第十一話 草原迷宮案内
とりあえず三羽のチャージバードを噴水の小部屋まで運び込む。
この部屋はなぜか敵が入ってこないっぽいけど、念のため扉を閉めて剣で閂を掛けておく。
「さて、説明してもらおうか?」
「説明と言われても……なにを?」
部屋に腰を落ち着けるなり、アーヴィンさんが詰問してきた。
どうやらあの鳥は思ったより強い相手だったようで、それをあっさり撃退したボクに疑問を持っているようだ。
「君の強さだ。あの剣捌き……只者では無いな。どこの誰に師事した? どうやって学んだ?」
「えーと……記憶にゴザイマセン」
「ちょっと、アーヴィン。この子は記憶が無いって言ってたでしょ!」
「そうですよ。確かにあの強さは驚きましたが、彼女はまだ子供ではありませんか。それをそのような詰問口調では萎縮させてしまいます」
「あれだけの剣力を持つ者が、この程度で萎縮するものか!?」
ルイザさんとルディスさんはボクを庇ってくれているみたいだけど、アーヴィンさんとクラヴィスさんは疑惑の視線を向けたままだ。
なまじ武芸に秀でているだけに、ボクの異常さに気付いてしまったのだろうか?
「あのね、ゆーねはね……すっごく強いの、でもそれを『じかく』してないだけなの!」
そこに口を挟んだのは、まだ幼いアリューシャだった。
人見知り気味の彼女が、ボクを庇おうと必死に語りかけている。震えながらも小さな拳を握り締め、屈強な戦士であるアーヴィンさんに立ち向かう。
その一途さに感動して、思わず涙が溢れてきた。
「ほら見なさい! あなたがきつい口調で怒鳴るから!」
「こんな子を泣かせるなんて……アーヴィン、私、あなたを見損ないましたわよ?」
「い、いや、だが……しかし!
「なに、言い訳? 子供を泣かせておいて、さいってー!」
「アーヴィン、あなたがそんな人だったなんて……」
「くっ、すまなかった、少し気が立っていたようだ」
なんだか勘違いした女性二人に責め立てられ、あっさりと陥落するアーヴィンさん。
このパーティ、ひょっとしたらいつもこんな感じなのかもしれない。
「ゆーねはね、せんとーになるとなんだかスイッチが入るの。うごきがすっごく速くなって、あっという間にモンスターを倒しちゃうの。でもじぶんで強いってわかってないみたいなの」
両手を振り回して、ボクを弁護してくれるアリューシャを後ろから優しく抱きしめる。
この子は本当に優しい子だ。ちゃんと守ってあげないと。
「ボクも、詳しくは覚えていません。でもかなり剣を使える自覚はあるんです。ただ、その強さがどの程度か、比較する相手がここにはいないので……」
「――そりゃ、他に人がいない大平原のど真ん中だからな」
じっと観察に徹していたダニットさんが口を開く。
「むしろそれだけの腕があるからこそ、生き延びられたと考えれば妥当なところだ。そうだろう、アーヴィン?」
「それは……確かにその通りだ。子供二人で何も無い場所で生き抜くのは至難の業だ。強さという裏打ちがあればこそ、と考えれば納得できる。だが、あれだけの腕、よほど高名な師の下で修業を積まねば到達できまい」
「あー、それは……」
そもそも高知力オートキャスト型なんていうネタキャラを作っているのだ、師と呼べる存在なんていない。
友人と話してアイテム情報を集め、実際に使用したキャラの動画を閲覧し、じぶんで作り上げていったキャラなのだから。
もちろん、他にこの様なキャラがいなかった訳じゃない。少数、ほんの極少数だが、似たような構築をしたプレイヤーもいた。
だがキャラクターの構築というのは、意外と手間が掛かる。
あらゆる装備、ステータスタイプ、スキル……そういった組み合わせを検証するのは一人ではとても出来ない。
だからこそ、テンプレートなスタイルというのが流行るのだ。
最適化され効率化を図られたその組み合わせは、最も高い戦闘力と利便性を持っているのだから。
そしてボクにはそのテンプレートが存在しない。
故に、ボクは自分でこの形を生み出したといえる。
つまり師は存在しない。
「ボクはどうも色々激しい地域で育ったらしく、多分そこで我流の剣を……」
「我流!? なんという才だ……」
「バケモノみたいな迷宮に住み着いてたのは、バケモノみたいな天才少女だったって訳か。すげぇな」
実際、チャージバードをあっさり斬り伏せる事ができたのは、このクニツナのおかげだと思うんだけどね。
この剣はそれだけでは最強ではないが、条件が揃えば全武器の中でも最大の攻撃力を持っている。
ただしそれには高い筋力が必要なのだが、ユミルには残念ながらそれが無い。故に真価を発揮するには至っていない。
それでもこの剣は有数の攻撃能力を誇っているのだ。
問題はそんな剣を目の前にして、この武術馬鹿っぽい性質を示したアーヴィンさんが黙っていられるかどうか、だ。
おそらく何らかの問題が起こると予想される。
ならいっそ、ボクの自力のせいにしてしまった方がいいかもしれないと判断した。
そもそも、ボクは自分のキャラが強いといわれた経験は、一度も、全く、欠片も無い。
新入りよりは強いだろうけど、廃人と呼ばれるコアプレイヤーには遠く及ばない事を知っている。
だから、自分が自惚れてしまう事も、きっと無いだろう。
それからチャージバードを処理して、羽毛や肉を確保して袋に詰めた後、水を補給する。
そこで何度かアーヴィンさんに剣を振らされたり、武術談義を吹っかけられたりして面倒だった。
ルイザさんに助けを求めて事無きを得たが、あのままでは中身素人である事がバレるかも知れない所だ。助かった。
その後、下層の様子も見たいという事だったので、案内する事になった。
――地下二層にて。
「おい、あれアシッドスライムじゃねぇのか!?」
「あ、あれってエルダートレントじゃ……」
「全部危険度三以上のモンスターじゃないか!」
「うわぁ、こっちにホーンスネークが!」
――地下三層にて。
「く、来る! 怪力熊が!」
「ひぃ、これ大角猪じゃないの!?」
「危険度四の敵が混じり始めてるぞ!」
「とても手に負えねぇって!」
――地下四層。
「ちょ、鮫が来た! シャークバイト!」
「ウェイブスネークに囲まれてるわよ!?」
「あれ、ディープアローンじゃ……危険度五よ?」
「帰りたくなってきた……」
――地下五層。
「なぁ、あれ……テンペストホース……うわ、こっち来た!」
「幻獣? あ、ちょっとそれ牛じゃない、モラクスって魔神だから!」
「山羊ってあれ? どう見てもフレイムゴートなんですけどぉ!」
「もういや、たすけて……」
「という感じです。そんなに強くは無い……ですよね?」
「冗談じゃありません! なんですか、ここは!?」
「え、なに? どっか変なの?」
六層への階段の手前で一休みしてたら、ついにルイザさんが爆発した。
ここまでの敵、全部ボクが瞬殺してあげたじゃないですか?
「……確かにここはヤバい。こんな上層で上級、いや災厄級のモンスターがうろついているなんて、普通じゃ考えられない」
「そして、それをあっさり蹂躙してのける、ユミルちゃんも普通じゃないですわよ」
「……そーかなぁ?」
「ゆーねは『じかく』したほうがいい」
半眼になってボクをにらむアリューシャ。それは無いんじゃないかな?
抗議の意味をこめて頭をぐりぐりしてあげると、キャーキャー言って逃げ出していく。
「だがまぁ、収穫もあったな……ここを欲しがる勢力はほぼ存在しないだろう」
「そうですか?」
「ああ、こんな迷宮に挑もうなんて、命がいくつあっても足りん。割が合わん」
「そこまで酷いかなぁ? 便利なのに」
「君は自分の異常さを理解した方がいい。とにかくこれ以上は正直俺達が怖くて付いていけない」
彼らは、三層の辺りから戦力にはなってなかった。
正直アリューシャの方がよっぽど肝が据わってる気がする。それに彼女はボクの速さに付いてこれてる。
力自慢の熊なんて、先手とって微塵に刻めば怖くないじゃない。
ひょっとしてボクだけじゃなくて、アリューシャも異常なのか?
「ルディス、どうだ? 提出用の書類とか作れそうか?」
「ええ、これなら問題なく。本来一層分の調査報告だけでもいいくらいですもの。五層もあれば上等ですわ」
「ダニット、この場所は確認できてるな?」
「ああ、問題ない。それに草原のど真ん中だからな。ある意味、わかりやすい場所ではある」
発見者としての提出書類に記入するデータを、アーヴィンさんが確認している。
これを冒険者組合に提出すれば、晴れてここの権利者はボクになり、産出資源に一定のリターンが得られるようになる。
これで一生、左団扇だ。むふふ。
「変な笑い浮かべているところ悪いが……過大な期待はするなよ。この迷宮で生計を立てられるようになる連中なんて、そう居ないからな?」
「えー」
「当たり前だっ! 最低危険度三、最大危険度――観測できているだけで五。もはや軍が総掛かりで潜っても、攻略できるような場所じゃない!」
「ここに潜れるとなると一流の冒険者達だけになるわね」
「何とかなりません?」
「なりませんわ」
どうやら左団扇な生活は無理な様だった。まぁ、そんな美味い話って有るもんじゃないよね。
それよりこの後の事を相談しよう。
「それでこの後どうします? ボクとしてはこの下に鉄とか無いかなぁって思ってるんですけど」
「冗談、迷宮というのは奥に行けば行くほど難易度が上がる。ここまでですでに危険度五の敵が出ているって事は、もっと強くなる……下手したら災厄級の敵が出てくるかも知れないって事だぞ」
「そうよ、いくらユミルちゃんが強いと言っても、これ以上下に行くのはやめた方がいいわ」
「むむむ……まぁ、鉄を手に入れても、加工する事ができないから、いっかな?」
「そうした方が無難だな。どうしても必要なら、今度来る時に持ってこよう」
「え、お願いできますか!」
なんか、さっきは『もういや』とか言ってた気がするのに、また来てくれるんだ?
「そりゃ……正確な場所を教えるために、監査官を案内しないといけないからな。否応無しって奴さ」
「よかった! じゃあ、金槌と釘ください。後、鉋とか……あ、それと下着!」
女性用下着を頼まれ、アーヴィンさんが渋った表情を見せる。気持ちは判らなくもないけど……でもいつまでも毛皮のパンツじゃ、擦れて痛いんです。
女の子はデリケートなので。
「わかった。用意しておこう。しかしここまで難易度が高い迷宮というのは、聞いたことが無いな」
周囲に目をやり、腕を組んで唸りだす。
そんなに厳しいかなぁ。アリューシャがボクは強いって言うけど、ミッドガルズ・オンラインではミソッカスだったんだけど。
そのボクが余裕でクリアできるんだから、きっと一流の人はもっと奥まで行けるはずだよ、きっと。
「迷宮というのは発見した者を基準に、その姿を変えるという逸話もありますわ。彼女の様な達人が見つけたのなら、納得の難易度ではなくて?」
「よりによってという奴か……」
「だけど、希少なモンスターが出るというのは、それだけレアな素材も出るという事よ。悪い事ばかりじゃないわ」
「ある意味尖った連中が集まる事になりそうだな。それじゃ、地上に戻るとするか……すまないが案内頼む。俺達じゃ、単独で戻れそうに無い」
心底情けなさそうに懇願するアーヴィンさんに、ボクはくすりと笑みを浮かべた。
お店を作るにはまず商品作成から……先は長いですね。
今日も、もう一本投稿します。