第百六話 アリューシャのゴロツキ冒険者
翌日、アリューシャの学校は週末なのでお休みだ。
なのでこの機会に一気に『お仕事』を済ますことにする。
最初の目標はアンディ君。
彼は二日前よりゴブリン退治の依頼を受けて街を出ている。
組合には一足先に退治完了の報告が届いていたので、そろそろ街に戻ってくるだろうとの事。
「普通に依頼を受けて、退治できるんなら警告とかいらないんじゃないかなぁ?」
そんな疑問を一人ごちながら、路地裏に身を潜める。
そのボクの横には体長五メートルほどのリンドブルム事、リンちゃんが控えている。
路地裏の通路に、みっしりと。
「リンちゃん狭いけど我慢してね。後、目標は食べちゃダメ。食べたらドラゴンステーキの刑だからね」
「がぉ」
ボクの脅迫に、リンちゃんは顔面蒼白――多分だけど――になって震え上がる。
ドラゴンステーキの刑とは……斬り落とす、再生させる、斬った部分を食べるという地獄のような刑罰だ。
さいわいにして今までに執行された事は、一度も無い。ホントだよ?
だがアリューシャがいれば可能なだけに、その恐ろしさは彼……彼女なのかな? とにかく身に染みて理解している。
なにせ、k三連発でボクにピンボールされた経験があるのだから。
ちなみに現在アリューシャは別行動中である。
本来なら彼女の別行動など、ブパルス側からすればおいしい餌なのだろうけど、アリューシャもこの三年で大きく戦闘力を増している。
特に賢者系の上位職は剣だって普通に使えるのだ。
しかも魔法とのコンビネーションとなれば、その殲滅力は前衛にすら匹敵する。
【ファイアボルト】二十連発が雨あられと降り注ぎ、全てが落ちきる前に次の【ファイアボルト】が降り出すアリューシャの必殺技、『死ぬまでファイアボルト』とかボクですら背筋が凍ったものだ。
あれはヤバイ。
試しに受けたボクのHPが高かったから、余計になぶり殺しにされかかってしまった。
ゲームと違って残留の熱気とか煙とかで視界が奪われるし、足元の地面が溶岩化していくしで、予想以上の威力を発揮したのだ。
ひょっとしたら今のアリューシャは、単独でもドラゴンを倒せるかもしれない。
とにかく、それだけの戦力を保持しているので、前みたいにいきなり無力化とかされない限りは、この街で彼女に勝てる者なんてボクくらいだろう。
それに単独行動と言っても、そう離れた場所にいる訳じゃない。
騒ぎが起きれば、ボクの足ならそれこそ数秒で駆けつける事ができる。
なので、ボクも安心しているのだ。
で、そのアリューシャなのだが、この仕事にボク以上に乗り気なのである。
昨日などはセンリさんと『準備にいってくるの!』と言ってお出掛けした位、気合が入っていた。
なんとなく、嫌な予感しかしない。
そんな事を考えていると、件のアンディ君達が組合に戻ってきている。
あちこち怪我はしてるようだが、大きな負傷はしてないようだ。
罠でも活用したのだろうけど、掛け出しでゴブリンを安定して倒せるのなら、充分期待できる逸材じゃないかな?
しばらくして、アンディ達が組合から出てきた。
報告と報酬の受け取りを済ませたのだろう。
「そろそろゴブリン相手も余裕になってきたな」
「俺達も意外とイケるじゃん。次はオーク辺りに挑戦してみようぜ」
「行ける行けるって!」
絆創膏をほっぺに貼った少年達が、勢いある……ありすぎる会話をしているのが聞こえてきた。
ガッツポーズをする腕はまだ細く、子供っぽさを残している。
あの腕でオークに挑んだら、かなりヤバイだろう。ボクみたいな例外もあるけど。
なるほど、確かに少し天狗になってきてる会話ではあるな。
ボクは路地から手首だけを出して、アリューシャ側に合図を送る。
合図を受けたアリューシャは待ってましたとばかりに物陰から飛び出し、アンディ達に背後から声を掛けたのだった。
「おぅおぅ、兄ちゃん達。景気よさそうじゃない!」
「え……?」
振り返ったアンディ達は、アリューシャを見て呆然とする。
うん、その気持ちはよく判る……
何せ、今のアリューシャは、黒いコートに両手杖を背に背負い、やたら尖ったデザインのサングラスを掛けて、学生帽っぽい帽子を被っているのだ。
なんというか、その……一昔前の不良スタイルである。十歳児が。
「えと、アリューシャちゃんだよね? よくロビーでお菓子食べてる」
「違うもん! わたしはアリューシャじゃなくて、えと……そう、正義の大悪人、ユミルだ!」
アリューシャの名乗りを聞いて、ボクは音も無く地に倒れ伏した。
せめてもう少し工夫と言うか、何その矛盾した称号! そしてなぜボクの名を使うし!?
「え、でもユミルさんはもっと……いや同じ位か」
おいアンディ、なぜアリューシャの背丈を見ながらそれを言った?
確かに身長は同じ位になっちゃってるけどよ!
ちなみに現在、アリューシャの身長は百三十五センチくらいで、ボクが百四十半ばなので、あまり差は無くなってきている。
「いい? わたしは今、すっごい悪人なんだから、『ナマイキな新人冒険者』からカツアゲしちゃうの!」
「あ、うん……でも危ないからユミルさんと一緒に行動した方がいいよ?」
「もう、そんなのはどーでもいいの! わたしは悪人なんだから、おとなしく、えっと……『カツアゲ』されなさい!」
「えー、あの人と喧嘩でもしたの? よくないよ、ちゃんと話し合ったら解決する事も多いんだから」
「ちーがーうーのー!」
ダンダンと地面を蹴りつけて地団駄を踏むアリューシャ。
うん、完全にあしらわれてるな。
組合の窓から冒険者達と職員が鈴生りに並んで、アリューシャの痴態を眺めている。
全員揃って噴き出す寸前だ。
「こーなったら、『ナマイキな冒険者』に正義の鉄槌を下してやるんだから!」
むきー、と怒り心頭に達したアリューシャが、背中の両手杖『天空神の錫杖』を構える。
いや、もう論理破綻しまくってるから。
さっき悪人って言ったのに、正義の鉄槌?
そろそろ収拾が付かなくなりそうなので、仕方なく路地裏から出て行く。
アンディ達を挟みこむ位置に移動して、背後から忍びよる。
「悪いね。さっき君らがオークに手を出すとか聞いたから、ちょっと警告を与えようと思っただけなんだけど」
「うわっ!? あ、ユミルさん……」
組合に所属する冒険者なら、ボクの名前を知らないと言うことはまず無い。
レグルさんを圧倒したボクは、冒険者の中ではそれなりに有名人だ。センリさんやアリューシャほどでは無いけど、強者として名が通っている。
その強さを実際に目にした者は少ないので、最近やや舐められてる雰囲気はあるんだけど。
「正直に言うよ? 今の君達じゃ、オーク相手は無理だ。ゴブリン相手に苦戦してるようなんだから、そのレベルで腕を磨く事に専念すべき」
「で、でもゴブリンじゃ、歯応えが無いんですよ!」
「それが危ないんだよ。そこで一足飛びに強いモンスターを相手にした冒険者は、例外なく死を経験してる」
「それじゃ、早く強くなれない――」
「ま、どうしてもっていうなら……ボクを倒せば、認めてあげる。もちろん本気で相手しないから安心して」
「あー、ずるい。わたしがやろうと思ってたのに!」
ボクが模擬戦を持ちかけた事で、アリューシャがふくれっ面になる。
「済まないけど、上には上がいる。そう思い知らせるのが、今回の依頼なんだ」
そう言って腰に吊るしたホルダーから、武器を取り出す。
さすがに刃物を使用すると、彼らじゃ即死してしまう。
そこで用意したのが……フライパンである。
このフライパン、れっきとした調理道具なのだが、武器としても充分に使用可能。
というか、鈍器として非常に優れた性能を持つ。
これなら問題なく手加減できるはずだ。
「いくらユミルさんでも……僕達の相手をそんなフライパンでする気ですか?」
「正直素手でも充分だと思うけど?」
「バカにしてっ!?」
いっせいに剣や槍を構えるアンディ達。
魔法使いも治癒術師もいないパーティだから、弓や槍と言った武器で、距離感を調整しているらしい。
それなりに考えているじゃないか。これで慎重さを学べば、いいパーティになるだろう。
そこを考慮して、今回のリストに入ったのだろうけど。
「俺が押さえる、メインは遠距離からだ!」
リーダーのアンディが盾を構えながら、端的に作戦を伝え、パーティがその配置に付く。
アンディが僕を押さえに掛かり、その後方から槍、そして弓で攻撃する形を取るっぽい。
連携も及第点で悪くない。
「あの、わたしの出番はー?」
向こうでアリューシャがしょんぼりしてるけど、この場面で『じゃあ任せます』とか言えないでしょ。
今回は我慢してもらおう。
「準備できた? じゃあ行くよ」
「は――ええっ!?」
言い終わるや否や、ボクは瞬く間にアンディ君に接近し、フライパンで張り倒す。
盾を構えていたアンディ君だが、盾と言うのは能動的防具だ。反応できなければ意味は無い。
そして反応すらできずに、瞬く間に気絶させられるアンディ君。
こうなると槍と弓の残りは間合いを維持するために、牽制を入れるしかない。
だが、それすらもボクの速度には追いつかない。
「アンぶぁっ」
珍妙な声を上げて吹き飛ぶ、槍使い。
交戦の最中に矢を撃ち込むべきか、一瞬の戸惑いを見せる弓師。
その一瞬が命取りだ。こちらに狙いを定める間もなく、間合いを詰められ――
「参りましたっ! 降参、降参します!?」
慌てて降伏を宣言した。
その瞬間には、フライパンは顔面のすれすれまで迫っていたのだ。
「……オークなら、その降伏勧告も聞き入れてもらえなかったね」
「ひ、はい……」
降伏と言うのは、話が通じる人vs人、それも受け入れる意思の有る者にしか通用しない。
モンスターとの戦闘には、逃亡はあっても降伏は存在し無いのだ。基本的に。
「上には上の存在がいる。ボクだって、今回は一パーセントも実力を発揮して無い。そんなボクが早さで苦労した相手だって、この世には居るんだ」
「あ、あの早さで一パーセント……しかもそれでも勝てない!?」
「いや、勝ったけど。苦労しただけ」
「そ、そうでしょうね……あれで勝てない相手とか言われたら、僕引退しますよ」
「いや、いい線行ってるとは思うよ、君達。ただ若さゆえの過ち……じゃなかった、勢いが無謀に変化することがある。それを理解しないと長生きできない」
「ええ、思い知りました。フライパン相手なら一矢報いる事ができるかと思ったのですが――まさか、完封されるとは思いませんでしたよ」
機先を制して手を出させない戦いをしただけなんだけどね。
それだって戦術の一つ、それすら覆せないってのは未熟の証拠だ。
「オークは諦めます。もう少し……せめてあなたに認めてもらえる位に腕を上げてから、挑戦します」
「そうそう、セーフティマージンは多めに取って損はないよ」
「ねー、わたしの出番~」
あ、アリューシャが涙目になってる。
きっとカッコよく叩きのめして、後輩に威張りたかったんだろうな。
作者はROでリーゼントかつらは持っていなかったので学生帽を使用しました。
アフロはあるんだけどな……