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ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ  作者: 鏑木ハルカ
本編 ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ
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第百話 店開き

 その夜の睡眠は女性陣が船で、男性陣はホールで取る事になった。


 これは元奴隷達の三大欲求を恐れての事だ。

 彼らは睡眠は摂れていたが、残り二つが満たされていなかった。

 そのうち食欲は解放後の食事でどうにか持ち直す事ができたが、残り一つの性欲は押さえようがない。


 精神の壊れた性奴達を先に街へ送ったのは、彼らの暴発を恐れての事だからだ。

 生命維持に余裕ができると、いつその欲求の矛先がボクらに向かうか、判った物では無い。


 できるのならボリスさんの妻と娘とアリューシャも街に送りたかったのだが、さすがに馬車が満員になっていた。

 アーヴィンさん達に水夫達、それと性奴の女性に生き延びた海賊の護送。


 総員で二十を超える人員を乗せているのだから、ここは仕方の無いところだ。

 それにボリスさんが妻と娘から離れるのを嫌がったのだ。


 なぜ彼が残されたのかと言うと、海賊襲撃の説明をするために水夫を運ぶ必要があった。

 その証拠として海賊を護送する必要が出たからである。

 彼らを制御するために戦力としてアーヴィンさん達を送り……これは見張る人員の多さを見て振り分けた。

 ついでに、元奴隷達を彼らだけで押さえるのは不可能と判断したのだ。

 そして最後に早急にメンタルケアを必要とする女性達を送る。


 結局、これだけの人員を乗せた段階で、馬車の定員が限界に達したのである。


 残された女性は五人。

 ボク達三人と、ボリスさんの妻子。


 少なくともこの五人が元奴隷達と一緒に休息を取るのはまずい。

 特にボクは最近ガードが甘くて、ナチュラルに挑発してるから注意しろとセンリさんに怒られている。

 アリューシャも少しばかり奴隷達と揉めてしまったし、ここは離れておく方がいいと判断したのだ。


「ぐふ……ぐふふふ……」

「うふふふふふふふふ」

「お姉ちゃん達、きもい」

「ぐは!?」


 船室を三人ごとに分け、ボク達とボリスさん達で部屋分けする。

 即座に部屋に鍵を掛けたボクは、センリさんと不審な笑いを浮かべるのであった。


 そしてアリューシャにキモがられた。ショック……


「だって、倉庫だよ! 今まで苦労してたアイテムのやりくりが一気に解消されるんだよ!」

「そうよ! この在庫があれば、あの薬とか、こんな武器も作れるわ!」


 そう、今夜はやる事がたくさんあるのだ。

 特にアリューシャの能力である、『パーソナルストレージ解放』――すなわち倉庫機能の確認は必須事項である。


 どうやらこの能力、パーティメンバー内の倉庫にアクセスできるだけであって、彼女自身は操作できないようだ。

 つまり、彼女は倉庫の門を開くだけで、内部のアイテムは倉庫の持ち主本人、すなわちボクやセンリさんが直接行わなければならない。

 これはアリューシャを拉致すれば自由にアイテムを取り出せる訳では無い事に繋がるので、ありがたい。


 もっともアリューシャが居ないと開けないので、重要度は大きく増した事に変わりは無いけど。


「おお、フレイムブレードとアイスエッジはまだ残ってた。これでオートキャストができる!」

「あ、ユミル、その生命の雫って何?」

「これですか? 確か錬金術師のホムンクルス作成の素材ですよ」

「あなた魔導騎士だったんでしょ、何で持ってるのよ……」


 ミッドガルズ・オンラインは一つのアカウントで複数のキャラクターを保持する事ができる。

 ボクだってネタキャラだけでは臨時のパーティにも入れないので、それなりのキャラ達は用意していたのだ。


「例えば、殴りプリとか、殴りケミ。それにテイマーに、盗みウィズにガンスリ……」

「私もそっちのゲームの知識は多少持ってるけど、それって全部ネタキャラよね?」

「うっ!?」


 人と違う物を嗜好する。それがボクの悪癖である。

 故に作るキャラ達も、微妙に主流から外れたキャラ達ばかりだったのだ。

 まぁ、壁にもなれないオートキャスト魔導騎士よりはマシな扱いだったけど。


 ちなみに殴りプリはその強力な補助能力を自分に掛けて、前線で活躍するスタイル。

 殴りケミは自作した人工知能、ホムンクルスと共に前線に出るスタイル。

 テイマーは鷹や狼と言ったサポートNPCをメインに戦う、主客逆転した戦闘方法の弓手系上位職の構築(ビルド)の一種である。

 盗みウィズは詠唱短縮のために伸ばした器用さで、【スティール】を働く魔導師系で、これは修正が入って死にキャラと化した。

 ガンスリは未だ上位職の来ない、いくつかの不遇職の一つだ。


「それはともかく! ほら、ボクも司祭系やってた訳だから、装備があるんだよ。ほらアリューシャにはこれ。異端審問セットぉ」


 異端審問セットとは、異端審問官のメイス、ローブ、ショール、靴の四種を装備する事で、特定の攻撃魔法や不死系への攻撃力を強化するセットだ。

 ボクはこれを一定レベルまで強化しており……ぶっちゃけると、パーティなどではこのキャラの方が需要が高かった。

 いいんだ、魔導騎士はロマンだから……


「要求レベルも百だから、アリューシャも装備できるよ」

「わぁ! いいの、お姉ちゃん?」

「もちろん。今のボクが持ってても装備できないしね! アリューシャが強化されるのなら、これに勝る事は無いね」

「ありがとう!」


 ボクから装備を受け取り、さっそく試着するアリューシャ。

 正直言ってボク用にセットされている服なので、彼女が着ると裾がズルズルである。


「――だがそれがいい!」

「だらしない顔してるけど、その点は同意するわ……」


 サイズの合わない服に悪戦苦闘する幼女を見てほのぼのしていたが、しばらくすると装備のフィッティング機能が働いて、アリューシャにぴったりのサイズへと変化する。

 く、この機能は便利だけど、こういう時くらい空気読んでほしい。


「それを着けてると、【バニッシュ】や【セラフィック・レイ】の威力が上がるんだよ。それに不死系への防御力も高くなるし」

「イゴールさんに強くなれるの?」

「……いぢめちゃダメだよ?」


 確かにこの世界で知ってるアンデッドって、彼だけだけどさ。

 真っ先にアレを基準に据えるのは、なんと言うか……可哀想だ。


「ねぇ、ユミル。私にはこれ頂戴よ。生命の雫」

「いいですけど……何に使うんです?」

「エリクサー! 丁度こっちにあるユグドラシルの実ってアイテムと似た説明文だから、いけるかもと思って」

「それなら、まんま世界樹の実ってアイテムがありますよ。効果もHP、MP全快」

「むぅ、それなら作る意味はないのかしら……」


 小さなミカン程度の木の実を取り出して、彼女に見せる。

 その説明文を読んで、しょげかえったセンリさんを見て少し考えてみた。


 よくよく考えてみれば、ボクはこの体になって非常に胃袋が小さくなっている。

 しかも口もそれほど大きくないため、ミカン程度の大きさのアイテムでも戦闘中に食べるのは、負担になる。

 もしこれが小さな小瓶程度のポーションになれば、非常にありがたい。


「いえ、ポーション程度になるんだったらむしろありがたいです。これ、戦闘中にはさすがに食べられませんから」

「そっか、それもそうよね。じゃあ、この木の実でポーションを作ってみるわ。在庫はいくつあるの?」

「百個……少し切るくらいですね」


 このアイテムはボス戦の切り札になるので、それなりの数を確保しておいたのだ。

 もっともボスに挑む事自体があまり無かったボクは、その在庫を持て余し気味だったのだが。

 上位のプレイヤーになると、これを千個単位で保持しているらしい。


「でも今確認しても、装備して見せちゃダメなんですよね」

「あー、そうね。水着に武器だけで来た事になってるものね。早く帰って製薬試したいわ」

「ボクもこの装備で戦ってみたいですねー」

「帰っちゃおうか?」

「そうですね!」

「ダメでしょ! お姉ちゃん達なにいってるの」


 半分冗談交じりで職務放棄を口にするボク達に、アリューシャが『ぷんすか!』と言う態度で怒ってみせた。

 さすがに無責任に帰っちゃうのはダメだよね。


「ごめんごめん。あ、でも魔刻石は補充しておこう」


 魔刻石もボクは倉庫内に数千個のストックを抱えている。

 この在庫に魔刻石製造用の素材も合わせたら、当面の心配はする必要が無いだろう。

 これだけ聞くと、とんでもない数と思われるかもしれないが、むしろ正統派の魔導騎士達と比べたら少ない方だろう。

 残り魔刻石が三桁になったら、危機感を覚えるプレイヤーの話も聞くくらいだ。


「まぁ、小さな石だから、それくらいは構わないかな? ユミルの水着は面積が大きいし」

「いや、水着の中に隠し持ってる必要も無いじゃないですか」


 馬車の隅に積んでいたとか、そう言うのでいいじゃない。

 とにもかくにも、大幅パワーアップの目処は付いた。

 これでボクも全力で戦えると言うものだ。


「アリューシャも、それは一旦お屋敷に帰ってから装備してね。いきなりそんなの着だしたら変に思われちゃうから」

「うぅ、はぁい……」


 かなり気に入っていたらしい異端審問セットの裾をつまみながら、そう答える。

 ボクとしても、彼女にいろんな衣装を着せてあげるのは楽しみなんだけど、ここで店開きするのは色々と危険性が高い。

 例えば、不意の来客とか――


「ユミルさん、もうお休みですか?」

「ぅひゃあい!?」


 そこへノックと共に、声が掛けられた。声の主はボリスさんだ。

 扉には鍵を掛けておいたので、中に入られる事は無かったけど、タイミングがタイミングだけに心底驚いてしまった。


「あわわわ、大丈夫です、まだ起きてます! でも少しだけ待ってください!?」


 そこまで大量のアイテムを広げていた訳ではないけど、どう考えても持ち込んだはずの無いアイテムが、そこかしこに散らばっている。

 ボクとセンリさんは大急ぎでそれらをインベントリーに放り込んで行く。

 アリューシャも装備をわたわたと脱いで、インベントリーに仕舞い込んでいた。


 とりあえずすべてのアイテムを仕舞いこんだ所で、扉の鍵を開け、ボリスさんを迎え入れる。


「夜遅くにすみません――えっと、なんというか、ワイルドな格好をなされていますな?」


 よく見るとアリューシャは装備を根こそぎインベントリーに突っ込んだので、かぼちゃパンツ一枚な格好である。


「あはは、水着一枚で救援に駆けつけたモノですから、寝巻きが無くて」

「ああ、そういえばそうでしたな! これは私も気が付きませんで……妻や娘の着替えでよければ用意いたしますが?」

「それは……いえ、そうですね。お願いします」


 正直、ここで着替えを借りなくてもボク達は困らない。

 だが、借り受けて置かないと逆に変な印象を与えるかと思って、好意を受けて置くことにした。


「それで、この時間に何の用でしょう?」

「ドラゴンの卵について、です」


 一転真剣な表情になってから、彼は告げてきた。

 そうだ、ボクもそれについて、聞かねばならない事がある。


「それはボクも聞きたい事があったんです。ボリスさん、北の街で卵を仕入れたんですよね?」

「ええ」

「それなのにあなたは、南からの交易船に乗っていた。これは矛盾していると思うのですが?」


 北で卵を仕入れたのなら、北から降りてくるルートを辿っていないとおかしい。

 それなのに彼は、南からやってきたのだ。

 ボクはそこに疑問を持っていた。


「さすがに……鋭い方ですね。確かにその通り。普通だと疑問に思われるでしょうとも」


 そうして、ボリスさんは海賊に襲われるまでの事を話しだしたのだった。


残念ながら、異端審問セットが日の目を見る事はありません……無いのです!

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