第十三話 打ち合わせをしよう
その日のうちに、ヒルさんを連れて迷宮に潜る事になった。
まぁ、詳細は省略するが、アーヴィンさんたちを連れていったときと同じような反応だったと言っておこう。
夕方には小屋まで戻ってきて、監査の結果を聞くことになる。
「で……迷宮認定、してもらえますかね?」
「ええ、それに関しては問題ないですね」
「やったー! ゆーね、『けんりしゃ』さんだよっ!」
「そ、そうだね――え? あの、『それに関しては』ってどういう事でしょう?」
大喜びするアリューシャに釣られて、あっさり流しそうになったけど、気になる単語が混じっている事に気がついた。
『それ』に関しては問題ない。ならば『それ』以外に問題があるって事?
「ええ、詰まる所最大の問題は……あなたです。ユミルさん」
「は? ボク……いえ、私ですか?」
「言葉を改める必要はありませんよ。そこのアーヴィン君なんかは未だにできませんし」
「うっさい」
意外と気さくなのか、言葉尻を捉えるような真似はしないようだけど……ボクの問題って何だろう。
「何が問題なんでしょう?」
「端的に言いますと、あなたがそれ程の『力』を持っていることが問題です」
「えぇー」
この身体がこの世界の一般人よりは強いという自覚は持ったけど、それが問題って……
「危険度五相当の敵を一瞬の下に斬り伏せる戦力、それがフリーで居る事が危険――という意味ですね」
「そんなもんですかねぇ?」
「自覚がないようなので言わせて頂ますと、あなた一人でほぼ一軍の戦力に匹敵します。この迷宮自体は難易度が高い特殊な迷宮で処理できますが、その権利を持つあなたが、フリーで居るのは頂けない」
「そう、なんですか?」
「あなたを手に入れることが出来れば、軍に匹敵する戦力と、迷宮のどちらも手に入れる事が出来る訳です。これがどれほど危険な事か判りますか?」
そう言われると危険な気がする。
今のボクは、大金を生み出すオプション付きの美少女で、軍隊に匹敵する戦力というなら……そりゃ権力者にとっては、喉から手が出るほど欲しいだろう。
「うーん、考え過ぎのような気もするんですけど……ボク、故郷ではミソッカスだった気がしますし」
記憶が無い設定なので出来るだけ曖昧に表現した。本当は明言できるんだけど。
臨時募集のパーティとか行ったら、微妙な顔されたのはいつもの事だった。
「あなたがミソッカスとか、どんな故郷ですか……」
「ボクより強い人は結構ゴロゴロ居たと思いますよ?」
「人外魔境、極まってます。冗談はよしてください」
冗談扱いされた。本当の事なのに。
「ともかく、あなたをフリーにしておくのは危険です。あなた自身のためにも、我々組合のためにも」
「つまりボクに『組合に入れ』、と?」
「ええ、迷宮を管理する『組合』は、国や街という権力とは一線を画した存在です。あなたが所属するにはベストの存在だと、私は考えます」
ふむ……確かに一人で生きていくつもりは、もちろん無い。
それにボクの最大目標は元の世界に帰る事だし。ならば、それまで何処かに間借りするのは悪くない。
問題はその『組合』とやらが信頼できるかどうかだけど……
「アーヴィンさんは……いえ、ルイザさんはどう思います?」
「おい、何で俺を避けた?」
「脳筋だか――いえ、なんでもないです。気にしないでください」
「するわっ!?」
剣術馬鹿の一面があるのは一ヶ月前にあった短期間で把握している。
そういう人に、こういった政治的な問題の判断は任せられない。
ボクにあしらわれたアーヴィンさんを見て溜息を吐きながら、ルイザさんは思案する。
「アーヴィンは黙ってて……そうね、ベストとは言えないけど、ベターではあるかもしれないわ。組合も決して綺麗な組織じゃない。腹黒い所もあるし、信用できない所もある。でも現状では、ユミルちゃんほどの剣士を国や街の権力から護るという事くらいは出来るでしょう」
「――判りました。お世話になります」
ボクは、ルイザさんの判断に賭けてみる事にした。
アリューシャの家族だって、まだ見つかってないのだ。何処かの勢力に縋り、利用するのも一つの手だろう。
「ところがそこに、もう一つ問題がありまして――」
「おいィ!?」
割と重大な決断をあっさり決めて、『え、いいの?』とか言う展開を期待していたのに、ヒルさんがそこに水を差してくる。
「まぁお聞きください。我々としても見ず知らずの人間を所属させる訳には行きません。組合に所属する人間には一定の試験を課しているのです」
「……それもそうか」
確かに『参加希望します』『いいよ、どうぞ』では、犯罪者の隠れ蓑に使われるかも知れないし、密偵も入り放題になってしまうだろう。
組合が独立勢力を保っている以上、身元調査は必要になってくるし、平構成員でも試験は必要になってくるはずだ。
「で、試験なのですが……通常、タルハンの街ではですが、組合事務所で受けてもらってます。それにタルハン組合支部長の面接も必要です」
「あ、無理です。ごめんなさい」
「早っ!?」
今度はあっさり断ったボクにアーヴィンさんが声を上げる。
だって当然じゃない?
「だって街まで行くなんて、ボクはともかくアリューシャには無理ですもん。彼女と別れるとか絶対しません」
「ゆーね……」
アリューシャは感極まった声を出してボクに縋り付いてくる。
そしてそのまま声を殺して泣き始めた。街に行かないといけない、そのためにはアリューシャと別れないといけない。
組合参加という選択肢を採れば、そうする必要があるという事を理解したのだろう。
そしてその選択肢をあっさりと捨てたボクに感激したのかもしれない。
「この子はボクの命の恩人です。この子の知識がなければここで生きていく事なんてできなかったし、この子が居なければ、孤独で気が狂ってたかもしれません」
「確かにそれは……そうかもしれませんね」
この大草原に独り、自分以外に存在するのは目の前の迷宮のみ。
そんな状況で、生きるために殺す、そんな毎日を繰り返す。
きっと数日と持たず、壊れてしまうだろう。一見まともに見えても……何処かが、必ず。
だからボクはアリューシャに感謝している。アリューシャも、迷宮で助け出したボクを慕ってくれてる。
ボク達はお互いに依存した存在になっている。それは自覚しているけど、改めるつもりなんて無い。
「アリューシャと別れるくらいなら、ボクはここに居ます。何処かの国やら権力者がそう言って来ても、同じ答えを返します。だからボクの戦力が利用されるとか、そういうのは気にしなくていいですよ、多分」
「……わかりました。とりあえず私としては、迷宮の登録だけはやっておきます。ですが、あなたが組合に参加した方がいいという思いは変わりませんので、そちらについては何らかの手段を考えましょう」
「何らかの手段って……」
「無理矢理参加させようという話じゃありませんよ。どうにかこの場所で試験を受ける、もしくはアリューシャさんを街まで連れて行く。そういう手段について考慮するという事です」
「ああ、それなら……」
問題なのは、アリューシャが体力的にここを離れられないという事。
それならここで試験を受けるとか、どうにかして街まで連れていくという問題をクリアしてしまえば、組合に参加するのはやぶさかではない。
「わかりました、その問題が解決できるなら参加すると約束させていただきます。それまでボク達はここで暮らしていきますので……」
「ええ、できるだけ早く解決策を見つけてみせますよ」
「それにここもいずれは人が増えるだろ。無限に木材が入手できるとなれば、街道の開発もするかもしれない」
「あ、アーヴィンさんがまともな事を……!?」
「なんだよ、それは!」
確かにここには無限に木材や塩、果物に肉が手に入る。それらは充分に交易の材料になりうる。
ならば街道の敷設や宿場街の開発など起こっても不思議じゃない。
それにアリューシャだって成長する。このくらいの子供は目に見えて大きくなるし、体力だってぐんぐん伸びる。
そもそも現在にしても五歳程度の彼女が、迷宮五層まで潜れてしまうのだ。
一日に歩く距離は五キロを超える。そう考えると、彼女の体力は破格のものがある。
「早くしないと、こちらから押しかけますからね? そうだ、どっちが先に解決できるか勝負しません?」
「は?」
「そちらが問題の解決策を実行するのが早いか、こちらがアリューシャを連れてタルハンの街まで行くのが早いか、です。彼女は急成長してますから、五年もあればきっと辿り着けますよ?」
「面白そうですが……公務中ですので、賭け事は控えさせてもらいましょう」
予想通りの堅苦しい返答。
生真面目イケメン系はこれだから……
「こちらで町に戻るまで二週間。迷宮認定の認可はすぐに下りると思いますので、一月もすれば冒険者が様子を見に訪れると思いますよ」
「それはそれで嬉しいような怖いような……あ、そうだ」
そう、この一ヶ月で考えてきた事があるんだった。
「ここに冒険者が来て、ボク達が宿を提供するのは構わないんですが……」
「ええ、ありがたいですね」
「でもほら、ボクもアリューシャも、か弱い女の子じゃないですか?」
「か弱い?」
おい、お前ら……今声を揃えて疑問符を浮かべたな?
「か弱いんです! で、そうなると色々心配じゃないですか。貞操とか?」
「――――ふっ」
ボク達二人を眺めて鼻で笑ったクラヴィスさんは、ブン殴って壁の花にしておく。
ゴガン、とちょっと洒落にならない衝撃音がしたので、やりすぎたかもしれないけど、まぁ自業自得って奴だ。
確かにボクは十代前半――むしろ前半の前半と言っていい外見だし、アリューシャに至っては幼女極まってる。
性犯罪に巻き込まれる可能性は限りなく低いと言っていい。
しかし、ここは娼館も無ければ酒場もない。女っ気がまったく無いこの地でトチ狂う人間が出ないとも限らない。
「そういう訳でして、警察的なものと病院的なものが欲しいです」
「警察に病院……ああ、自警団と治療院ですね。確かに迷宮があるとなれば必要になるかも知れませんね」
「でしょ?」
「ですが現状ではあなた方二人ですし、人がどれほど集まるか判らない場所に施設を配置するというのは少し難しいですね」
「むむむ」
経済的な事情や不透明な見通しで人員や施設を配置するのは、彼の言う通り無茶だったかも知れない。
でも、これから人を受け入れるとなれば、そういう不安もあるという事を理解して欲しい。
「そこを何とか。ほら、組合だってボクがエロい事されて、肉奴隷とか性奴隷とか恋の虜になったら困るでしょ?」
「そ、それは……」
「ボク、迷宮の転移のせいで記憶が無いんだけど、それを利用して詐欺を行おうとする人も出るかもしれないし?」
「た、確かに……いや、しかし――」
「もしアリューシャのお父さんを名乗る人が出たとしても、それが真実かどうか判りませんもの。ボクもアリューシャも過去の記憶が無いんですから」
「うぐぐ、確かに……判りました。こちらで手を打ちましょう」
「やった!」
常駐で信頼できる人がいるというのは、やはり心強い。
「アーヴィン君。キミ達に組合からの指名依頼です。一ヵ月後から三ヶ月間、ここで彼女たちを護るように」
「えええぇぇぇぇ!?」
驚きの声を上げたのは、もちろんアーヴィンさん。
そりゃそうだろう。ボク達の問題がいきなり他所に降って掛かった訳だから。
「彼女の言う通り、彼女の身柄は非常に微妙な状態です。組合としては他所に渡すわけにはいきません。彼女を護り、組合に加入するまで護衛してください」
「そりゃ無いっすよ! こんな酒場も女っ気も無い場所で三ヶ月!?」
悲鳴のような声で抗議するのはクラヴィスさんだ。
確かに酒は造ってないな。あれは菌の繁殖とか微妙な調整が難しいらしいし。
そもそも原料になる穀物がない。果実酒なら挑戦できそうだけど。
「だから三ヶ月です。三ヵ月経ったら交代要員を送ります。何組かのパーティで迷宮を関し調査するという名目で人材を派遣する事は出来るはずですから」
「だからって、なんで俺達……」
「彼女たちも顔見知りのあなたたちなら安心できるでしょう。三ヶ月もすれば幾人かの出入りもあるでしょうし、人に慣れてくる頃です。その辺りを区切りに人員を入れ替えるというわけですね」
「いや、でも……」
「一度町に戻って準備する期間を用意したのは、長期滞在を配慮しての事です。断れば……何かと不利な事が起きるやも知れませんよ?」
「ひっでぇ!?」
こうして、また一ヵ月後にアーヴィンさんがやってくる事になったそうな。
南無南無……
ようやく村作りへの第一歩ですね。
次は閑話の様な物を挟もうと思います。
今日も、もう一本投稿する予定です。