第百二十話 後片付け
祭に街中が浮かれた翌朝。
今日は組合総出で南地区の清掃が行われる。
これは会場として南地区を貸し出してくれた住民への返礼である。
もちろんボクも強制参加な訳だが――
「どうしたの、なんか足腰がカクカクしてるけど?」
「ルイザさんは意外と容赦ない人でした。もう二度とからかいません」
ボクのふらついた様子にセンリさんが心配の声を掛けてきた。
彼女の報復を受け、ボクのスタミナは早くも限界点である。
この疲労しない身体にダメージを与えるとは……ルイザさん、恐ろしい子!
「ごめんなさいね。あの子キレると容赦ないから。みんなでマクリームの温泉に行った時もクラヴィスが覗きをしてね――」
起き出してきたルディスさんが、ルイザさんの過去を暴露して行く。
どうやらクラヴィスさんは昔からあの調子だったようだ。
「ユミルお姉ちゃん、それじゃお掃除いけないでしょ。今日は休んどく?」
「アリューシャはいい子だねー。大丈夫、ちゃんと最終防衛ラインは死守したから」
「んぅ?」
「子供相手になに言ってんのよ。それで、本当に今日はお休みにする?」
センリさんの軽めのツッコミですら少々きつい。
これはいわゆる筋肉痛だろうか?
「いえ、身体を動かすことに支障はないし、参加するよ。荒らすだけ荒らしてはいサヨナラじゃ、街の人に嫌われるしね」
「そう? 無理しないでね」
「まぁ、ボク達にはお掃除最終兵器のスラちゃんが付いてるから」
「連れて行く気かい」
そりゃ連れて行くでしょ。スラちゃんは掃除洗濯のエキスパート。
色水が染み込んで取れにくい場所も、彼(?)なら浸透して捕食すれば一発だ。
街の人が許すならば、スラちゃんを街中に放せば、毎日だって清掃してくれる。
「ま、いいけどね。ヤージュさんの許可は取っときなさいよ?」
「あーい」
そういって朝食の用意をしてくれる。
ボクはこの状態なので、気を利かせてくれたのだろう。
彼女が用意する朝食はいつも、スクランブルエッグとトースト、野菜を洗って毟って上に干し肉を削って乗せてドレッシングを掛けただけのものだ。
「センリさん、バリエーション増えませんね?」
「そ、そう?」
「わたし、学校でサンドイッチ習ったよ!」
「へぇ、すごいね。今度アリューシャの朝食と勝負して見ませんか?」
「やめて! プライドが粉々になっちゃう!?」
負ける自覚があるのか、生産系?
とにかく、せっかく用意してくれた朝食である。ありがたく頂いて今日の活力にしよう。
迷宮前中央広場にはすでに多くの大会出場者が集まっていた。
商人や他所の街の冒険者も参加していたので、なかなかに壮観な光景である。
特設門やストリートビューを行っていた水晶画面はすでに撤去され、後はあちこちにこびり付いた色水の清掃だけの状態だった。
「あー、そういう訳で機材はすでに組合で片付けて置いた。後は広範囲に飛び散ったインクの処理だけなので、皆にはそちらの清掃を任せたい」
集まった出場者の前で、ヤージュさんが締まらない指示を出している。
あの人、少数を動かすのは得意なのに、大勢の前に出ると、あっという間に威厳がなくなっちゃうな。
実は照れ症なんだろうか?
「モップやポンプといった機材はこちらで用意してあるので、各自自由に持ち出してくれ。それじゃ開始!」
ポンプって、センリさんが使ってた放水機じゃないか。しかも三つ。
いつの間に用意したんだろう?
「ん? 昨日契約書を書きにいったついでにね。試作機を合わせて在庫が三つあったから、それを納品しておいたの」
「手際いいですね」
「まぁ、一つはカザラのだけどね」
んー、呼び捨てですかぁ?
ボクが耳聡く呼び名の変化を聞き付け、にんまりしてると、パカンと頭を叩かれた。
「変な誤解しない様に。一週間近く合宿で一緒だったんだから、それくらい普通よ、普通」
「んー、そういう事にしておきましょうか。それじゃ、アリューシャ……は、学園の方か」
アリューシャは洗浄も学園行事の一環に組み込まれているので、そちらに参加している。
つまり今日はアリューシャ無しで掃除しないと行けないのだ。
「さびしい……」
「なに言ってんの、私がいるでしょ」
「私もお手伝いしますよ?」
センリさんがボクの頭を撫でて、ルナさんが張り切ってガッツポーズをしている。
彼女は大会参加者じゃないけど、清掃には参加するそうだ。
その服装は、露出の高いワンピース水着である。
この清掃作業、大量の水をぶちまけるため、濡れる事が大いに予想される。
そこで女性陣は水着での参加が大半なのだ。
腕利き冒険者も多く出たこの大会で、男性陣にアピールする狙いを持っている人も多いのだろう。
かく言うボクも、ワンピース水着にTシャツを羽織った格好で参加している。
腰のところでシャツを縛っておくのが萌えポイントかな?
センリさんは水着がパレオ付きのビキニにサマーカーディガンである。
女性陣がそういう有様なので、男性陣は隔離されているのだ。
クラヴィスさんやドイル辺りは露骨に落ち込んでいたけど、清掃が始まれば結局入り乱れての作業になる。
「それじゃ、ポンプの確保――はもう無理ですね?」
「意外と人気ね、あれ」
清掃道具置き場はポンプ争奪戦が起きていた。
そりゃ、あれがあれば掃除が捗る上に、新機構搭載の道具だ。好奇心旺盛な冒険者なら興味が湧くだろう。
「ま、ボク達はスラちゃんがいますしね。モップだけで頑張るとしましょう」
「そうね、それで充分でしょう」
そんな軽口を叩きながら、祭の後始末を開始したのだ。
「ユミル、そっち任せるわ」
「そっちって壁じゃないですか! しかも三階!?」
「あんな所洗えるのアナタだけでしょ。頑張ってね」
「陰謀だ!?」
清掃においても、ボクの筋力は非常に有用である。
何せ指二本つまむ場所があれば、ボクの体重程度、あっさりと支える事ができるのである。
つまり屋根や壁の高い場所などは全てボクの担当になる。
軽く壁面を蹴って壁に取り付き、某蜘蛛男のような格好で三階の壁までよじ登る。
そこで腰に吊るした水袋から水をぶっ掛けてからモップでガシガシとこすり落としていくのだ。
壁面の石組みの出っ張りを親指と人差し指でつまんで身体を支え、自由自在に壁面を這い回って広範囲に飛び散った色水を落としていく。
誰だ、こんなところを撃ったヤツは。
「まるで蜘蛛男ね」
「ボクは女ですよ!」
路上から適当な事をほざくセンリさんに壁面から水を投げ下ろして、遺憾の意を表明する。
彼女はまさか反撃が飛んでくると思ってなかったのか、まともにその水を浴びてしまっていた。
「ぷわっ、この――やってくれたわね!」
「失礼な事言うから!」
「いいわ、ここで射撃大会の決着を付けてやろうじゃない!」
「望むところだ!」
二人してインベントリーから水鉄砲を取り出し、撃ち合いを始める。
周囲に人目が無いのはすでに確認済みだ。
そしてこれをただの水鉄砲と思うなかれ。
きちんと金属で作った外装強化版である。そしてそれは、センリさんの使う物も同じだ。
これをボクやセンリさんの筋力値で撃ち出すとどうなるか……推して知るべし、である。
筋力百二十オーバーで絞りだされた水圧は、まるでウォーターカッターのような水圧でセンリさんに襲いかかった。
対するセンリさんの水鉄砲からも、冗談のような勢いで水が撃ち出される。
もちろんボクがそれをまともに喰らうはずもない。
軽く側転しながら路上に飛び降り、その射撃を華麗に回避。更に着地前に反撃を挟んで体勢を建て直す。
これをセンリさんは某ジョン=ウー監督作品張りの横っ飛びで躱し、撃ち返してくる。
お互いの撃ち出す水圧が恐ろしい速さで交錯する。
それほどの勢いでありながら、身体には掠りもしない。
センリさんも半製造と言う構成上、敏捷度はそこそこ確保している。
彼女も、ボク程ではないにしても、ちょっとした原付バイクなら走って追い抜ける程度はあるのだ。
これを至近距離で当てるとなると、至難の技なのだ。
ボク自身が飛び道具が苦手と言うのもある。
対するセンリさんも、銃士と言う職業上、高い器用度を誇り脅威の命中力を持っているが、それとてボクの速さに付いて来れるほどではない。
互いに有効打が出ないまま、タンクの水を撃ち付くしてしまい、物影に隠れて水袋から給水する。
装填が終わったのは、ほぼ同時。
「落ちろ、ユミルー!」
「させませんよ、センリさん!」
「お前ら、いい加減にしろおぉぉぉぉ!」
いい感じにテンションが上がったボク達に大量の水が降り注いだ。
見ると、ヤージュさんが放水機のノズルを抱えて通りに来ていた。
「あ、ヤージュさん。おつかれさまっす」
「お疲れ様じゃねぇ! 二人してバカみたいな勢いで好勝負を演じやがって、そういうのは人目のあるところでしろ!」
「えー、ボクが本気出したらブッチギリで優勝じゃないですか?」
「そもそも、掃除に来た人間が散らかしてどうする?」
「――あ」
見るとボク達の撃ち出した水は超水圧で石畳を割り、通りがえらい事になっていたのだ。
民家の壁に当たらなかったのが救いかもしれない。
「その場の勢いって恐ろしい……」
「お前の報酬は無しだ」
「そんなヒドイ!」
「そうよ、悪いのはユミルよ!」
この街中清掃にも、規定の報酬は支払われる予定だ。
祭の後始末なので、無報酬でもいいと言う冒険者は数人いたが、さすがにそれは組合の倫理観が許さなかった模様。
なので最低限の日給は出るのだが、逆に街を荒らしたとあってはヤージュさんが怒るのも無理はない。
問題はあっさりと寝返った、このビッチである。
「センリさん、なに華麗に手の平返してるんですか!?」
「女の友情は儚いのよ」
ニヒルにフッと笑って見せるセンリさんだが、理由があまりにもさもしい。
ボクとしては連帯責任を断固主張する!
びしっと彼女を指差し――
「最初に水鉄砲を取り出したのはセンリさんです」
「最初に水を掛けてきたのはユミルよ」
「もう黙れ。報酬は規定通り出してやるが、罰として大通りの清掃一週間だ」
「そんなー」
「そんなー」
「声を揃えんな!」
ヤージュさんの怒鳴り声に、見物人達が何事かと集まってきた。
さすがにこの状況では、戦闘続行は不可能である。
「むぅ、勝負はお預けですね」
「しかたないわね」
「全然反省していないな、お前等」
「ちぇ、はんせーしてまーす」
真摯な反省の言を口にするボクの後ろ頭をセンリさんが叩く。
「こら、せっかく報酬くれるって言うんだから、心にもない事でも表面上は愛想よくしてなさい」
「あ、そうですね」
「お前等、実は組合舐めてるだろ……」
「トンでもない!」
物量作戦で暗殺者を送られるのは、こちらとしても遠慮したい。
これはヤージュさんの人柄に甘えて、少し調子に乗りすぎたようだ。
「本当に反省してますって。センリさん、通りの【修復】をよろしく。ボクは清掃の続きをしますので」
「了解したわ。ここは任せなさい」
「それだけ息が合うなら、最初から合わせとけよ……」
ヤージュさんは大げさに溜息を付く。ボク達も頭を掻いて反省して見せた。
「なんだ、もう終わりか?」
「さっきのすげー動き、もう一度見て見たかったんだがな」
「ネエちゃん、またやらねぇか?」
ヤージュさんの困惑を他所に、街中の人は先ほどのシューティングアクションを堪能していたようだ。
だが、さすがにここで調子に乗るほど、ボクは馬鹿じゃない。
今度こそ真面目に清掃しなくては、本気で怒られてしまう。
こうして街中清掃は穏便に終了したのだった。