第十話 異常能力
途中で視点変更があります、ご注意ください。
小屋の仕様について説明しておこうと思う。
木材や蔦といった素材が入手できたといっても、金属が手に入った訳ではないので、釘や鉋などといった工具が存在しない。
金具を一切使用せずに組み上げる工法もあるらしいけど、それを行うにはやはり金属製の工具が要る。
だから不恰好だけど最低限の役割を果たすスタイルを重視して作り上げた。
骨組みを作り、丸太を縦に割って壁を立てる。
そして表面に鱗状に毛皮を張り、革紐や木を使って固定する。これで風や雨が内部に入り込むことはなくなる。
屋根も同じようにして作り上げた。
そして床だが、この草原はなぜか草の成育が早い。
その辺りをアリューシャに聞くと、『草が生えないと草原じゃないでしょ?』と言ってのけた。納得できるような出来ないような……
とにかく床を張っても、そのままでは板の隙間から草が生えてきそうな気がしたので、石材を切り出してきて床下に敷き詰めた。
石材といっても破壊不可の効果を持つ剣で岩を砕き(刃毀れを懸念しての事だ)、隙間を砂で敷き詰め均した程度のものだ。
この上に木を並べて表面を削って床にする。
だが鉋がないので、このままでは木屑や棘が足に刺さる。
そこでここは毛皮を敷き詰めてクッションにした。
小屋の中央部分の床を切り抜いて簡易の囲炉裏を作り上げ、蔦を編み上げた籠を天井から吊るし、そこに天使の光輪を放り込む事で明かりにする。もっとも今は迷宮に行く準備をしていたので、インベントリーの中に入っている。
小屋の片隅には干草を蔦で縛って固めて作ったベッドがあり、シーツ代わりに毛皮を敷いている。
枕と布団は革袋に羽毛を詰めて作ったもので、ふかふかの感触だ。
粘土等は見つかっていないので土器の製作は行き詰っている。そこで水袋を小屋の隅に置いている。
スライムトイレも小屋の裏に作って、万全の仕様である。
惜しむらくは風呂が無い事だが、これは夜に迷宮の噴水部屋に行き【ファイアボール】で水を温めて入浴する事で代用している。
ちょっとした銭湯感覚で、アリューシャと毎日通うのは、なかなか悪くない。道中に猛獣が出現するけど……
とにかく、アリューシャも嫌がっていないので、娘と風呂に入る父親のような喜びを噛み締めている。世の父親諸君には血涙を流して悔しがる事だろう。
迷宮への道中、そういった小屋の仕様を説明してあげると、アーヴィンさんは驚いたように目を瞠った。
「いや、正直そこまで手が込んでいるとは思わなかった。良くここまで在り合わせの品で生活基盤を作り上げたものだ」
「まぁ、必要に駆られての事ですし」
「いや、大草原のこの位置にこういった施設があるのは、迷宮抜きにしてもありがたい」
「そもそも迷宮が無いと、ここまで揃えられませんでしたって」
食料・水・木材・革……すべて迷宮からの贈り物だ。
こういう状況を考えると、確かに迷宮の資源力というのは凄まじい物がある。
「その……見た目は確かにあれですけど、トイレの存在はありがたいですわね」
少々赤面しながらそう述べたのは、先ほど使用したルディスさんだ。
美味しいからといって山羊のミルクを飲みすぎたらしい。
牛乳のたんぱく質を消化できない人もいて、飲めば腹を下す体質の人が世にはいると聞いたから、彼女もその類なのかも知れない。
話に聞くと、道中のトイレはすべて大地に帰すらしい。
つまり野グ……いや、なんでもない。
「ありがとうございます。でも紙の開発がなかなか上手くいきません」
「紙? まさかトイレに紙を使用するつもりか? いくらなんでもそれは贅沢だ」
あ、日本人基準では紙を使うのが当たり前だったが、この世界では藁や干草で拭くのが当然なのか。
これはちょっと失敗した。
「あぅ、そうですね……ちょっと上を目指しすぎたかも知れません」
「だがこのペースで行けばいずれ開発するかも知れないな。ユミルちゃんの開発力は錬金術師も顔負けだ」
「こう見えても剣士なんですけどね」
本場の錬金術師なら、そこらの石から鉄を生み出す事も可能らしい。
流石にボクにはそんな真似は出来ない。
そういう情報交換をしていると、迷宮の入り口のそばまで来ていた。やはり、話し相手がいると時間が経つのが早い。
もちろん、アリューシャと一緒に歩くのも楽しいのだが。
そのアリューシャだが、アーヴィンさんの袖を引いてなにやらゴショゴショと内緒話していた。
「あのね、おどろかないでね?」
「ん? ああ、初心者向けの迷宮という所かな?」
「そうだけど、そうじゃないの。ゆーねはふつーじゃないから」
「――彼女が?」
「何か失礼な事を言ってませんかね、アリューシャさん?」
「きゃー!」
こめかみに青筋を浮かべながら、声を掛けると彼女は声を上げて逃げ惑う。
ボクはそんなに怖くないぞ?
アーヴィンさんは、迷宮の入り口で中に入る準備をしている。
松明に火を点け、武器を持たないルディスさんに渡す。
斥候のダニットさんの短剣に、ルイザさんがごにょごにょ呪文を唱え【ライト】の魔法を掛ける。
アーヴィンさんも盾を背中から下ろして、左腕に装備していた。
そこで気になったのが、【ライト】の魔法だ。ルイザさんは詠唱と大きな身振りを使って、術を起動していた。
ボク達は詠唱装備のおかげか、そんな身振りや詠唱は必要としていない。スキル名を唱えると、自動で魔法陣が前方に描かれ、完成すると同時に術が放たれる。
この辺りの違いも注意しないといけないだろうか? まぁ、今は詠唱装備を装備していないので、心配は要らないかもしれない。
アリューシャも今日は見知らぬ人前という事で聖火王の冠を装備していない。
一応あれもそこそこ高額な装備なので、見知らぬ人に見せたくはないのだ。大丈夫だとは思うが、警戒はしておいた方がいいだろうし。
「よし、準備は整った。それじゃ行こうか」
「はい」
今日ボクが背に背負っているのは、クニツナと呼ばれる大剣だ。
この剣はステータス次第では全武器中最大の攻撃力を発揮する。ただしユミルのステータスでは大した威力は出せない。
これは聖火王以上に高額な剣なのだが、彼らと最初に出会った時に背負っていたので、仕舞うに仕舞えない。
「君達はいつも明かりはどうしてるんだ?」
「あ、えーと……」
今日は聖火王も天使の光輪も装備していないので、明かりは存在しない。
適当な言い訳を考えて口にする。ひょっとすると、穴があるかも。
「干草を編んで縄を作って、それに獣脂を絡めて木に巻き付けて松明にしてます」
「持ってきてないようだが……?」
「その、初めて人に出会ったので浮かれて忘れてました」
「そうか……? でも、明かりは生命線だから感心しないな」
「ハイ、スミマセン……」
なんだか、無駄に叱られてしまった気がする。
とにかく、まずは小部屋に移動して、彼らの分の水を補充しよう。
斥候のダニットさんが明かりをともしたナイフを手に先を進む。ボクは道を案内するために、その後ろに付いていく。
アーヴィンさんがボクの護衛について、その後ろにルイザさん、ルディスさんとアリューシャがいる。
そして最後尾を警戒するためにクラヴィスさんが後ろに付く。
典型的なパーティの行動だ。
しばらく歩いていくと、例によって鳥の羽音が響いてくる。
鳥は夜目が利かないと聞いたけど、こいつらはお構い無しだ。フクロウの仲間なのか?
「敵だ……ち、チャージバード。数、三!」
ほう、あの鳥はチャージバードというのか。覚えておこう。
見慣れた鳥が前方から飛んでくる。数はダニットさんの言う通り、三羽。
ボク達が一緒なので緊張しているのか、ダニットさんの声は掠れていた。
「俺が――」
後方で世話しなくアーヴィンさんの指示が飛ぶ。どうやらボク達がいる事で過剰に警戒してるらしい。
「……ふむ」
こちらの事は明かりを灯しているので、敵も気付いているだろう。だが、闇夜に慣れた目が明かりに対応するためには僅かながら時間が掛かる。
ボクはその隙を突くことにした。一気に懐に飛び込み、剣を左右に振る。これでおしまい。
いつもながら弱い。
「ね、初心者向けでしょ?」
剣を一振りして血糊を払い、ボクの証言に嘘が無い事を証明できて、やや自慢げに振り返る。
そこには、驚愕で目と口をまん丸に開いた、埴輪みたいな顔があった。
「あれぇ……?」
どうも想像と違う反応に、ボクは間の抜けた声を上げたのだった。
◇◆◇◆◇
「敵だ……ち、チャージバード。数、三!」
先行するダニットが緊迫した声を上げる。
チャージバードだと!?
俺は内心で舌打ちして、周囲を窺った。皆一様に緊張した顔つき。それもそのはずで、チャージバードというのは強敵の類だからだ。
アリューシャちゃんは事態の深刻さに気付いていないのか、暢気な顔のままだ。この状況ではそれが苛立たしい。
――チャージバード。
洞窟内、主に迷宮に生息する攻撃性の高い鳥類だ。
本来、鳥というのは野外を活動域にする。広い空を上下左右、自在に動き回って攻撃を躱し、そして攻撃してくる。
それこそが本来の長所。だがこの鳥はその長所を一切捨てた生態をしている。
上下左右の機動力を一切捨てて――前後への動きにひたすら特化する。それがこの鳥の恐ろしい所だった。
敵を見つけ、視認すら難しい速度で懐に潜り込み、腹を抉る。そして反撃の攻撃が届く前に、剣の届かぬ場所へ避難する。その前後の速さだけは、全生物の中でも特筆物の速さを持っている。
そしてこちらは逆に迷宮の狭さで、左右には避け難い。冒険者組合でも危険度が三に指定される程の危険生物。
そして二羽以上の場合は危険度が四に跳ね上がる。連携されると、もはや手に負えなくなる場合が多いからだ。
ちなみに危険度は五が最大値で、それ以上は災厄と認定される。
主にドラゴンなどの幻獣種などがそれに当たる。
「俺が受け止める。クラヴィスとダニットは迎撃、ルイザは追撃。ルディス、回復は絶やすな!」
咄嗟に指示を出して一歩前に出ようとした。
その時――俺の横でパン、と鞭で床を撃つ様な音が響く。
続いてゴウ、と風が渦巻き、横にいたユミルの姿が消えた――いや、移動していた。チャージバードのそばに。
一気に懐に飛び込む、それは本来チャージバードの得意とする戦術だ。
そのお株を奪われて戸惑っているのか、鳥達の動きが一瞬止まる。
その一瞬で勝負は着いた。
半円を描く様に大剣を斬り上げ、斬り下ろす。
その一連の流れで二羽。そして横薙ぎの一閃で三羽目。
瞬く間にチャージバード達を蹂躙してのけたのだ。
稲妻の様に苛烈で、河の流れの様に流麗。
同じ剣を志す者としての完成形が――そこにあった。
血振りの仕草すら様になる。
その立ち姿に……見惚れた。
「君は……一体、何者だ?」
ようやく俺の口から漏れたのは、そんなありふれた言葉だった。
◇◆◇◆◇
「――一体、何者だ?」
いや、そんな事聞かれても……自分だって判りはしない。
そしてその横でなぜ溜息をついているのかな、アリューシャ?
「いや、記憶ないですし」
「その……チャージバードは結構な強敵なのよ。私達では無傷で切り抜けられないくらい」
「そうなんですか?」
呆けた顔のアーヴィンさんに代わってルイザさんが説明してくれた。
でもそんなに強い相手じゃないよ。剣で一撫でするだけで死ぬし。
「きっと鳥達も、長い洞窟暮らしで体が鈍ってたんですよ」
「ンな訳ないでしょー!?」
我慢の限界に達したのか、ルイザさんのヒステリックな悲鳴が、洞窟内に響き渡った。
続きはまた明日投稿します。