第百七話 ユミルのゴロツキ冒険者
アリューシャが気絶したアンディ君を【リザレクション】で叩き起こしてから、慎重さに対する講釈を垂れる。
ボクと言う規格外ですら苦戦した経験があると言う事実に、驚きの表情を浮かべながらも、納得してくれた。
彼らはこの後会う予定のバートンやクロード達よりも、遥かに素直と言う話だ。
だがいくら素直だと言っても、彼らはまだ若い。
口で説明されただけでは、いざと言う時にそれを忘れてしまうかもしれない。
そこで今回、『肝に銘じておく』為にも、こんな茶番のリストに上げられたのだった。
「あの、それで……良かったらこの後、ユミルさんの仕事を見せてもらっていいですか? そこで」
彼が指差したのは組合の窓。
そこには鈴なりに並んだ冒険者達がいた。
「まぁ、見る分には自由だけどね。見世物みたいで、あまりいい気はしないけど」
「やった!」
窓の向こうの腹を抱えて笑い転げる冒険者達を見て、憮然とした感情が浮かんでくる。
あいつら、次に訓練する時、対戦相手に指名してやる――
「ユミルお姉ちゃん――次はぜぇったい、わたしがやるからね?」
「あ、うん。任せるよ。あはは」
ぷっくり膨れたお顔のアリューシャに、愛想笑いで答える。
一体彼女の何が、そこまで悪役に駆り立てるのだろう……ひょっとして反抗期? いや、違うか。
なんにせよ次はバートン達だ。
さいわいにして彼らは今日も街中にいるらしい。
街中にいるなら仕事を探しに組合に来るだろう、多分。
「ユミルお姉ちゃん、こないね?」
「うん……」
日はすでに傾き始めている。
バートン達が組合にやってくる気配はない。
今日はあいつら、仕事する気が無かったのかもしれない。
「仕方ないね、街中を探しに行って見よう」
「うん。ね、ユミルお姉ちゃん?」
「なぁに?」
「シガレットチョコ無くなっちゃった。おかわり頂戴」
「……はい、これ。でも、食べ過ぎると虫歯になるよ」
「ちゃんと寝る前に歯磨きするもん」
昔なつかしのシガレットチョコは、アリューシャがタバコの演出用小道具として用意した物だ。
だが彼女が持っていると、ものすごい勢いで食べてしまうので、今はボクが預かっている。
それでも一時間に一つ食べている訳だけど……
「このペースだと、ロリポップキャンディに移行するのも時間の問題だね」
「むぅ、そんなこと無いよ。ちゃんと我慢するもの」
「はい、あーん」
「あーん」
ポイッと口の中にチョコを放り込んであげる。
すると躊躇いもなく咀嚼し、嚥下してのけた。
「全然我慢できてないじゃない」
「ぐぬぬ……強敵なの」
最近はアリューシャも口が立ってきた。
ああいえばこう言う反応が、可愛くて仕方ない。
多分もう少ししたらナマイキに聞こえて来るんだろうけど、今はおしゃまな印象が強い。
ヒョイとアリューシャを抱え上げ、リンちゃんの上に乗せる。
道すがら、近所のおばちゃんとか八百屋のおっちゃんとかに、バートンの行方を尋ねて回ると、彼は今日は朝から酒場で呑んだ暮れていると言う情報が入ってきた。
どうやら前回の報酬が思いのほか多かったらしく、その金でしばらく遊び暮らしているらしい。
「遊んで暮らすとか、ふざけた奴だなぁ」
「ユミルお姉ちゃんがそれを言うの?」
「ボクはちゃんと仕事してるし。今も」
「へぇ……」
どよーんとした視線をこちらに向けてくるアリューシャ。
キミ、ボクの仕事振りを学校に報告する宿題やってるんだよね、確か。
「まぁ、ユミルお姉ちゃんのお仕事は『迷宮の権利者』だから」
「そうそう。ちゃんとお仕事してるのだよ。収益の配分とか」
「それヒルおじさんのお仕事だよね?」
「さて、なんの事でしょうね?」
確かにボクは、確認の書類にサインするだけの簡単なお仕事しかしてません。サーセンっした!
意外と厳しいアリューシャの追及を逃れるために、酒場へと進む足を速める。
そのボク達の後ろを冒険者達がぞろぞろと付いてくる。実に物見高い連中である。
目的の酒場はあっさり見つけることができた。
武装した冒険者でも普通に入る事のできる、ちょっと治安のよろしく無い場所だ。
ホールを覗く窓は無いので、ボクが【クローク】で中に入る。
入り口は開けっ放しなので、問題なく侵入する事ができる。
「うぉ、消えた!?」
「バカ、あれがユミルの【クローク】だよ」
「あれで背後から不意討ちしてくるんだぜ……」
「あの火力でか?」
「ああ、あの火力でだ」
「悪魔だな」
「残念、ドジっ子天使です」
「むしろご褒美です」
背後から聞こえてくる、冒険者の驚愕の声と折檻対象の歓喜の声を背に、店に侵入する。
店内は薄暗く、酒と肉と香水、そしてタバコの臭いが充満していた。
客は冒険者が三パーティ、後は単独の客が数人と、明らかに怪しい取引をしてるっぽいの二組。
十代後半でこんな店に出入りしてるとか、非常によろしくないな。
依頼書の似顔絵に有ったバートン達は、すぐ見つける事ができた。
店の中央付近のテーブルで、酒盃を呷っている。
そのテーブルの上の皿もほとんど空になっていた。
「おい、バートン。もうツマミがねぇぞ」
「酒も切れたしなぁ。次の店行くかぁ?」
「金あんのかよ?」
「あぁ? ん~、まだ五百ギルあるな」
「じゃあ、後一軒くらい行けるな!」
なんともダメな会話を交わして、会計に向かっていた。
そろそろ出てくるらしい。
ボクも素早く店の外に退避し、状況をアリューシャに伝える。
正直この手合いをアリューシャに相手させるのは不安極まりないが、本人たっての願いなので仕方ない。
アリューシャは報告を聞くと、コートと帽子を調え、センス悪いサングラスを掛け直す。
そしてシガレットチョコを咥えて店の前で待機する。
間を置かず、バートン達が店から出てくる。
アリューシャはその前に飛び出し、立ちはだかった。
「おぅ、兄ちゃん! 景気よさそーじゃね――きゃ」
「邪魔だ、ガキ! 道の真ん中で突っ立ってんじゃねぇぞ!」
そのアリューシャを背後からやってきた、別の男性冒険者が突き飛ばす。
アリューシャはそのまま尻もちを突いて地面に転がった。その目には薄く涙が浮かんでいる。
それを見て、ボクが大人しくしているはずがなかった。
「邪魔は貴様だああぁぁぁぁぁぁああああああ!」
「え、何――ぎゃああぁぁぁぁ!?」
全速力で駆け込み、右拳を叩き付ける。
ヒットした瞬間に拳を捻り、そのまま身体全体で巻き込むように、パンチを振り抜いた。
男はまるで、ドリルに巻き込まれた布キレのように回転しながら吹っ飛んで行き、ヤバイ角度で顔面を壁に突きたてた。
そのまま壁に真っ赤な花を咲かせて、ずるりと地面にずり落ちて行く。
「貴様――ボクのアリューシャになんて事しやがるか! 人生精子からやり直すか、あぁん?」
無論男からの返事はない。
ビクンビクンと、FPSの男と似たような痙攣を繰り返している。
「返事しろ、こらぁ!」
「ユミルお姉ちゃん、無理だよ。死んじゃうよ」
アリューシャが慌てて【リザレクション】を掛けて応急処置する。
『放って置けば死ぬ』状態から、『辛うじて生きてる』状態まで引き戻され、男は目を覚ました。
「おうおう、爽やかなお目覚めだな? もう一回三途の川で泳いでくるか?」
「ひ、ひぃっ!?」
胸倉を掴み上げて、がくがくと揺する。
男はすでに涙を流して震えており、抵抗の意思はなさそうだ。
「す、すんません、もうしません! 有り金だって置いて行きます! だから許して――」
「謝る相手が違うだろ!」
男を地面に投げ捨てると、まるで蛙のように飛び跳ねてからアリューシャに土下座する。
「突き飛ばして申し訳ありませんでしたぁ! どうか、どうかお許しください!」
アリューシャに財布を差し出し、地面に頭を擦り付けながら許しを請う。
「いいよ、道の真ん中に立ってたわたしも悪いし。それより、ユミルお姉ちゃんが乱暴してごめんね?」
「ちょっと、それじゃボクがならず者みたいじゃない」
「やりすぎ!」
「スキルとか使ってないから、まだ本気じゃ――」
ちょっと本気の怒りの視線に、ボクの言葉も尻すぼみになる。
確かにやりすぎたかもしれない。もう少し、時間を掛けてゆっくりとお話すれば、もっと恐怖を与えれたのに。
「あー、もういいよ。行って良し」
「は、はいぃ!」
ボクの許しの言葉に、男は全速力で逃げ出して行った。財布を置いて。
「すげぇ、あれが真のゴロツキ冒険者……」
「おい、さっきあの男の首折れてたよな?」
「一瞬で治すとかアリューシャたんもすげぇっす」
「俺も踏んでください。パンツ見せながら」
「バカ、お前だけ踏まれさせるか。俺も一緒だ!」
背後から再び冒険者達の戦慄の声が……戦慄?
とにかく、ボクの恐ろしさは再び知れ渡ったようだ。
それより今は目の前のお財布である――いや違った。バートン達である。
「アリューシャ、これ、どうしよう……?」
「組合に届けとく?」
「まぁ、それは後でいいか。それじゃ、続きどうぞ」
そう言って放置されていたバートンに振り返る。
彼らは突然目の前で巻き起こった惨劇に腰を抜かし、その場にへたり込んでいた。
「えー、今さら?」
「アリューシャが言い出したことでしょ。最後までやるのがプロの仕事」
ボクの『やる』と言う言葉が『殺る』と聞こえたのか、バートン達はビクリと身震いした。
「えっと、兄ちゃん達、羽振りが良さ――」
「は、はい! 財布置いて行きますからお許しください!」
「は、え?」
「すみません、さっき飲み食いしたのであまり入ってないですけど、これで全財産なんです。だから、命ばかりはお助けをぉぉぉ!」
「いや、そう言う訳じゃ――なに、これ?」
バートン達はお互いに抱き合い、本気で泣き出していた。
それを見てアリューシャは困惑の声を上げる。
「お願いです、もう冒険者なんて辞めます。酒もやめます。田舎に帰って畑を耕して静かに生きますから、どうか見逃して……」
「いや、殺す気なんて欠片も無いんだけど」
「タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ、タスケテ」
「ユミルお姉ちゃん、これもうダメ」
「うん、何でだろ?」
ちょっと人をふっ飛ばして、壁にめり込ませただけなのに。
だけどこれ以上は、脅すとか警告するとかの意味は無いだろう。すでに失禁してる者までいるのだ。
「ま、仕方ないんじゃない? これに懲りたら今後は真っ当に過ごすんだね」
「た、助けてくれるんですか……?」
「殺す気なんて最初から無いって。本気だったら、君達が気付かないうちに首チョンパだからね?」
「は、はい。ご厚情感謝します!」
「じゃ、行って良し」
こちらもボクの許可が出た途端、脱兎のごとく逃げ出して行った。
足元が覚束無いのは、半ば腰を抜かしていたからだろう。
「すげぇ、ルーキーを手も出さずに引退させやがったぜ……」
「これが烈風姫の実力か」
「いや、あれまだ本気じゃないらしいぞ」
「あれ以上!? そんなオシオキされたら、イッてしまう」
「しねぇよ!?」
背後で不穏な言葉を口走る冒険者達に一喝しておく。
こうして二件目の依頼を達成したのだった。
なお、バートン達は即日冒険者を引退し、翌日にはタルハンを出て故郷へと旅立って行ったそうな。