第百四十一話 転移者の脅威
前半部分はいわゆるsideになっています。
苦手な方は真ん中辺りまで飛ばしていただいても問題ありません。
周囲を描くように砲撃を加えられ、瞬く間に数を減らす部下達。
それを見て、指揮官であるコムは信じられない思いをしていた。
転移者――その存在を知った時から、この世には逆らってはならない存在がある事を、まざまざと思い知らされた。
ケンネル王国に所属する転移者は三人。
タモンが最初に呼び出され、その有用性を盛大にアピールしたのが始まりだった。
彼の戦闘力はこの世界の常識を遥かに超え、瞬時に砦一つを瓦礫の山に変えるほどの破壊力を持っていた。
だが、その強大すぎる破壊力は使い所が難しく、しかも殲滅範囲が大雑把過ぎると言う難点がある。
そのせいで大型獣の討伐などにしか呼び出されていないのが現状だ。
次に召喚されたのはオックス。
鉄砲隊よりも更に進化した火器を自由自在に使いこなす単独戦士。
殲滅力という点に置いては他の二人に適うべくもないが、個人戦闘力ではケンネル全土を見回しても並ぶ者がいない。
相方のドラフは彼の口の悪さを咎めて決闘騒ぎを起こしたが、一秒にも持たずに肩を撃ち抜かれて敗北した経験があった。
最後に呼び出されたのはキシン。
金を元手に、どこにでも『ユニット』と呼ばれる兵力を召喚できる能力者。
これによって、資金力を戦力へ変換すると言う戦術が確立された。
しかも鉄砲隊と呼ばれる銃を主力にした部隊まで召喚できる。
コムは彼の部隊と模擬戦をし、一方的に蹂躙された経験があった。
戦術の概念があまりにも違う存在。
コムとドラフの両名は、身を持ってその力の差を思い知ったのだ。
以来、彼等はタモン達の上司であるクラヴァンの下に付き、その命を黙々とこなす日々を送っている。
反骨心が無い訳ではない。だが、逆襲の糸口すらつかめないのだ。
オックスとは逆に、タモンは個人としての戦闘力は低い。
それならまだやりようもあるのだが、キシンは押しの弱さのわりに身体能力が高く、一対一でも勝てるかどうかも判らない。
オックスに至っては、異常とも言える戦闘力を秘めていた。
そんなオックスが、ある日撃退された。
信じられないと思いはしたが、タルハンには二千のオークを撃退したバケモノがいる。
――そういう事もあるだろう、だが出会わなければ問題ない。
そう思ってユミル村への遠征に参加したのだ。
タルハンとユミル村は同盟を結んではいるが、その距離は絶望的に広い。
もし、この迎撃にその転移者が参加してきたとしても、今度はこちらが防衛側であり、キシンだっている。
タルハンの転移者がやって来る頃には防衛の準備も整っている。そのはずだった。
だからこそ、地に落ちた名誉を挽回するために、クラヴァンの下に付いたのだ。
「だというのに――なんだ、こいつは!」
スレイプニールという、まさに幻の獣を駆り、変わった形の橇を繋いで、自身は車上から攻撃に専念する女。
しかも銃撃の合間を縫うように、スライム達がホースから水を放って隙を埋めていく。
「魔物使いだと? そんな存在がいるなど、聞いた事も無いぞ――」
呆然としたのも束の間、瞬時に体勢を建て直すべく密集隊形を指示できたのは、キシンとの模擬戦の経験があったからだろう。
だが今度は範囲攻撃を絶え間なく放ってくる。
しかも密集隊形を取ったおかげで機動力が落ちた。その変化を一瞬にして見抜き、周囲を迂回する軌道に変化し、まるで包囲殲滅戦を仕掛けられたかのようにやりたい放題されている。
凄まじい速度の周回に、こちらの旋回が追いつかない。
一発の範囲攻撃で十人近くが吹き飛ばされていく。
同じ舞台に立てていない。
この絶望感は、キシンとの模擬戦以来だ。
「お前、まさか転移――」
コムが口に出来たのはここまでだった。
次の瞬間、センリの放った【フレイムビート】は、コムの身体を粉々に吹き飛ばしたのだった。
◇◆◇◆◇
六百と言う兵士を吹き飛ばしたあと、センリはようやく馬車を止めて一息つく事ができた。
そこには死屍累々の屍――は存在せず、三十名ほどの死骸が残されるのみ。
「おかしいわね。もっと人がいたのに大半が消えちゃうなんて……」
召喚兵の死体はその場に残らず、まるで塵のように崩れて消えていったのだ。
だがセンリは、相手が召喚兵であると言う、その事実を知らない。
「頭に血が昇っちゃって皆殺しにしたけど……生かして情報を引き出した方が良かったかしら? まぁ、もう済んだ事だけど」
残敵がいないか周囲を警戒していたセンリは、その時一つの視線を感じた。
敵意はない……だがこちらを探るような視線だった。
「不愉快ね――今気分がよくないから、出てきてくれると嬉しいんだけど?」
「ま、待ってください! ひょっとしてセンリさんですか?」
「そうだけど……」
一人の青年が建物の影から出て来る。
この距離に近付かれるまで気付かなかったとは……と、平時の冷静さを失っていた事を改めて思い知らされた。
「俺はユミル村の冒険者組合に雇われた斥候です。新参なので、センリさんの顔を知らないから、遠巻きに見てただけで――噂より凄まじいですね」
「なら、他の皆はどこにいったか教えてくれる?」
「迷宮の六層に避難しています。あそこなら攻略済みの冒険者がいれば転移装置が使えますし、敵も出てこない」
その言葉を聞いて、センリはなるほどと納得した。
日頃は冒険者の修行場じみた迷宮だが、確かに安全圏に設定された六層ならば、避難所に使えないこともない。
軍隊が迷宮を進軍するのは難しいので、到達されるまでは時間を稼ぐ事もできる。しかも水は無限に沸きだしてくるのだ。
「意外といい考えね。ヒルさんのアイデア?」
「ええ、まさか危険地帯である迷宮を避難所にするとは思いませんでした」
「それで――敵はこれで最後? 住民の被害は? この有様はなに?」
それまで疑問に思っていた事が雪崩の様に口を突いてあふれ出る。
それくらい、センリは不安になっていたのだ。
「ま、待ってください! そんなに一度には答えられませんって」
「あ、ごめんなさい」
「いいですけどね。えーと……敵の本隊は迷宮の一層に陣を敷いています。兵力は百五十を超える程度ですが、兵士を召喚する事ができる奴がいるので、実際の戦力は計れません」
「兵力を召喚……? それで消えた兵士が多かったのね。でも、そんなスキルあったかしら?」
「少なくとも俺は聞いた事が無いですね。ヒルさんも同じ事いってました」
この世界では聞いた事もない兵力召喚スキル。
それを聞いただけで、センリは敵が転移者である事を想定する。
キーヤンという男に会ったばかりなのだから、そこに連想を飛ばすのはそう不思議な事ではなかった。
「そういえば、足軽っぽい格好してたわね……シミュレーション系のゲームかな?」
「シミュ……? まぁ、住民に今の所被害はありません。ただ冒険者が七名ほど亡くなったようです」
「そう……」
「今は六層に避難してますので、しばらくは安全でしょう。問題はそこに辿り着くには、一層の転移装置を確保しないといけない事ですが」
「私は六層踏破した事があるから、転移装置は使えるわ。でも……」
「ええ、その場所は敵の本拠地なので、現状は不可能ですね」
転移装置のある泉の部屋は、現在はクラヴァン達の本陣にされている。
転移装置で六層にいるヒル達と合流すると言う事は、敵を全滅させた後と言うことになってしまうのだ。
「合流するのは地道に迷宮を降りるか、敵を排除しろってことかぁ」
「この有様に関しては……ヒルさんの作戦です」
「森も?」
「敵の目的がこの村と迷宮を確保する事なので、『奪われるくらいなら、いっそ』って事らしいですよ」
「思い切りすぎでしょ」
だが森を広げたことで軍隊としての動きを制限する事ができた。その上で火を放ち、迷宮内部に逃げ込む事しかできなくしたのだ。
そして迷宮内部で火災の鎮火を待つならば、泉の部屋に行くしか無い。そこは六層からの転移場所でもある。
つまり――
「奇襲できる場所に相手を誘いこんだ、か……」
「ですね。おかげで戻り損ねた俺達斥候は、ここで待機するしかない訳ですが」
「こんな火災のど真ん中で? 死ぬわよ?」
「それも計算して、スライム達を配置してくれたようですよ。井戸をスライムで封じたのは連中を迷宮に誘いこむためと、戻りきれなかった俺達のサポートにスライムを残したかったから、だそうです」
「確かにスラちゃん達がいれば、火に巻かれる事はなさそうだけど……食料もないでしょ?」
「各家庭には防火ボックスが配られてまして、その中には食料も残ってるはずです。かなり不便ですが、生き延びる事はできるでしょう。それにあいつ等の残した兵糧もあることですしね」
輜重隊の馬車はセンリの攻撃で吹き飛んではいるが、元来火災を巻き散らすスキルでは無いので、中身は無事だ。
拾い集めて確保しておけば、数人ならば一ヶ月以上は持つだろう。
「で、何であんたたちは残ってた訳?」
「転移装置のある場所を敵に押さえられたからです。そうなった場合は第二プラン――『後続の足止めをして、篭城した敵兵を干上がらせろ』と命令されてますけど」
先行した百七十程度の兵を迷宮内に誘導しても、後続に別れた輜重隊が存在する。
彼等の足止めをしておけば、迷宮に避難した先行部隊は食量的に干上がって行く。
迷宮のモンスターを食べるという手もあるが、それで百人以上を賄うというのはかなり難しいはずだ。
泉の水だって無限ではない。
いや、沸くのは無限だが、消費に供給が追いつかないだろう。
しかも飲用に使うならば、身体を拭く事すら難しくなってくる。
迷宮内部に押し込められ、身動きが取れなくなれば、一週間も持たずに士気は暴落し、組織は瓦解していくはずだ。
そのためにはこの輜重隊の足止めは不可欠だったのだ。
それを残った数名の斥候と、スライムで行う必要があった。
そしてヒルは、輜重隊の兵力本体は数十人程度のはずと読み切っていた。
切り札であるキシンをそばから離す訳にはいかない。ならばキシンとクラヴァンは先行部隊にいるだろう。
そして、彼を守ることが至上命題ならば、そこに兵力を集中させるはず。
四分の一を残しても五十人程度。
それならば、斥候とスライムの不意打ちで対応できると読んだのだ。
しかも、向こうが兵力を無限に召喚できるならば、こちらも兵力を増やせばいい。
その考えの元、ヒルはスライムを大量に『株分け』しておいてくれた。
井戸の中と、村の周囲の掘、その他諸々の場所にスライムを控えさせ、冒険者の指示に従うように命令しておいたのだ。
「え、えぐいわね……彼、そこまで腹黒くは無かったと思ってたのに」
「今回、かなりキレてましたからね」
「でも、その後続部隊とやらを私が殲滅したわけでしょ。あなた達、これからどうするの?」
そのセンリの質問に、男は肩を竦めて答えた。
「どうしましょ?」
「あんたねぇ……」
「まぁ、もう少ししたら各地に火を放っていた別動隊も合流するでしょうし……俺は一人先に戻っちゃったからセンリさんに会えた訳ですけど」
「なんで先に戻ってきたのよ?」
「風下だったもので」
確かに延焼方向が担当ならば、仕事は早く済むだろう。
「じゃあ、火でも消しとく?」
「この火、繁殖し過ぎた森を処分するためでもあるんですよね。だから森が焼け切るまでは消せません」
「ああ、一応後始末は考えていたんだ?」
「村だって、必要以上に焼けない様に、スライムを配置してましたから。彼等ってほら、水分の塊ですし」
井戸を塞ぎ、戦力として使い、消火剤にも使用する気だった訳だ。
その容赦ないブラック企業振りに、センリは背筋が寒くなる気がした。
「ま、まぁ……少なくとも後続の敵はいなくなった訳だし、村の中だけでも消火しましょう?」
「そうですね」
こうして、斥候達とセンリは村の消火を始めたのだった。