第九十八話 事後処理
気絶した首領をアーヴィンさんが縛り上げている間、ボクはドラゴンの卵を確保しておいた。
こういう力仕事って男の役目だよね。ボクも元男だけど。
「それにしてもユミル、また早くなったんじゃない?」
「そうですか? うん、敏捷性が伸びてますから、そうかもしれませんね」
ルイザさんは呆れた様な口調でこちらに話しかけて来る。
確かに前だったら、天井を足場にしたフェイントとか、できなかっただろうな。
能力上限を突破した影響はかなり大きいようだ。
「いや、もう……どこのケダモノがやってきたのかと思ったぜ」
「む、アーヴィンさんはデリカシーを学ぶべきです」
仮にも外見女の子に対して言う言葉じゃない。
そんな合間にも首領を縛り上げ、ダークエルフの死体は……まぁ放置でもいいだろう。
ここからアンデッド化するのは、かなり根性が必要だと思う。
手足無いし……イゴールさんみたいなゴースト系じゃないと無理だろう。
ホールに戻ると、そこは惨状の跡が残されていた。
ボクを足止めしようとして人質を取った海賊達だが、反応するまもなく首を刎ねられ、その死骸を横たえている。
もちろんアーヴィンさんへの救援を最優先していたので、放置していた女性達も血まみれのままだった。
自意識のない彼女達は、戻ってきても、未だその場に留まったままだ。
女性達は返り血を頭から浴びても、微動だにしていない。
それは見るも無惨な光景だ。ここから彼女達が元の生活に戻れるかどうかは、ボク達には関与できない。
彼女達を連れて、桟橋へと戻る。
そこはすでにセンリさんに完全制圧されて、十数人の男達が拘束を受け、同数程度の男達が息絶えていた。
重傷を負って悶絶していた者はアリューシャとローザから【ヒール】を受けて回復している。
そうでなければ、死者はもっと増えていただろう。
「センリさんお疲れ様。こいつも追加でお願いします」
「これが首領? ダークエルフは?」
「奥の抜け道で八つになってます」
「うわ、まさしく八つ裂きにしたのね……」
まぁ、最近妙に苦戦続きだったので、力加減を間違えたという気がしないでもない。
それはともかく。
「アリューシャとローザは付いてきて。船内に怪我人がいるんだ」
「え、でもタラップは壊れて……」
確かにタラップは壊れていて、センリさんの【修復】でもないと、すぐには乗り移れない状況だ。
だが――
「ほら、アリューシャは背中におんぶ」
「わぁい」
ピョンと勢いよくぶら下がってくる幼女。
そのままローザを横抱きに抱え上げ、船に向けてダッシュ&ジャンプ。
「きゃああああぁぁぁぁぁ!?」
「きゃああああぁぁぁぁぁ♪」
ローザとアリューシャは悲鳴を上げているが、アリューシャのそれは多分に歓喜を含んでいる。
ジェットコースター感覚なんだな、彼女にとっては。
桟橋から船の甲板まで五メートル以上の高低差があったが、ボクの脚力ならば問題ない。
あっさりと飛び移り、そのまま船内へとローザを運び込む。
回復力だけならアリューシャだけでもよかったのだが、彼女はまだ子供だ。
見せちゃいけない場所とかもあるかもしれない。
特に船底の奴隷達はまだ詳細に見てないけど、ひょっとしたらボクが思っている以上に酷い事になっている可能性もある。
そう言う時のための代役にローザが欲しかったのだ。
まずは瀕死の重傷を負っている護衛の人達を治そう。
「まずは捕虜になってる人達の中に重傷の人がいるから」
「ん、わかった。治せばいーんだね」
「アリューシャが頼りになってとてもうれしいね」
おんぶしたまま首筋に顔をうずめてくるアリューシャの頭を撫でてあげる。
その分ローザが不安定になって、こちらに抱き付いてきたけど、まぁ問題はない。
意外とフカフカだったと言っておこう。
目的地の扉を合図通りにノックして開けてもらう。
「ダニットさん、外はすでにケリが付きました。もう大丈夫ですよ」
「そうか」
相変わらず寡黙な対応を返す人だ。
アリューシャを降ろすと、一目散に怪我人の方へ駆け寄って行く。
こういうところを見ると、もう一人前の神官だ。
一足遅れてローザも駆け寄って行く。
「お姉ちゃん、このままじゃ怪我の様子が見れない。ベッドか何かないかな?」
「任せて」
もう使う予定のない檻なんだから、壊しても問題ないよね?
二人を下がらせると、背中に背負った紅蓮剣を一閃。鉄格子を紙の様に斬り裂いてみせた。
そして斬り飛ばしてできた鉄棒を床に突き立てる。
その上に扉を外して、鉄棒の上に乗せて簡易ベッドを作った。
「剣で鉄格子斬り抜くとか……前から思ってたけど、馬鹿げた能力ね」
「そんな事よりぃ。うん、これなら間に合う【Exヒール】!」
腹や背中から大きく出血していた護衛の怪我が、アリューシャの魔術によって一気に癒されていく。
彼女の高位ヒールは部位欠損すら癒してしまうので、失血だって充分に補える。
だが失った体力までは、そうは行かない。
「大丈夫そうだね。アリューシャはしばらく様子を見てて上げて。ローザはボクと船底の方を見てくるから」
「え、わたしも行くよ?」
「アリューシャの手が必要になったら呼びに来るよ。まずはその人から。ね?」
「むぅ、わかった」
ボクが軽く見ただけでも、船底の奴隷達は鞭打たれた跡などが多くあった。
場合によっては傷口が腐っている者もいるかもしれない。
そういった凄惨な現場は、あまり彼女に見せたくはない。
もちろんアリューシャだって、冒険の戦闘などで酷い怪我をするシーンは何度も見ている。
だが船底にあるのは、明らかな『人の悪意』だ。
そういう物に触れるには、まだ彼女は幼すぎる。
ボクのそんな意図を察したのか、ローザはくすりと笑みを漏らす。
「む、なにその上から目線な笑いは?」
「まるでお母さんね。まぁ、奴隷の扱いなんて、子供に見せる物じゃないのは判るわ」
船底では、二十人ほどの奴隷達が鎖に繋がれ、櫂にもたれかかる様にして眠りについていた。
彼らは、船が動かない状況でも、この場から離れる事は許されないのだ。
垂れ流された糞尿と汗と血で床が酷くぬめり、悪臭が立ち篭めている。
こんな悪環境では、いつ病気になってもおかしく無い。
「皆さん、海賊達は討伐されました! 今から解放しますので、しばらく待っててください」
休んでいるところを申し訳ないが、現状を知らせるのが最優先だ。
船底全体に響き渡るほどの大声を出して、自由になった事を報告する。
「うぁ? え……」
「ほ、本当なのか!?」
「――……」
未だ疑問を持つ声、歓喜に染まる声、声すら上げられない者……それぞれがそれぞれの反応を返す。
ボクは汚泥に足を突っ込み、奴隷を戒める鎖を切り落としていく。
ローザもボクの後ろに続いて、各自に【ヒール】を施していった。
彼女の【ヒール】はまだ効果が低く、完調に戻すまではいかないが、それでも自力で歩くだけの体力を持たせることには成功している。
奴隷達は自分の足で立ち上がり、堰を切ったように甲板へと駆けだして行った。
三人ほど、自力で立ち上がる事のできないものもいたが、彼らはボクとローザで抱え上げ、アリューシャの元に運ぶ事にした。
もちろんここに彼女を呼んでもいいのだが、こんな不潔な場所にあの子を呼ぶのは気が引けたのだ。
彼らは特に衰弱が激しいのだが、途中で甲板によって、体を軽く流してもらう。
これは感染症を恐れての処置だ。
護衛の男の傷を塞いだとは言え、彼はまだ弱っている。
「ごめんね。他にも怪我人がいる場所に行くから、できるだけ清潔にしておきたいの」
「ぁ……」
負担にならないように、水の中に紅蓮剣を漬けて、軽く水温を上げておく。
この剣も火属性を持つ剣なので、熱を発しているのだ。
聖火王の冠ほど火力がある訳ではないけど、お湯を沸かす事ができる。
そして体を拭いていって気付いたのだが、鞭打たれた跡が腐敗している。
これでは衰弱して当たり前だ。
「なんて、ひどい……」
彼らの傷は、ボクが見立てた以上に酷い物だった。
もし水で清拭していたら、体力が奪われて死んでいたかもしれないほどに。
出来るだけ怪我に触らないようにゆっくりと拭って行く。
最後にぬるま湯程度に暖めたお湯でざっと体を流し、船室のカーテンを回収してきて体を包み、温めておく。
その間も、ローザはひっきりなしに【ヒール】を掛け、体力を回復させていた。
一通り綺麗になったところで、アリューシャの元へ向かう。
完全に汚れが落ちた訳ではないが、それでも見違えるほどに清潔になっている。
「アリューシャ、ごめん。この人達もお願い!」
「あ、もう! 困ったら呼んでっていってたじゃない」
「まぁ、そう言う訳にもね……」
困ったように言い訳するボクに、奴隷――いや、元奴隷の人達が小さく笑ったような気がした。
彼らもあそこの惨状は知っている。
そこにこんな小さな子供を呼び付ける訳には行かないことは、理解しているのだ。
「あ、これは酷いかも……えと、【フィジカルブースト】、【リザイレンス・レインフォースメント】、【サンクタム】!」
うわ、全力の範囲回復だ。
特に【リザイレンス・レインフォースメント】はアリューシャの回復の切り札とも言える。
MP消費が倍に跳ね上がる代わりに、通常時の三倍近い回復量を【ヒール】系スキルに与える自己バフ魔法だ。
【フィジカルブースト】も基本支援スキルではあるが、日頃のアリューシャならば、こんな物を使わなくても一般人を全快にできる。
「やっぱり酷かったんだ?」
「うん、怪我だけじゃなくて……腐敗も」
彼らは手足が弱り、傷口の一部が腐っていた。
危ないとは思っていたけど、アリューシャが全力で癒さねばならない所だったとは……
「本当に危なかったんですね。身体、洗ったけど大丈夫でしたか?」
「ぁぁ、かまわ、ない、よ。例え、あれで、死んでも――さっぱりして、死ねる、なら……本望だと、思った」
弱々しく、途切れ途切れではあるけど、言葉を発してくれた事に、ボクは安堵の息を漏らした。
それは喋れる程度には回復したと言う証だからだ。
「それに、しても……こっちの、お嬢ちゃんは、すごい、な」
「ええ、自慢の妹分ですから」
娘とは言わないぞ、けっして。
そこへダニットさんが割りこんできた。
「それより、船内が騒々しいのだが、なにかしたのか?」
「船底の奴隷達を解放したんですよ。この船の船底はひどい有様でしたから」
「ああ、ガレーの漕ぎ手部屋は大体そうなるな……」
もちろん真っ当な労働力として雇われているものなら、あれほど酷くはない。
だが、ガレー船の漕ぎ手は持ち場を離れる事ができない。
そのため、大抵の労働力は奴隷で賄われる事になる。
そして、奴隷と言うのは、まさに使い捨ての道具……いや、それ以下だとして扱われる。
ましてや海賊船ともなれば、その労働環境は劣悪の極みといえよう。
「そう言えば商人さん達は?」
ふと気が付いて周囲を見れば、男達三人がいない。
中年の女性もいなくなって、少女と護衛の男性一人が残されている状況だ。
「すでに部屋を出て行ったよ。まぁ、足止めする理由もないしな」
それもそうだ。助けた相手に不当に監禁されたと訴えられても困る。
肩を竦めて同意を示すダニットさんに被せる様に、甲板から絶叫が響いてきた。
「なんだこれは! これでは降りられないじゃないか!」
そう言えばタラップは破壊したままだった。
ボクなら飛び降りることも可能だけど、一般人には五メートルを超える高さはつらい。
まぁ、あれだけ騒げば、センリさんが何とかしてくれると思うけどね。
その後、商人に扱き使われてぷりぷり怒っているセンリさんが、タラップを掛けてくれましたとさ。
捕まっていて気が立っているとは言え、センリさんにあの言葉使い……あの商人、無事で済むといいんだけどね?
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