第百十二話 スカウトの旅
「やあ、ユミルさんじゃないですか、いらっしゃい。歓迎しますよ、盛大にな!」
「パパー、抱っこー」
少し離れたドイルの故郷と言う場所を訪れたボク達。
そこで目にしたのは、十八歳に成長し、すっかり『男』になってしまったドイルと、彼の膝によじ登る二歳くらいの幼女の姿だった。
後ろには彼より少し年下の女性の姿も見える。
その腕には、産まれたばかりの赤ん坊の姿もあった。
「おい……キサマ……」
「ん、なんです? すみませんね、騒々しくって。ほら、サニーもおとなしくして」
その『自分は今幸せです』とこれ以上無いくらい主張する光景に、ボクはキレた。
「キサマー! リア充爆発しろ! むしろさせる、今させる!?」
「うわぁ、なんです急に!?」
子供を押しのけ、胸倉を掴んで押し倒す。
そのままがっくんがっくん首を揺すってやった。
「ローザなんかこの三年、絶望的な戦いを続けているのに、引退したキサマがゴールインとか恥を知れぇぇぇ!」
「え、ローザが危ないんですか!?」
「彼女は今、勝ち目の無い闘いに身を投じているんだ――それなのに、キサマと来たら!」
「それで、ボクのところに……判りました。ルナ、僕の剣を――」
「あなた……旧友の危機とあれば、引き止めはしないわ。でも必ず生きて帰ってきて」
「もちろんさ、愛する妻を置いて死んだりしない」
「うざ、今殺してやる――」
そこでスパンと衝撃が走る。
思わず拳を握り締めたボクの後頭部を、センリさんが叩いたのだ。
「まったく、落ち着きなさい。ごめんなさいね。この子は昔から幸せな二人を見ると暴走するクセがあるの」
「まぁ!」
『幸せな二人』という言葉に、ハートマークが飛びそうなくらい、頬を染めて声を上げる奥さん――ルナさんだっけ?
「まぁ、絶望的なのは確かなのよね……私もルイザに勝てる気がしないもの」
「え、ルイザさん――? ああ、そういう……」
センリさんのボヤキに、ようやくボクの言いたい事を察するドイル。
このニブチンめ。
「ゴホン、取り乱して失礼……今日はドイル君をお祭に誘いに来たのですよ」
「お祭に?」
腰の上に馬乗りになったまま、ボクは来訪の理由を説明し始めた。
サニーと呼ばれた幼女がなんだかボクの背中によじ登ってきているけど、ここは無視だ。
後、アリューシャ。
その獲物を狙うような目で幼女を見るのはやめなさい。
まったく、誰に似たのやら……
「ええ、今度タルハンで大きなお祭を開催するのは知ってます?」
「話だけは届いてますよ。街全体を巻き込んでの、まったく新しい祭だとか」
「それです。ボクはこのたび、それに参加する事になったんです!」
押し倒したまま、腰の上でドスドスと跳ねて自己主張する。
なんだか奥さんの視線がきつくなって来たかもしれない。
「今回はその話で? ああ、とにかくその……どいてくれませんか?」
「ん? ああ。そうですね、この体勢はお願いする体勢ではありませんでした」
ボクの方までよじ登ってきたサニーちゃんをアリューシャがヒョイと取り上げ、そのままふにふにプニプニしはじめた。
まぁ、静かだからいいけど。
「水鉄砲と言う玩具で、撃ち合うゲームをやるんだけど、メンバーが足りないんだよね」
「それでボクを?」
「そうそう、ほらこれは戦闘じゃないから、ドイルだって参加できるかなぁって」
「ふむ……」
そこでドイルは考える素振りを見せた。
彼にとって、戦えないと言う事はトラウマであると同時に、重要な問題でもあるはずなのだ。
特に護るべき者ができた今、彼は『護る力』を必要としているはず……!
「残念だけど、ローザやカイン達とは一緒のチームにはなれない。でも、それでもよければ参加して欲しいんだ」
「それは……確かにリハビリにはいいかも知れませんね」
ゲームとは言え、『対戦』をする事には意味があるはずだ。
例えそれで治らなくても、戦う意思を持って対峙する事に意味がある。
彼もそこに考えを到らせ、深く黙考する。
「……話は判りました。でも妻や娘がいますし――」
「ならば、彼女達も街に連れてきなさい。宿が無いなら私達の屋敷に泊まらせればいいわ」
そこで口を挟んできたセンリさん。
それをやって一番困るのはアナタじゃないの?
「いいんですか? センリさんの部屋、ちょっと人目に見せるのも憚られる状態では……」
「そ、そこまで酷くないわよ……多分」
露骨に脂汗を流しながら、視線を彷徨わせてたら説得力も何も無い。
まぁ、ここは整理整頓を学ぶ機会と思ってもらおう。
「そうね、いざとなったらアリューシャちゃんの倉庫に……」
「アリューシャの中にゴミ突っ込まないでくださいね?」
「アリューシャちゃんの中暖かいナリィ」
「ムッコロス!」
センリさんに飛び掛ったボクの姿を見て、ドイル君が笑い声を上げた。
「懐かしいですね、そんなやり取り。判りました、参加させてもらいます。でも、『例の癖』が出ちゃった時は、勘弁してくださいね」
「すでに充分以上に戦力は集めてますから、大丈夫ですよ!」
「というか、ユミル一人でも充分だと思うけどね。この子、さらに化け物化してるわよ?」
「当人を前に悪口を言う口はこれですか?」
指をセンリさんの口に突っ込み、左右に引っ張って変な顔にしてやる。
生暖かい口に指を突っ込んだとき、その感触にちょっとドキッとしてしまった。
まずい、ちょっと気持ちよかったかも。
「まふぁ、ほういふほふぉで、ひょほひふふぉねふぁいふふふぁ」
「判りません、指離すからもう一度」
「まあ、そういう事でよろしくお願いするわって言ったのよ。もう、顔の筋肉が伸びたらどうしてくれるのよ」
「判りました、では一週間後にタルハンで」
そう挨拶を交わし、ドイルの家を出ようとする。
「あの……」
そこで、ボク達はルナさんに呼び止められた。
「ん、まだなにか?」
「サニーを返してください」
「……アリューシャ」
彼女はしっかりと、サニーちゃんを抱えたままだったのだ。
次のハンスのいる村までリンちゃんを飛ばしながら、移動する。
なお、アリューシャはウララに、センリさんはセイコに乗っている。
ボク達は全員、インベントリーを持っているので、荷物は最小限の武装のみだ。
「はぁー、赤ちゃんとか可愛いよねー」
「そーだね、でも持って帰っちゃダメだよ」
「ユミルお姉ちゃん、早く妹産んで?」
「無茶言うな!?」
最近のアリューシャは、姉妹を欲しがってボクを困らせる。
友達は凄く増えてるみたいだけど、やはり家族がボク等だけでは寂しいのかな?
「そうだね、アリューシャが男の子だったら、アリューシャの子を産んでもよかったかもねー」
そんな雰囲気を察したので、冗談交じりで、無茶な事を口走って見た。
すると――
「ほんと!?」
「えっ、なにその食いつき? ひょっとして性別変えれたりするの?」
「え、そんなのできないよ? センリお姉ちゃん、男の子になるお薬作って?」
「それこそ無茶言うな!?」
そこでセンリさんはふと悪い笑みを浮かべた。
「でもユミルにセクハラできるなら、ありかも知れないわね。ふっふっふ……」
「ふっふっふー」
「うわ、今背筋にぞっと来た。マジで怖いからやめて?」
センリさんは冗談と判るけど、アリューシャはちょっとばかり身の危険を感じた。
冗談が通用しない年頃なんだから、軽率な発言だったかもしれない。
「それよりハンスですよ、ハンス!」
「そうね、ドイル君は予想外だったし、彼もそういう変化を覚悟しておかないとね。まさか結婚してたとは思わなかったわ……なんだか負けた気分」
「いや、そうではなく」
ドイルは確かに予想外だったが、それはいい方向の予想外で助かった。
もし悪い方向……例えば悪化してたりとか、酷い状況に陥ってたりする場合の事も、考えて置かないといけないかもしれない。
「まぁ、引退した以上はボク達とは無関係だから、見捨てる選択肢もあるんだけどさ」
「でもそれは、気分的によろしくない、と?」
「そーですねー」
ボクはハッピーエンドが大好きなのだ。
そんな事を考えながら、スレイプニールとドラゴンインファントを軽快に飛ばす。
そして彼等が全力で駆ける事、四時間。
キルマール王国北部、国境に近い寒村に到着したのだった。
ここがハンスの故郷である。
村の中で聞き込みを行った結果、彼の住居は山の中にある炭焼き小屋だそうだ。
山と言っても、村からそう離れた場所ではない。
ほんの数時間で到着出来る距離。
なのに村人達は、その山に案内するのを頑なに拒んでいた。
「なんででしょうね?」
「さぁ? とにかく行ってみましょう」
街の近くの山だけあって、猛獣などはすでに駆除済みらしい。
もちろん居ない訳では無いのだが、街道と同程度の危険度しかないそうだ。
なのでボク達はざくざく山道を猛進する。
まぁ、猛獣が出たとしても、魔導騎士に復帰したボクにとって、敵では無い。
なにせHPがすでに十万を超えているのだ。
さすが限界超越、三百レベル。非常識にもほどがある。
山道は鬱蒼と草木が茂っていて見通しはあまりよくない。
だが定期的にハンスが通るせいか、道はしっかりと踏み固められていて、歩きにくくは無い。
山の中は空気も澄んでいて、緑が目に優しい。
用事が無いなら、まるでトレッキング気分が味わえたかもしれない。というか、ボクとアリューシャはすでにそんな気分だ。
「あー、気持ちいい山だね」
「空気がおいしーね」
「タルハンは、やっぱり人が多いからねぇ。こう言う自然とはまた一味違う」
「……アンタ達、寛ぎすぎでしょ」
センリさんはライフルを構えて、そう口にする。
この山の中でもっとも活躍できるのは、中距離で大火力を発揮できる彼女だ。
故に、センリさんは最前線で警戒に当たっている。
間にアリューシャを挟み、ボクが最後尾でバックアタックに備えている。
蛇とかは、二番手の人に襲いかかりやすいと言う都市伝説もあるけど……まぁ、彼女ならば自力で解毒すらこなせる訳で、何の問題も無い。
一時間ほど、山道を楽しんだ頃だろうか。
ようやくハンスの住む炭焼き小屋が見えてきたのだった。
山の斜面の落ち着いた部分を切り拓き、そこに大きめの小屋が建っている。
山小屋と行っても、初期にボク等が作ったような掘っ立て小屋ではなく、きちんと丸太を組み合わせたロッジのような構造の結構大きなものだった。
本宅から少し離れた所には炭焼き用の釜と資材置き場が設置されていた。
平時はここで炭を焼いているのだろう。だが今は釜に火は入っていない。
入り口にはカウベルを吊るしたような呼び鈴が仕掛けられていて、それを鳴らす事で中の人に知らせる仕組みなのだろう。
裏には井戸も設置されていて、水の供給も行き届いている。
「ボク等がいた草原より、よっぽど行き届いてるね」
「ねー」
アリューシャは目を離すと、野草を摘みに走って行きそうなので、しっかりとその襟首を確保しておく。
最近忘れ気味だけど、彼女は見かけによらず、野生児なのだ。
ベルを鳴らして、ハンスさんを呼び出してみる。
反応が無いので、大声を上げて呼んで見て、ようやく中で何かが動く反応があった。
「ハンスさーん、いますかー? ユミルでーっす」
「アリューシャでーっす」
「え、これ私も続く流れ?」
「いや、いいですから」
そしてしばらくして扉が開き……中からなんとクマが現れたのだった!