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ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ  作者: 鏑木ハルカ
本編 ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ
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第九話 迷宮講釈

迷宮に関しての説明回です。


 立ち話もあれなので、彼らを小屋の中に案内する。

 迷宮行きはしばらく断念だ。今は新しい出会いの方が遥かに重要。

 アーヴィンさんは小屋を一瞥すると、感心したように呟いた。


「意外と整っているな……よくもまぁ、こんな草原の真ん中で生活が成り立つものだ」

「そこに洞窟があって、水とかお肉はそこから入手できるんですよ。他にも革やミルクも。まぁ、ミルクは品薄ですけど」

「え、ミルクがあるんですの? あの……よろしければ一杯いただけませんか? あ、もちろん御代は支払います」


 ボクの発言に食いついてきたのは、意外な事に神官のルディスさんだった。

 女性としては甘みがあって濃厚な味わいのミルクはご馳走だろう。特に長期間草原を渡ってきたならば。


「御代とか構いませんよ。それより代わりといっては何ですけど、いくつか教えて欲しい事が……」

「ああ、何でも答えるから、俺にも一杯奢ってくれないかな? ここの所、味気ない水ばかりで辟易していたんだ」

「ええ、どうぞ」


 インベントリーから取り出すところは見せたくないので、壁際に置いた牛乳用の水袋から木を刳り貫いて作ったカップに注ぐ。

 丁度迷宮に採取しに行く必要上から、小さな水袋に移して小屋に放り出しておいたのだ。

 水袋はインベントリーに格納すると大きさの大中小で三種に分けられ、しかも中身の違いでも分けて格納される。

 もちろん各項目三万の格納量を誇るインベントリーだから、量的に困る事は無いが……保持できる種別がそれほど多くないのだ。


 インベントリーに格納できる種別は百種類、各三万個まで。

 ボクの場合、装備や回復アイテム、魔刻石(ルーン)を複数種類持ち歩いているため、水袋で枠を割く余裕が無い。

 袋三種が水と乳で六種。さらに倒したモンスターの素材や死体まで持ち運ぶとなると、あっという間に限界量に達してしまう。

 しかも筋力による所持重量上限も存在するのだ。ユミルの筋力は前衛の平均より低めなため、比較的持ち歩ける量は少ない。

 なので、不要な品はできるだけ小屋に置いて行く様にしていた。


「牛のミルクは切らしてまして、山羊の物ですけどいいですか?」

「ああ、全く構わん。というか洞窟に山羊がいるのか?」

「アリューシャの言う通りだと、あそこの洞窟は迷宮って言うらしいですからね。倒してもまた復活するんですよ」

「迷宮だと!?」


 ボクの放った『迷宮』という単語に激しく反応するアーヴィンさん。

 他のメンバーも似たような反応で、驚愕と期待に満ちた眼差しをしている。


「あの、迷宮が……なにか?」

「君は迷宮の価値を知らないのか!?」

「えと……便利ではあります、よね?」

「そんな問題じゃない!」


 あきれ果てたという態度で天を仰ぐ彼。そんな彼をルイザさんが杖で叩いて落ち着かせた。


「落ち着きなさい、アーヴィン。彼女は冒険者といってもまだ子供よ。それにこんな場所で暮らしてるんだもの、私達の常識とは違う基準を持っていてもおかしくないわ」

「あ……すまない、少し興奮してしまった」


 言葉を荒らげた彼にアリューシャがボクの背後に隠れ怯えている。

 確かに小さな子を怯えさせるのはよくないな。


「いえ、ボクは構いませんけど……この子もいるので、あまり大きな声は――」

「本当にすまなかった。ついウッカリして――」

「ん」


 アーヴィンさんはアリューシャに丁寧に頭を下げる。

 アリューシャはその謝罪を受け入れ、小さな手で彼の頭を撫で返した。

 その様子にボクは思わずほっこりと顔を緩ませる。ちょっと大人ぶった彼女の様子が微笑ましい。

 だけど、今はそれよりも……


「迷宮ってそれほど重要なんですか? ボクは……いえ、彼女も気がついたら迷宮の中に居たんです。その時の影響か、迷宮以前の記憶がなくて……」

「そんな事が……可哀想に」


 ボクは胸に手を当て、憂いを帯びた表情で視線を外してみせる。

 正確にはボクが現れたのは迷宮の外だし、記憶も持っているけど、この際利用できるものは利用させてもらおう。

 ルイザさんとルディスさんは同情の視線を向けてくれる。効果はばっちりだった。


「転移の影響か……そういう事もあるかもしれないな。なにせ迷宮のしでかす事だから」

「そうね。何が起きるかわからないもの」

「なんだか大事(おおごと)みたいですね」


 適当な言い訳に納得顔をするルイザさんとアーヴィンさん。

 クラヴィスさんとダニットさんは山羊のミルクを旨そうに飲み干している。話に参加しろ。


「そうだな、まず迷宮という特異性を説明しようか――」


 こうしてアーヴィンさんから、迷宮についてのレクチャーを受けることになった。




 この世界の迷宮とは――


 まず、内部構造に物理的な法則が設けられていないという事。

 なので、三階以下の層の様に太陽もないのに明るかったり、海が存在したり、平原が現れたりという事も普通にあるらしい。


 そして内部の状況を維持しようとする能力を持っている。

 ボクが刈り出してきた木材やモンスターの数は相当な量に及ぶ。

 だが、迷宮はその内部構造を維持しようと働くため、減少したモンスターや資源を何らかの方法で補給し、復元してしまうのだ。

 その方法については今以て謎なのだが、これは資源を無限に入手できるという事で、国や街にとって大きな財源になりうる。

 故に迷宮に関しては各国が(こぞ)って確保しようと動き、その権利に関しては厳格に定められている。

 この権利に関しては国際法的な契約が結ばれており、不当な侵略などが起きないよう、各国がお互いに目を光らせあっている。

 彼らが驚愕したのはこの辺りが理由だろう。


 そして三つ目。

 迷宮では何が起きるかわからない。

 アリューシャの様に転移させられ捕縛されてしまったり、記憶を失った状態で発見される人も、相当数存在するらしい。

 中には迷宮自体が急激に構造を変化させ、その組み換えに巻き込まれて姿を消した人物もいるらしいのだ。

 これを『迷宮に食われる』と呼んでいる。

 他にも、死骸を放置しても一定時間経つと迷宮に吸い込まれるように取り込まれ、血痕一つ残らない事もあるそうだ。

 装備品まで綺麗に取り込まれてしまうのだが、この装備品が別の宝箱から出てきた等という逸話もあるので、消える訳ではないのかも知れない。


 そして最後。

 迷宮には迷宮核と呼ばれる存在があり、たいていは迷宮の最下層に存在している。

 この核は処理しないで放置すると、一晩で小さな迷宮なら作り上げてしまうので、保存する際は細心の注意が必要になるらしい。

 もっとも、無限の資源を生み出す迷宮を封印する国はあまり無い。

 だが困った場所に迷宮が作られることはあるので、この迷宮核を回収して移動させる事はある。

 ただし、迷宮核に到達するには迷宮を完全に踏破する必要があるので、難易度はかなり高い事らしいが。




「という訳で、迷宮というのは発見したものが権利者としての権限を認められ、それだけで一財産を築く事になるんだよ」

「へぇ……」

「暢気な事を言っているが、この場合、発見者はキミだよ?」

「え、まじですか?」

「あたりまえだろう」


 なんだかエライ事になってきた気がします。

 お金は欲しいけど、これだけの富を吐き出すとなれば、色々欲がらみの問題も起きるだろう。陰謀に巻き込まれるのは勘弁して欲しい。


「ボクとしては生活できるだけでいいんですけどねぇ」

「そうも言ってられないわよ? この迷宮を届け出ておかないと、街や国が所有権を主張するために軍を送ってくるかも知れないもの」


 ルイザさんは心配そうに、ボクを見つめて諭してくる。

 この人は本当にボク達の身を案じてくれているのだろう。いい人だ……いや、いい女だ。男のままだったら惚れてたかもしれない。


「うへぇ……あ、でも届け出るって言っても、どこに?」

「ここから一番近い街は……どこになる?」

「ちょっとぉ!?」


 予想外の返しに思わず肩が落ちた。

 この人たちはどっから来たって言うんだ?


「いや、すまん。そもそもこの位置は草原のほぼ中央に位置していてね。東西南北、どの方角の町も似た様な距離が開いているんだよ」

「そうなんですか? ちなみにアーヴィンさんはどちらから?」

「東のタルハンの街だね。歩いて二週間ほどの距離だよ」

「二週間……」


 東の街まで二週間。彼の話だと、どっちに歩いてもそれくらいは掛かるという事だ。

 背の高い草の繁る草原の中を……二週間か。

 人は一日に四十キロほど歩けるという。だがアリューシャはまだ子供だ。迷宮内でも十キロほど歩けばへばってしまう。

 それだって五歳児としては破格な体力なんだろうけど。

 四倍の時間が掛かるとして八週間。およそ二ヶ月。

 しかも背の高い草が行軍を邪魔する。ボクにとっては腰辺りの草だが、アリューシャにとっては胸元まで届く。

 草原の中にいる彼女は、首から上しか見えない。消耗する体力は、おそらく倍で済まないだろう。


「――無理だな。ボクはともかく、アリューシャが耐えられない」

「ああ、確かにこの歳の子供には辛い距離だね」

「馬車とか用意できないでしょうか?」

「この草がな……車輪に絡んでまともに運用できないんだ」

「ここを行き来するのは動物なんかに乗る必要があるって事ですか」

「それだって充分に体力を消耗する。馬に乗るのは結構きついぞ」

「そうですか……」


 今の状況じゃ、アリューシャを連れ出すのはやはり無理があるらしい。

 それならいっそ、ここに根を張ってしまうのもいいかも知れない。

 迷宮にさえ入れるなら、何とでも生活できるはずだ。


「……そうだな。届出を俺達が代行しても構わんぞ?」


 そこに口を挟んできたのは、ダニットさんだ。

 ミルクは飲み干したらしい。


「いいのですか?」

「むしろその方が助かる。この位置にあるというのは何かと厄介だ」


 彼が言うには、この草原を管理している国や街は存在せず、つまりこの迷宮はどこの町にも所属していないことになる。

 周囲の街から同程度の距離があるため、情報が届けば各方面が所有権を主張しだすだろう。

 それは新たな争いの火種になる。下手すれば戦争物だそうだ。

 だが、ここでボクが先に権利を主張していれば、後から来る街の連中が所有権を主張するのは難しくなるとの事。

 その辺りの取り決めは、彼らの所属する冒険者組合とやらが厳格に管理しているらしい。


「それになにより、ここは交通の便が悪すぎる。宿泊施設や食料の供給元があるのはありがたい」

「つまり、ボクにここで宿屋をやれと? 出来ればアリューシャには街で色々学んでもらいたいんですけど」

「気にする事は無い。街は――ここにできる」

「ハァ!?」


 迷宮が出来れば資材が動き、それに応じて金が動く。

 そして金が動く場所には人が集まり、人が集まれば街ができる。

 ダニットさんが言うには、そういうことらしいけど……そう簡単にいくものかなぁ? 


「ま、それもこれも本当に迷宮かどうか確認してからだけどな。明日俺達が様子を見てくる。それまでに答えを出しておいてくれればいいさ」

「あ、それもそうですね」


 言ってしまえば、あそこを迷宮だと主張しているのはアリューシャしかいない。

 ただの大きめの洞窟という可能性だって……無いだろうなぁ。


「まぁ、初心者向けの迷宮っぽいですし、そんなに心配する事じゃないかな?」

「ぜったい、ちがうとおもう」


 敵が弱いという事は、出てくる資源も高級なものじゃないだろう。なら、それにまつわる利権だの何だのもそう大きくはならないだろう。

 彼の言うとおり、気楽に宿を経営する方向で考えればいいのかも知れない。

 ところでアリューシャ、なぜブンブン首を振っているのかね?


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― 新着の感想 ―
小屋で常温保存してあるミルク…………大丈夫?
[一言] 地下迷宮の小部屋のほうが涼しい、夏が近づく、ミルクのためにも。泉の水は井戸水並みの冷水?: 、不要な品はできるだけ小屋に置いて行く様にしていた。
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