第百五話 ミッション発令
そんな訳で、アリューシャにボクの『仕事振り』を見てもらう為に組合に向かう事になった。
よくよく考えて見れば、今更な感がしないでも無い。
改めて見て貰うまでも無く、アリューシャとボクは散々冒険を繰り返してきたのだから。
「なんでこうなったのか……」
「ユミルお姉ちゃん、わたしと冒険するの、キライ?」
「トンデモありません、大好物です!」
最近アリューシャは学校の方が忙しく、構ってもらえないのだ。
一緒に組合の仕事ができるなんて、むしろご褒美です。
「ところでユミルお姉ちゃん、なんで……」
「ん?」
「リンちゃんに乗ってきたの?」
「あー」
今ボクは、往来のど真ん中をドラゴンに乗って歩いている。
たまに外に連れ出してあげないと、ストレスが溜まりそうな気がしたからだ。
ちなみにアリューシャはウララに乗っている。
こちらはいつもの光景。
「お散歩させてあげないとねー」
「ちょっと視線が痛いの」
最近アリューシャは、ボクの事を『お姉ちゃん』から『ユミルお姉ちゃん』へと呼び方を変えた。
これはセンリさんを『センリお姉ちゃん』と呼ぶようになったから、差別化する意味で変えたそうだ。
どんどん呼び方が他人行儀になってきてるようで、少し悲しい。
リンちゃんは生まれた時の大騒動で、街の人の視線がちょっと痛い。
それを正面から叩き伏せたボクの存在があるからこそ、衛士が飛んでこないと言ってもいい。
近頃、ボクがリンちゃんに乗り、セイコはセンリさん、ウララはアリューシャが乗ると言う流れができ、まるで個人用自転車のような感覚で乗り歩いている。
三頭とも移動速度はさすがの物があり、草原の迷宮まで荷物無しなら五時間程度で行けてしまうので、これは意外とありがたいのだ。
毎度おなじみの組合に辿り着くと、リンちゃんとウララはおとなしく裏の厩舎へ向かって行く。
この二頭の行動を阻める猛者は、もはやボク達だけなので、好き勝手に行動している。
「迷惑掛けちゃダメだよー?」
「グルル」
「ヒヒーン」
任せろ、とばかりに首を振る二頭に若干不安を感じないでもないが、とにかく今は組合が先決である。
ちなみにリンちゃんは表向きは草原の迷宮で入手した事になっている。
あの迷宮なら何が出てもおかしくないと言うのが、最近の組合の認識なのだ。
「いらっしゃいませ、タルハン組合支部へようこそ!」
「はい、お邪魔しまーす」
いつもの挨拶に軽く返して、依頼掲示板へ向かう。
職員の何名かがアリューシャを目敏く見つけ、いそいそとお菓子で餌付けを始めるのも、いつもの光景――と、思ったらエミリーさんだった。仕事しろ。
アリューシャをロビー脇のソファに連れて行き、皿に乗せたカステラっぽいお菓子を振舞う。
ついでに掲示板を眺めていたボクをヒョイと小脇に抱え、自分の膝の上に乗せた。
「何してるんです、エミリーさん?」
「ん、至福の感触を味わってるの。最近『ユミルたんを膝に乗せて愛でたい』同好会ってのが発足してね」
「本部を教えてください。殲滅してきます」
「ユミルちゃん、お尻ぷにっぷによね」
「ボクのお尻はアリューシャの物なので触らないでください」
「もうそんな仲に!?」
「残念ながら到ってませんから!」
相変わらずこの人のペースが判らない。
そのくせ後頭部に当たる胸部装甲は成長を続けているのだから、微妙な気分になってくる。
チクショウ、その脂肪をボクにも分けろ。
「それで今日は何のご用かしら?」
「いいですけど、膝から降ろしてくださいよ」
「いや」
「えみりーさん、わたしもー」
「かむひあ!」
狭いエミリーさんの膝の上にボクが乗せられ、その僕の膝にアリューシャが乗っかると言うカオスな事態になった。
「で、本当に遊びに来ただけかしら?」
「実は――」
アリューシャの学校の課題で、ボクの仕事振りについて見せないといけないことをエミリーさんに告げた。
基本的にボクは何でも屋なので、これと言った仕事が無いのである。
「なんでもできるってそう言う意味では厄介よねぇ」
「何でも出来るわけじゃないですよ。表面を取り繕うのはちょっと上手いかもしれませんが」
「組合では薬草採取の依頼を常時募集しています!」
「やですよ、面倒だもん」
薬草採取はポーションの材料になるため、常に募集している依頼だ。
ただ、これが非常に面倒くさい。
近くの草原に行き、目的の赤羽根草を集めてくるだけなのだが、数が大量に必要なのである。
赤羽根草自体は目立つ草だし、すぐに見つかるのだが、まとまった金額にするにはポーチに三つは必要になってくる。
草原は危険なモンスターもいないので、ひたすら探して摘み取る作業を繰り返す。
子供の小遣い稼ぎには丁度いいのだが、ボクのような腕利きがやる仕事ではない。
アリューシャはエミリーさんにわさわさ身体を弄られるのがくすぐったいのか、ピョンと飛び降りて掲示板の方へ走って行く。
この辺りの落ち着きの無さは、まだまだ子供である。
「と言っても、前の大氾濫からまだ四年だしね。大氾濫が起きると五年くらいはモンスターの沈静期に入るから、あまり討伐の依頼も無いのよね」
「そういう物だったんですか? じゃあ外はしばらく安泰ですね」
「問題は人の方だけどね」
海賊騒動以来、目立ったちょっかいは掛けられていないが、完全に解決した訳ではない。
このタルハンも、ブパルス側に執拗に牽制を仕掛け、その動きを制限しに回っているのだ。
レグルさんなら逆に攻勢に出たかもしれないが、その辺りの腹黒さは現支部長のヤージュさんには、まだ無い。
「あの割符については?」
「それもまだ不明。ブパルス側にも色々ある見たいなのよね。どうにもきな臭い所の割符みたいで」
「すっきりしないですね」
「本当にね」
転移者を派遣して来た事といい、ブパルスは見た目以上に闇が深そうだ。
ひょっとすると、向こうでは転移者に関して何かシステム的な物が確立しているのか?
「ちょっと調べる必要があるかも……」
「ユミルお姉ちゃん、面白いお仕事があったよ!」
「ふぉ!?」
急に割り込んできたアリューシャの声に、驚いて顔を上げる。
その鼻先に突きつけられた依頼票を見て――
「見えません。もう少し離して」
「あ、うん」
――近すぎて読めなかった。
テーブルの上に依頼票を置いて、その内容を吟味する。
「なになに、最近調子のいい新入り冒険者に警告を与える仕事?」
「あー、これね。順調に来てる冒険者って調子に乗っちゃう面があるから、警告的な物をしておかないと危ないのよ」
「というと?」
「ほら、物語とかでよく有るでしょ。『あぁん、お前、最近調子に乗ってんじゃねぇか?』って脅してくる……」
そう言う展開は確かにライトノベルなどでよく見かけはしたけど……あれって組合側が設定してたんだ?
「それを……やるの?」
「うん!」
「アリューシャが?」
「うん!!」
さっきより力強い『うん』が返ってきた。
拳も胸の辺りで、しっかりと握られている。
「でもこの依頼、コワモテの腕利きがやるから意味があるんであって、アリューシャちゃんやユミルたんではねぇ……」
「『たん』言うな。っていうか、戦闘力なら自信があるんですけどね」
「でも可愛い子に詰られて、捩じ伏せられて、涙目になる生意気系ショタっ子も悪くないわ!」
「悪趣味自重しろ!?」
後アリューシャが居なくなったからといって、ボクの身体をワサワサするな。
ついでに先っちょをつまむな。
怪しい手つきをべしっと撃墜してから、話を進める。
「で、これ……アリューシャが乗り気なので仕方ないからやりますけど、誰を威嚇すればいいんです?」
「二人で大丈夫?」
「まぁ、リンちゃんも居ますし」
「あ、それなら大丈夫そうね」
街中でドラゴンに凄まれたら、普通の人は腰を抜かすだろう。
「ここからは仕事の話だからナイショだけど……」
「それここで話しちゃって良いんですか!?」
ここは組合のロビーのど真ん中である。
周りの冒険者達もニヤニヤしながらこちらの様子を窺っていた。
「いいの、いいの。どうせ風物詩みたいな物なんだから。それに邪魔したら楽しみにしてる冒険者とか、支部長からオシオキが下されるわよ」
「ヤージュさん、楽しみにしてるんですか、これを……?」
「ごめん、前支部長ね」
「ああ、納得」
レグルさんならば、そういう事もあるだろう。
それにしても、そんなに楽しみにしてるのなら、なぜ今まで残っていたのだろう?
「そりゃ、普通の冒険者が普通に脅したって面白くないじゃない。その点ユミルたんなら、話題性バッチシ!」
「だから『たん』と言うなと……」
周囲の冒険者もウンウンとうなづいて同意を示している。
まぁいいけど。
「それで対象になってるのは、アンディ君達のパーティと、バートン君のパーティと、クロード君のパーティね」
「三つもですか。その方達の詳細は?」
「アンディ君は冒険者になって半年って所ね。薬草採取以外では、討伐系の仕事が二つ。いずれもゴブリン程度だけど、無傷で倒しちゃってるから警告を込めてって所ね」
ゴブリンは身長一メートル強の小柄な人型モンスターだ。
その矮躯のわりに腕力が強く、一般人では討伐が少々難しい。これを無傷で倒したのなら、確かに凄い。
ボクなら一撃だけど。
「バートン君は冒険者になって三ヶ月。でもゴブリン討伐を三度もこなしてるわね。腕力自慢のパーティだけにちょっと天狗気味なの」
新人が三ヶ月でゴブリンを三度も倒せたのなら、それは大した物だ。
だけど、それで天狗になると、もっと強いモンスターに蹂躙される可能性がある。
ゴブリンはしょせん下級のモンスターなのだ。
「クロード君は貴族の子弟ね。いい装備と強い仲間に囲まれて、勘違いしちゃってる系」
「それは早めに潰しておいた方がいいですね」
貴族はこの街にも複数居る。
レグルさんが子爵になって戻ってきたのはもちろんだが、他にも次期領主を狙って越してきた貴族などもいるのだ。
そう言う意味では混沌としているので、早く領主を定めて欲しい。
今回の依頼を要約すると、幸運でモンスター退治を達成したパーティと、腕力自慢の生意気小僧と、貴族のボンボンに警告を与えると言うのが趣旨らしい。
アンディはすんなり行きそうだけど、バートンとクロードの二パーティは荒事になりそうな予感だ。
依頼の詳細を見る限り、ボクどころか、アリューシャ単独でも殲滅は出来そうな新人だけど、それが目的じゃない。
いかに『上には上がある』と思い知らせ、『強いモンスターを侮ると危険』かを理解させねばならない。
その辺りの工夫が、厄介なところではあるが……うん、なんだかイタズラを仕掛ける気分になって来たぞ。
「意外と楽しい依頼かもしれないですね、これ」
「でしょ?」
「でっしょー!」
肯定するエミリーさんと、我が意を得たりとばかりに胸を張るアリューシャ。
こうしてボク達は、新たなミッションに取り組む事になったのだ。
ユミル、ゴロツキ冒険者に挑戦する。