第百九話 お祭が始まる
とりあえずアリューシャの前で、ニートの汚名を着る事態は免れた。
問題なのはこれを短期で終わらせない事だ。
継続的に何らかの商売をやる必要がある。
ボクの適性で言うなら、もちろん冒険者が圧倒的に楽で確実な訳だが、本気を出すとレグルさんの迷宮を盛大に荒らしまくる事になってしまう。
この街の主な収入源を引っ掻き回すのは、ボクも本意ではない。
「って訳で、適当に冷やかしてもいいんだけど……」
「適当な冷やかしで他の冒険者の限界をあっさり飛び越えないでください」
なんかいい仕事ないかエミリーさんに相談しに来たら、理不尽に怒られてしまった。
ふと背後を振り返ると、数人の冒険者が手を床について落ち込んでいる。
「俺達必死に頑張って七層まで行ったのに……」
「よせ、相手は烈風姫だ。考えるだけ無駄だ」
「理不尽すぎる、引退しようかな……」
どんよりとした表情で、そんな事言ってたりする。
不味い、なんだかプライドをへし折ったみたいだ。
「まぁ、ボクなんてここの三層までしか行ってないんですけどね」
「それ、この間の仕事でしょう? 本格的に潜って見ようとか思わないんですか?」
「この街に来てしばらくしてから、アリューシャと潜った事があるよ」
確か、三年弱くらい前かな?
海賊事件の後、転職と銃火器のテストを兼ねて、ここの迷宮と、草原の迷宮を攻めまくってたのだ。
ここの迷宮は少し温かったので、結局アリューシャの転移魔法で草原の迷宮ばかりに潜っていたけど。
現在、草原の迷宮における、ボクの最大深度は十一層。
SF的な雰囲気のあるエリアで、アラクネガードやゴーレムナイトという機械的なモンスターが沸いていたエリアだ。
六層ごとにボスがいるのだとすれば、この下には二体目のボスが待っている事になる。
そこに挑戦するには、少し戸惑いがあるという事で、この階層で足踏みしている。
ちなみに七層、八層はゴーレムエリア、九層は火山、十層は雪山エリアだった。
暑さと寒さのダブルパンチで、歩いているだけで疲労してしまった。
「だけど、あそこのアラクネガードと十層のアイスゴーレムはそれなりに経験が美味しいんだよね」
「普通、それソロで倒せるような相手じゃないからね……」
アラクネガードは下半身が蜘蛛のようになったゴーレムで、熱光線と粘着弾を打ってくる難敵だ。
アイスゴーレムは前にも述べた事があると思うが、タフで硬くて純粋に強い。
しかも凍結魔法を撃ってくる。
どちらも嫌らしいタイプだが、ボクの力と剣ならば、倒すのにそう時間は掛からない。
金銭的には美味しい敵ではないが、とにかく経験値効率が高いのはゲーム通りだった。
おかげでボク達はあっという間にレベルを伸ばし、ボクは今や三百の大台に届いている。
アリューシャとセンリさんも二百になり、その戦闘力はボクでも侮れないレベルだ。
「あ、そういえばカフェのランデルさんが、またユミルに給仕やって欲しいって」
「お断りです」
キッパリと断る。
あそこの服はとても可愛らしいデザインが多いのだが、それは見て楽しむものであって自分が着るのはちょっと違う。
普通の女の子なら着て楽しめるんだろうけど……いや、ボクも少し楽しみかもしれないけど。
「客商売は向いてないんですよねぇ」
「容赦ないですからね。でもこのデッサン画を見ても、同じ事が言えますかね……」
くふふ、とイヤラシイ笑みを浮かべて、エミリーさんが一枚の絵を差し出してくる。
そこに書かれたデッサンを見て、ボクは絶句した。
「こ、これは……!?」
「今回の追加報酬だそうですよ。受けます?」
「くっ、ぐぬぬぅ……」
悩む。このデザインが本当ならば、ボクは是が非でも手に入れたい。
だが、しかし……こんな事で初志を曲げるようなボクじゃ――
「やりましょう」
可愛いには勝て無かったよ。あへぇ。
こんな経緯で、ボクは再びウェイトレスをする事になったのだ。
初めてこの店で給仕をしてから四年になるかな。
その間に、ここの衣装はすさまじくバリエーション豊富になっている。
ランデルさん、おとなしく飲食業を辞めて針子になって家業を継いだ方が、儲かるんじゃ無いだろうか……?
ボクは今、ゆったりした柔らかいブラウスに身を包んでいる。
腕はアームバンドを付けて、肩口をふっくらと、それでいてびしっと張った手首まででのラインはその細さを強調している。
短めのフレアスカートは、コルセットと一体になったハイウェストスカートでシックな感じがする。
それにローファーとオーバーニーソックスを合わせるのは、なんと言うか……この世界の人間か、お前? ってくらい現代的なセンスだ。
スカートが短いので見えそうなのを憂慮したら、見えてもいい様にスコートまで用意してくれていたのは、どうだろう……
肌の露出は意外と少ないのに、体のラインはしっかりと出す。そんな衣装だ。
他にも胸の大きい人用に、ロング丈の正統派メイド服を用意するとか、この世界の人間からかけ離れたセンスは健在である。
だぼっとしたメイド服なのに、胸の辺りだけはしっかりとラインを強調している。いわゆる乳袋だ。
ランデルさん、そろそろ自重しようよ。
だがそんな給仕達の仲でも、客から一番人気なのは……
「アリューシャちゃん、こっちにコーヒーのお代わり持ってきてぇ」
「はぁい」
ハートマークが付きそうなくらい、蕩けた声でお代わりを要求している女性客。
それもそのはずで、現在のアリューシャの格好と言うと――
かいじゅう、である。
緑色のウール素材で全身を覆い、頭部にぬいぐるみで、ドラゴンをデフォルメしたかぶり物を付け、でろんとした尻尾が床に引き摺られている。
手足の丈は短く、それが動きを制限するのか、チョコチョコとした動きで店内を駆け回っていた。
その様子が正にヨチヨチ歩きで、これが女性客のみならず男性客のハートも射抜いてしまったのだ。
すでに捕獲されて抱き締められること数え切れず。
お持ち帰り事案すら三件発生している。
ちなみに内二件はボクだ。
残り一件はなぜか居座っているエミリーさんである。
そう、追加報酬はあの怪獣の着ぐるみなのだ。
あれならアリューシャの寝巻きにいいだろうと言う事で、ランデルさんが組合経由で持ち込んでくれたのだ。
あの姿を妄想して、この依頼を断るなんて真似は、ボクにはできない。
「はふぅ」
「ああ、ユミルお姉ちゃんがサボってるー」
「違うよ、アリューシャに見蕩れてたの」
「むぅ、そんな事言ってもダメ!」
ああ、怪獣が腰に手を当てて怒ってる。
「ランデルさん、これ持ち帰っていいですか?」
「だから仕事が終わったら差し上げますって」
厨房の奥で調理しているマスターに声を掛けると、呆れたような抑揚が返ってきた。
このやり取りも何回目だろう。早くお持ち帰りしたい!
「そう言えばユミルさん、知ってます?」
「なにをです?」
厨房のそばで椅子に座ってアリューシャを抱いていると、ランデルさんが話しかけてきた。
彼は仕事に対しては真面目なので、自分から雑談を話しかけると言う事がほとんど無いのに。
趣味には全力で走っているけど。
「今度、街でお祭りがあるそうですよ」
「お祭り? それなら今までも何度かありましたよね?」
怪獣アリューシャを抱きかかえたまま、かくんと首を傾げる。
その瞬間何人かの男性客が鼻を押さえてうつむいた。
アリューシャの可愛さにでも当てられたのだろう。
「それが最近できた商会が主催の、新しいお祭りだそうです。街全体を巻き込んだ騒動だそうで」
「へぇ……って、最近できた商会って言うとボリスさん所の?」
「ええ、ご存知でしたか。ではそこの主力商品の水鉄砲は知ってます?」
「もちろん。ボクとセンリさんが開発に手を出してますから」
「はは、さすがに手広いですね」
ボリスさん主催のお祭りか。しかも水鉄砲を使う?
「何チームか登録して、街全体を戦場にして色を付けた水を撃ち合うんだそうですよ」
「ぶ、サバゲーじゃないですか!」
「サバゲー?」
「い、いや、なんでも……」
なんでも街の南地区全てを戦場とした、サバイバルゲームを開催するらしい。
もちろん全てと行っても屋外だけで、屋内は進入禁止となっている。
水鉄砲はタルハンの名産なので、競技用の物はあまり普及していない。
それを持っていない人には、組合と商会から一般的な競技用水鉄砲がレンタルされるらしい。
これはボリスさんを主軸に、キースさんとアコさんが共催し、支援している。
この話を持ち込まれたヤージュさんは、むしろ乗り気になって大賛成。
組合も冒険者のチームを引っ張り出し、街中の他組合との交渉にも協力してくれたそうだ。
ルールは五人パーティを二つから三つで組ませ、これを一チームとして登録する。
この中でリーダーを決め、リーダーが被弾したら負け。
制限時間も一つの対戦で一時間と決められ、引き分けた場合は両方敗退となる。
つまり、負けたくなければ敵を探し、交戦状態に持ち込み勝利せねばならない。
隠れてやり過ごすのは、そのまま敗退に繋がるのだ。
「で、ゾンビ対策はどうするんです?」
「ゾンビ?」
「えと、被弾しても当たってないと主張して交戦を続けるプレイヤーの事です」
「なるほど、死んでるのに動くからゾンビですか。その点は組合が斥候を出して監視と監督を行うらしいよ。他にも投影の魔道具を利用して一般の人にも見てもらうとか?」
「ストリートビューイングまで完備なんですね……」
「なにそれ?」
「いえ、なにも」
噂では、現在参加を申し出ているのは組合が三チーム、貴族連盟が一チーム、外からの来賓がニチームあるらしい。
「それと、ボク達商業組合から一チームで、計七チームかな?」
「後、一つチームあれば、丁度対戦が埋まりますね」
八チームなら、緒戦から決勝まで、全チームで七度の対戦が発生する。
時間にして七時間。もちろん全ての時間を使いきる訳では無いので、もう少し短いだろうけど、一日を楽しませるには充分な時間だ。
「他にも学院の生徒を動員した子供の部もあるらしいよ」
「へぇ、そうなの?」
ボクは膝の上のアリューシャに確認を取って見ると、ほっぺがぷっくり膨らんでいた。
「もー、いきなり出場して驚かせようと思ったのに!」
「あはは、それは悪かった!」
両手を振り上げて抗議してる。最近のアリューシャはこういった悪戯紛いの事も仕掛けてくるので、油断ならないな。
まぁ、悪い事してる訳じゃないから、いいけど。
「じゃあ、ボク達も出ようかな?」
「え、ほんとに?」
それは本当に思いつきの一言だった。
アリューシャが参加するなら、ボクも参加して同じ楽しさを味わって見たいと思っただけだ。
ついでにセンリさんも呼び込んで、大暴れしてやろう。
「人数に制限ってあります?」
「最大で十五人、最低でも十人だったかな?」
十人か。アリューシャは子供の部に回されるので、このままではボクとセンリさんだけの参加になる。
後八人集めないと参加できない。
「よし、じゃあ仕事が終わったらメンバー集めしよう」
ボクは祭の参加を決め誰を呼び込むか思案しながら、給仕の仕事をこなすのだった。
大会編という魔窟に足を突っ込みました……どきどき。
と言っても、サバゲですけどねw