第百一話 事の顛末
元々ボリスさんはヤマッ気のある交易商人で、ドラゴンの卵を入手したのも、本当に偶然の産物だった。
北の街マクリームに訪れ、そこで偶然ドラゴンが撃退されるのを見た。
これには街も大騒ぎで、本来ドラゴンレベルになると国家レベルの軍隊が動員され、ようやく退治できるかどうかと言うのに、これを単独で成してしまった新参冒険者が現れたらしい。
そこまで聞いて、ボクもさすがに怪しんだ。
個で軍に対抗できる戦力……これはボクらと同類なのではないだろうか?
実際、ミッドガルズ・オンラインのドラゴン系のモンスターなら、ボクでも余裕を持って倒せないことはない。
むしろ、ボスに区分されるモンスター以外は秒殺の領域だろう。
一般的な竜族なら、センリさんはもちろん、アリューシャにだって倒せるのではないだろうか?
そんな人材が運良く北にも居たと言う事か……
とにかく、ドラゴンは倒された。
だがその冒険者もドラゴンの巣を見つけた訳ではなかった。
そこでボリスさんはフットワークの軽さを活かして、冒険者を雇い、誰かが巣を発見する前に、自分が巣を見つけてやろうと考えたのだ。
ドラゴンは習性的に『お宝』を溜め込む性質がある。
巣を見つけて、その宝を真っ先に強奪できれば、宿無しの交易商人から『おさらば』できると考えたからだ。
結果、ボリスさんは多くの犠牲を払う事になったが、ドラゴンの巣を発見する事に成功する。
ドラゴンの生息域にはドラゴン以外のモンスターもいたのだ。
護衛の冒険者を何人か失い、それでもかろうじて彼らは巣にあった卵と数個の金細工を持ち帰る事に成功した。
生き残った冒険者の報酬は金細工を処理した金で支払い、彼の手元にはドラゴンの卵が残される事となる。
これだけでも充分な大金になる。
街に店を構え、商業権を買い取り、商売を始めるには充分な額で取引できる。
そう考えた彼は、そのまま海沿いに西の街ブパルスを目指す事にした。
さすがにドラゴンが退治されたばかりの北の街では、この危険物は商えないと判断したからだ。
だが西の街は異様な雰囲気が漂っていたらしい。
やたらと増税を繰り返し、軍備を整え、武器の開発に力を入れていたそうだ。
彼は本能的に『この街はヤバイ』と判断した。
そこでドラゴンの卵のような貴重品を取り扱うと、必ず面倒な事に巻き込まれる。そう見切ったのだ。
故に逃げるように街から抜け出し、南の街ラドタルトへ向かう事となる。
しかしラドタルトは温和で解放的な街の気風とは異なり、取締りが非常に厳しかった。
特に自然環境に関するものが厳しく、違法な密猟の結果であるドラゴンの卵など商える風ではなかったのだ。
結局、ボリスさんはラドタルトからも逃げ出す事になる。
そしてさらに大陸を回りこみ、タルハンに近付いた所で私掠船に襲われたと言うことらしい。
「なんとも……ご愁傷様な事です」
北でドラゴンの卵を手に入れてから、およそ一年。
彼は大陸を四分の三周して、まだ処分できないでいたのだ。
「はは、面目次第もございません。ですが私も商人、そして妻も娘もある身です。ここらで落ち着いた生活を夢見て、つい無茶をしでかしてしまいました」
「気持ちは判らないでもないですが……」
家族連れで放浪生活は、そりゃ厳しい物があるだろう。
むしろ、よくぞ子供一人を育て上げたと褒めてやりたいくらいだ。
「思えばラドタルト近辺から、監視の気配を感じないでもなかったのですよ。それで街から逃げ出したようなものですから」
「ラドタルトで? 密猟が街にばれていたと言うんですか?」
だとすれば、この割符はラドタルトで使うものなのだろうか?
「いえ、ラドタルト側に漏れていたのなら、私がこうして街を出て旅を続ける事など不可能だったはずです。おそらくは……」
「その前、ブパルスで――ですか」
「はい」
街から逃げ出した獲物を、遅まきながら監視していた、と言う事だろう。
それにアリューシャの誘拐事件でも、ブパルスの名前は挙がっていた。
「どうにも北と西がきな臭い。そして南は堅苦しい。そう言う訳で、ユミル様より商わせてもらった金で、タルハンに店を構えようと思ってます」
「いや、堂々と宣言されましても。まぁ、アコさんかキースさん辺りに紹介するのは構いませんが」
サバイバリティあふれるアコさんや、目端の聞くキースさんならボリスさんに協力してくれるかもしれない。
というか、ヤマッ気のあるボリスさんと、悪巧みの上手そうなキースさんが組むとなんだか後が怖くなってしまう。
いや、キースさんは目つきが必要以上に鋭いだけなんだけどネ。
「まぁ、そう言う訳でして、その卵は私にとって早く処分したい厄介物であり、最後の財産だった訳です」
「つまり、これを引き受けるからには余計な厄介ごとが飛び込む可能性も考慮しろと?」
「契約成立後に言うのは卑怯かもしれませんが、そうです」
「しょせん口約束の契約ですし、取引も終わってないですよ。はっきり言って、ここでネタ晴らしする意義はあまり無いんじゃないです?」
「いや、その……」
そう、商業組合を通じて、正式に契約を交わした訳ではないのだ。
お金のやり取りが行われていない今、その気になればボクはこの取引を無かった事にする事もできる。
それなのに、今このタイミングで、彼は正直に裏事情を話してきた。
そこに何かあると、ボクは逆に疑ったりした訳だけれど……ここでボリスさんは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「娘に叱られてしまいまして。命の恩人に曰く付きの商品を押し付けるのか、と」
「あー……」
言われて思わず納得した。
囚われてなお護衛の身を心配し、包帯の切れ端と水の瓶を使って助けを呼んだ機転と気の強さ。
あの子なら確かに、こういう不誠実な取引は怒るだろう。
よくまぁ、この自己中っぽいボリスさんが、あんなまっすぐな子を育てたものだ。
これも反面教師と言う奴だろうか?
「でもよく話す気になりましたね。ここで取引が流れたらどうするつもりだったんです?」
「そこはまぁ、他にも取引先の目処はありますし」
「例えば?」
「草原脇の大きな街でなくても、王都なりどこなりに行けば好事家もいるでしょうし、最近では草原中央に開拓村がで来たそうですし」
すみません、その開拓村、ボクのです。
「確か剣の達人で、見目麗しい少女が拓いた村で、名前は――ユミル、村――え?」
「はい、ボクです。なんか、すみません……」
改めて呼ばれるとなんだか気恥ずかしい物があるな。
ボリスさんも、信じられない物を見た表情でボクを見ている。
しばらくして、彼は自分の額をぺしりと叩き、呵々として笑い出した。
「は、ははは――あはははは! そうでしたか。いや、まさかこんな場所で権利者の方と出会えるとは。これも運命と言うものでしょうな!」
「草原の村に来る予定だったのでしたら、結局ボクに売る事になったかもしれませんね」
「おそらくそうなったでしょう。いや、これは愉快だ。あなたを呼び寄せた娘を褒めてやらねばなりません」
話して見て判ったのだが、彼も初めて会った時のピリピリした雰囲気が消えている。
おそらくは全財産を掛けて手に入れたドラゴンの卵を奪われ、家族が危機に瀕している時に、なにもできない自分が歯痒かったのだろう。
その苛立ちが自己中心的な行動に走らせていたのかもしれない。
冒険心が無駄に旺盛な以外は、アコさん達とあまり変わらない商人のようだった。
安全が確保された今、ようやくその大らか、と言うか、大雑把な性格が解放されたと言うところだろうか。
後ろ暗い所をすべてぶち撒けた彼は、すっきりしたとばかりに立ち上がって、再び握手を交わす。
「それでは今日はこの辺で。いや、実にすっきりした気分です。一年振りでしょうか」
「まったく、カウンセリング料代わりにもっとボッタくってやれば良かったです」
「ははは、今後はお手柔らかに」
こうして深夜の不意の来客は去って行ったのだった。
翌日、タルハンからアーヴィンさん達が戻ってきた。
今度はウララの馬車も一緒に連れてきてくれたので、全員がまとめてタルハンへ帰還することができる。
他にも組合の調査員も随行していたので、積みきれない荷物なども、彼らが管理してくれるだろう。
曲がりくねった海岸沿いの街道を半日。帰りは何のトラブルも発生することなく街へ辿り着く事ができた。
組合の建物に馬車を乗りつけ、元奴隷達とボリスさん達を中へ案内する。
「よう、ユミル。また厄介事を引き寄せたんだってな?」
組合の大会議室。
そこで顔を合わすなりヤージュさんが憎まれ口を叩いてきた。
「失敬な。きっかけを見つけたのはアリューシャですよ。それにこれは人命救助ですし」
「悪い、少しばかり気分がささくれててなぁ。まぁ、最近騒がせてた海賊を討伐出来ただけでも大きな功績になる。感謝するよ」
「それを決めたのはアーヴィンさんですよ。ボクは今回、本当に力を貸しただけです」
アーヴィンさんが決断し、ダニットさんが根城を見つけ出した。
ボクはこっそり内部を偵察して、最後に気分よく暴れただけだ。
それがヤージュさんの功績に繋がったのなら、うれしい副産物ではあるけど。
周囲に人目がないのを確認した上で、ヤージュさんにセンリさんが見つけた割符を渡しておく。
これは最近の騒動の重要な証拠品だ。
組合に渡して置かないと、まずい事になる。
「またこれか……まったく次から次へと」
「それでですね、ボリスさん――捕まっていた商人さんから聞いた話ですが……」
ついでにドラゴンの卵絡みの騒動も話しておかねばなるまい。
組合には秘匿しておきたい所だったが、ヤージュさんなら信頼できる。
情報は一括で管理しておいた方が、統合しやすいのだ。
「おま、そんな厄介事を……いや、いい。そのかわり今回の事件解決と密猟の見逃しで、貸し借りなしだぞ?」
「そうしてもらえると助かります」
「どうしてドラゴンの卵なんか欲しがるんだ?」
「ボクの真価はドラゴンに乗ってこそ発揮されるのですよ」
「まだ先があるのか、本当に図り知れん奴だな。まぁいい。孵化したらお前の責任できっちり調教しろよ」
「任せてください。生まれたてのドラゴン程度なら、泣いて逃げ出すくらいの戦力が屋敷には存在しますので」
スレイプニール二頭にメルトスライム。
それにボクとアリューシャとセンリさん。
重火力前衛のボクに、無限の回復力を発揮するアリューシャ、そして銃火器と言うチートアイテムを入手したセンリさんがいれば、ドラゴンインファントの一匹や二匹、敵ではない。
さらに倉庫と言う最大の凶器まで手に入れたのだ。
センリさんの倉庫には投擲用爆弾と言うアイテムまで入っているらしい。
製造職、マジ怖い。
ヤージュさんに事の次第を細かく報告し、ようやく我が家に帰還することができた。
ボク達がいない間、屋敷の周囲には冒険者の人達が監視に付いていてくれたらしい。
一時は犯罪者の拠点に使われていただけに、厳しくチェックしてくれているそうだ。
「ユミル様、お帰りなさいまし」
「イゴールさんも元気そうでよかった、死んでるけど。留守中に何か変わった事はなかった?」
「特になにも。バーベキューで残された肉類はスライム達に氷室に運ばせておきました」
「あ、ありがと。気が利くね」
そこでイゴールさんの迫力満点のデスマスクが、微妙に歪んでいる事に気が付いた。
なにか、こう……言いたい事があるような?
「何か、用でもあるの? いつもと表情が違うけど」
「ユミル様に一つ、お願いしたい事がございまして……」
「ん、なに?」
そこでイゴールさんは咳払いを一つ入れてから、神妙な顔でこう告げて来た。
「私に斥候の技術をお教えください」