第百二十四話 英雄再会
組合に依頼を出すため、兵士のオッチャンと仲良く街中を歩く事になった。
リンちゃんは少しばかり目立ち過ぎるので、詰所でお留守番だ。
首に許可証の木札を掛けているので、手を出す奴はいないだろう。
出したとしても返り討ちにするだろうけど……日々、スレイプニールとメルトスライム相手に大暴れしているのは伊達じゃないのだ。
「ウチの子、なんて逞しい……」
「あ? なんだ、いきなり」
「いやぁ、リンちゃんには誰も手出しできないだろうなぁって」
「つってもインファントだろう? 腕のいい冒険者なら相手にできるはずだぞ」
「あの子の実力、すでに成竜並ですけど?」
というか、ハンスの一件では成竜を一撃必殺している。
ボクの【ドラゴンブレス】スキルの補助があっての事だけど。
「ひょっとしたら、ゴッドな感じのドラゴンになっちゃうかもしれませんね」
「ははぁ、親バカがよくなる『うちの子なら』ってやつか?」
「失敬な。きちんと育ててますよ。ダンジョンとかでも大活躍です」
ボクの足として、また数少ない遠距離範囲攻撃手段として。
本気のブレスをぶっ放すことなんてほとんど無いけど、それでも範囲攻撃ができるというのは、とてもありがたいのだ。
「ダンジョン……そういやお前さん、草原の迷宮と同じ名だな?」
「あ、それボクです。こう見えても権利者ですから」
「なにィ!?」
なぜかボクがこう答えると、みんな驚いた顔するな。
「お前みたいなガキが!?」
「悪かったね、見かけ子供で!」
このロリアバター、ボクは気に入っているのだが、社会的な威厳とかそういうのが無いのが、問題である。
この世界に来てから、幼女は愛でるモノであり、なるモノでは無いと思い知った。
カクンと首を落とし、溜息を吐く。
その時視界の隅に、見かけた顔が飛びこんできた。
「ん?」
「どうした?」
「いえ……どこかで見たような?」
首を捻ってすれ違った細身の男を思い出そうとした。
あれは確か――
「そうだ、核テロリスト!」
ボクが唐突に上げた叫びに、男――キーヤンはビクリと飛び上がって驚いていた。
こちらを見て逃げ出そうとするキーヤンを、ボクはダッシュで捕縛する。
何が起こったのか判らないおっちゃんは、その場で硬直しているけど、とりあえずここは放置だ。
「なぜ逃げる!」
「なぜ追ってくるんだ!」
「そりゃ逃げるからだ」
「普通逃げるだろ!?」
まぁ、あれだけハッパ掛けて逃げ出したんだし、顔を合わせたくない気持は判らなくも無い。
だけど、こんな美少女から逃亡するなんて、言語道断だろう?
ましてやこうして密着して取り押さえられるなんて、タルハンの連中なら『ご褒美だ!』と狂喜乱舞するぞ?
「そうだ、ちょうどいい。キミも一緒に付いてきなさい」
「はぁ!?」
「ちょっと北の山脈に用があるんだ。キミもボクと同じなら――腕には自信があるでしょう?」
確かあのフリーゲーム、初期データはそう大した事は無いが、それでもこの世界の一般市民よりは高い数値を持っていたはずだ。
装備の制限は所持スキルでのみ存在し、クラスによる規制は存在しない。
つまり片手剣系の魔法詠唱が可能な――スティックのような装備で後方支援させる事が可能なはず。
そして何より、アイテムインベントリーの存在が大きい。
「なんで俺が!」
「キミには期待しているのだよ」
本当は手が欲しいだけである。
特にアリューシャのいない冒険では、【ヒール】に心配があるため、後衛要員が一人欲しかったのだ。
ヒールが使えるようになる髪飾りと、【フォーススラッシュ】が使えるスティックを渡しておけば、後衛としての役割を果たせるようになるだろう。
さいわい、リンちゃんの背中にはまだ余裕があるのだ。
「あ、あなたは……キーヤンさん!?」
「うひ!」
「そうか、この薬不足の状況を何とかするために、戻ってきてくれたのですね!」
「え、うぇあ?」
「英雄の物語が、再び! これは上に報告しないと! ユミル、早く組合に依頼を出しに行くぞ」
「お、おぅ?」
そう言えば彼、この街では英雄扱いだったのか。
ならばこの状況、利用しない手は無いな。
「どうする? この状況で――逃げてみるかい?」
「ぐぅ……この、鬼畜め」
周囲の期待を一身に背負ったこの状況で逃げ出したら、今後コーウェルでの活動に支障が出る。
ここは否が応でもボクについて行かねばならないだろう。
「まぁ、最大限のサポートはもちろんしてあげる。だから安心してついてくるといいよ?」
「わかったよ、行けばいいんだろ、行けば!」
こうしてボクは旅の同行者を確保したのである。
マクリームの冒険者組合はタルハンともユミルとも違う雰囲気だった。
ユミル村の組合は、狭い範囲での知人が寄り集まったが故のアットホームな空気があり、とても馴染みやすい雰囲気だった。
タルハンはビジネスライクな受け入れやすさを全面に出し、まるで店のような雰囲気で依頼を出せた。
だが、ここマクリームの組合は、薄暗く、威圧的で、まさに古き良き(?)冒険者の溜まり場と言う雰囲気である。
そもそもロビーにいる冒険者達の装備が違う。
ユミル村は強敵と戦うための重装備と、それに負けない威力を持つ剣と盾がメインだった。
タルハンは初心者が多いため、薄い皮鎧や片手剣を装備した初心者が目に付いた。
だがここは……寒い気候のため金属鎧が装備できず、分厚い皮製のジャケットを着込んだ冒険者が主体だ。
しかも、大型の獣を相手にする事が多いため、武器は斧や戦槌という、振り回して遠心力を一点に集中させるタイプの武器が多い。
更に体型だ。
ユミル村では細マッチョが主体だったし、タルハンでもスラッとした冒険者が多かったと言うのに……なんだ、その分厚い脂肪の鎧を着込んだ体型は。
もう回避とかすでに頭に無いような、世紀末な冒険者と言えばいいのか、そんな感じである。
つまり、なんというか……
「コワイ」
「だろ?」
正直に感想を漏らしたボクに、キーヤンが同意の言葉を示す。
軽装のキーヤンと、両手剣を二本背負ったボクを、冒険者達が胡散臭そうに眺める。
確かにボクもキーヤンも、この当たりの冒険者と比べて、装備の質が違う。
「いらっしゃいませ、マクリーム冒険者組合へようこそ」
カウンターに近付くと、受付のお姉さんが無愛想極まりない声で挨拶してくれた。
これほどまでに、『めんどくせぇ!』と主張する声は初めて聞いたよ。
つーか、客を前にして爪の手入れするんじゃねぇ。
「よう、リコ。久しぶり」
「お久しぶりです、ゴードンさん」
兵士のオッサンが受付嬢と気軽に声を交わしているが、相手の方は余計な仕事持ってくるなと言う雰囲気がビシバシ出ている。
まるでハリウッド映画に出てくる、嫌々仕事してる店のオバサンみたいだ。
「悪いな、今日は仕事の依頼に来たんだ」
「えー、メンド臭いなぁ」
うわ、はっきり口にしやがったよ、この受付。いいのか、この組合?
「ようやく雪が溶けたんだ、これから仕事はどんどん増えるぞ」
「ついに暇な期間が終わっちゃったんですねぇ。それで、なに?」
「依頼内容は――アムリタの採取だ」
オッサン――ゴードンさんが依頼内容を口にした瞬間、組合の中が凍りついた。
しばらく間を置いてから、さわさわとざわめきが広がって行く。
「……ゴードンさん、それってドラゴンの生息域を突破する事になるんですが?」
「ああ、判っている。報酬は採取したアムリタの一割」
「さらに一割、組合が手数料としていただきますよ?」
「構わん。残りを卸せば、それだけで充分利益になるだろう。依頼主は衛視詰所で頼む」
「ハァ、受ける人いないと思うけどねぇ」
溜息混じりに書類をしたためるリコさん。
だがその彼女にゴードンさんは自身満々の表情で告げた。
「いや、いるぞ。ここに――キーヤンさんが戻ってきてくれたからな!」
「えっ!?」
その声に今度は明確に驚愕が広がった。
「おい、あれがキーヤンか?」
「細いな……あんな様で武器が振れるのか?」
「馬鹿にするな、北のクレーターをお前は見ただろう? あれをキーヤン一人でやったって噂だぜ」
「じゃあ、魔法使いか……すげぇな」
「最近じゃ、南東に逃げたドラゴンもあいつがやったとか……山の頂が削れて、クレーターをまた作ったんだってよ」
あ、ボクの倒したドラゴン、キーヤンさんの仕業になってる。
まぁ、あの場に居た一番有名な冒険者でドラゴンスレイヤーな訳だし、姿を消したタイミングも一致するから、そうなる可能性もあったか。
「キーヤンさんが……またこの街を救ってくれるのですね!」
「い、いや、俺は違――」
「彼ならばきっと、ドラゴンの群れを薙ぎ払ってアムリタを取ってきてくれますよ!」
「お前!?」
感極まった風のリコさんを、ボクが焚きつけて回る。
ここまで盛り上がったら逃げようとは思うまい。
「あなたは?」
「あ、わたくし、今度の旅の補佐をさせていただきますユミルと申します」
ペコリと一礼。英雄に従者は付き物だ。
ここは彼の威光を笠に着た方が話を進め安いと見た。
「そう? 危険な旅になるけど、気をつけてね」
「ありがとうございます。でも、わたしも腕には自信がありますので、大丈夫ですよ」
そう答えたボクの背後に、何者かの気配がした。
「へぇ、じゃあよ。ちぃっとばかりお前らの腕、確かめさせてもらえねぇか?」
振り返ると、某世紀末マンガに出てきそうな巨漢が一人。
斧を肩に背負い、やる気満々な表情で立っていたのである。
「いいかぃ、英雄さんよぅ? なんだったらお前さんが俺の相手してくれても言いんだぜぇ?」
明らかにキーヤンを挑発する意図があるな、こいつ。
確かにキーヤンは一般人より能力は優れるだろうが、それでもスキルと言う点ではまだ熟練者に及ばないだろう。
それを見切って言ってるのだとしたら……いや、それはないか。
もしそれほどの眼力があれば、ボクの実力だって見抜けているはずだ。
「お、俺は――」
「いいですよ。でもアナタ程度、キーヤン様が出るまでもありません。時間も無い事ですし、ボク――私がお相手致しましょう」
ボクが率先して喧嘩を買ったので、巨漢の男は少し慌てたような態度を取っている。
おそらくはボクに絡んでキーヤンを引っ張り出し、彼をぶちのめして自分の実力をアピール、と言うのが狙いだったのだろう。
「おうおう、嬢ちゃん、無理すんじゃ――」
「――いいから表へ出ろや」
少しばかり本気の戦意をぶつけて、相手を黙らせる。
こちらは先を急いでいるのだ。これ以上余計な時間は取られたくない。
ただでさえ、キーヤンとの再会で遅れたのだ。こんなイベント、さくっと終わらせてさっさと旅立ちたい。
「すぐ終わらせますので、書類作って置いてくださいね?」
「え、あ……はい。でもグレンさんはウチでも結構腕利きの冒険者で――」
「いいから、書類」
「は、はい」
リコさんに仕事を急かして、ボクは表へ出た。
この人、めんどくさいと言ってなかなか仕事始めないんだもの。
巨漢が絡んできたのは、いいタイミングだ。ボクを待たせるとどうなるか、少し思い知ってもらおう。