第百十九話 お祭りデート
結局射撃大会では敗退してしまったが、それはそれでいい思い出になった。
ヤージュさんのお説教から解放された後は、出店や勝ち抜いたチームの試合を眺めて楽しむ事にする。
後でルイザさんに謝罪しに行かないといけないが、彼女はまだトーナメント中である。
なので会えるのはおそらく祭が終わってからになると思うので、今はアリューシャと存分にお祭を楽しむ事にしよう。
南地区は試合場として利用されているので、西地区の通りが屋台通りと化している。
アリューシャと共にボク達はその屋台を冷やかして回る事にした。
ちなみにセンリさんはカザラさんと一緒に、組合と契約を交わしに行っている。
売れっ子クリエーターはつらいね。
西側の目抜き通りには様々な出店が並んでおり、歩くのも難しいほどに混雑している。
大会の放送に半数近くの人が流れていてもこの賑わい、お祭りは大成功のようだ。
あまりの人いきれに暑苦しさすら感じるが、その人ゴミに揉まれるのすら、楽しくなってくるのだから、祭りというのは不思議だ。
出店と言っても、元の世界のような多彩なバリエーションがある訳ではない。
大半が食べ物系の出店なので、気分は食べ歩きである。
タルハンが港町なので、海鮮系の食べ物が多いのは特色かもしれない。
だが、やはり祭と言えば外せないものもある訳で――
「おお、リリン飴だ」
「わぁ、丸ごとだよ、ユミルお姉ちゃん、一個丸ごと!」
「うん、丸ごとかじるのは珍しいかもね。おじさん二つください」
「あぃよー」
こう言う出店でカード払いするのは、実に無粋だ。
ボク達は組合を出るときに、しっかりと小銭を下ろして来ている。
おっちゃんに代金の銅貨六枚――六十ギルを支払い、でっかいリリン飴を二つ受け取る。
「はい、アリューシャの分」
「やった!」
大喜びで飴を受け取るアリューシャだが、そのサイズは彼女の口には、いささか大きすぎた。
どこから食べるべきか、何度も口元に持ってきては齧り付けずに離す。
その行為が、自分の幼い時の記憶と重なり、自然と口元が緩む。
「あはは、ボクもそれ食べるときは悩んだ事があったっけ」
「どうやって食べるのー?」
「それを食べるのはコツがいります」
「教えて!」
真剣な表情のアリューシャに、噴き出しそうになるのを堪える。
ピッと指を立てて、澄ました顔でボクは告げた。
「汚れることを恐れず、齧るのだ」
「……それ、コツじゃないよ」
「まぁ、顔を拭く布を用意しておくのが、コツといえばコツかな?」
ウェットティッシュなんて気の利いた物はこの世界には存在しない。
だが、代用品を作る事は可能だ。
ユミル村特産の芋酒を水で薄め、それに薄い布を浸して皮袋に詰めておく。
これを持ち歩けばいいだけの話である。
ボクだって女性になってかれこれ五年。ハンカチとこのウェットティッシュもどきは常に常備してあるのだ。
いや、ウェットティッシュもどきをさすがに持ち歩く人は、この世界には余りいないか。
それにボク達には最終兵器が残っているのだ。
すなわち――射撃大会で使用したスラちゃんである。
彼は今、大人しく携帯用の水袋の中に潜りこんで貰っている。
イゴールさんと一緒に屋敷に戻ってもらっても良かったのだが、お祭りともなれば珍しい食べ物も多い。
せっかくだから、彼(?)にもご馳走しようと連れ出したのである。
赤い色の飴を纏ったリリン飴を、二人してかぶりつく。
顔と手を真っ赤にして、お互いを指差して笑いながら、スラちゃんの入った水袋に手を突っ込んだ。
袋の中で、飴に塗れた手を彼が這い回って綺麗にしてくれる。
ついでに残ったリリンの芯も提供しておこう。
続いて挑戦したのはチョコバナナである。
バナナ……というか、それに似た植物なのだが、味は元の世界のそれよりも少し青臭い。
これは品種改良していないからかもしれないが、とてもよく似ているのは確かだ。
カラフルなラムネのトッピングは存在しないので、アーモンドを砕いた物をまぶしている。
それはそれで香ばしくて、美味しそう。
これもアリューシャと二人で、買い食いするのだが……
「おっと、アリューシャさんや。コイツにも『食べ方』という物が存在するのだよ?」
アリューシャはチョコ大好き少女である。
昔はヨモギも好きだったのだが、街に来てからはその影は薄れている。
どうやら彼女は、味の濃い物が好みらしい。
大口開けて齧りつこうとしたアリューシャを、ボクは慌てて止める。
「ほへ?」
「これは一見、そのまま齧るのが正解のように見えて……実は表面のチョコを舐め取るように食べるのがジャスティスなのだ!」
「ほほぅ?」
ボクは薄く目を閉じて、なるべくエロティックにバナナに舌を這わせる。
周囲の男性客がぎょっとした様な表情を浮かべたが、ここは気にしない。
「こう、ね? 薄く目を閉じて、少し興奮気味に――」
「なるほど!」
「なるほど――じゃありません! 何教えてるんですか!」
スパンといい音を立てて、ボクは後頭部を叩かれた。
その反動でバナナが喉の奥に突き刺さる。
「ぶごふっ、げほっ、ごほっ」
ボクの背後に回りこみ、背後からの奇襲をかましたのはセンリさんだった。
思わず咳き込んだボクは、チョコバナナを路上に取り落としてしまう。
これはもう食べる事が出来無いので、スライムボックス行きにして処理する事にした。
「センリさん、いきなりひどいですよ」
「子供に変な事教えてるからよ。普通に食べなさい、普通に」
「契約はもう終わったんですか?」
「今回は半分慈善事業みたいなものだからね。すぐに終わったわよ。私も一緒に回っていい?」
ひらひら手を振って見せる彼女の背後にはカザラさんも一緒にいた。
共同開発者なんだから、契約に同行していたのは判るが……ふむ、ここは一緒に回るのは無粋かもしれない。
「ダメです。ボクはアリューシャとのデートを堪能するので、カザラさんにエスコートしてもらってください」
「なによー、ツレないわね」
「馬に蹴られたくないので」
「セイコとウララも連れてきてるの?」
「そうじゃないし」
なんだかんだで彼女はカザラさんと一緒にいる時間が増えてきてる。
まだ自覚がないだけなのかも知れないので、この機会にぜひ進展してもらいたいものだ。
アーヴィンさんという勝ち目のない戦に参戦するのは、見ていて少しばかり心苦しい。
「まぁいいわ。それじゃカザラさん、エスコートしてもらえるかしら?」
「お、おう」
少し顔を赤くして、センリさんの差し出した手を取るカザラさん。
こちらは結構脈ありな反応である。
「んー、こう……」
その時、ボクの脇で微妙な声がした。
見るとアリューシャがボクの行動を真似て、チョコバナナをぺろぺろしていたのだ!
「ふ、ふおおおぉぉぉぉ!?」
「ちょ、ユミル!? 恥ずかしいから奇声を上げないで!」
結局この奇行が決め手になった。
センリさんはボクと一緒に祭を回るのは恥ずかしいと判断し、大人しくカザラさんと行動する事に決めたのだった。
その後、珍しい出店を発見した。
竹筒式の水鉄砲ならぬ、コルク式の射的である。
この世界にはやはり娯楽が少ないので、出店の大半は食べ物関係がほとんどだ。
そこにこの射的の概念を持ち込むとは……なかなかやる。
「あ、ユミルさんじゃないですか」
「と思ったらアコさんだったか」
「なんです、いきなり」
草原で橇を運用するという柔軟な発想を見せた彼なら、こう言う事も思い付くかもしれない。
カフェのランデルさんといい、彼といい、意外と進歩的な人が多い街である。
「これは?」
「水鉄砲を見て思い付いたのですよ。飛ばすのは水じゃなくてもいいじゃないか、と」
「空気を圧搾してコルク栓を飛ばす仕組みですね」
「発泡ワインの栓とかよく飛ぶでしょう? あれを見て思い付きましてね」
そう言えばシャンパンみたいな発泡性ワインも、一応存在する。
元の世界でも十七世紀には二次発酵で発泡性を持ったワインの記述が見られるそうなので、この世界にも存在してもおかしくない。
「コルク栓を飛ばして的に当て、点数に応じた商品を提供する仕組みなのですよ」
「ほうほう?」
商品を直接倒す元の世界の射的とは少しばかり違うようだが、これはこれで面白そうだ。
見るとアリューシャの目がキラキラしてる。
確かに子供はこう言うのが好きそうだ。
「アリューシャ、やりたい?」
「やりたい!」
「という訳で、二人分お願いします」
「まいどー」
代金は四十ギル。
少し安めだけど、商品以外に消耗品が存在しないので、元手はかなり安く仕上がっている。
コルクの先に付けたインクくらいだろうか?
布に標的を描き、そこに水溶性のインクを付けたコルク銃を撃ち込んで点数を競う。
点が高いほど、高価な商品が貰えるという仕組み。
使った標的は水で洗ってインクを流せば再利用可能という訳だ。
「よし、アリューシャ、競争だ!」
「まけないんだから!」
「そういうのはオークに捕まった時に言おうね?」
「なんで?」
祭のテンションで、ボクの言動はかなり怪しい。
ほどほどにしておかないと、アリューシャが成長したとき、変な目で見られてしまうかも知れない。
「弾は五発、三十点以上で景品がありますよ」
「まかせなさい。一流の冒険者の実力を見せてあげよう!」
「大会優勝者の実力をみせてあげよー!」
「アリューシャ、それイヤミ?」
「え、ぜんぜん?」
とてもナチュラルにボクの汚点を突いてきた。
ひょっとして、これはボクの精神を掻き乱すための心理戦!?
「なんという高等戦術を……我々の業界ではご褒美です」
「ごめん、ユミルお姉ちゃんがなに言ってるのか、わたし判んない」
結局アリューシャが一番低い景品を当てただけで、ボクは何も得る事ができなかった。
コルク鉄砲の精度が低すぎるのと、意外と的を小さくしているのがクセモノだったのだ。
コルクの重心や形状が悪いので、水と違ってまっすぐ飛ばない。
しかも的が布なのでひらひら揺れてる。
とどめは竹筒がまっすぐじゃないので、下手したら隣の的に当たりそうなくらい、射線がずれるのだ。
これで標的を狙うのは至難の業である。
あえてこう言う粗悪品を並べているのだとしたら、ボク達は見事に嵌められた事になるな。
「ぐぬぅ……アコさん、なかなか商売上手ですね」
「ははは、儲けさせてもらいましたよ」
とても爽やかな笑顔でそんな事を告げてくる。
まぁ、これも祭の戯言である。
ボク達は三度挑戦して、最下級の景品を二つゲットして、出店から立ち去ったのだ。
ちなみに、景品はガラスの指輪だった。
せいぜい十ギルくらいで売ってる物なので、結構な赤字である。
「おもしろかったね!」
「うん、こういうのはもっとあってもいいよね」
ボク達の作った物を発展させて、さらに別の商売を展開する。
この世界に、ボク達が居たという軌跡が刻まれているのを、しみじみと実感したのだった。
デートというかお祭りを楽しんだだけですw
大会終わってそのまま次の話っていうのも味気ないので。