第百十四話 どらごんすれいやー?
かなり澱んだ瞳で、男は答えを返した。
キーヤンと名乗った男は、どう見てもドラゴンを倒した腕利き冒険者には見えない。
だが、転移者はどんな奥の手を隠し持っているのか、判らないのだ。油断はできない。
「アナタはドラゴンスレイヤー、で間違いないですね?」
「あ? ああ、あれね……確かに倒したよ、ドラゴン」
「じゃあ、なぜこの村のドラゴンを倒して――」
「無理なんだよ!」
ボクの詰問を遮って急に激昂し、キーヤンはグラスをテーブルに叩きつけた。
中の酒が飛び散り、テーブルを汚す。
だが彼はそんなことお構い無しに、言葉を紡いだ。
「あの時は運がいいだけだった。切り札もあった。だが今は何もないんだ……もうドラゴンは倒せない」
「なぜです? ドラゴンを倒せば、皮や牙と言う優秀な装備の素材も手に入ったはず。経験値だって大量に入手して、レベルだって上がったでしょう?」
ドラゴンほどの大物となると、その経験値はキングベヒモスに匹敵する。いや、超える。
更に素材を使用して防具を作れば、ブレスなどの耐性だって持てる。
二度目は、前回より遥かに難易度は下がっているはずなのだ。
「お前達……転移者か?」
そこでキーヤンは声を潜めて、ボクに確認を取ってきた。
これを口にするという事は、かなり確信があっての事だろう。
もちろん、ボクもその確信を持たせるために、『経験値』なんて言葉を使っている。
組合証にはレベルは表記されるが、経験値なんて物は表示されないのだ。
「――そうです。あなたと同じ、ね」
「なら教えてやろう。俺がどうやってドラゴンを倒したかを、な」
そう宣言して、キーヤンは三年前の事を語りだした。
マクリームの街にドラゴンが降りてきたのは数年振りの事態だった。
これを受け、市政側は冒険者を招集、百人単位の討伐隊を編成しようとしていた。
だがドラゴンの翼は、そんな動きを軽々と飛び越える。
その時ドラゴンの前に立ちふさがったのが、このキーヤンと言う男だ。
「俺はこの世界に流れ着いたばかりで、右も左も判らない状態だったんだ」
「それはよく判ります。ボクもそうでした」
「突如飛来し、襲いかかってくるドラゴンに、俺は必死で逃げた。逃げ惑った」
「そりゃ逃げるでしょう。ボクだって逃げる」
今なら返り討ちにしてやるけど、心構えも何もない状態で怪獣に襲われたら、そりゃ逃げるよ。
「逃げて逃げて、逃げ疲れた俺は、もはや逃げ切れないと悟って……ようやく反撃する決意を決めたんだ」
「うんうん」
なんだか少し楽しくなってきた。
言うなれば、これは実際に起きた英雄譚。
目の前にいる男がドラゴンを倒した、知恵と力の物語。
面白くないはずがない。現にアリューシャなんかは目を輝かせて聞き入っている。
「教えてやろう、俺がどうやって反撃したのかを……」
そこでキーヤンは言葉を区切り、目を光らせた。
ボク達は知らず、ゴクリと喉を鳴らし、次の言葉を待つ。
「まず――核弾頭を用意します」
「あ、もういいです」
ガックリとうなだれるボク。
そうか、そう言えばこの男がどのゲームから来たか聞いてなかったが……あのゲームか。
緑色の髪のエルフにいきなりチュートリアルハラスメントを受ける、有名なフリーゲームだ。
やろうと思えばなんでもできる、ただしユーザーの斜め上方向にできてしまう、あのゲームだ。
差し出された肉を食ったら人肉食の加護が付いて、村の幼女を喰らって飢えを凌いだりもできる、訳の判らないアレなあれである。
男同士で結婚して子供を作ったり、幼女をペットにしたり、通行人に毒や酒を投げつけ中毒にして強盗したりできるアレだ。
売春だってできる。男同士でも。
「仕方ないだろう! 俺はゲームを始めたばかりだったんだ。ドラゴンなんて相手にできるか!?」
「でも、核弾頭は用意してたんだ?」
核弾頭とは、そのゲームでテロリストと会話すると手に入る、アレな爆弾である。
首都を爆破してくれと依頼されて入手できるのだが、どこで使おうとプレイヤーの自由。
これを嫌がらせしたエルフを殺すのに使用するのが、このゲームの最初の目的とまで言われている。
「なら判るだろ! もう無理なんだよ。核弾頭なんてこの世界じゃ手に入らないし!」
「核核言うな、物騒だな……」
「まぁ、あのゲーム出身なら仕方ないわね。ドラゴンを倒せない理由も判ったわ」
センリさんは溜息を吐いて、現状を把握した。
確かに核弾頭があれば、ドラゴンくらい倒せるだろう。だがそれは一発限りだ。
補充の利かない武器ゆえに、二匹目に対応できない。
今の彼にドラゴンを倒せと言うのは、無茶な話だ。
「ハァ、判りました……なるほど、そういう理由なら確かに……」
こうなったら、彼はまったく期待できない。
「判りました、ドラゴンはボクが何とかしましょう」
ハンスの命が掛かっている以上、ドラゴンはどうにかしないといけない。
そして彼が役に立たないなら、ドラゴン相手に戦えるのはボク達だけである。
「お前……消えるのか」
「うるさい、消えないよ! 勝手に殺すなよ!?」
不吉な事を口走るキーヤンの頭を叩いてから、立ち上がる。
そうと決まれば、ここに長居する意味は無い。
店の入り口で振り返り、キーヤンに宣言しておく。
「戦えないからと言って、酒に溺れるのは感心しません。戻ってくるまでに酒抜いておきなさい!」
さて、これから本格的に、ドラゴン退治だ。
ドラゴンが住み着いたのは村の外れの山の山頂付近。
その麓にハンスが監視に着いている。
山の村側にドラゴンが降りてきた場合、彼が村まで駆け下りて、警告を発するのだ。
そんな生活を、彼は一年も送っている。
途中で足が止まってしまえば、そのままドラゴンの餌になってしまうのに、だ。
明日……いや、今日、今この瞬間にでも、彼の限界は訪れるかもしれない。
それにドイルが子供達を連れてタルハンに訪れるのは、二日後だ。
できるだけ早く、ケリを付けねばならない。
「センリさんとアリューシャは地上でウララ達に乗ってボクを支援して。多分空中戦になるから」
「わかったー」
空を飛ぶドラゴンと戦うのなら、ボクもリンちゃんに乗って空を飛ぶ必要が出るだろう。
そうなると飛行手段のないアリューシャやセンリさんは対抗手段がなくなる。
遠距離攻撃系スキルで地上から支援する事はできるが、主戦力にはなれない。
ならばドラゴン戦は、ボクとドラゴンの空中での一騎打ちになる可能性が高いのだ。
山の中にウララとセイコに乗ったアリューシャとセンリさんが入って行く。
スレイプニール達に乗っていると、魔法やスキルで足が止まる事が無いので助かる。
同時にボクはリンちゃんに乗って、山頂を目指して飛び立った。
これは意図的に目立つ行動を取っているのだ。
ドラゴンを釣りだすため
ドラゴンは習性上、縄張り意識が強い。
群れる事はほとんど無く、卵を孵す時に限り親子が群れる程度だ。
リンちゃんが縄張りに入り込めば、野生のドラゴンとしては見逃せないはず。
山頂付近をしばらく旋回してると、どこからともなくドラゴンが一匹こちらに上がってきた。
大きさは十メートルを遥かに超える成竜。
小柄なインファントのリンちゃんとは、迫力が違う。
濃い緑色の鱗がオーソドックスな印象を受ける。
上がってきたドラゴンを見て、ボクは意図的に高度を落として行く。
これはアリューシャの魔法範囲内に入っておくためでもある。
「グルルルルルルルル……!!」
腹に響く重低音の威嚇。
こちらが地上付近に誘い込んでいるのを悟られない様に、リンちゃんも威嚇を発しておく。
相手のドラゴンはこちらを逃がすまいと、さらに下へと回りこんだ。
そこは山頂のすぐ近くでもあった。ここなら地上からでも魔法が届く。
空中戦の定番として、まずは牽制のブレス合戦。
ボクはありったけの魔力をリンちゃんに注いで行く。
クロード相手に撃った手加減版ではなく、最大の魔力を込めた全力全開である。
リンちゃんの周囲に魔法陣が輝き、内包魔力が限界を超えて高まって行く。
「ゴアアアァァァァァァ!」
ドラゴンがこちらに向かって胸を膨らませ、ブレスを放ってくる。
そのブレスを迎え撃つように、こちらもリンちゃんにブレスを放たせる。
「放て――【ドラゴンブレス】!」
「ガアアアアァァァァァァァ!」
込めた魔力をブレスに乗せて、正面から撃ち返す。
リンちゃんのブレスは魔力を帯びて青白い閃光を纏いながら、ドラゴンのブレスを飲み込み、敵影に殺到して行く。
ゴッ、と空間そのものが揺れ、ドラゴンを飲み込んだブレスはそのまま山頂部分を消し飛ばし、大地に突き刺さる。
そのまま災害レベルの地震を引き起こし、山の反対側にクレーターを作り上げた。
ドラゴンは――居ない。
「……………………あれぇ?」
跡形もなく蒸発したドラゴンのいた空間を見て、ボクは間抜けな声を上げたのだった。
「ちょっと、私達の出番は?」
「ユミルお姉ちゃん、ひどーい」
「いや、その……まさか、最強種族が蒸発するなんて、ね?」
今になって気付いたのだが、この【ドラゴンブレス】と言うスキル……火属性の魔法ダメージを与えるのだが、魔導騎士は基本魔力が低い。
そこを考慮したのか、ダメージの算出式はキャラクターの魔力ではなく、最大HPがダメージの基準値となるのだ。
そしてボクのレベルは、レベル製MMOであるミッドガルズ・オンラインのレベルキャップである二百を大きく超えて、三百レベルになっている。
更にレベルアップに応じて生命力も少し伸ばしている。
その結果、最大HPもそれに応じて大きく伸び、なんと十万を超えているのだ。
通常の魔導騎士だと、五万から七万程度しかないのに。
このHPでブレスを放てば、そりゃ大惨事にもなろう。
「このスキルは使いどころを考えないと、本当に危ないね」
「前に迷宮で放ったときは手加減してたのね……」
「当然です。それにあの時はHP強化装備を付けてませんでしたから」
あの時は戦闘を行う気がなかったので、私服姿だった。
今は、ドラゴンと戦うとあって、HPを強化する装備をてんこ盛りで装備してたのだ。
最大HPがおよそ二割は伸びている。
たった二割、されど二割。
その結果が、あのクレーターである。
「と、とにかくこれでドラゴンは倒しました! 安心して村に報告に行きましょう」
「村を出て、まだ一時間かそこらしか経ってないのに……信じてもらえるかしら?」
「そういや、死骸も残りませんでしたね」
倒した証拠まで消してしまったのだ。
緑色のドラゴンか……黒いドラゴンのリンちゃんの鱗では誤魔化せないな。
「ま、まぁ……戦闘の痕跡は色々残ってますし、リンちゃんを連れて行けば、何とか説得力を出せる……かな?」
「どうだろ? あの村長親子の性格からすると、認めそうにない気がするけど……」
「考えて見れば、別に認められる必要なんて無いんですよね。ハンスの安全さえ確保されれば良い訳ですし」
ぶっちゃけドラゴンを倒さず、ハンスを拉致しても問題は無いのだ。
ボクはこの村には何の義理も無いのだから。
「でも倒したって確証が無いと、ハンスを連れ出すのに反対しそうなのよねぇ」
「それは大丈夫ですよ。言質は取ってます」
「いつ?」
「息子が言ってましたよ。『コイツはよそ者なんだから』って」
よそ者なのだから、村から出ても問題ないじゃないか。
それを引きとめる権利は村長達には無いと言うことだ。
後はハンスをタルハンに連れ出し、祭に参加させればミッションコンプリートである。
キーヤン、実は初期アイデアではカタツムリピアニストでした。