第百二十一話 祭が終わって
お祭が終わって、ドイル達とハンスを家まで送り届け、ルディスさんとお別れする事になった。
さすがにアリューシャも大きくなったので、前のように大泣きする事は無くなったが、ドイルの所のサニーちゃんが大泣きして困った。
お姉ちゃん風を吹かしてあやしてるアリューシャを見てると、なんともほのぼのしてくる。
そのサニーちゃんは、リンちゃんに乗せて空を飛んであげると、とても喜んだ。
これで機嫌を取って村まで送ったのだが、村に着くなり『わたしもドラゴンライダーになる!』と宣言して、ドイルを大いに困らせたとか。
それを後日ローザ達に話してやると、『その時は私が鍛えてあげる』と息巻いていた。
彼女もドイル達の幸せな姿を見て、安心したらしい。
新生活を送る彼等の姿を見て、彼女達の中でも一区切り付いたのだろう。
こう言うところは、今でも仲間なんだと少しうらやましく思う。
そして数日が過ぎ――
「いらっしゃい――」
「――ませー!」
例によってここはランデルさんのお店。
ボクはまたしても、彼の依頼を受け給仕をやっている。
ボクは丁寧にお辞儀をし、アリューシャは『がおー』とばかりに両手を上げてお出迎えするのだ。
なぜ、またしても給仕をする羽目になったのか?
その理由が今のボクの格好だ。
――ウシの着ぐるみ。
だぼっとした白黒の素材で全身を覆う、着ぐるみシリーズの第2弾である。
アリューシャとお揃いの衣装ができたと言うので、つい引き受けてしまったのだ。
しかも今度はウシである。
ボクとしても、自分で触るならもう少しボリュームが欲しい、あの部位で有名な動物である。
なによりも『お揃い』と言う単語に惹かれて、口車に乗せられてしまったのだ。
ちなみにセンリさんも、トラの着ぐるみを着て給仕に勤しんでいる。
その動きを朝からずっと追い続けているカザラさん。
いい加減、豆茶一杯で粘りすぎじゃありませんかね?
そしてアリューシャは今回、オプションが付けられた。
かいじゅうスリッパとかいじゅう手袋だ。
給仕をするのに物が持てない手袋を付けるのはどうかと思ったが、『ユミルさんの後を一緒に付いて歩くだけでいいから』と言う、ランデルさんの指示でとてとて歩いて回っている。
「は、反則だモー」
「んにゃ?」
ぎゅーっと抱き締め、ヒョイと抱え上げる。
そのまま入り口に向かって――
「確保ー!またユミルちゃんがお持ち帰り事案を発生させたわ!」
それを犬の着ぐるみをきたエミリーさんが発見し、未然に防止。
というか、なぜ給仕をしてるんです、あなた?
「エミリーさんがなぜいるのか、それが判らない」
「お休みのアルバイトよ! それくらいは組合も認めてくれてるの」
「お休みなら家で休んでおいてくださいよ!」
「いやよ、アリューシャちゃんとお揃いの着ぐるみをくれるって言うから、手伝ってるだけなんだもん」
いい歳してきたんだから『もん』とか言うな。
今日の店内は、いつものメイド系給仕服ではなく、着ぐるみで溢れ返っていた。
犬、ネコ、ウシ、トラ、羊、ドラゴン、グリフォン……様々な種類の着ぐるみを着た美女美少女達が走り回っている。
ボク達の報酬はウシとトラの着ぐるみと、ドラゴンの手袋、スリッパのオプションが報酬になっている。
早く、これを着て屋敷でアリューシャとイチャイチャゴロゴロしてみたい。
とは言えやや動きが制限される着ぐるみだけに、作業の効率はいつもより劣る。
その美女が悪戦苦闘する振りすらも見世物にしているようで、ランデルさんのマネージメント能力の狡猾さを垣間見た気分だ。
「あざとい、さすがランデルさん、あざとい……」
「失礼な。ちょっとコンセプトの統一をした日があってもいいかなって思っただけですよ?」
今日は『着ぐるみ給仕Day』なのだそうだ。
この間の射撃大会に触発されて、月に一回、こう言うイベントを開こうと画策しているらしい。
結局この日は、慣れない服装で効率よく回す事ができなかったが、それを含めてお客さんも楽しんでいたようなので、成功と言える結果に終わった。
ただのカフェに行列ができるとか、こっちの世界では初めて見たよ。
一仕事終えて、屋敷に戻った。
さすがに着ぐるみのままでは汗臭いので、スラちゃんに洗濯をお願いしつつ、みんなでお風呂に入る。
ルディスさん達が村へ帰ってもう数日経つが、いまだに三人だけになったお風呂がさびしく感じる。
アリューシャの元気も、心なしか萎んでいるように見えるのだ。
「元通りに戻っただけなのに、すごく寂れた気がするね」
「まだ日が経ってないから仕方ないわよ」
センリさんは我関せずと言う風を装っているが、少し溜息が増えているところを見ると、やはりさびしいのだろう。
こう言うお祭が終わった後の寂寥感は、どうにもクる物がある。
「サニーちゃん、また来てくれるかなぁ?」
「リンちゃんがお気に入りだったから、きっと遊びに来てくれるよ。ひょっとしたらアリューシャの後輩になりに来るかもよ?」
「ホント!?」
「さすがにそこは保障しかねるかな……? あくまで可能性の話、ね」
そもそもドイルの村まではリンちゃんやスレイプニールで数時間の旅程だ。
二、三日の泊まりで遊びに行くのもいいかもしれない。
ボク達には倉庫もインベントリーもあるのだから、旅行の支度はそう苦にならないのだ。
それでもやはり、どうしても溜息が漏れるアリューシャ。
ここはボクが彼女を元気付けて上げねばなるまい。
「よし、ではボクがアリューシャの身体を洗って進ぜよう!」
「え、もうわたし一人で洗えるもん」
だがそんな苦情は受け付けない。
脇に手を入れて抱え上げ、ボク前に座らせると、手の平に石鹸をこすり付けて、直接撫で洗ってあげたのだ。
「あひゃ! ちょ、ユミルお姉ちゃん、くすぐったい!」
「お、手で洗うのはお気に召しませんか、お客さん? では身体で直接……ぐへへ」
「やめなさいっての! どこのイカガワシイお店よ」
スコンと石鹸が飛んできて、ボクの頭を直撃する。
HPが十万を超えるボクにとって、大したダメージでは無いが――
「危ないじゃないですか、アリューシャに当たったらどうするんです?」
「銃士の命中力を舐めないでよね。動いて無い相手なら百発百中よ!」
「いいでしょう――その宣言、ボクへの宣戦布告と看做す。アリューシャの代わりにソーププレイの刑に処してあげよう!」
「わわ、こっち来るなヘンタイ!?」
ボクは自分の身体を泡まみれにして、センリさんい襲いかかる。
アリューシャはすでに確保済みなので、問題ない。
こうしてボクは二人を思う存分ヌルヌルにして、つやつやした表情でお風呂から上がったのであった。
ちなみにアリューシャは最後までくすぐったがってた。
「ふぅ、ヒドイ目にあったわ――」
お風呂上りのスーリ牛乳を、腰に手を当てて一気に呷る。
元の世界の作法だけど、アリューシャもボクの真似をして、この作法は完璧にこなす。
大中小の三人の美少女が、全裸のまま並んで仁王立ちで牛乳を呷る姿は、少しばかりシュールな光景だ。
これもお客がいなくなったが故の解放感である。
この点に関してだけは、嬉しい所かもしれない。
「そう言うセンリさんだって反撃してきたじゃない」
「反撃しないといいようにされちゃうじゃない。それにユミルってば手付き怪しかったし……あなたレズじゃないわよね?」
「少なくとも自覚は無いですねー」
見るのは好きだが。
「センリお姉ちゃん、レズってなぁに?」
「アリューシャが知るには少し早いかなー。もう少し大きくなってからユミルに教えてもらいなさい。実演で」
「違うって言ってるのに! でもアリューシャならありかも」
「うわ、マジモンだ、コイツ!」
少しばかり無理やりにテンションを上げたボク達に、スラちゃん達が洗濯を終えた着ぐるみを持ってきてくれた。
汚れと汗などの水分を丁寧に捕食したそれは、まるで洗いたての様にふかふかしていた。
メルトスライムのスラちゃんの能力なら、繊維が傷むんじゃないかと思ったりもしたけど、その辺りは気を使って洗ってくれたようだ。
下着だけ着用してから、ふわふわのそれを着込んで夕食を取る事にした。
本来なら夕食の準備などで時間が掛かってしまうのだが、今日はランデルさんから料理を包んで貰っているので、準備の必要が無い。
器は後日返しに行けばいいので、後始末は食器を洗うだけでいいのだ。
「う、やっぱり美味しい……このグラタン。冷えてるのに……」
「こっちのはラザニアになってるわね」
「ヨモギのお餅入ってたー!」
「アリューシャのそれ、おぜんざいじゃない? なんでその料理知ってるんだろ、あの人?」
「きっと先祖に転移者がいたのよ、きっと」
不思議と地球色漂うメニューに、センリさんと二人で首を傾げる。
彼は飲食店を切り盛りしてるだけあって、料理の腕はルディスさんやルナさんより高い。
しかもこちらとは一線を画した日本風のメニューまである。
「そしてトドメはこの裁縫技術……実はあの人、優良物件なんじゃないですかね?」
「炊事と裁縫は完璧で、店を切り盛りする個人事業主。しかも大繁盛している――確かにそうかも?」
少し恰幅のいい外見と、気弱そうな性格のせいでスルーされがちだが、『生活力』と言う点では実に高得点を稼ぐ人である。
結婚と言う前提で見れば、脳筋モテ野郎のアーヴィンさんよりは遥かに良質な物件である。
「少しばかり、趣味が特殊だけどね?」
そう言ってアリューシャのドラゴンのかぶり物をぽむぽむと叩いて、センリさんは微笑んだ。
くすくす笑ってドラゴンを撫でている彼女も、トラの被り物をしているのだ。
ちなみに彼女のトラの着ぐるみ、背中には1985と書き込んでもらった。
やはりトラと言えば、この数字か33-4だろう。
ちなみにボクのウシの背中には11とある。これはトルネードな名投手にあやかっての事だ。
ドラゴンの背中には34を入れてもらった。
「ユミルお姉ちゃん、そのグラタン少しちょーだい」
「いいよー。はい、あーん」
「あぁん」
雛鳥のようにパカッと口を開けたアリューシャに、グラタンを掬って突っ込んであげる。
とろとろのベシャメルソースの感触を、頬を押さえて堪能した後、ぜんざいの中からお餅をフォークで突き刺してボクに差し出してきた。
「はい、お返しー」
「おお、これは俗に言う間接キ――」
「いい加減にしなさい。今日は下ネタ多すぎよ?」
「う、ちょっと暴走しましたか。まぁ、雰囲気を盛り上げようとしただけです」
「判ってるけどね」
この広い食堂も、たった三人でとなると、少しばかり肌寒く感じる。
まるでオバケが出そうな雰囲気である――あ、幽霊は出るか。
三人で食事を終え、三人で食器を洗う。
そして三人で一緒の部屋に入って、ベッドに潜りこんだ。
これはなんとなくの流れだったのだが、やはり賑やかな合宿生活から戻りきれてないからだろう。
アリューシャも自分の部屋は持っているけど、寝る時はほとんどボクと一緒だ。
大体いつも、センリさんだけが一人で寝る事になる。
だがここ数日は彼女もボク達と一緒に寝るようにしていた。
「さすがに、急に人が減っちゃったからね……なんとなく物寂しく感じるのよ」
そんな少し可愛い言い訳を聞きながら、三人で川の字になって眠りに付いたのだった。
お祭編はここまでで終了です。
次からは新章で、少しお話を動かして行こうと思います。