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ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ  作者: 鏑木ハルカ
本編 ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ
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第百三十四話 ケンネル襲来

ここから8話ほど、三人称視点の村でのお話になります。

御注意ください。

 ユミル村支部長、ヒル=カートランドの朝は早い。

 目を覚ますとまず行うのが洗顔。

 彼の自宅にも水道設備は存在するが、村民とのコミュニケーションを兼ねて共用井戸へ歯ブラシとコップを持って移動。

 そこで数名の冒険者や職員と会話を交わし、親睦を計る。


 井戸に向かう途中、街路をスライムが這い回り、夜間に繁殖した草を捕食して回っていた。

 この光景も、この村独特の物だ。

 海も川も無いこの村において、スライムと言う捕食生物はなくてはならない存在である。

 彼等が居なければ数日でこの村は汚物に沈み、雑草に溺れている事だろう。


 洗顔を済ませると、出勤時間までは村の見回りをこなす。

 巡回途中で早朝の弁当売り達と挨拶し、冒険者達の近況について噂話を得る。

 こういった会話の中に好調な冒険者の情報や、不調な冒険者の原因などが混じっているので、油断ならない。

 市井(しせい)の目は意外と鋭いのだ。


 自宅に戻ると朝食。

 これは弁当屋で購入した蒸しパンやスイートポテトなどを当てる。

 豆茶を淹れる間に出勤の服装を整えておくことも忘れない。

 弁当屋事業もバリエーションが増え、ユミル達が行っていた頃よりもメニューが豊富になっているので、飽きる事は無くなってきた。




 続いて出勤。

 狭い村なので、数分もあれば職場に到着する。

 ここで始業前にタルハンへ定時連絡を入れておく。

 前日に用意した、必要な物資の要求や人員の希望などを行うのも忘れてはいけない。

 歴史が浅く、人材の少ないこの村では、タルハンの補助無しには成り立たないのだ。


 数週間前から流行っている流行性感冒(インフルエンザ)のおかげで、組合支部の机にはぽつぽつと空席がある。

 この特効薬もタルハンからの援助で、なんとか乗りきる事ができた。

 薬がなければ、重症化した職員もいた事だろう。


 午前の職務はひたすら書類決済である。

 良質な発掘物を生み出す迷宮だけに、運搬の護衛の選別なども手を抜く事ができない。

 組合に持ち込まれる大量の資源と、その管理も怠れない。

 更にそれを売りつける商人の選別までも行わねばならないのだ。


 こうして遣り繰りして得た利益が、ユミル村の発展へと寄与されるのである。

 本来ならば村の市政と組合で話し合って決めねばならない点も多々ある。

 だが今は、その村の運営すら今は冒険者組合が代理で行っているのだ。

 村内の施設の増築、設備の補修、街路の整備、果ては村の拡張にいたるまで、組合が主導で作業している。

 それ故に組合の決済が必要なのだ。


 これは、村長と言う存在がこの村にいないからである。

 本来村長になるべき人物は、『ヒルさんに全てお任せします。ボクはアリューシャの養育の方が大事なので!』と言う言葉を残し、タルハンへと旅立ってしまったのだ。

 村長代理を立てることも進言したのだが、『ヒルさんが居れば問題ないから』と却下されてしまった。

 信頼が厚いのはいいが、それは彼の仕事量の増加を伴う発言であった。


 故に彼の今の肩書きは、ユミル村冒険者支援組合支部長であり、ユミル村村長代理でもある。

 村と組合の仕事が混ざり合って、ややこしい事この上ない。


 更に仕事は村内だけに留まらない。

 村の四方、東西南北へ向けて中継点を伸ばしていく。

 これは道中の安全を確保すると同時に、商人達の交易を活発化させ、経済の流通を広げる狙いがあった。

 片道で四百キロ近い距離があるため、四十キロ毎に井戸を掘り、冒険者や職員を駐留させていく。


 そこへ運ぶ食料なども、組合の負担である。

 本来ならば、こういう物は国、もしくは街の負担ではあるのだが、現在ユミル村には軍事力に割く人的資源が存在しない。

 まだできて五年の村なのである。急成長しているとは言え、軍を維持できるほどでは無いのだ。

 なので冒険者を一ヶ月単位で雇い入れ、周囲百キロ四方に中継点という名の見張り台を立てているのだ。


 この村は、その存在価値の割りに防備が異様に低い。

 今は組合の庇護下にあるとは言え、いつ自らの傘下に収めようという国も出てくるかもしれないのだ。

 故に監視塔の配置は急務であった。

 そこに常駐させる兵士がいないとしても、だ。


 逆に各方向の街からも、村へと向かう交易路の確保のため、中継点の手は伸びている。

 今はまだ、双方ともに百キロ程度だが、これによって本来四百キロあった踏破距離が、二百キロ程度まで減少しているのも見逃せない。

 四方の町への交易路は、確実に拓かれつつあった。


 昼食はこの村で一番美味いと評判のトーラスの宿で取る。

 彼の他にも宿屋や食堂の数は順調に増えているが、一流レベルの料理人となると、今の所、彼しかいない。

 その食堂のランチセットは手ごろな価格でボリュームもある。

 村長兼務という激務をこなすヒルにとって、この時間の癒しは貴重なリラックスタイムでもあった。




 午後からはまた定時連絡をタルハンに入れ、倉庫の管理を行う。

 この時間だと一時帰投してくる冒険者が増え、木材を始めとした資源の保管場所の確保が必要になってくるのだ。

 三層という浅めの場所に木材の収穫所があるため、午前、午後の一日二回以上迷宮に潜る冒険者や『きこり』達も存在するらしい。


「って訳でよ。南の中継点の井戸の柱が壊れ掛けてるらしいんで、もっと木材が欲しい」


 午後一番に顔を出した、大工のアルドが真っ先に組合に要望を出してくる。

 彼はこの村唯一の酒造工房の杜氏(とじ)でもあるため、意外と発言権が強い。

 いつの時代も、食料と酒を支配した者が強者になるのだ。


「在庫で賄えませんか?」

「在庫の柱じゃ、細っちくて少し強度がなぁ。そう簡単に整備に行ける場所でもないし、できれば鉄で作りたい所ではあるが……」

「迷宮産の素材に鉄あるじゃないですか」

「鉄を打ち直すにも薪がいるんだよ」


 鉄はアラクネガードの残骸などから採取する事ができるが、これを倒せるのは現状では極々一部に過ぎない。

 むしろ水晶などの方が簡単に手にはいる辺り、この迷宮は少々歪である。

 それに、この村で贅沢に薪を消費するのは、なかなか難しい。

 一般人が使う火種は、無限に繁殖してくる藁や干草がメインだ。長く燃え続ける薪は意外と贅沢品なのである。


「ふむ、では木材と薪の買い取り価格を少し引き上げますか……?」

「悪ぃな。組合の負担になるんだろ?」

「中継点の井戸の整備はこちらの管轄ですからね」


 交易路途中の中継点が整備されれば、商人が多く流入してくる。

 これによって経済が活性化されれば、結果的に組合にも利益が出るのだ。


「では大型の木材を二割り増しで依頼を出しておきましょう」

「おう、よろしく頼む」


 二割増しなら木材調達を主に生計を建てている者なら飛びついてくれるだろう。

 そう判断して、新たな依頼票を製作する。

 その際に掛かる報酬を組合の経費から計上して、経理に回しておいた。

 経理を担当する物から悲鳴が聞こえた気がするが、ここはあえて聞こえない振りをしておく。

 病欠者が多発したため、組合も人手不足に陥っているのである。


「それで、あっちの方がどうでしょう?」

「ああ、新しい燃料か……これは意外といい結果が出てるぞ」


 薪を頻繁に使えない以上、代替の燃料開発が急務なのだ。

 そこで干草を細かく砕き、四層の植物の樹液で固めた新型燃料を開発している。

 燃焼効率のいい樹液で固めているため、長く燃える特徴があるのだ。


「ふむ、三十センチで三時間燃焼ですか……」

「十センチで一時間ってのもわかりやすくていいだろ。火力もそこそこ出てる」

「材料に四層の松を混ぜたのですね。少し材料費が掛かってますが」


 四層の大半は海だが、その周辺には松林も少量存在している。

 松から採れる松根油は可燃性が高いため、燃料にちょうど最適なのだ。


「獣脂で代用できませんか?」

「あっちじゃ、綺麗に固まらねぇんだよな。それに火力も弱い」

「固形化は重要な要素ですしねぇ。判りました、これに布を巻いて携帯性を上げた物を新型の燃料として売り出して見ましょう」

「おう、量産の方は任せとけ」


 固形燃料程度ならタルハンへ支援要請すれば、すぐにでも運んでもらえる。

 だが、彼等は自然に『今ある物を代用して』使える物を開発していた。

 これはユミルがこの地でやってきた、サバイバル生活の薫陶(くんとう)かもしれない。


 ヒルは新商品を実験的に流通させるため、取り扱う村の商店をリストアップして行く。

 ユミルの何でも屋が存在していたら、そこに卸せばいいのだが、現在は休業中である。

 アリューシャが学園を卒業するまでは、彼女も身動き取れないだろう。


「この村にも、学園はあった方がいいですかねぇ?」

「あん? 学校を作るのか。そりゃ大仕事になるな」

「学校があればユミルさんも戻ってきてくれるかと思いましてね」

「ああ、だが子供がまだ少ねぇからな。作っても運営できるかどうか……」

「それもありますか……人は増えてきているのですがね」

「草原のど真ん中って立地じゃ、移住者もそうそう増えないか」

「水耕栽培が軌道に乗り初めているので、増えてはいるんですよ」


 高速で栽培できるこの草原に置いて、農業の新しい形態である水耕栽培は注目の的だ。

 だが、毎日収穫できるという訳では無い。この草原にも四季はある為、耕作できるのは春から秋に掛けての八ヶ月程度。

 一晩で収穫できるが、水の入れ替えや土の入れ替えなどを行わねばならず、収穫物の処理も必要なため、栽培間隔は月に一度程度が限界である。


 それに、栽培面積も狭い。

 せいぜい通常の面積の四分の一程度しか管理しきれないため、一度の収穫量はそれほど多くない。

 それでも、年八回もの収穫は驚異である。

 それだけで通常の倍の収穫が見込め、さらに狭い範囲の農地で賄えるとあって、農家の次男坊や引退冒険者など、一から生活基盤を作らねばならない者達がかなりの量流入してきている。

 彼等がこの地で畑を耕す光景は、頻繁に見受けられるようになっているのだ。


 そして何よりも大きいのは、一晩で生育してしまうため、気候の変化を受け難いという事である。

 安定して収穫でき、少ない面積で倍の収益を得る事ができる。

 これを聞いて算盤を弾かない者はいない。


 村自体も、今は小さな規模ではあるが、急速に成長している。

 近くには迷宮があり、うまくいけば一攫千金のチャンスもあるのだ。

 それを夢見て、冒険者から農民、牧場主まで、幅広い人材がこの地に流入しつつある。

 もう少ししたら、教育機関の設置も考えなければいけなくなるだろう。




 アルドを相手に村の開拓を設計していると、いつの間にか日が暮れてきていた。

 夕刻の定時連絡をタルハンに送り、逆に中継点からの定時連絡を受け取る。

 そこでふと気付いたことがある。


「……ん? 西の中継点からの連絡が来てませんね?」

「あ、そういえば今日はまだ来てませんね」


 事務処理をしていた職員が初めて気付いたとばかりに、相槌を打つ。

 東と南北の中継点、各六ヶ所からは問題無しという報告が来ているのに、西の連絡がこない。しかも二ヶ所共だ。


「西か……三年前の事件の基点、ですね」


 タルハンでの放火とアリューシャの拉致事件は、ヒルにも報告が届いている。

 証拠は無いが、それを起こしたのがブパルスの関係者であることもだ。

 ここ数年のキナ臭い情報と合わせて、この連絡不備は、嫌な予感をさせるに足る物があった。


「支部長! 支部長はいるか!?」


 そこへ駆け込んでくる冒険者がいた。

 五人組で見かけない顔。今だ落ちぬ旅の埃から見て、この村に到着したばかりだろうか?


「私が支部長ですが、何事です?」

「あんたが……よかった。いいか、落ち着いて聞いてくれ――」

「私は落ち着いてますよ。どうぞ」


 息せき切った様子の冒険者に、水を振舞いながら話を促す。


「――西の中継点が落とされた。ケンネルが攻めてきてる」


 そして、凶報はもたらされたのだった。


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じゃあ遠慮なく潰せるね、ケンネル。
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