第百十六話 コミュニケーション
主婦が二人もいるとあって、夕餉は競い合うように豪華になった。
参加メンバー十人に、子供一人、乳児二人、そしてアリューシャと嫁のルナさんの十四人の食卓だ。
イゴールさんは食べる事ができないけど、ルナさんが代わりに参加しているので本当は十五人かもしれない。
これだけの人数を個別の皿で賄うと言うのは大変という判断なのか、大半が大皿料理である。
すでにベヒモスの肉は存在していないが、代わりに何度もダンジョンに潜って肉類は補充してある。
そして以前と違って、今では倉庫が存在するので、好き放題に食材を保存できるのだ。
食用に適さない狼肉はともかく、鳥、クマ、イノシシ、モラクス、ヒポグリフなどなど、多彩な食材が存在する。
もちろん倉庫やインベントリーを人前で使う訳には行かないので、氷室まで取りに行くという体裁を、アリューシャと共に取っていた。
「あ、鶏のグリルが足りなくなってきたかも?」
「じゃあ取ってきます。すぐ戻るんで火を熾して置いてください。アリューシャ、手伝って」
「はぁい!」
隣にいた二歳児のサニーの口元を拭いたりと世話を焼いていたアリューシャを連れ出し、氷室へ向かう。
ボクとアリューシャはこの屋敷で高速移動が可能な人材だ。
センリさんも敏捷性ではアリューシャには敵わない。
二人して競い合うように氷室まで駆け出し、屋敷の視界から外れたところで倉庫を展開する。
「へぇ、アリューシャも足早くなったね?」
「もうすぐユミルお姉ちゃんを追い越すんだから!」
「それは大変、ボクも負けてられないなぁ」
とは言え、アリューシャの敏捷度はせいぜい百五十。ボクの半分程度なので、まだまだ余裕だ。
倉庫からチャージバードの肉とヒポグリフの肉を取り出し、籠に入れる。
ついでにステーキにしてもらおうとイノシシ肉とモラクスも取り出しておいた。
ボクはともかく、男性陣はよく食べるのだ。
まとめて十キロ近い肉を籠に詰めてから、軽めの【フリーズブラスト】をアリューシャに撃って貰う。
今まではボクが蒼霜剣の効果で撃っていた魔法だが、今はアリューシャが素で撃つことが可能だ。
ここで軽く凍らせるのは、氷室から取り出してきた演出である。
「グルルル……」
「おっと、リンちゃんのご飯はまだだったっけ?」
氷室の近くなので、肉の臭いを嗅ぎ付けてきたリンドブルムことリンちゃんがそばに寄って来た。
ついでにクマ肉を一頭分ほど取り出し、餌場に置いてあげる。
食べる場所を決めておかないと、飛び散った血とかで不衛生になるのだ。
セイコとウララは屋敷に生えてくる雑草を勝手にもしゃもしゃ食べるので、あまり餌の心配はしなくていい。
広大な敷地は彼女達にとって、ちょうどいい餌場なのだ。
屋敷に戻ると、すでに鶏のグリルは殲滅されていた。
お前等、野菜食え、野菜を。特にクラヴィスさん!
「おっせーぞ?」
「すみません、リンちゃんにご飯あげてました」
「ああ、今日はお客さんが多いからすっかり忘れてたわ! ごめんね、ユミル」
「ボクも忘れてたので、後で二人でリンちゃんに謝りましょう」
センリさんがボクに手を合わせて謝罪して来る。
ボクも忘れていたので、これはお相子だ。
まぁ、リンちゃんはドラゴンなので、実は食い溜めが利く。
数日何も食べなくても、活動は可能なはずだ。
草原の迷宮にでも連れて行って、五層辺りでストレス発散させれば、問題ないだろう。
鉄板を持って、厨房から裏庭へ出る。
厨房の火力では、これだけの肉を焼くのは、やや火力が足りないからだ。
「【ポゼッション:探求者の叡智】! アリューシャ、GO!」
「いぇっさー! 【ダブルタスク】、【ファイアボルト】!」
交霊師のスキルで、アリューシャの一部のスキルを強化する。
これでボルト系スキルが、二倍の量を発生させることが可能になるのだ。
大きな鉄板に向けて、容赦無く降り注ぐ二十発の火弾。
その光景は、正に火の雨。
莫大な火力を受け、調理用の鉄板は真っ赤に加熱し、持ってるボクにすら熱気が襲いかかる。
カザラさんに提供してもらった断熱加工の石綿手袋ですら、その熱を防ぎきれない。
その光景を窓からサニーが眺め、手を叩いて喜んでいる。
そしてクラヴィスさんとルディスさん、そしてプラチナ先生は腰が引けている。
ドイルとハンスは……腰を抜かしていた。
一般的な冒険者からしたら、アリューシャの魔法はありえない威力だからだ。
通常の鉄板ならば、これで焼け溶け破壊されてしまうのだが、我が家の鉄板はセンリさん謹製の耐熱仕様の特別製。
破壊不可属性が付与されているので、赤熱しても壊れたりしないのだ。
鉄板を厨房にセットし食事の席に戻ると、プラチナ先生が恐る恐るといった風情でアリューシャに語りかけていた。
「アリューシャさん、その魔法、ケンカに使っちゃダメよ?」
「うん? わたし、ケンカしないよ?」
「念のためよ。それを受けたら、私でも消し炭になっちゃうわ」
さすがアリューシャである。
教師すらドン引きの大火力。実に頼もしい。
「パパ、わたしもお姉ちゃんみたいに『ぼーけんしゃー』になるー!」
「そ、そうか。でもあんまり強くなっちゃうとパパの立場がなくなるから、ほどほどにね?」
隣のドイル君はサニーちゃんから冒険者宣言を受けていた。
彼も元冒険者だっただけに、これを止める事ができないっぽい。
どうも彼は、甘々駄目お父さんのようだ。しっかりしなさい、ボクのように。
食事の後はボク待望のお風呂の時間である。
今日はいつものアリューシャとセンリさん以外に、ルディスさんとルナさん、プラチナ先生とサニーちゃんが一緒に入るのだ。
後、乳児二人も。
まだ二十歳前のルナさんや、三十に届いていないルディスさん、それにエターナル二十歳台のプラチナ先生はやはり眼福である。
女性化してもう五年。いい加減女体にも慣れてきているので、最初の頃のようにハァハァしたりしないが、それでも美しいと感じる感性くらいは残っている。
男性陣もいつもは利用していない男湯に放り込んでいるので、今は安心して入浴できるというものだ。
「さて、お風呂と言うとやはり恋バナでしょう?」
「いきなり何言ってるんです、センリさん」
「いいじゃない、これだけ人が集まってるんだからぁ」
「普通そういうのは寝る前にやるものじゃないかな?」
「部屋別れてるでしょうに」
そうだった、無駄に部屋数の多いこの屋敷は、それぞれに個室を与えてもまだ余る。
祭を前に宿の代わりに貸し出してくれないかと、組合から申し出があったりするくらいなのだ。
だが来客は全て、イゴールさんとリンちゃんのド迫力フェイスにドン引きして逃げ帰ってしまった。
根性の無い事である。
「というか、ルナさんとか教頭先生はよく平気でしたね。リンちゃんとイゴールさん」
「そりゃ最初は驚いたわ。でもドイル君が護っていてくれるから」
「あー、はいはい」
くっそう、彼にもったいない位いい子じゃないか。
どこの世界に『一緒だから』って理由だけで、ドラゴンの前に堂々と立てる彼女がいるってんだ。
「明日から、ドイルの訓練厳しくしよう」
「フフ、ほどほどにお願いね?」
「そういえば、ルディスさんとルナさんは結婚されてるとして、ユミルさんは彼氏とかいないのですか? そろそろ適齢期でしょう?」
「うぐっ」
この世界で十八ともなれば、立派な結婚適齢期である。
ボクにも、こう言う話がちらほら飛んでくる事はあるのだ。
「ほ、ほら……ボクが先に彼氏作っちゃったら、センリさんの立場とかぁ」
「あ、この! わたしに振るか、それを!」
「センリさんはアーヴィンさん狙いですよね? あれから進展はどうなんです?」
「ある訳無いでしょ。もう、露骨にルイザさんが張り付いてるんだもの」
「センリさんもローザも、諦めが悪いですね」
「こればっかりは頭で思うようにはならないから」
そう言いながらも、彼女に悲壮感は無い。
その理由は最近少し判ってきた気がする。それを彼女に振ってみよう。
「ところでカザラさんとはどうなんです? 最近一緒によく見かけますけど」
「そりゃ、新型開発してるからね。趣味も近いし、話す事は多いわよ?」
そう、最近センリさんはカザラさんとよく一緒に見かけるのだ。
もちろん彼女のいう通り、新型水鉄砲の開発と言う名目ももちろんある。
でも、それ以上に一緒にいるセンリさんは、とても楽しそうなのだ。
「そう言うユミルちゃんこそ、カロンとはどうなの?」
「ないわー、それはないわー」
赤ん坊の身体を洗いながら、ルディスさんがボクに話題を振ってきた。
彼女はカロンの恥ずかしい過去を知る数少ない人材だ。
だが、いくらなんでもボクにその選択肢は存在しない。
「そもそもボクはアリューシャ一筋ですからネ!」
「わたしもー!」
ボクの背後からアリューシャが飛びついてくる。
アリューシャは全身おっぱい並のプニプニ感なので、素肌での接触はとても気持ちいい。
「でも女の子同士じゃ赤ちゃん産めないよ、アリューシャちゃん」
「むぅ……わたし男の子になるもん」
「それ、ボクが産む事になるんだけど?」
ルナさんがおっとり窘めるけど、アリューシャはあまり気にしていない。
それに、ボクは出来れば孕むより孕ませる方に回りたい。
まぁ、しょせんはこの年頃の女の子の妄言である。本気には受けないけど。
「それよりアリューシャちゃんは好きな男の子はいないの?」
「っ!? それは――ボクも気になる!」
「いないよー?」
カクンと可愛らしく首を傾げて宣言する。
バカな……うちのアリューシャがモテないなんてそんな事はありえない!
かと言って、モテまくるのも心配でたまらないのだが!
「アリューシャがモテないなんて……」
「いや、学園では何度か告白されてましたよ?」
「なんだって!」
プラチナ先生から、脅威の情報が飛び出してきた。
うちのアリューシャに手を出そうなんて、なんて不届きなガキだ……まだ十歳なのに!
「どこのガキンチョでしょう? ちょっと教育してくるので教えてください」
「モテて欲しいのか欲しく無いのか、どっちですか。というか、少し落ち着いてね?」
冷や汗を流しながらプラチナ先生が制止する。
さすがに教員の前で暗殺計画を立てるのは気が引けるので、この辺にしておこう。
そこでボクは、微かな違和感を覚える。
「――ん?」
「どうしたんです?」
ボクの異常に真っ先に反応したのは、ルディスさんだ。
センリさんは頭を洗っている最中。自分から話題を振っておいて……
「いや、気配が……これはあれですね。覗きだ」
「ああ、クラヴィスのバカね……」
ルディスさんが深々と溜息を吐く。
今この屋敷にいる男は、カザラさんとクラヴィスさん、それにハンスとドイルの四人だけだ。
イゴールさんもいるけど、彼にはそんな欲求は無い。
「ふむ? サービスでクパァっとしてあげた方がいいですか?」
「やめなさい、はしたない!」
ボクの冗談に頭を流したセンリさんが突っ込みを入れる。桶で。
「いったぁ!? 」
そう言う彼女も開けっ広げで仁王立ちしているのだ。
ルディスさんやルナさんは湯船に潜って隠しているのに。
やはりボクとセンリさんは、この身体がしょせんアバターであると言う深層心理が働いているらしい。
もちろん見られて恥ずかしいと言う感情はある。だがそれが一般的な女性よりも、やや薄いように感じられるのだ。
ボクがガードが甘いと言われる理由は、きっとこの辺が理由だからだろう。
「ま、でも大人しく覗かせてやる義理もないな。アリューシャ、あの窓に軽めで【アイスボルト】お願い」
「はぁい。【アイスボルト】ー」
気合の入らない声で、詠唱を行うアリューシャ。
最低レベルで詠唱してるのか、魔法陣の展開速度は早い。
これが最大レベルだと、比例して展開速度も遅くなるのだ。
せいぜい半秒程度の展開で氷弾が風呂場の窓に飛んで行く。
氷弾は湯気を逃がすための、比較的高い場所に開いた窓に一直線に飛んで行き――タイミングよく顔を覗かせたバカに直撃した。
「うぶぁ!?」
「ああっ、クラヴィスさん!?」
「おい、俺を置いていくな!」
ゴロゴロと屋根を転がる騒々しい音。
それを追う様に響く、ドイルの声。そして意外にもカザラさんの声。
「あのバカ……」
「ドイル君……」
ルディスさんが頭を押さえ、ルナさんがショックを受けたような表情をしている。
そしてセンリさんは――顔を赤くして湯船に飛び込んでいた。
「おおっと、これは意外と脈あり?」
「んー?」
事態を把握でないアリューシャを置いて、ボクはにんまりとほくそ笑む。
新しい展開が期待できそうなのだ。
こんな調子で、合宿期間は賑やかに過ぎて行き……ついに本番の日がやって来たのだった。