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何気ない会話の中に隠れていた、とても大事なこと、その6【M視点】

Pに言わせると、僕には妄想癖があるらしい。それもかなり濃度の濃いやつ。

 しかし、Pにだって、その傾向がみられる。

 でも、彼の場合、妄想ではない。

 思考の世界に迷い込む。そんな感じ。考え込んでしまって、なかなかこっちの世界に戻ってこられないといったようなことが、たまにあるのだ。

 きっと、今もそうだ。

 自分の方から、ヘッドマウントディスプレイの情報が、どうのこうのと言いだしたくせに、この僕をほったらかしにして、さっきから宙の一点を見つめている。

 これまでの経験からすると、こちらからアクションを起こさない限り、この状態はあと数分続く。

「何、考えているんだ、お前」

 目の前で、大声で言ってやった。

 え?

 Pは一瞬びっくりしたように、目をぱちぱちした。でも、すぐに冷静さを取り戻した。そして何ごともなかったような声で「今回は、お前の意見を取り入れることにするよ」と言った。

 いつものことだが、こんな時、迷ってしまう。Pがどっちの話をしているのか、すぐには判断できないからだ。

 飛行機の座席の話に戻ったのだろうか。それとも……

 しかし、話の流れからいけば、ヘッドマウントディスプレイの方だろう。

「つまり、今回はパスして、次の機種を狙うってことだよな」

 とりあえず、そう言ってみると、彼はにこっと笑って「ピンポーン」と言った。「考えてみれば、電子機器の技術革新のスピードはものすごい。次期モデルは、いきなりサングラスみたいな形で登場するかも知れない。そうなると、商品名はヘッドマウントディスプレイじゃなくって、眼鏡型ディスプレイ。でも、そうなると、安っぽい映像機器に聞こえるよな。なにかいいネーミングを考えて商標権を押さえておこうか」

 さすがは経営アドバイザー。一分に満たない時間に、そんな先のことまで考えていたとは。しかし、それぐらいのことは、誰でも考えつく。

 そこで僕は、昨日電器店で言わなかったことを話した。

「ネット情報によると、次のモデルは、画質を重視した4Kだってさ。でも、形状的にはほとんど代わらないらしいぞ」

 するとPは、皮肉っぽい笑みを口元に浮かべた。

「ネット情報をそのまま信用するな。それが、我が社の合い言葉なんだ」

 相手が他の人間だったら、バイバイも言わずに、この場を立ち去るところだが、これが僕たちの会話パターン。織り込み済み。

 そこで僕がいつものように、わざと怒ったような口調で「悪かったな、俺の情報が間違っていて」と応じると、Pも機嫌をとるような声で返してきた。

「いやいや、そう言う意味で言ったんじゃない。俺たちもネットは重視している。でも、同時に、ネットにでてこない情報も収集するようにしているんだ」

「たとえば?」

「町工場の片隅で囁かれている噂話。頓挫した大型プロジェクトの、その後の動向」

 そのあとPは、真面目な顔でいくつかの例をあげた。

 それらの話の中で彼が言いたかったのは、十年前の常識が通用しなくなる仕組み作りが、世界中のあらゆる分野で進行しているということらしかった。

 その立役者は、インターネットの個人ブログに注目したプロデューサー的立場の人物たち。

 自分の名を後世に残したい資産家。会社が認めてくれないアイデアを製品化したい技術者。成果が出せないまま退職させられた研究者。高度の技術があるのに、営業力のない町工場。無名のデザイナー。町の発明家などを互いに結びつけ、既存メーカーが見逃していた分野だけでなく、大企業が長年独占していた分野にも、その仕組みを広げようとしているらしかった。

 プラスチックのおもちゃを作る程度の精度しか持たなかった3Dプリンタが実用化されたことも、彼らにとって強力な追い風となった。

 高価な精密加工機器や金型。それを扱う技術がなくても、自分がイメージしたものを、形として生み出せるようになったからだ。 

 電子部品の集積化。これも、色々な分野に思わぬ効果をもたらし始めた。

 たとえば空撮。

 昔、空撮といえば、本物のヘリコプターかセスナを使った。

 でも今は、一眼レフサイズのフルハイビジョンカメラを搭載した、無線操縦のマルチヘリで事足りる。

 持ち運びが簡単。いつでもどこでも、どんなアングルからでも撮影可能。撮影コストは、人間が操縦するヘリコプターと比べると、ゼロと言ってもいいくらい

 今世界中で一番売れている超小型ビデオカメラの発案者は、サーフィンが趣味のニック・ウッドマン。

 彼はカメラメーカーの規格部の人間でもなければ、その方面の技術者でもなかった。

 サーフィンをしている人間の姿を、間近から撮影するカメラが、世の中に存在しないことを知ったニック・ウッドマンが、そのあとに取った行動が、映像の世界をがらりと変えることになった。

「つまり、アイデアさえあれば、全くの素人でも、世間の常識を覆すような商品を世に送り出すことができる時代になりつつあるということだな」

「そう、要は、斬新なアイデアなんだ」自分の言わんとしたことが通じたのが嬉しかったのか、Pは大きくうなずいた。「うちの会長は、いつも言っている。商売のタネはどこにでも転がっている。だから常に周囲に気を配れってね」

 ダメ元で訊いてみた。「アイデアを生み出すための、秘訣のようなものがあるのか?」

「秘訣?」Pはしばらく僕を見つめた後「あると言えば、ある」と言って口をつぐんだ。 今回は、ないと言えばない、の部分がなかった。そのことが気になった僕は、突っ込んだ質問をしてみた。

「それは、企業秘密って事なのか?」

「違う」Pは意味ありげな笑みを浮かべた。「秘訣を教えてもらった人間の中には、からかわれたと勘違いする奴がいるもんでね」

 そう言ったPは、三秒ほど僕を見つめたあと、文章を読み上げるような口調で続けた。

「秘訣は二つ。最初が、頭の中に、常に情報を詰め込んでおくこと。二番目が、頭の中を、常に空っぽにしておくこと」


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