章ずつ連載していきたいですね。