第十二話 鍋料理を作ろう
結局その日はそこまでで、アーヴィンさんを連れて地上に戻ることにした。
迷宮を出るとすでに日は傾いており、一晩泊めて夕食を振舞う事になった。
「という訳で今日は大勢で食べる料理を作ろうと思う」
「あたらしーごはん? やったー!」
バンザイしてぴょこんと跳ねる。
今日もアリューシャは食いしんぼさんで可愛いです。
木を刳り貫いて作った大鍋に水を注ぎ、牛や猪の背骨を入れておく。
石を綺麗に洗って焚き火で熱し、真っ赤に焼けたところで鍋に投入する。鍋が木製で、直接火に掛けられないので苦肉の策だ。
いくつかの石を交換して水を沸騰させ、しばらくしたら中の背骨を取り出す。あまり見た目は変わっていないが、脂や骨髄が溶け出して、いい味が付いてるはず。
そこに熊や猪、牛や豚、鳥等の多彩な肉を投入し、野草と一緒に煮込む。白菜とか欲しいなぁ。
「おー、いいにおい」
沸騰が弱くなったら石を入れ替えて、火力を維持する。具材の煮える匂いが次第に周囲に立ち込めていく。
最後にトマトっぽい果実と塩や魚醤で味を調え、完成である。
「完成です。迷宮鍋とでも名付けますかね?」
「おお、いい匂いだな」
「これ、全部迷宮の中で手に入ったもので? すごいじゃない」
木の枝を削って作った簡易箸と、匙を使ってそれぞれの皿に取り分けて配る。
本当はみんなで鍋をつつくのがいいのだけど、海外ではそういう食べ方に嫌悪感を抱く人が居るとも聞く。
この異世界……まぁ、多分だけど、ここでもそう感じる人が居ないとも限らないため、配膳しておいた。
「美味いな、これは……スープというと前菜の印象が強かったのだが、まるでメインの料理を食べてるようなボリューム感がいい」
「味も悪くないですわ。ソリアの実に塩だけじゃありませんわね?」
「……微かに魚の香りがするな」
ソリアの実というのは、トマトに似たあれの事らしい。
「ゆーね、おいしい!」
「これ……あのモンスターなんだよな?」
「……言うな」
魚醤の風味が珍しいのか、いつも食べてるアリューシャですら絶賛してくれる。
そもそも出汁の概念は、最近まで海外ではあまり普及していなかったというから、この世界でも一般的な物じゃないのかもしれない。
独身一人暮らしのスキルがここで役に立つとはね。
残れば翌朝にでも……と思っていたのだが、見事に完食。締めにうどんか雑炊でもやってみたかったが、米も小麦も存在しない現状では如何ともしがたい。
米の類もアーヴィンさんに注文しておこう。
余った毛皮と干草でベッドを整え、眠る準備をする。
幼女が干草に埋もれながら運んでくる姿は、正直いつ見ても萌える。
男どもを小屋から叩き出して寝巻き(代わりの装備)に着替え、久しぶりの女体を堪能した。
ボクもアリューシャもツルペタンなので、フワフワで自己主張の激しいルイザさんとルディスさんの姿はいい保養になった。ぐへへ。
「ゆーね、よだれー」
「え、そんなの垂らしてませんじょ。じゅるり」
「あら、風邪かしら? あの四層の海に潜ったから……」
「あそこは難所よね。内陸で泳いだ事の無い冒険者も多いし、浮き輪の類は必須になるかも」
日本では水泳が授業に組み込まれているが、海外ではそういう例は少ないらしい。
内陸育ちだと泳げない人も多く、それどころか沿岸部なのに水泳の心得が無い者が多い地域も多いとか。
そういえばアリューシャも最初は泳げずに浮き輪頼りだったし、人が来る様になったら需要が増えるかも知れない。
「前にアリューシャが使ってた浮き輪があるので、それを量産しておきますかね」
「……どれ?」
「ちょっと待ってください」
部屋の隅にある荷物置き用の木箱を開けて、中から浮き輪を取り出す。
動物の腸を利用した浮き輪は、密封度が足りないので一時間程度でしぼんでしまうが、それでも充分役に立つ。
「へぇ、考えたわね」
「木切れを持ち込むだけでも充分浮き輪代わりにはなるんですけどね」
「こういうチューブ状の補助具を体に巻きつければ、手が使えるというのは利点よ」
「ふむ、なるほどー」
量産リストに浮き輪も加えておく。意外といい商売になるんじゃないだろうか?
「でも、そこまで辿り着ける人ってあまりいないと思うけどね」
「そうね、あの難易度だもの。一層の突破すら難しいかも」
なんだか死んだ魚のような目になって、呟く二人。
そこへドア越しに声が掛かった。
「おーい、まだかぁ? 外は虫がひどいんだよ、早くしてくれぇ」
「あ、ハーイ。大丈夫ですよー」
ボクは寝巻き用の初期胴衣を着て、他の三人も着替え終わってるのを確認してからドアを開ける。
アリューシャは皮をなめして作った寝巻きだ。これはそのままでは通気性が悪くて寝心地が悪いので、各部に切れ込みを入れて通気を確保してある。
後、この子は寝相が悪いので、厚めの寝巻きじゃないと風邪を引きそうだと思ったのだ。
「ちょっと、そんな格好で男性の前に出てはいけませんわ!」
「え、そうかな?」
そういえばこの胴衣、布が手に入らないので、あちこち切り取ってかなり際どい状況になっている。
今じゃ、下はほとんど隠せていない。
今までアリューシャとずっと暮らしてたので、気にしなくなっていたようだ。
「あ。もう少し待ってくださいね」
「お、おう……」
少し前屈みになりながらアーヴィンさんがドアを閉めた。
ボクの今の身体って、幼すぎてそういう対象からは微妙に外れてると思うんだけどなぁ?
流石に初見の人と一緒に寝るというのは、緊張した。
夜ちょっとした刺激で目を覚ましていたので、朝起きた時もスッキリしていない。
これは来客宿泊用の小屋は、早めに作った方がいい。後、鍵も。
朝食は、保存食の乾パンを貰ったので、昨日の鍋の残りのスープと混ぜてオートミール風にしてみた。
甘めの果物も添えて、栄養のバランスも整える。
久しぶりの小麦の味は、涙が出るほど美味しく感じた。やはり炭水化物は偉大だ。
「それじゃ、出来るだけ早く戻ってくる。それまで準備しておいてくれ」
「はい、判りました。宿泊用の小屋とか、作っておきますね」
「頼む」
彼らはそういって町へと戻っていった。
「それじゃ、アリューシャ。今日から小屋をもう一つ作るよ?」
「うん!」
多人数が宿泊する予定の小屋なので、少し頑丈に組んでみようと思う。
木切れを立てて壁を作ったが、今度は丸太を組み合わせたログハウス風の作りにしてみよう。
丸太を立て、それに沿って更に丸太を積み上げ、交差部を抉って組み合わせる。
丸太を抉るのは片手剣を使用した。限界まで精錬してある剣なので、木材ならサクサク抉る事が出来た。
念のため、更に蔦で縛って補強しておき、一回り大きな小屋を作り上げていく。
この作業に二週間かかった。
次に、内部に砂利を敷き詰め、丸太を半分に割って作った床を設置。
毛皮を革紐で縫い合わせた絨毯を敷いて、大雑把な部分は完成した。
荷物置き用の木箱を設置して、扉部分に閂を作る。
蝶番がないので、蔦で縛って稼動するようにしているので正直保安上は不安なままだが、閂のおかげで多少はマシになっただろう。
次に保存食と水瓶の製作に移ろうと思う。
アイテムインベントリーがあるので、水瓶の必要性は感じていなかったが、人前で水を汲む時にはあった方がいいだろう。
とはいえ、粘土がないため土器の生成はまだ出来ない。
木を削って樽を作るには、ボクの技術が足りてないのだ。
隙間が開いててもあまり影響が無い木箱と違って、密封性が重要なので難しい。
そこで木の樽を出来るだけきっちり作り上げた後、内側に膠で革を貼り付け、水漏れを防ぐ方法を目指してみた。
その為にはまず、膠を作らねばならない。
幸いにして動物の脂は大量に余っているので、それを煮詰め、漉し、ゼラチンを抽出する。
それを更に煮詰めて濃縮し、殺菌・冷却・乾燥と工程を重ね、接着剤になりそうなものは出来た。
これで水袋に使用してる革を樽の内側に貼り付けていき、大きめの甕サイズの水瓶が完成した。
「これで大丈夫かなぁ……?」
「これでお水、漏れない? ミルクいつでも飲める?」
「うん、たぶん。でもミルクをここに入れておくのはどうだろうなぁ」
そもそもこれだけ大量の牛乳を飲めるとは思わない。
時間経過の発生しないアイテムインベントリーに仕舞っておく方が安全だ。
こんな草原のど真ん中で食中毒とか起こしたら、それこそ命に関わる。
一応アリューシャの知識で胃腸薬になる木の実の存在は知っているけど、念には念を、だ。
そこで彼女のためにポーション用の瓶にミルクを入れて渡しておく事にした。
飲んだら空き瓶を渡してもらい、その都度補充してあげる事で食中毒を防ごうという狙いだ。
そして今度は骨組みに屋根だけの小屋を作って、そこに大量の薪を用意しておく。
これはエルダートレントの木切れを放り込んで、乾燥させて薪にしておいた。
幸いというか、不幸にもというか、この草原は降雨量が異常に少ない。
そのくせ草はほんの一日もあれば生え揃ってくるので、地下に水脈があるのかもしれない。
続いてトイレを作り、消費した木材を補充し、水やベッドを設置したところで一ヶ月が過ぎた。
再びアーヴィンさんたちが訪れた時、ボク達は迷宮に潜らず草刈りをしていた。
大量のベッドを設置したのと、新しく作ったトイレで使用する草を用意しておかねばならなかったからだ。
「やぁ、頑張ってるみたいだね」
「いらっしゃい。宿泊小屋、出来ましたよ」
「えっ、もう!? まだ一ヶ月しか経ってないよ?」
「頑張れば、できるものですね」
「そんな無茶な……」
「ユミルちゃんなら、判らないわよ」
「非常識の固まりですもの」
再会するなり散々に言ってくれるじゃないか。
アーヴィンさんは一人の男性を追加で連れて来ていた。
メガネを掛けた堅苦しそうな人で、どうにも親しみやすさが無い。
悪い人ではなさそうな感じだけどね。
「この方がお話にあった? どう見ても子供にしか見えないのですが……」
「ええ、こう見えてもトンデモナイ腕利きですよ」
「見かけは当てにならないものですね。ああ、失礼。私は冒険者組合の監査官で、ヒルと申します」
「あ、ユミルです。この子はアリューシャです」
「よ、よろしく」
アリューシャも堅苦しい雰囲気に当てられて、緊張気味だ。
ヒルさんは背の高い切れ長の目の男性で、俗に言うイケメンなんだけど近寄りがたい雰囲気の人だな。
年の頃は三十前か? イケメンは敵なので、好感度は最初から最低である。
「この小屋はあなたが一人で?」
「アリューシャも手伝ってくれましたよ。それにこの迷宮は材木とか豊富に手に入りますので」
「そのようですね。この草原の真ん中で、これだけの木材を用意できるとは」
「その……監査ってなにやるんでしょう? ボク、いえ、わたし詳しく知らなくて」
一応偉い人っぽい雰囲気なので、口調は改めておく。
「そうですね……それより、長旅で疲れているので、水を少しいただけませんか?」
「あ、これは気がつきませんでした! どうぞ、こちらへ」
確かに立ち話は失礼に当たる。
新しい小屋に案内して、切り株を使った椅子やテーブルを披露する。
「この毛皮……シャドウウルフですか?」
「あの迷宮で出てくる狼の物です。少しゴワゴワしてるので、絨毯向きかなぁって」
「頻繁に出入りするなら、頑丈な物の方がいいでしょうね。それにしても……本当だったんですね」
「――え?」
「シャドウウルフは日の当たらない場所に生息します。つまり洞窟や迷宮ですね。それも危険度は結構高めの三。それを単独で狩れるというのは一流の証ですよ」
「はぁ……」
そう講釈を垂れながら椅子に座る。
切り株の中を刳り抜いて軽量化し、羽毛で作ったクッションを敷いた、結構渾身の一品である。
それよりお茶を出さないと……お茶っ葉ないけど。
「よければ、山羊や牛のミルクもありますけど……」
「おお、それはいいですね。そちらを頂けますか?」
こうして監査官ヒルさんとの面談が始まった。
続きはまた明日投稿します。