第百三十話 勝負
互いに剣を構えて、相対する。
ガイエルは肩口で剣を立てる、いわゆる八相という構えに近い型を取る。
これは示現流なんかで有名な構えで、強く早い攻撃を最優先で叩きこむ事ができる。
一転防御には劣り、正に先手必勝の構えだ。
対するボクは半身に構えて、左のムラマサの切っ先を地面擦れ擦れまで下げ、右のクニツナを肩の高さで水平に構え、その刃をガイエルに向ける。
いわゆる某剣客マンガにあった牙突っぽい構えだ。
ガイエルはボクの構えを見て目を細め、その狙いを分析していた。
「ほう、左で攻撃を受け流し、右で突きのカウンターを狙うか」
「あ、やっぱり読まれましたか」
左のムラマサを相手に合わせて跳ね上げるだけで、八相からの攻撃を受け止めることができる。
そして受け流され体勢を崩した相手は、突きの格好の的になる。
これは、先を打たせ、後の先を取る構えだ。
もちろん、こちらの意図が読まれるのは承知の上。これは相手を挑発する意味もある。
「面白い、ならばその誘いに乗ってやろう」
ボクの思惑を正確に読み取り、その上でなお乗ってくる。
ドラゴンでありながら人型を取り、剣術に興味を持ち、多少強引にでも手合いを申し込む。
こういう類の相手は、心のそこから剣術を楽しんでいるのだ。
ならば、こういう誘いに乗る可能性は高かった。
「行くぞ!」
律儀にも一声掛けて、一足飛びにこちらに踏み込んでくる。
太刀筋も何の工夫も無い袈裟斬り。まずは牽制と言うところか。
「ハァ!」
「てぇい!」
工夫が無いと言っても元はドラゴン。その膂力は侮れるものでは無い。
気合一閃、振り下ろされる一撃はかなりの速さと重さを持っていた。
ボクはそれを予定通り左のムラマサで受け流す――が。
「くっ、重い!?」
受け流すべく合わせた刃は想像以上に重く、逆にこちらの体勢が崩されかけた。
これ、普通の人だったら押し切られていただろうな。
だがボクの筋力も、常人のそれでは無い。押し切られる前に建て直し、予定通り受け流すことに成功する。
しかし本来受け流すと見せかけて、逆に押し返し相手の体勢を徹底的に崩すと言うボクの目論見は、見事外された事になる。
さすがはドラゴンの剛力。甘く見てたのはこちらの方だったか。
「ぬぅ、これを受け流すか……細い見掛けによらず、なかなかやる!」
「そっちこそ――この、馬鹿力め!」
予想より体勢を崩せていないが、隙は隙だ。ボクも牽制代わりの突きを放って、挨拶返しをする。
本来、これが必殺の一撃になる予定だったのだが……この古竜王、予想よりしっかりと鍛えられている。
右の肩口から放たれる銀光。
一直線に相手の喉元に伸びるそれは、引き戻された大剣によって弾き返された。
だが、それもまた想定内。
弾かれた反動を利用して、左のムラマサを胴へ走らせる。
二刀流というのは習得に難があり、実戦には不向きと思われがちだが、筋力さえ充分に満たしているのなら、下手な両手剣より攻撃力があるのだ。
両手で剣を持つという事は、関節の稼動域を制限し合い、意外と攻撃範囲を狭めてしまう。
だが片手で持つ事で、剣を手の延長のように使えるのだ。
そして稼動域への制限が少ないと言う事は、それだけ早い一撃を放つ事ができる。
両手でボールを投げるより片手の方が早く投げれる理屈と似たような物かも知れない。
強く重い攻撃ならば両手、早く鋭い攻撃は片手というのは、意外と理に適っている。
それを両手で行える。それこそが、ボクの強みでもある。
早い攻撃を左右交互に、絶え間なく放ち続ける。
だがガイエルもまた、この攻撃にあっさりと着いてくる。
雨のように襲いかかる左右の攻撃を、受け、躱し、いなし、捌く。
有効打を一切受けることなく、凌ぎきったのはさすがの一言。だがその場に踏みとどまる事はできず、押し返され、お互いの間合いがまた広がってしまった。
「ふぅ、前言撤回じゃ。『なかなか』どころでは無いな。『とんでもなく』デキるに修正しておこう」
「それはどうも。でもそっちもまだ本気じゃ無いでしょう?」
両手剣を片手で持つ【パワーアーム】は、実はパッシブなスキルでは無い。
少量とはいえ、効果を発動中、常時MPを消耗して行くのだ。
もっとも高い知力を持つボクのスタイルならば、それほど影響があるものでも無い――が、スキルを使いだすと、その消費が地味に効いてくる。
なので、できれば早い段階で勝負を付けたい。
「判るか?」
「技も使わずに振り下ろしただけじゃないですか。それじゃ剣術とは言わない」
「それもまた、一つの技じゃよ」
確かに一撃必殺を標榜する流派などは、それを技にまで昇華させている。
だが、それはこのドラゴンと言う種が使う剣術には、やや物足りない。
彼等の身体能力で放つ一撃は、すでに必殺の域に達しているのだから。
「では、そろそろ本気で行くとするか」
「どうぞ、御自由に……」
こちらの声が終わるよりも早く、剣が打ち下ろされてきた。
その速度は今までの比ではなく、また重さも激しい。
これは受け流す余裕なんて無い。
「ぐうっ!」
押し潰されそうなプレッシャーに、膝が沈み、足首が地面にめり込む。
だが歯を食いしばってそれに耐え、受けきったと確信した瞬間――今度は下から刃が跳ね上がってきた。
上からの攻撃を押し返すために伸び上がった身体では、これを受け止める事はできない。
ボクは必死に身体を逸らせ、その斬撃を避ける。
仰け反った顎の先を切っ先が掠め、大きく体勢が崩れた。
そこへ今度は左右からの連撃。
「お、わああぁぁぁ!?」
仰け反ったまま勢いを殺さず、後ろへ転がることでその攻撃を避ける。
上下左右の四連撃。
しかも上下と左右がほぼ同時に飛んでくる。
「なんつー容赦無い技を――」
転がった勢いを殺さず距離を取り、反動で跳ね起きながら愚痴をこぼす。
あの技はボクの敏捷値だけじゃ避け切れなかった。
盗賊職で取得した回避補正スキルがあって、ようやく躱す事のできたのだ。
「それはこっちのセリフじゃ。最初の一撃で動きを固めた段階で、ほぼ必殺の技じゃったのだがな」
「今の攻撃、当たったら死んでましたよ?」
「そうか? お主なら死なんじゃろう」
ち、見抜いてやがる。
確かに重い一撃だが、ボクのHPならば充分耐え切れるだろう。
手足の一本は斬り飛ばされたかもしれないが。
「さて、次は避けれるかな? 【四咬連斬】!」
「【ソードパリィ】!」
二分の一の確率で敵の物理攻撃を自動で受け流す【ソードパリィ】。本来両手剣のスキルではあるが――今のボクは片手とは言え、両手剣を装備してる状況なので、実は使える。
しかも片手に付き五十パーセントで両手分の判定が発生する。
これによって二分の一の受け流しを二回、つまり七十五パーセント受け流す事ができるようになっているのだ。
このパリィング状態のボクに攻撃を届かせるのは、至難の技である。
自動で発生した受け流し行動に逆らうことなく、四連攻撃の大半を受け流す。
一発だけかいくぐってきた物は自力で避けて、完全に凌ぎ切って見せた。
自慢の攻撃を無傷で凌がれたガイエルは、驚きの表情を浮かべている。
そして驚愕は――隙になる。
「【マキシブレイク】!」
炎属性の薙ぎ払い範囲攻撃。
この距離で単体相手ならば、あまり意味は無いかもしれないが、この技はダメージだけみてもかなり優秀な部類である。
敵を一撃で制圧する威力は充分にある。
「【鏡水陣】」
だが、ガイエルもタダで攻撃を受けたりはしない。
まるで球面に沿って流されるかのように攻撃を受け流され、反撃のカウンターが飛んできた。
「カウンター系のスキルかっ!」
「まさか護りの技を使わされるとはなぁ!」
かろうじて躱すも切っ先が左頬を抉る。
飛沫いた血が左目に入り、視界を塞いだ。
それを一瞬で見て取ったのか、ガイエルはボクの左へ回りこみつつ、技を放ってくる。
「【蛇鋼刃】!」
「くぅ!」
大剣がまるで蛇のようにうねり、こちらの護りをすり抜けてくる。
左目が塞がれているから、目で追い切る事ができない。
そのまま左の二の腕を切り裂かれ、ムラマサが宙に舞った。
だらりと垂れ下がった腕は力が入らず、激痛が戦いには使えなくなった事を伝えてくる。
「その腕ではもはや防ぎ切れまい、喰らえ【四咬連斬】!」
パリィ状態はまだ続いている。
だが、片腕では効果は大きく落ちている事になる。
二発は受け流し、一発は避ける事ができるだろう。だが残り一発を避けるのは、せいぜい五分か?
「th起動――センチネルガード!」
とっさに右手の剣を捨て、魔刻石を取り出して展開する。
thによって生み出された光壁が最後の一発を受け止めた。
必勝を確信していたガイエルの体勢は大きく崩れている。
対してボクも、剣を失っている。
だが――
「【オーラウェポン】、【ソウル――クラッシュ】!」
「【鏡水――なにぃ!?」
ソウルクラッシュは暗殺者のスキルだ。
その最大の特徴は、物理ダメージと魔法ダメージを相乗させて敵に与える事と――必中攻撃であるという事。
そして、武器を問わず使用できる利点もある。
ガイエルの放つカウンター系防御スキルをすり抜け、右拳が顔面にめり込む。
【オーラウェポン】で強化された拳は、ちょっとした武器と同等の威力を持っている。
そこにボクの高い魔法攻撃が加わる訳だから、これはもう立派な凶器だ。
本来ゲームではありえない組み合わせのスキル。これらを自在に組み変えて使用できるのが今のボクの強み。
もちろんそんな事はガイエルは知らないだろうが、まさか素手で攻撃できるとは思っていなかったのだろう。
不意を突かれ、まともに拳を喰らい、独楽のように回転しながら吹っ飛んで行く。
「w起動――リフレッシュ」
「魔法、使わないのでは無かったのか!?」
「これは魔法じゃないですし!」
「なんかズルイぞ!?」
反論しながらも、いつもなら滅多に使わない魔刻石を解放する。
wは潜在的な力や復旧を意味するルーンで、HPを回復させる効果がある。
滅多に使わないのは、この魔刻石の効果は回復アイテムで代用できるからだ。
二十個しか持てない魔刻石を消費するより、金で買えるアイテムを利用した方が安定するのだ。
同時に状態異常も回復するため、左腕の傷が見る見る塞がっていった。
続いて投げ捨てたクニツナの代わりに、インベントリーからストームブレイドを取り出す。
「【アクセルヒット】――【狂化】!」
ここで一気に畳み掛ける。
【アクセルヒット】は武器攻撃速度を上昇させる。そして【狂化】もまた、攻撃速度を加速させる効果がある。
そしてストームブレイドには攻撃速度上昇効果がある。
ストームブレイドの高速攻撃に、スキルの加速が重なる。
二つのスキルの加速攻撃に装備の攻撃速度上昇効果が重なり、上限を超えた速度で斬撃を繰り出していく。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおあああああああああああああああああ!」
「ちょ、待て!?」
待たない。
このチャンスを逃せば、次があるか判らないのだ。それくらい――この敵は上手い。
さすがに直撃はマズイので、ギリギリ掠める程度に嵐のような連撃を叩きこむ。
剣速が音速を超えているのか、一撃ごとに衝撃波が地を走り、山が削れ、平たい山頂部分が歪に抉れて行く。
片手で秒間十五を超える、速さのみをひたすら追求した刃の雨。
正に目にも止まらぬ剣撃の暴風が山頂に吹き荒れた。
さしものガイエルも、これを全て躱す事はできず、皮膚が浅く、だが無数に切り裂かれていく。
ほんの数秒で、その傷の数は数え切れないほどに膨れ上がる。
だが――負けを認めるまで、攻撃を、やめない!
「ま、まいった! 我の負けじゃ。だからヤメロ!?」
ボクがその一声を引っ張り出すまで、十秒も掛からなかったのだ。