第百三十一話 秘薬の秘密
ガイエルは負けを認めた後、間をおかず【ヒール】を唱え、一瞬にして傷を癒して見せた。
やはり、この魔法は反則レベルだ。
あれだけ追い詰めていたというのに、ほんの数秒で元の状態に戻してしまう。
「ほれ、お主も全快にはなっておるまい? 【ヒール】」
「あ、ありがとうございます」
「なに、首を取られなんだ分だけ、こちらが礼を言わねばならんわ。まさかあれほどの剣力を持っていたとはな」
溜息を吐いて肩を竦ませる。
見かけは壮年の男性なのだが、その仕草は妙に滑稽に見えた。
彼の人間贔屓は意外と根深いのかもしれない。
「そいつは東のタルハンでは烈風姫って呼ばれるほどの剣豪だからな」
「ほう、まだ若く見えるのに……いや、人ですら無いの、か?」
「――げ」
キーヤンの言葉を受け、ボクを一瞥してから、あっさりと正体を看破した。
コノヤロ、一目でボクの種族を見抜いた?
ボクは見かけは人間と同じだが、組合証の種族欄には『種族:エインヘリヤル』と書かれている。
これがどういう意味を持つのか判らないが、おかげで加齢という枠からは外れているのだ。
ボクは成長しない。
そのおかげで女性が抱える生理的な難問から、解放されていると言える。
「それより約束です。アムリタを取りに行かせてください」
同じ転移者であるキーヤンに秘密にする事はないかも知れないけど、わざわざひけらかす必要もあるまい。
ここは話を逸らせて、早々に目的を達成するが吉だ。
だがガイエルはボクの話を聞いてブホッと咳き込んでいた。
何か変な事言ったかな?
「なんじゃ、お主たちの目当てはアムリタじゃったのか……」
「あれ、伝えてませんでしたっけ?」
「秘薬に使う薬草としか聞いておらんわ」
そういえばそうだったような気がしないでも無い。
「まぁ、別に価値ある物でもないし、好きに取っていって構わんけどな」
「そうなんですか。すごい薬が作れるから、希少品だと聞いてますけど?」
「あれは――まぁ、我等の住むところなら普通に生えておるよ。良ければ我が案内しよう」
「そんな、いいんですか!?」
短時間とは言え、結構激しい戦闘をこなした後である。
しかも雨霰と降り注ぐ剣撃を受け、かなりの出血もしたはずなのだ。
疲労していないはずが無い。
「なに、お主同様、我も体力には自信がある。この程度怪我の内にも入らんわ」
「なら次は直撃させても大丈夫そうですね。実はまだ使ってないスキルが――」
「スミマセン、強がりでした」
空元気で強がって見せたが、ボクの奥の手がまだある事を聞いて、あっさりと手の平を返す。
実際、ボクの基本戦法である【エンチャントブレイド】や筋力を大幅に強化するtの魔刻石は使用していない。
これらを使用していれば、与えるダメージが倍近く変わってくるのだ。
問題は――
「ああ、長が負けたぁ!」
「長は昔っから、肝心なところでポカするからなぁ」
「ふつくしい、ホレた……」
「おい、誰かあの子に賭けていた奴はいるのか?」
「一人いるぞ、キーヤンって誰だ?」
「おい……お前、なにこっそり賭けに参加してんだ?」
「い、いや。つい――」
こっそり賭けに参加してたらしいキーヤンの頬を、クニツナでぴたぴたと叩く。
まったく、人を餌に一儲けするとか、許せんな。
「がぁう」
「あ、リンちゃん。心配掛けたねー」
ポイッとキーヤンを放り出し、リンちゃんの首をハグしてあげる。
ごろごろ喉を鳴らしてボクに頭を擦り付けてくる様子は、幼生らしくて実に可愛い。
「あの子も結構いいなぁ」
「なに、お前ロリ? むしろペド?」
「バッカ、将来有望そうって意味でだよ」
「あー、それはあるかも。あの黒光りした鱗はセクシーに育ちそうだよな」
「だろ、だろ!」
「お前等、リンちゃんが欲しくばボクを倒していけ?」
「無理ッス!」
脇でボソボソ密談するやや若めの竜を威嚇して、リンちゃんを背後にかばう。
少子化云々言ってたから、きっと嫁が足りないのだろう。
「戯言はそこまでにしておけ。それでは目的地に案内しよう。強者と認めるとは言え、あまり人間に長居はして欲しくは無いでな」
「そこまで人間を毛嫌いしなくても……」
「人はすぐに変節しよるからな。たった百年も持たずに心変わりしおる」
「普通寿命で死にますって、それ」
ドラゴンからみれば、人間の寿命なんて『すぐ』なんだろうけどさ。
「ほら、お前等も用は済んだのだから巣に帰れ」
「長、呼び出し掛けておいて、それはないッス」
「うるさい、我は不機嫌なのだ」
「負けたからって大人気無い――」
若竜が余計な口を叩いた瞬間、ゴッという音と共に閃光が走った。
それはガイエルの放ったブレスだ。
威力はリンちゃんと放つ【ドラゴンブレス】と同程度はあるだろうか?
それをノータイムで放ったのだから、恐ろしい。
息を吸い込むアクションがなかったという事は、あれで本気じゃないって事だ。
「人型でも吐けたんですか」
「ドラゴンである本質は変わらぬからな」
「ヒ、ヒィ――すんませーん!」
若竜たちは悲鳴を上げて飛び去っていく。
その頭頂部の鱗が少し焦げているのが、物悲しい。
きっと人に変化したら禿げてるんだろうな、あれ。
それからボク達は、ガイエルの案内でアムリタの元へ飛び立ったのだった。
竜に戻ったガイエルに案内される事、三十分程度だろうか。
そこは雪山に囲まれた山脈の中で、唯一鬱蒼と木々の茂った高峰だった。
「この山の頂付近に、そのアムリタが生えておるよ」
「ありがとうございます。案内までしてもらって……」
「なに、別に構わん。我等にとって価値のある物では無いしな。それに欲しいと思うヤツもおらん」
「これほど有効な薬草なのに、ですか?」
「あー、それなぁ……」
言い難そうな素振りを見せているドラゴンというのは、とても珍しい。
山の周辺を飛び回り、ようやく数株の赤い実を付けている薬草を見つける事ができた。
「あ、あった! これで間違いないね、キーヤン?」
「ああ、組合の依頼票に載ってた花とそっくりだ」
「良かった、これでアリューシャが助かる……って、なんだかこれ見た事あるような?」
赤く小さな実を付けた薬草。
それは間違いなく、依頼票に記載されていたアムリタに違いない。絵と実物では受ける印象が変わるから、気付かなかったけど。
実際に実物を見ると、どこかで見たような? 屋敷とかで――
「それな。アムリタはドラゴンの糞を養分に咲くのだよ」
「へ?」
「ドラゴンと言っても力あるドラゴンの糞に限るのだが、お主の騎竜程の力があれば、充分養分になるじゃろう」
アムリタが生育するのは、ここドラゴンの聖地とごく少数のコーウェルの一部だ。
そしてコーウェルは、数年に一度ドラゴンが飛来する地域でもある。
アムリタ育成にドラゴンと言う要素が必須ならば、コーウェルの特産になるのも理解できる。
「この山の植生がやたら良いのは、ここが我等の『トイレ』として利用されているからで……まぁ、この地には魔力が溢れ返っておる。そこにクファルが根付くと、アムリタへ変化するのじゃ」
つまり、あれか?
この枯れ果てた極北の地に置いて、ここだけが定期的に『堆肥』が運び込まれる、と?
そこに抗生物質と同様の効果のあるクファルが繁殖すると、アムリタへレベルアップすると?
そういや、スラちゃんも高レベルなボク達の排泄物でレベルアップしたんだっけ……
「そんな物を栄養にする草を、我等が重要視するはずもあるまい? そもそも竜種は、それが必要になる事態に陥らぬ」
このアムリタ、彼等にとっては便所の脇に這える雑草程度の存在だったと……
そう言えばリンちゃんは屋敷において、食事とトイレの場所を決められている。
その近くでこれに近い雑草を見たことが、確かにある。
「そんなわけで、放っておけば勝手に生える草だ。好きに持っていって構わんよ?」
「ドチクショー!? なんと言う無駄足かっ!」
屋敷に戻れば、アムリタは手に入ったんだ。
ここまで丸一日、無駄に飛んできた事になる。
「いや、落ち着けボク。アムリタをアンブロシアに加工するのは、コーウェルの薬師にしか出来ない。つまりまったく無駄足じゃないと思えば……」
コーウェルに来て、材料を知り、屋敷まで戻ってまたコーウェルへとなると、時間的に掛かった時間は同じ位になるはずだ。
つまりこれは無駄足じゃない。効率は非常に悪かったけど。
「何を葛藤しているのか知らんが、これで目的は達成したのだな?」
「ええ、ありがとうございました。ボク達は早々にここから退去するので、御心配なさらず」
「構わん。むしろこんなゴミを得るために手合わせさせたのかと思うと、こちらが気を使う」
「ボク達に取っては、妙薬の材料なんですけどね……」
ドラゴンの糞から作った堆肥で育った薬草だ。そりゃ効果も高かろう。
とにかくこれが目的の物である事は確かだ。
今は採れるだけ採取して、提出用の袋に放り込んで行く。
栽培方法は判ったのだから、種があればコーウェルで栽培する事も可能になるはずだ。
アンブロシアと言う薬が安定供給されるのなら、この世界にとっても悪い事では無いはず。
「そうだ、詫びと言ってはなんだが――これを渡しておこう」
そう言って再びどこからともなく小さな水晶を取り出す。
大きさは二十センチ程度の水晶柱だが、魔力を帯びているのか、うっすらと光を放っている。
明らかにマジックアイテムのそれは、剣と違い速攻で作ると言う真似はできないはず。
だとすれば、やはり空間系の魔法でインベントリーと同じ効果を持つ術か、物質転移系の魔術を開発しているのかも知れない。
「人の街を彷徨っていた時に入手したマジックアイテムでな。対になる水晶柱を介して通信が可能になるのだそうだ」
「あ、組合の連絡用のやつだ」
そうか、なんとなくどこかで見た事があると思ったら、ヒルさんが村からタルハンに連絡を取るのに使っていたものだ。
「通信先は我の持つ片割れに繋がっている。我等竜種の力が必要になった時、我の名を出して協力を求めると良い」
「ありがとうございます。でも、ここからボクの住む場所は遠いですよ?」
「我の魔力は空間系に優れておる。転移系の術も、もちろん習得済みだ。その水晶柱を基点に転移すれば問題なかろう」
そう言えば、初めて会った時も空間を捻じ曲げられて、逃げる事ができなかった。
あれほどの遠距離で魔術を仕掛けてくるほどの腕があるなら、そういう真似も可能かもしれない。
「判りました。ありがたく頂戴します」
「うむ、それでまた手合わせしてもらえるとありがたい」
「……実はそっちが本音ですね?」
「……………………嫁でも構わんぞ?」
「遠慮します」
わざとらしく落ち込んで見せる辺り、このドラゴンロード、実に人間臭い。
剣術馬鹿のアーヴィンさんと引き合わせたら、意外と面白い化学反応を起こすかもしれないな。
「それでは、ボク等は急いでますので、これで失礼しますね。お世話になりました」
「こちらこそな。良い暇潰しになったわ」
アムリタをありったけ詰めた袋を背負い、リンちゃんの背によじ登る。
これは組合に提出しないといけないので、インベントリーにしまう事ができないのだ。
「ま、手合わせ云々は置いといて、会えてよかったです。また会いましょう」
「おう、今度は負けんからな」
「遠慮するっていったでしょう!?」
「がぁう」
付き合いきれないとばかりにリンちゃんは翼を打ち振るわせ、宙に舞う。
古竜王ガイエルに軽く手を振って、ボク達はコーウェルを目指したのだった。
皆さんの想像通りのオチでした。