第百十五話 合宿
「ドラゴンを討伐したぁ!?」
素っ頓狂な声を上げて、ボク達を見る村長親子。
息子の右手首には、包帯が巻かれている。そんなに強くした覚えはないんだけど?
「ええ、残念ながら、死骸は跡形もなく蒸発したので、証拠はありませんけど」
「し、死骸も残らなかったのですか?」
「ええ、跡形も残しません。ボクの力なら」
正確には『ボクとリンちゃんの力なら』、だ。
【ドラゴンブレス】と言うスキルは、本来ドラゴンが吐くブレスを強化するスキルだ。
ただしこれにボクの最大HPだの魔力だのが乗っかって、その増幅率は本来の数十倍に膨れ上がる。
このドラゴンとの合わせ技こそ、魔導騎士の真骨頂の一つなのだ。
そして、ドラゴンが倒されれば、その死骸の売買や溜め込んだ宝飾品でその土地が潤うことがよくある。
もちろん、それ以上の災厄が巻き散らされるので、歓迎されたりはしないけど、一年そこそこで討伐されたのなら、この村の被害はかなり少ないはずだ。
そこで討伐の報が届いたと言うのだから、村長達が金目の物に目が眩んだとしても仕方が無いと言える。
だが、例え残っていたとしてもハンスを見殺しにしようとしたこいつ等に、何か残してやろうなんて考えは、ボクには無い。
「それに、ウチの子はとても優秀なんですよ」
そう言って親指で、背後の庭を指し示す。
そこにはリンちゃんとセイコとウララ――つまりドラゴンインファントと、スレイプニール二頭がのんびり寛いでいた。
災害クラスの幻獣が三頭。
これなら数の上ではこちらが有利と言う事になる。
「た、確かにあの戦力なら、ドラゴンにも勝てるかも……でも、跡形も残さないなんて――」
「ここからでも山の天辺は見えるでしょう? 形が変わってるのは窺えると思いますが?」
「ぐっ……」
山の形が変わるほどの一撃。
それは単独で軍勢すら上回る火力を、ボク達が保持している証拠だ。
そのボク達にこれ以上食い下がれば、どうなるか……簡単に想像がつくだろう。
下手に怒らせるとと、村ごと吹っ飛ばされかねない。
そして本来ならば重犯罪であるそれは、今なら『ドラゴンとのやむを得ない戦闘の巻き添え』で済ませることができる。
ドラゴン討伐の報は、まだどこにも届いていないのだ。
「なんなら、山の向こうに流れ弾のクレーターもできている。後で確認すればいいよ」
「そ、そこまでの威力が……」
「じゃ、これでハンスを連れ出しても問題ないよね?」
「え、あ……いや、その……」
「まだ、なにか?」
彼等にして見れば、ボクはいきなり乱入してきて暴行を働いたならず者で、儲け話をふいにした極悪人だ。
意趣返しの一つもしたいと思っているのだろうけど、予想外の実力に混乱している……というところか?
「わ、判りました。連れて言ってくれても構いません」
「それは重畳。ああ、それと――」
「まだ、なにか?」
ボクへの嫌味か、先ほどのボクと同じセリフを返してくる村長。
小賢しい真似を……ならば、キツめのお灸を据えても構うまい。
「――これからは、彼の後ろにはボク達が付いていると言う事を、忘れないでいてもらいたいですね」
「ひっ」
ドラゴンを一時間足らずで殲滅できる戦力。
その実力者とのパイプがある。
そう知らせておくだけでも、彼の環境は少しはマシになるはずだ。
その後は一顧だにせず村長宅を辞去し、酒場へと向かう。
キーヤンと言う男にドラゴン討伐を報告するためだ。
だが、酒場にはすでに彼の姿はなく、すでにチェックアウトした後だと言う。
彼が今回の一件で何を思ったのか判らないが、何らかの行動を起こしたのなら思うところができたのだろう。
できればきちんと繋がりを維持して起きたかったのだが、彼の方から消えてしまったのならば、仕方ない。
この世界で転移者は否応なく目立つ。いつかは会う事もあるだろう。
そのまま、ボク達はハンスの元に向かった。
彼も、もはやこの村に義理はないだろう。連れ出す下準備はできたのだ。
「という訳でハンス、村を出よう!」
「いや、なんでッスか?」
唐突なボクの宣言に彼は真剣に首を傾げた。実に失礼な事である。
「ドラゴンは倒した。村の義理ももう果たしたでしょ?」
「いや、俺がここにいるのは村への義理とかじゃないッス」
そう言って彼は庭の裏手へとボク達を案内した。
そこには表面を削っただけの石が建てられて……いや、これは――
「墓石?」
「俺の親父とおふくろッスよ。5年ほど前に流行り病で」
ふむ、両親の死を境に村を飛び出し、冒険者になったと言うところかな?
「でも、冒険者になったって事は、一度は村を捨てたんでしょ?」
ならば、村に固執する必要は無い。
「ええ、病で困り果てた村を捨てたんです。だから村人には恨まれてる」
「それは――」
両親の死が契機とは言え、彼の行動は病に蝕まれた村から逃げ出したと思われても仕方が無い。
「まぁ、『逃げた』事には違いないんで。村の仕打ちも判るんですよね」
そう言ってハンスは井戸から水を汲み上げ、墓石に掛ける。
「俺としては正直言うと村はどうでもいい。でも、一度死に掛けて、親の墓を捨てた事を後悔したんです。長く参っていないのを」
そのまま、撫でるように墓石に触れる。
僅かに……ほんの微かに声が震えている。
「もう、この村を――いや、親父達を捨てたく無いんスよ」
「……そっか」
そう言えば、ボクも元の世界で両親が他界している。
墓参りにも何年も行っていない。
そして、この世界にいる限り、行く事もできない。
「判った。無理には連れ出さないよ。でもお祭くらいは参加してくれるよね?」
「それくらいなら」
「やった!」
こうして、ハンスを連れ出すことには成功した。
もっとも永久にとは行かないけど。誰にでも『理由』と言う物はあるのだ。
北の国境沿いとなると、タルハンまで戻るのにさすがに時間が掛かる。
距離で言うと草原の村と同じくらい掛かるだろうか?
さいわいリンちゃんの後ろにはあと一人くらい余裕で乗れるし、それはセイコとウララも同じだ。
彼を後ろに乗っけて草原を疾走したが、時間が足りず日が暮れてしまった。
そこで途中一度野宿をし、翌朝にはタルハンに戻る事ができた。
ドイルを誘い、その翌日にドラゴンを倒し、そして翌日にタルハンに戻ってきた。
結果、ドイルより先に戻る事ができたので、良しとしよう。
ハンスの部屋を、ボク達の部屋と離れた場所に用意する。
離れた場所に用意するのは、ボク達の部屋に近いと色々問題が起きそうだからだ。
続いてドイル達の部屋も用意させる。
イゴールさんに念動力が備わったため、スラちゃん達以外にも労働力が確保できるので、この準備はスムーズに済ませる事ができた。
「すごいッスね。ここ、元領主の屋敷でしょ?」
「イゴールさんのおかげで買い手が付かなかったみたいです」
「いや、まことに申し訳ない次第です」
怖いデスマスクを恐縮させ、イゴールさんが一礼する。
過剰な防衛行動を取っていた当時の記憶は、彼にとっていわゆる黒歴史である。
結果的に屋敷を荒廃させてしまっていたので、今は充分に反省しているのだ。
「それじゃ、この屋敷のこちら側がハンスさんの部屋になります。ドイルさん達も後から来る予定ですので、仲良くやってください」
「ドイルか、懐かしいな……ん? 達?」
「あんにゃろ、結婚してやがったんですよ」
「ああ、幼馴染の――」
どうやらハンスは彼女の存在を知っていたようだ。
「知ってたんです?」
「当時は冷やかしてからかってたものッスよ。そっか、あいつは幸せになってるんだな。そうだ、カインとローザは?」
「残念ながら別チームに獲られてしまいました。なので、今回は絶対負ける訳には行かないんです」
「へぇ、腕を上げてる?」
「ええ、かなり」
当時新人だったカインとローザだが、この三年でメキメキと腕を上げて、今では一流に手を掛けようかと言うほどだ。
カロンも今ではすっかり落ち着いて、カイン達を引率している。
ローザさんは……腕はまぁ、上がったんだけど彼女の恋路は停滞したままだ。
いい加減ルイザさんとはっきりしてやれば、踏ん切りが付くのに、アーヴィンのアホは、まだまごまごしているのだ。
「出場メンバーはボクとセンリさんとイゴールさん。それに学園の校長先生のプラチナさんと教頭。それにカザラさんとアーヴィンさんの元仲間のクラヴィスさんとルディスさんです。オマケにドイルも」
「ちょうど十人――って、イゴールさんってさっきのエルダーレイスの?」
「規約にはダメって書いてませんでしたので」
「いいのか、それで……」
溜息を吐く様に、ハンスは肩を落とす。
何せこのタルハンでも有数の戦力と組むのだから、活躍の場が減ると危惧したのだろう。うん、そうに違いない。
夕方にはドイル達一家も到着し、屋敷の左半分を宿として提供する。
その間、センリさんにはボク達の部屋のそばに引っ越してもらう事になったのだが、これはいい大掃除の機会になったと思ってもらおう。
さらにプラチナさんやカザラさんを始めとしたメンバーを呼び集め、合宿を開く事にした。
庭に、スラちゃん達や障害物を配置して、仮想の街中――まぁ、そんな立派なものではないが――戦場を設定し、試作の水鉄砲で撃ち合いチームワークを確認する。
トントンと壁を蹴って、背後に回り込んで一撃。
やはりボクの機動力は他のメンバーを一段も二段も上回っている。
「まぁ、ボクやセンリさんはともかくとして……鈍ってるね、クラヴィスさん」
「うっせ……ぜぇ、お前が……はぁ……異常過ぎんだよ」
五人ずつ、二チームに別れて模擬戦をやった結果、クラヴィスさんとドイルの鈍り具合が半端なかった。
この一年、命がけのダウンヒルを続けていたハンスは問題ない――というか、現役時代より腕を上げているくらいなのだが、彼等は非常に問題がある。
プラチナさんとカザラさんはさすがの立ち回り。イゴールさんもまぁ、問題はない。
ルディスさんと教頭先生?
最初から戦力外です。というか、経産婦に戦場で期待しちゃいけない。
「これは二人にはブートキャンプが必要ですね」
「ブートキャンプ?」
「体力作りの強化訓練です」
「マジか!?」
絶望の表情を浮かべたドイルに子供からの声援が飛ぶ。
「ぱぱーがんばれー」
「アナタ、頑張ってー!」
「お、おう……!」
二児の父として、無様な姿は見せられない。その意地だけで立ち上がって、銃を構える。
そして、そんな父の姿を……子供達はすでに見ていなかった。
「はい、これ。イゴールさんに作ってもらったクッキーだよー」
「わぁい!」
アリューシャはサニーちゃんにメロメロである。
今もオヤツを餌に、幼女を膝に乗せてご満悦だ。
元々可愛い物が好きな子ではあったけど、すこし……嫉妬するな、これは。
「仕方ない、このやり場の無い怒りは親のドイルに向けるとしよう」
「なんでそうなるんだよ!?」
その後もボクは徹底的にドイルとは反対のチームを維持し、彼をシゴキまくったのだった。
その夜の食事は豪勢だった。
いつもはボクとセンリさんの交代で作っているのだが、今回はなんと人妻が二人もいるのだ。
「自分で料理せずに食べれる幸せ……」
「ユミル、それはなんか、ダメだと思う」
いつもより豪勢な食事が並ぶテーブルで、いつもより賑やかな食事を行う。
そんなとき、不意にボクが漏らした言葉に、センリさんが突っ込みを入れてきた。
「じゃあ、センリさんも手伝いましょうよ?」
「私、料理は苦手なの」
「それでいいのか、生産系」
実はセンリさんも料理はあまり上手くない。むしろボクより下手かもしれない。
というか、バリエーションが異常に少ないのだ、彼女は。
化学系の知識はそれなりにあるのに、料理の知識はかなり少ない。その偏り具合はまるで――
「ひょっとすると、学生だったりするのかな……?」
ふと、そう感じる節が多々存在する。
まぁ、深く追求するのはマナー違反なのだが。