第百二十五話 北へ
「まったく、ボク達は急いでるんです。これに懲りたら余計なちょっかい出さないでください――聞いてます?」
「いや、聞こえて無いだろう?」
プリプリ怒るボクにキーヤンが合いの手を入れてくる。
目の前には上半身を石畳の地面にめり込ませた、グレンと呼ばれた巨漢の姿。
その足はビクビクと、ヤバい感じの痙攣を続けている。
「まぁ、死にはしないでしょう。死んだとしても、なんら損害は無い訳ですし」
「お前のそのアバウトさが怖いわ」
何が起こったかは至極簡単である。
ボクを外見で舐めきってたグレンの一撃を、とりあえず正面から左手一本で受け止め、残った右手を頭蓋に叩き降ろしただけである。
魔刻石や【オーラウェポン】と言うスキルを使わなかっただけ、感謝してもらいたい。
飛び散った液体の掃除って、意外とメンド臭いのである。
そのままボク達は組合の中に戻る。
受付のリコさんは、プレッシャーを掛けて置いた甲斐もあってか、必死で書類を作成していた。
「うん、結構結構。これならすぐにでも出発できそうだ」
「――あの、グレンさんは?」
「外で地面にめり込んでる。まぁ、ボクのせいじゃないからね? ボクがやったことではあるけど」
地面に穴を開けたのは少しばかり迷惑を掛けたかもしれない。それもこれも、無駄に絡んできたあの男のせいだ。
なのでボクの責任では無いはず。
それなのに、リコさんは『ヒィ』と引きつけのような声を上げて、書類を書く手を一層早めていったのだ。
「こ、これで……い、依頼は正式に受理されました。無事の、ごき……ご帰還をお祈りして――」
「よし、じゃあ逝くぞ。キーヤン」
「なんか不穏なイントネーションで言うなよ!?」
こうしてボク達はマクリームの街を後にしたのである。
滞在時間、僅か三時間程度の話であった。
キーヤンをリンちゃんの後ろに乗っけて、更に北へと飛翔する。
彼はこの地に転移しただけあって、ドラゴンの生息域までの詳細な土地勘を持っていた。
なので道案内は彼の仕事である。
「っても、上空からの視界なんて見た事ねぇから、あまり当てにしないでくれ。あと、戦闘も」
「戦闘はボクがこなしますよ。キーヤンは後ろから【ヒール】と【フォーススラッシュ】を適当に飛ばして置いてください」
颯爽と飛翔するリンちゃんに跨り、キーヤンへパーティウィンドウを飛ばしておく。
これで彼もボク達の一員として行動できるはずだ。
アリューシャがいないので、高速成長やチートの数々を取得する事が出来無いのは残念である。
あのゲームの出身者なら、いいチートを持ってただろうに。
マクリームより北はコーウェル王国の領土である。
この地域は草原からうって変わって高峰の連続だ。
視界は山脈で埋め尽くされ、その隙間を縫うように街道が整備されている。
そして山の大半は雪化粧を施され、森林の合間には小さな村が点在して見て取れる。
自然が大きく残されたこの地域は、観光するにはとてもいい。
壮大な山々と、それを縫うようにして伸びる街道は、まるで一枚の絵画のように完成されている。
今度はアリューシャも連れて、ゆっくり観光に来たいものである。
この地域の特色として、村や街の周囲まで森が迫っている事だ。
大きく切り開かれた場所が無いのは、ドラゴンを始めとした空飛ぶ魔獣から身を隠すためだとか?
その光景が自然の豊かさを逆に強調し、独特の光景を作り出している。
「って言ってるそばから、早速来ましたね」
「て、敵か!?」
「それ以外に何があります?」
ボクの感知範囲は、知力値の上昇と共に大きく拡がっている。
ひょっとしたら真っ当な作りの魔導騎士だった場合、敵の接近に気づく事ができずに、不意打ちで死んでいた可能性もある。
そう考えると、意外と『この世界では』正解のスタイルだったかもしれない。
リンちゃんの左翼から飛び上がってきたのは、鷹の頭と翼を持ち、獅子の胴体を持つ魔獣――グリフォンだった。
グリフォンは迷宮ではそれほど大した相手では無い。
それは上空を制限された迷宮では、その機動性を活かせないからだ。
だが、野に放たれたグリフォンの飛翔能力は、ドラゴンのそれを大きく上回る。
「つまり……リンちゃんでは振りきれない、か」
「どうすんだよ、あれ結構な強敵だろ」
ミッドガルズ・オンラインでもグリフォンは居ること居る。
だがその脅威度は限りなく低い。せいぜい初級冒険者が巻き添えになる程度である。
中級程度になるといい勝負をしだし、ボク達上級程度になると、数秒足止めされる程度の敵でしかない。
むしろその希少性で、会えたのが喜ばれるくらいだ。
もちろんこの世界のグリフォンがそこまで貧弱だとは思わないが……まぁ、基準値の低いこの世界では、敵じゃないことは確かだろう。
「言っとくけど、この世界のグリフォンは【ウィンドカッター】って魔法を放ってくるんだぞ! 下手に喰らうと真っ二つになるんだからな!」
「お、マジで? じゃあ迎撃してください」
「動き早ぇんだよ。俺じゃ遠距離攻撃が当たらねぇんだ!」
ボクの世界のグリフォンは近接スキルオンリーだった。
なのでまったく気にしてなかったが……確かにリンちゃんの翼にさっきからピシピシ何かが当たっている。
ダメージ的に見て、ボクのHP自然回復量の方が高いので、放置しても特に害は無いけど――これはうっとうしい。
どれくらいうっとうしいかと言うと、夏の夜に耳元で飛ぶ蚊の羽音位うっとうしいのだ。
「ボク達は特にウザいだけだけど、キーヤンに当たったら真っ二つになるかも知れないし、仕方ないか」
「マジかよ!? 早く何とかしてくれよ!」
「あー、うるさい」
ボクは長距離での撃ち合いの命中精度に劣る。そりゃ、照準器なんて無いんだから仕方ないけどさ。
なので、近接戦を挑む事にした。
リンちゃんを反転させ、真っ向から突撃をかます。
それを見てグリフォンが【ウィンドカッター】をビシビシ撃ちつけてくるが、意に介さず突っ込んで行く。
「フハッハハハハ!」
「やめろ、その笑いは!」
「フハーン?」
「笑いながら疑問符を浮かべるな! あとそのフレーズもやめれ!」
後ろのキーヤンがうるさいけど気にしないでおこう。
そう言えば彼の出身のゲームでは、こう言う声で笑うウザい神様がいた気がする。
グリフォンから見れば、必殺の【ウィンドカッター】の直撃を何発も受けているにも拘らず、逃げるどころか正面から高笑いを上げて迫ってくるのだ。
これは怖い。
怖いから……当然逃げ出そうと反転した。
だが、空戦と言う状況下で反転すると言うことは、その場で速度を落とし方向転換する事を表す。
それはボクにとって、あまりにも致命的な隙と言えた。
「【ソニックスラッシュ】、【パワーアーム】」
両手剣専用の数少ない遠距離攻撃スキルを飛ばす。
この技、威力はかなり高いんだが、一発撃つとクールタイムが発生し、連射ができない。
しかも単体専用なので、狩りではあまり出番が無いスキルである。
だがこの世界では、この距離で攻撃できると言う点は、非常に大きい。
剣先から飛び出した衝撃波の斬撃は、狙い過たず、グリフォンを捉える事に成功した。
「ピギャアアァァァ!」
衝撃で苦痛の叫びを上げるグリフォンだが、そんな余裕があるならば逃走に全力を割くべきだった。
苦痛に悶え、速度を落としてしまった隙にリンちゃんが追いすがる事に成功した。
グリフォンの下、腹側に潜りこみ、追い抜きざまにボクが両手に一本ずつ持った両手剣を一閃する。
左右からハサミの様に切り裂かれ、グリフォンの胴体と首が斬り分けられた。
身体を三つに斬り分けられたグリフォンは、そのまま地上に向けてゆっくりと自由落下して行く。
「うっそだろ……」
「ボクならこれくらい軽いですよ?」
「今、両手剣を片手で振ったよな?」
そう、これがボクがマギクラフト・オンラインと言う慣れないゲームのクラスを経由した理由だ。
このゲームのヘビィナイトと言う職業には、【パワーアーム】というスキルがある。
tの効果と同じ名前なのでややこしいところなのだが、このスキルは本来盾を持つナイトの火力補助のために存在するスキルで、両手武器を片手で持つ事ができる。
暴徒を経由し、暗殺者まで経験したボクは、両手にそれぞれ武器を持つ事ができる。
これは元々、魔刻石の消費を押さえるための非常手段に過ぎなかったが、このスキルを合わせる事によって、両手剣二刀流という合わせ技を発生させることができたのである。
「ま、ボクはチートな存在ですから?」
彼に関しては、あまり信頼していないので、詳細をぼかして誤魔化すことにした。
「それよりボクも聞きたい事があります」
「なんだよ、お前よりは謎は少ないと思うぞ、俺は」
彼の経歴を聞いて、ボクは一つ不思議に思った事があるのだ。それは――
「核なんて使って、なぜ無事だったんです?」
――と言う事だ。
あのアイテムは使用すればマップ全体を焼き払う。
だとすれば、彼は生存できるはずがない。
「ああ、あれか……セットしたあと、近くの洞窟の中に逃げ込んだら、影響がこなかったんだよ」
そうか。核はマップ全体を焼き払うが、マップの外までは焼き払わない。
そんなアイテムの性能まで再現していたとは……しかも残留放射能の影響まで無いときた。
「なんて便利な……」
「実際の核爆弾なら、もっとえげつないだろうけどな」
「ってか、本来なら個人携帯できる武器じゃありませんって」
「俺だって、所持量増加スキルが無かったら持ち運べなかったわぃ」
そうやって親睦を図りながら、ボク達はコーウェル王国を北上していったのだ。
次の目的地はコーウェル王都のリコレットの街だ。
リコレットに到着したのは、日が暮れてからである。
さすがに王都が無防備と言う訳にはいかないのか、この街には城壁が設置されていた。
街の入り口には兵士が立ち、出入りする旅人を厳しくチェックしている。
この街の最大の特徴と言えば、やはり高所に張り巡らされた蜘蛛の巣のような鎖だろう。
これは飛行生物からの襲撃を妨げる役割も兼ねているのだそうだ。
いくつもの建物の屋根が鎖で繋がれた様は、一種異様な雰囲気を漂わせている。
リンちゃんには騎竜の証となる木札が付けられているので、検閲待ちの列に並んだときは驚かれたが、その後は羨望の眼差しで見られる事になった。
この国ではやはり、ドラゴンライダーというのは一定以上の評価があるらしい。
「次……ほう、これは竜騎士様ですか。このたびはリコレットの街へよくお出でくださいました」
「あ、いえ。ボクはただの冒険者で騎士じゃありません。この子は草原の迷宮で保護したドラゴンです。だからそんなに畏まらなくてもいいですよ?」
「ああ、そうだったのですか。それでもこの国ではドラゴンライダーには一定の敬意が払われるべきと教えられてますので、多少の煩わしさは御容赦ください」
「了解しました」
ドラゴンと共に生き、ドラゴンに怯えて暮らし、そして死んでいく。
この国の人達にとって、ドラゴンとは一言で表しにくい存在なのだろう。
日本人が自然に畏敬を払い、その猛威に怯えながらも共に暮らすように。
隠すことでも無いので、門で組合の依頼できたを目指す事を告げ、入街の許可を得る。
ここでもキーヤンの知名度が更に騒ぎを大きくしたが、特に問題なく街に入ることができた。
というか、入街税を免除までしてもらえた。キーヤン様々である。
「とりあえずは今日はここで一泊しよう。リンちゃんが泊まれるような、お勧めの宿屋はある?」
「ドラゴン用の宿舎付きとなると、ほとんど存在しないな。そもそも竜騎士ってのは宿には泊まらないし」
「そうなの?」
キーヤンの言葉に、ボクはカクンと首を傾げる。
「そんな子供っぽい仕草をしても騙されねぇからな……まぁ、普通の竜騎士なら、兵舎の方に行くからな。ほら、騎士だけに国が雇ってることが多いから」
「ああ、なるほど。でもボク達はフリーですしねぇ」
顎に手を当てて少し考え込む。
ここに来てずっと伸ばしてきた長い髪が、頬に掛かって少しばかりうっとうしい。
髪を払って気が付いたけど、意外と埃っぽくなってる?
「お風呂には入りたいので、それを優先しましょう。最悪、リンちゃんには街の外で待機してもらうという手もあります」
「野放しにしていいのか?」
「逃げたりしませんよ。あの子もボクと一緒にいる方が心強いことは理解してます」
何せボクは、たった三発でドラゴンを叩き伏せる剣士である。
そこらの魔獣よりはよっぽど強いのだ。
だからこそ、リンちゃんはボクを主と認めてくれている。
「お弁当にクマ二頭分のお肉を与えておけば、不満は無いでしょう。ここは元々――」
そこでボクは言葉を切った。
そう、ここはリンちゃんの故郷だ。そして、目の前にいるのは親の仇でもある。
リンちゃんにとって、なんとも微妙な展開になったものだ。
「――元々ドラゴンは外で生活するものですし」
「それもそうか。ならいい宿がある。少し値が張るけどな?」
「蓄えには少しばかり自信があるので、問題ないです」
「ムカつく発言だな、それ」
憎まれ口を叩きながら、ボク達はリコレットの宿に向かったのだった。
パワーアームのイメージはアリアンロッドのナイトの物です。