第百十一話 八人目の参加者
目の前には三年前に街を出たルディスさんとクラヴィスさんがいた。
結婚引退して、故郷の村に戻ると言ってたのに、どうしてここに居るんだ?
「お久しぶりです、ルディスさん。おまけでクラヴィスさんも」
「俺はオマケ扱いかよ!」
「はじめまして、ユミルの同居人のセンリよ」
「ルディスです、よろしく。あなたが噂の『爆炎の女王』? 意外とお若いのね」
センリさんとルディスさんは握手を交わしながら挨拶している。
そう言えば、この二人って初対面か。
大氾濫の時はすれ違いだったんだな。
「ユミルは相変わらずで安心したわ。そしてアリューシャちゃんってば、大きくなって!」
「えへへー、ルディスお姉ちゃんは全然変わって無いねー」
アリューシャはすっかりお世辞が上手くなってる。
どう見ても、変わってない訳がないだろう……その胸に抱いた小型生物は一体なんだ!
「ところでその子はどこから拉致って来たんです?」
「俺の子だよ! なんで拉致って来る必要があるんだよ!?」
「今年の春産まれたの。ルヴィアって言うのよ」
「で、誰の子です? まさかクラヴィスさんとか言わないですよね?」
やや現実逃避気味に、そんな事を口走る。
あのお嬢様然としていたルディスさんが……子供?
つまりできるような事をやっていたと?
それも、無神経を絵に書いたようなクラヴィスさんと?
「俺の子だって言ってるだろう。からかってるだろ、お前」
「ちょっと、元になった行為を想像できなくて、つい」
「も、元の行為って……!」
ルディスさんは顔を赤く染めて、体をくねらせる。
その時の事でも、妄想しているのだろう。
「ああ、あの純粋だったルディスさんがすっかり染められてしまって……」
「任せろ、そういうのは得意だ」
「アリューシャの手前、下ネタかましたら即蹂躙しますからね?」
「……俺、そろそろ村に帰る」
クルリと背を向けたクラヴィスさんをすかさず捕縛し、力尽くで席に座らせる。
ルディスさんもアリューシャの隣に腰を降ろし、給仕の娘に手際よく注文を出していた。
あ、なんとなくお母さんっぽい仕草になってる。
「赤ちゃん、かわいいね!」
「よく眠ってるから、優しく触ってあげてね」
アリューシャは赤ちゃんに興味深々だ。
ふにふにとほっぺをつついて、感触を楽しんでいる。
それにしてもこの赤ん坊、これだけの騒ぎなのにまったく動じず眠り続けている。
意外と大物が産まれたのかもしれないな。
「それで、どうしてこの街に?」
「そりゃお前、この街で新しい祭を今年から催すってんだぞ? 見物に来ない訳には行かないだろう」
「子供産まれたばかりじゃないですか。ルディスさんに負担になったらどうするんです」
彼女は、春先に産まれたといっていたから。子供を産んで半年くらいしかたっていない。
産後の肥立ちという言葉があるように、出産後は大きく体力を減らしていたはずなのだ。
「いやそれがな。コイツ意外と安産型で、ポコッとあっさりとね」
「卵を産むみたいに言わないでよ。まぁ、世間で思われてたよりも楽だったのよ。それに多少の出血とか魔法で治しちゃうし」
「自力ヒールすげーッスね」
でも、元冒険者の彼女達が参加してくれるのは、非常に助かる。
こっそり参加を決めていたアーヴィンさんへの意趣返しにも持って来いだし。
「でも試合に出るって事は、その間子供の世話はどうするんです?」
「あら、この街は私の実家があるのよ? そこでお母様――いえ、お婆ちゃんに預けておくとするわ」
なるほど、家族がいるなら安心して子供を任せることが出来るって訳だ。
「それに久しぶりに大暴れできるし!」
「その……こいつ、家事とか出産でストレス溜めちまってな」
「あー……」
主婦の苦悩と言う奴ですな。
というか、クラヴィスさんは家事とか出来なさそうだし、大きなお腹抱えて家事仕事とか、そりゃストレスも溜まろうって物だ。
「この水鉄砲、面白いわよね。この人が言う事聞かない時とか、これで撃ってあげてるのよ?」
「――それはやめてあげてください」
ストレス発散に嫁から水鉄砲撃たれるとか、少しだけ可哀想になってきた。
「そんな訳で、ここらで爆発させといてやろうと思って」
「まぁ、そういう事情なら喜んで。でもボク達も優勝狙ってますから、トレーニングは厳しいですよ?」
「衰えてないところを見せてあげますわ」
あ、懐かしい『ですわ』口調だ。
そういえば彼女、今まで普通の口調に直してたな。
「ユミルお姉ちゃん、赤ちゃん可愛いね」
「うん、でもそろそろふにふにはやめてあげて?」
「ねね、ユミルお姉ちゃん! わたしも妹欲しい!」
「ぶふっ!?」
そう言うのはお母さんに言ってあげて!
というか、アリューシャにお母さんいないのか!?
じゃあ誰が産むんだ? ボクか? ボクなのか!?
「よし、種付けるのは任せ――へぶっ!」
「あなたもバカな事言わない」
アリューシャの爆弾発言に乗ってきたクラヴィスさんを、ルディスさんが一撃で黙らせた。
凄い、あの一撃――まったく『戦意』無く飛んできたぞ?
あんなのが予備動作無しで飛んで来たら、ボクだって避けれるかどうか……
それくらい、『ツッコミ』が生活に浸透しているのだろうけど。
「あ、でもボクはまだ子供とか産めないし……」
「えー」
とりあえずはアリューシャへのフォローが先決。
ここはがっかりさせないようにしつつ、未来への希望を持たせる方向に誘導しないと。
センリさん、さっきから黙って見てると思ったら、なんですか、そのニヤニヤは?
「大丈夫よ、ユミルちゃんは……いえ、もうユミルさんかしらね。少し幼い印象だけど、もう十八でしょ? 充分準備は出来てると思うわよ」
「あー、いや……身体の方の話じゃなくて心というか……」
というか、身体の方だって準備はまだだ。
ボク達転移者は成長が止まっている。
実を言うとセンリさんだって、生理がこないらしい。
この『安定した身体』で、妊娠できるかどうかなんて不明だし、そういうのに挑戦する意識もない。
元男だぞ、ボクは!
「というか今はアリューシャの問題ですっ! いい、アリューシャ? 赤ちゃんと言うのは愛し合う二人の結晶だからして、その相手がいないと出来ないものなの」
「わたし、ユミルお姉ちゃん大好きー!」
「うん、ボクも大好きー」
ひし、と隣に座っていたアリューシャを抱き締めるが問題はそこじゃない。
「じゃあ、ユミルお姉ちゃん、わたしの赤ちゃん産んでね!」
「え、そうなるの!?」
いや、ボクもアリューシャの子供だったら産むのはやぶさかじゃ……じゃなくて!
「その話は帰ってからしようね。こんなところで性教育なんてしたくないし」
「ま、それが無難かしらね」
「ニヤニヤ笑ってたくせに……罰としてアリューシャの性教育はセンリさんがする事」
「えっ、ちょっとそれはないんじゃない?」
というか、ボクには女子用の知識なんて無いのだ。
なんだかんだと言い訳して、彼女に押し付けるしかない。
「そもそもアリューシャちゃん。女の子同士じゃ子供は作れ無いのよ」
「えー、そうなの?」
「そうなの。これほど非生産的な事は無いわ。そう……非生産的。この言葉ほど、私が嫌悪する言葉は無いわ――!」
「センリお姉ちゃん、ちょっと怖い」
まぁ、製造職のセンリさんが『非生産』と言う言葉に拒否感を示すのは、道理かも知れない。
けどそれは、屋敷に帰ってからやってもらおう。
「ま、まぁ、話は逸れましたが、お二人が協力してくれるのはとても嬉しいです。大歓迎」
「じゃ、参加決定ね」
「大会まで一緒に訓練とかしたいですけど、時間は大丈夫なんですか?」
「子供の世話ならお婆ちゃんに押し付けちゃうから!」
老体を扱き使うな……と言いたいけど、孫の世話をするのなら、喜んでるかもしれないな。
それに彼女の母親ならば、年だってまだ五十に届いているかどうかだろう。
こうして八人目のメンバーが確保できたのだった。
ルディスさん達の参加で、一つ思い付いた事がある。
それは引退冒険者を引き入れることだ。
幸い、ボクには後二人、引退した冒険者に心当たりがあった。
若くして引退したドイルとハンス。
彼等ならば今回の祭に参加してくれるかもしれない。
そもそも祭の内容は、『水鉄砲を撃ち合う』事で、戦闘じゃない。
戦闘恐怖症に陥った彼等でも、充分行える範囲かも知れ無いのだ。
そしてそれが上手く行けば、彼等のトラウマ克服に一役買えるかもしれない。
彼等のように戦闘でのトラウマが元で引退する冒険者は、実は多い。
怪我などは治癒魔法でほとんど治せてしまうのだが、心の傷はそうは行かない。
むしろ部位欠損すら修復で来てしまうこの世界では、トラウマによる引退が実力不足による引退に次いで多いのだ。
戦闘の恐怖、殺意を叩きつけられる経験、心と体が萎縮する感覚。
あればかりは魔法でどうにかできるものではない。
だが、祭の高揚感の中、遊び感覚で水を撃ち合う模擬戦ならば、どうだろう?
ひょっとしたら、もう一度冒険者の道に戻ってこれるかも知れ無いのだ。
ならば一肌脱ぐだけの価値はある。
ローザとカインの二人は、まだ彼等を待ち望んでいる節がある。
最初の仲間達と言うのは、それだけ思い入れの激しいものなのだ。
それはボクにも覚えがある。
もちろんこちらの世界で、アリューシャと共に戦ったからと言うのもあるが……初めてMMOをやった時に、一緒に冒険した仲間は今でも記憶に残っている。
見知らぬ世界を右往左往して、効率など無視して新しい敵を、新しいマップを散策して回った経験。
道に迷い、バラバラになったのを必死で合流しようとした経験。
そして、唐突に出会ってしまったボスに、成す術も無く蹂躙されてしまった経験。
強くなったら強くなったで、無駄な『縛り』を設けて、冒険に出た経験もある。
今だったら、とても認められないような、非効率的な日々。
一人だったら、きっと味気なかっただろう。
だけど、みんなと一緒に遊んだから、無駄を積み重ねたから、ボクはミッドガルズ・オンラインにハマる事ができた。
少なくとも、そのきっかけにはなった。
彼等はすでに引退して、今はどこにいるのかも判らないが、それでもボクの記憶には残っているのだ。
彼等ともう一度冒険出来るなら、それはきっと楽しい事なのかも知れない。
そんな夢を、未だに捨てる事はできない。
だから、これと似たような思いをあの二人が持っているのだとしたら……そして、それを可能にする確率が僅かでもあるのなら、やってみたい。
この祭が、彼等が冒険者に戻るきっかけになれば、嬉しい。
心からボクはそう思ったのだ。
祭まで一週間。
まだまだ余裕はある。
ボクはヤージュさんに古い情報を当たってもらい、ドイルとハンスの故郷を調べて貰った。
そして、ボクはセンリさんとアリューシャを連れて、彼等の村を訪れる事にしたのだ。