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ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ  作者: 鏑木ハルカ
本編 ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ
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第百二十七話 竜の聖地

 翌朝、鱗までピカピカに磨き上げられているのに、なぜかぐったりしているリンちゃんと共に宿を出る。

 妙に艶々と充実した厩務員さんの表情が、実に対象的だ。

 おそらくは一晩中弄繰り回されていたのだろう。


 騎乗スキルの無いキーヤンがリンちゃんに乗るのに手間取っている間、ボクは宿の厩務員さんに挨拶をしておく。

 なんだか表情がイっちゃってるので、話かけるのは少し怖い。アヘ入ってる。


「リンちゃん……ご苦労様?」

「がぅ」

「えと、リンちゃんのお世話、ありがとうございました。こんなにピカピカにして頂いて――」

「ああ、もう行ってしまわれるのですね。名残惜しいです」


 ボクの話を聞いているのか、いないのか、どこからともなくハンカチを取り出し、これ見よがしに涙を拭ってみせるお姉さん。

 結構可愛い人なのに、そこはかとなく漂う残念臭である。

 リンちゃんは早く行こうとばかりに、ボクの持つ手綱を引っ張っている。


「帰りもまた寄ってくださいます?」

「できるならば。先を急ぐので確約はできませんけど」

「ぜひおこしください。今度は映写機を用意してお待ちしております!」


 カメラっぽい魔導機は確かかなり高額だったと思うけど……

 この人、騎獣の世話に生活賭けてないかな?


「あの、ケモナーもほどほどに」

「ああ、冷たい鱗のシャープな感触が……翼の皮膜の滑らかな手触りが……私、昨夜の触れ合いだけで三ヶ月はイケますよ!」

「なにがだ?」


 なんとなくボクは理解した。この人は――もう手遅れだ。


「おい、急ぐんだろ。何ごちゃごちゃ言ってんだ?」

「む、キーヤンに言われるのは少し癪だな」

「ああ、ドラゴンを駆るキーヤンさんも素敵ですね。さすがドラゴンスレイヤーです」

「いや、リンちゃんはボクのだから」


 なぜだか街では、『ドラゴンスレイヤーキーヤンがドラゴンライダーになって戻ってきた』と喧伝されている。

 どうやら宿の主人が勘違いしてそう吹聴したみたいだけど……期せずして彼の背負うプレッシャーがまた一段と重くなったようだ。


「ま、ボクのせいじゃないけど」

「間違いなくお前のせいだ!」


 リンちゃんに騎乗するボクに、上からビシと指差してキーヤンが怒鳴る。

 リンちゃんの全長は軽く見積もっても五メートルを超える。

 ボクが乗る鞍の後ろにキーヤンがしがみついても、まだ余裕があるのだ。

 彼は鞍に応急処置で取りつけた命綱に自分を繋ぎ、ボクにしがみついて飛行するのである。


「ああもう、竜殺しで竜騎士とか、どこの英雄様だよ。しかも知らない間にキルミーラのドラゴンも俺が倒した事になってるし」

「その場にいたキミが不運だったのだよ」

「全部! お前のせいだろうが!」

「それもまた運命――あ、お世話になりました。機会があればまた来ますので」

「ええ、お待ちしております。心の底から!」


 宿を出るボク達に、手を振って挨拶してくれる厩務員さん。

 ドラゴンが宿泊すると言う事で緊張していた他の従業員とは、明らかに態度が違う人だったな。

 この国ではドラゴンとは恐怖の象徴と同時に、崇拝の対象でもある。

 日本で言うと荒魂と和魂みたいなものだろうか?

 だからこそ、それを乗りこなすドラゴンライダーは、恐れ、敬われ、そして憬れられる。


「街中は飛行禁止なんだっけ?」

「ああ、警戒の意味もあるしな」


 仮にも王都。街の中央には王宮も存在している。

 その上空をブンブン騎獣が飛び回っているのは、さすがに問題があると言うことか。


「この街は対空手段が豊富だからな。迂闊に飛ぶと魔法やらバリスタやらが飛んでくるぞ」

「それはちょっとばかり背筋が冷えるね。ボクはともかくリンちゃんが傷付くのは悲しい。せっかくピカピカにしてもらえたのに」

「ぐぁ」


 二度とゴメンだ、と言わんばかりに首を振るリンちゃん。

 どうやら厩務員さんの徹夜でのブラッシングはお気に召さなかったようだ。


 明確な街の門と言うモノが無いので、民家が少なくなってくるところまで歩いて行き、他のライダー達の騎獣が空を飛んでいるのが目に入いりだしたところで、リンちゃんに合図を出す。


「よし、そろそろいいでしょ。それじゃ本格的に北を目指しましょうか!」

「ガゥア!」


 ボクの命を受け、リンちゃんは待ってましたとばかりに、翼を大きく打ち振るわせたのだった。




 コーウェル北部を飛行中、キーヤンからこの地方の説明を聞く事になった。

 今の所モンスターやドラゴンの襲撃もなく、順調に旅程をこなしているので、暇潰しには丁度いい。


「王都リコレットはコーウェルの北寄りにあって、ある意味ドラゴン達への最終防衛ラインとも言える。あそこより北には砦はあっても、大きな街は存在しないんだ」

「それ、砦の食料とか困りそうですね」


 魔獣への対抗を意識した砦ならば、百人単位の兵士が常駐していてもおかしくない。

 大きな街が無いのでは、そのライフラインの維持も大変なはずだ。


「確かに大変なんだろうけど、それはどこでも大して変わらないんだよ、この国では」


 そういって眼下を指差すキーヤン。

 そこには一面の高峰が連なり、合間を縫うように街道が伸びている。

 その光景を見て、ボクは悟った。

 この国では広大な穀倉地帯というモノが存在しない。

 結局のところ、軍事拠点を維持するためには、食糧は別の場所から輸送してもらわねばならないのだ。


「そして水は――天から嫌と言うほど降ってくるしな。もちろん井戸の確保はしているけど」


 冬になると道を閉ざす大雪も、場合によっては飲料水の元となる。

 大雪は陸上モンスターの足を封じ、立てこもる砦の水源にもなるのだ。

 だが、それは援軍の足も止まる事を意味する。


「おっそろしいほどに命懸けですね」

「だからこそ、この北部では飛行系のモンスターが豊富に存在しているんだよ」


 雪で足が止められるからこそ、空を飛ぶモンスターが進化したと言うところか。


 そして人間も、モンスターを止められねば、逃げる事も適わず蹂躙される。

 そんな地の守りをこの国の兵士は受け持っているのだ。


 リンちゃんは時速二百キロ近い速度で飛行する事ができる。

 この速度で飛行し続ける場合、乗っているボク等の方が体力が持たなくなってしまう。

 顔面に叩き付けられる向かい風で目を開けていられなくなり、吹き付ける寒気が体温を奪い去っていくからだ。


 なのでリンちゃんには、ある程度セーブしてもらいながら飛行して貰っている。

 そうでもないと、ボクはともかくキーヤンの体力が持たないのだ。

 それにボクも、かじかんだ手では戦闘がこなせない。

 この先はドラゴンの生息地。体調は万全にしておかねば、襲撃に対応できない。




 三十分おきに休憩を挟み、温かい飲み物で身体を暖め直して再び飛行する。

 そんな行程を三時間ばかり続けた頃、目の前に一際大きな山が立ちはだかったのである。


「あの山の向こうがドラゴンの生息地――通称、竜の聖地って事になってる。ここから先はほとんど人も住んで無いぞ」

「つまり、これからが本番って訳だ」

「アムリタが多く繁殖してるのはあの山の向こうの更に北西らしい。この速度だと一時間も経たずに着けるだろう」

「らしいって、頼りないなぁ」


 自信なさげなキーヤンにボクは愚痴を漏らす。

 せっかくの道案内役なんだからしっかりして欲しい。


「無茶言うな。そもそもここから先は人間が足を踏み入れて良い場所じゃないんだ」

「なら、今まではどうやってアムリタを入手してたのさ?」

「別にアムリタの入手は繁殖地限定って訳じゃないからな。街の近くとか、もう少し南の山とかにひょっこり自生する事があるんだ。それで薬を作ってる」

「へぇ……で、それがこの数年でパッタリと見かけなくなった、と」

「原因不明で自生してたんだから、栽培も上手く行かなくてな」

「安定供給できれば、一大産業になるのにね」


 そんな会話を交わしながら、山を迂回した先で……ボクらはドラゴンと遭遇したのである。


「ぬおぉ!?」

「いきなりぃ!」


 しかもその数三頭。

 揃ってリンちゃんよりも遥かに体の大きな成竜である。

 こちらの反応が早かったおかげで、不意を突かれる心配は無かったけど、いきなりの遭遇に驚愕してしまった。


「ここってこんなにわらわら湧いて出るの!?」

「いや、そんな話は聞いた事がねぇし!」


 とはいえ、向こうだってこちらには気付いている。

 逃げ回って余計な時間を掛けるよりは、一気に懐に潜り込んで、カタを着けた方がいいだろう。


「リンちゃん、GO!」

「ぐる?」


 ボクの戦意を受け取って、リンちゃんが微妙な反応を返す。

 言う事を聞かない訳じゃないけど、手応えがどうにも――鈍い。


「どうしたの?」

「がぅ」


 ボクの問いになんでもないと首を振って答えるが、その行き足は、やはり鈍い。

 なんだか、戸惑いを感じるようにも思える。


 その間にも、ドラゴンとの相対距離は縮まってきている。

 向こうはこちらに向かって、遠慮なくブレスを吐き掛けてくるが、リンちゃんは華麗なフットワークでそれを躱す。

 ボクも牽制に【ソニックスラッシュ】を撃ち込んで、相手の隊列を乱しにかかる。

 【ソニックスラッシュ】は数少ない遠距離攻撃スキルだが、起動が早くクールタイムが長めだ。

 なので連射はできないが、先手を取るのには向いている。


 【ドラゴンブレス】のスキルは逆に起動に時間が掛かるため、先手を取るのには向いていないのだ。

 リンちゃん単体でもブレスは吐けるが、それでは成竜相手にダメージを与える事はできない。

 この子はあくまでも幼生(インファント)なのだ。


 ボクの牽制で隊列が乱れ、逃げ遅れた一頭にリンちゃんが迫る。


「――貰った、【リバウンドクラッシュ】!」


 側面をすれ違うようにして、交差する一瞬でボクは必殺の斬撃を加えようとして――空振った。


「ちょ、リンちゃん、低い! どうして高度下げるの!?」


 原因はボクの攻撃に合わせて、リンちゃんが急に高度を下げたからだ。

 ボクの問いかけに、リンちゃんはいやいやという風に首を振る。

 どうやら、この子はボクにドラゴンを倒して欲しくない様子だ。


「なぜ、今頃――」


 ドラゴンとの戦いなら、ハンスの村ですでに済ませている。

 ボクとリンちゃんのコンビの力は圧倒的で、怯える理由は無いはず――


「あ、そっか……」


 そこでボクは気付いた。

 ここはリンちゃんにとっての故郷だ。と言う事はここに住むドラゴンは、この子の兄弟かも知れ無いのだ。

 そして紛う事無き同族。

 戦いを忌避するのも、ありえなくは無い。


 ハンスの村では開幕の一撃で相手を蒸発させた。

 本気の【ドラゴンブレス】を放ったのは、あの時が最初である。

 ボクの全力の力を乗せたブレスがどれ程の物か、リンちゃんはあの時に知ったのだ。


 ボクの本気はドラゴンすら物ともしない。

 それを知ったからこそ、この子はドラゴンとの戦闘を避けたがっている?


「はぁ、もう……判ったよ。できるだけ殺さない様に気を付けるから、いつも通りお願いね?」

「おいおい、マジで大丈夫なのかよ!?」

「元々過剰威力でしたから、まぁなんとかなるでしょう」


 後ろでキーヤンが心配の声を上げる。

 彼としても、この高度で敗北すれば墜落死は免れない。

 人事には思えないのだろう。


 とにかく、これで仕切り直しだ。

 今度こそ、ボクの力を思い知らせてあげよう。死なない程度に。


ここに更新予定とか入れた方が良いでしょうか?

次は土曜日のお昼ごろを予定しています。

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