第百二十六話 北の宿
さいわいな事に、キーヤンに案内された宿には厩舎――というか、畜舎が併設されていたので、リンちゃんも問題なく宿泊することができた。
山岳地帯の多いこの地方では、馬だけでなく様々な生物が足代わりに使われている。
畜舎には寒さに強い羊や山羊や、南方からやってきた少ない水分でも長距離を旅できる駱駝など、多彩な動物が繋がれていた。
「あー、まるで動物園みたいだ」
「でしょう。うちは王都でも指折りの宿ですから。でもドラゴンはなかなか見かけませんよ」
案内してくれた宿の人は、少しばかり自慢気に胸を張っていた。
大型の騎獣も多く泊まっていたが、中でもリンちゃんは群を抜いて迫力がある。
一緒に宿泊する他の獣が怯えて畜舎の隅に逃げ込んでいるくらいに。
「でもこのままだと他の子が怯えちゃうので、少し離れた場所に繋いでおきますね」
「それは構いませんけど、世話が面倒じゃないですか?」
離れた場所に繋ぐと言うことは作業の効率が落ちる事でもある。
宿の従業員からすれば、面倒なはずだ。
「ま、それもまた、お給料のうちと言う事で」
「あはは。なら、よろしくお願いします」
「それにドラゴンのお世話なんて……ぐふ、ぐふふふ……」
「ちょ、この人大丈夫!?」
「が、がぉ」
ヤバイ、いい人かと思ったらまさか動物フェチ?
涎を垂れ流さんばかりの宿の人に、リンちゃんですらドン引きしている。
だが、この宿に泊まれないとボクは野宿である。
この地方の野宿は冷え込みが激しく、余計な体力を大いに消耗する。
キーヤンに拠るとこの先にはろくな街が存在しないので、寛げるのはここが最後と言う話だ。
「リンちゃん……がんばって!」
「ぐぎゃ!?」
ボクは出来るだけさわやかな笑顔でリンちゃんを送り出し、逃げるように宿へと戻っていったのであった。
宿の中に戻ると、キーヤンが受付を済ませていた。
さすが勝手知ったると言うべきか、なかなか手際よくチェックインしている。
「おう、部屋は先に取っておいたぞ。二階の二部屋だ」
「二部屋? 一部屋でいいですよ」
「お前、自分が女って自覚あるのか?」
「そんな事言って逃げ出す気じゃ無いでしょうね?」
ボクが一部屋を主張したのは、部屋が別だとキーヤンが逃げ出さないか心配だからだ。
彼がこの旅に乗り気じゃないのは、ボクだって理解している。
だからこそ、彼から目を離すわけにはいかないと警戒しているのだ。
彼の逃げ足の速さは、身を持って味わったのだから。
「パーティにまで組み込まれて逃げるか。それに――」
「それに?」
「いや、俺にも一応切り札ってものがある……ドラゴンには通用しなかったけどな」
「ほう、切り札?」
なかなか興味深い発言を聞いた。
彼に核以外の切り札があったというのは初耳である。
「ちなみにどんなのです? そんなものがあるならグリフォンにも怯えずに済んだのでは?」
「こんな場所で言えるかよ。ほら、部屋に行くぞ。せっかくお前の奢りなんだし、今日はゆっくりさせてもらう」
「ハァ!? いつの間に奢りって話になったんですか!」
「お前は懐に余裕がある、俺は無い。強引に連れ出したんだから、それくらい面倒見ろ」
「なんと言うダメ男のセリフ!」
この野郎、タカる気満々じゃないか。
まぁ、普通の部屋を頼んでいる辺り、そこまで無茶にタカる気は無いようだけど。
「まぁいいでしょう。とにかく今はご飯とお風呂です。一応保存食もありますけど……」
「なんで宿まで来て、保存食食うんだよ。嫌な客か!?」
いくらボクでも、宿の部屋で干し肉を噛んでる光景は、侘しいと思う。
食事くらいは食堂で温かい物を食べてもいいだろう。
「ほら、荷物を置いてきますよ。鍵は預かったんでしょう?」
「おう、でも俺達に旅装解く意味――」
「ダマレ」
スパンと頭を叩いて、黙らせる。
アイテムインベントリーの能力は、キーヤンだって持っている。
だが、それはあくまで転移者の特典のようなもので、大っぴらにするべきモノじゃない。
今まで一人旅立ったキーヤンは、意外とその辺がズボラだ。
「いいから部屋に行くんです、判りましたか?」
「お、おう……」
こめかみを引きつらせながら、にこやかな笑顔でずずいと顔を寄せ、圧力を掛ける。
ボクのプレッシャーに負けたのか、キーヤンは言葉を詰まらせながらも、首肯して見せた。
そのまま腕を引っつかんで、さっさと二階まで連行していく。
「いだだだ、お前握力が半端無いな!?」
「魔導騎士なんですから当たり前です。握力は前衛の生命線ですよ」
「判った、着いて行くから手を離せ!」
こうしてボク達は、スムーズに宿に泊まる事ができたのだった。
さすがに基本料金の高めな宿とあって、普通の部屋でもそこそこ手入れが行き届いた部屋だった。
ちなみに三階以上はスイートルームに割り振られているそうだ。
色々あったせいでキーヤンの部屋をキャンセルするのを忘れていた。
まぁ、彼も逃げないといっている事だし、ここは信頼することにしよう。
それに、徒歩の彼とドラゴンに乗れるボクでは、機動力が違う。
逃げ切れるとも思わないだろう。
実のところ、リンちゃんに乗るより走った方が早いのはあるのだが。
「それで、さっき言ってた切り札ってなんなんです?」
「あー、それはできればその時に……」
「見せたくない気持ちは判らなくも無いですが、パーティを組む以上お互いの手札は知っておきたいです」
「それを言うなら、お前だって色々隠してるだろう?」
「……まぁ、あると言うなら無理に聞きはしませんが、どう言う系かだけでも」
キーヤンの反撃にボクはあっさりと降参して見せた。
それもそのはずで、ボクの切り札と言えばアリューシャのチートである。
これを最大限に応用したスキルビルドこそ、ボクの切り札と言える。
ミッドガルズ・オンラインはMMO業界でも最古参に位置するため、キーヤンもそのシステム的な中身は知っていた。
だからこそ、そこからはみ出しているボクのスキルに関しては、秘密にしておきたいのだ。
両手剣二刀流を見せたのは早計だったかも知れない。
「そうだな、強いて言えばグレネード系?」
「パーティメンバーには被害出ないタイプです?」
「いや、それは試した事が無いけど……実戦ではやらない方がいいかもな」
ボクやセンリさんの、『スキルによる範囲攻撃』は仲間がその範囲にいてもダメージを与えない。
だがセンリさんが取得した、FPSの男が持っていたグレネード弾などを使用した場合、ボクも巻き込まれる。
これも実際に経験して、初めて判った事である。ちなみにかなり痛かった。
「ここで実験して余計なダメージを負うのも馬鹿らしいですし、それの使用は臨機応変にお願いします」
「そうする。お前は剣とドラゴンの攻撃が主軸なのか?」
彼としても、ボクの力量というのは気になるところだろう。
ハンスの村のドラゴンを討伐したとは言え、どう討伐したかは彼は知らない。
「そうですね。見ての通り、接近戦での攻撃が主軸ですが、リンちゃんに魔力を付与する事でブレスを吐かせることも可能です。その威力はまぁ……結構トンでもないですよ」
成竜が一発で蒸発するくらいだ。
クレーターができていたところを見ても、彼の持っていた核に匹敵する威力があるかも知れない。
「そりゃ、頼もしいな。言っとくが俺は接近戦は苦手だからな」
彼はゲームでは、空腹度減少が少ない種族のトレジャーハンターと言う職業らしい。
剣や弓を扱うこともできるが、戦闘よりもスカウト面での活躍を期待できるタイプだ。
これはかなり初心者向けの組み合わせで、ドMプレイの構築ではなかったところは幸運だったと言える。
あのゲームでは、どう見ても人では無い種族や、『それキャラクターにしていいの?』と疑問符を持つような種族も存在するのである。
組み合わせ次第ではチュートリアル戦闘すらクリアできずに、挫折する者も多いのだ。
「ボクが前衛に立つのは構いませんけどね。サポートくらいはしてくださいよ」
そう言ってインベントリーから【ヒール】が使える髪飾りと、【フォーススラッシュ】が使えるスティックを取り出して、渡す。
「こっちのは片手剣ですけど、レベル制限があるので……使えます?」
「いや、無理だわ」
どうやら彼のレベルはアリューシャよりもかなり低いらしい。
そうなると、彼の攻撃手段がかなり限られてくる。
今度は手持ちの装備からピアサーを取り出し、そちらを渡して見る。
ボクが今さらスティックのような片手剣を持ち歩いているのは、物理攻撃を無効化する敵を恐れての事だ。
イゴールさんのように、無属性攻撃を無効化するだけならばなんとでもなるが、この世界には物理攻撃そのものを無効化するツワモノも存在するらしい。
そういった相手には、魔法で攻撃するしかない。
そしてボクが得意とするオートキャスト攻撃は、物理攻撃が当たらないと発生しないのだ。
そのため、少しでもダメージを与えるため、魔法を撃てるように準備しておく必要がある。
もちろん、リンちゃんのブレスという最終手段も存在するのだが、これは色々と使用に制限が掛かってしまう。
具体的にいうと、大きすぎる威力や、広すぎる範囲などだ。
そのため、単体攻撃用魔法の使える装備も持ち歩くようにしていたのだ。
「これはどうでしょう?」
「これならいけるな」
という事は、この世界の水準を超える程度のレベルはあるが、ボクやアリューシャには足元にも及ばない程度の強さしかないと言う事になる。
「うーん……では、この装備も……」
アリューシャが昔使っていた、HP強化装備も一緒に渡して置く。これで彼も死に難くなったはずだ。
彼は道案内兼後方サポート要員である。
いざという時に僅かなりとも飛んでくる【ヒール】は、本当に生死を分ける事があるのだ。
こうして一晩掛けて、彼の装備と戦術をすり合わせ、本格的な旅に備えたのであった。
一通り打ち合わせを終えた後は、二人で食堂へ向かう。
宿代がボク持ちである以上、彼の食事代もボクに掛かってくる。
コイツは放置しておくと浴びるほど酒を飲みやがる実績があるので、目を離す訳にはいかないのだ。
「んな事注意されなくっても判ってるって……」
「飲んだくれてた姿を見てますから、口だけでは信用できません」
「あの時とは状況が違うだろ。俺だって自分を鍛え直すためにここまで戻ってきたんだから」
「おや、そんな意図が?」
逃げ出したのに、なぜコーウェル王国へ戻ってきたのかが不思議だったのだ。
そういえば、彼と再会したのは、迷宮のあるマクリームの街だ。
迷宮に潜ってレベルを上げ、先行する噂にふさわしい力を身に着けようと思っていたのか。
だとすれば、少し見直した。
「へぇ? なら今回の仕事は渡りに船だったですね」
「無茶いうな。ドラゴン相手なんて、パワーレべリング極まっているだろうが!」
一匹でも災害級のドラゴンなのに、その生息地に向かうというのである。
何匹を相手にするか判らないのだ。本来ならば狂気の沙汰だ。
「ま、こちらにもドラゴンがいますし、なんとかなるでしょう」
「幼生だろうが、お前のは」
「リンちゃんはそこらのドラゴンとは違うのだよ」
ボクは胸を張ってそう宣言し、食事のテーブルに着いたのだった。
キーヤンはこのままだと役に立てそうに無いので、願いの泉までは行ってた事にしました。