何気ない会話の中に隠れていた、とても大事なこと、その3【P視点】
何となく、気になる奴。
Mを最初に見たとき、そう思った。
面白いことに、相手もそれと同じ様なことを、オレに感じたらしい。
そんなこともあって、出会ってすぐに、意気投合。映像を学んだ二年間、オレとMは、ほとんど行動を共にした。
「お友達と遊んだら、もっと楽しいわよ」
「協調性があれば、申し分ないんだけど」
「世の中は、自分一人では生きていけないんだぞ」
幼稚園生の頃から、そのようなことを言い続けられてきたオレにとって、そのことは奇跡に近かった。
なぜなんだろう。どうしてだったんだろう。
この十数年間、その理由を考え続けてきた。
しかし、結論のようなものが浮かんできたことは、一度もなかった。
俺たちは、ウマが合う。ただそれだけのこと。
いつもその言葉で、自分をごまかしてきた。
しかし、この二日間で、何となくだが、分かったような気がする。
相互作用。
Mも、オレと同じように、何かが欠けている。そして、多くの、無駄なものを抱え込んでいる。
オレたちは、会話の中で、あるいは行動の中で、お互いに作用し合っていたのだ。
それは、これからも、ずっと続く。
何がどこにどう作用していたのか、何がいつどのように変わったのかは、分からない。だが、オレたちの間で交わされるセリフ。オレたちの間に起きる出来事。それは、自分のためのものであり、相手のためのものでもある。
この思い込みを貫き通すことによって、オレの仮説は、定説に姿を変える。はず。
目の前にいるのが、Mじゃなかったら、オレは、こんなくだらない質問には答えない。ステーキを食べることに専念する。
しかし、Mが納得するようなセリフを言えば、オレの中の、何かが変わり、Mの中の、何かが変わる。
(お前はたった一人の親友。その上、会長の恩人。そうくれば、一番良い座席を確保するのが、当然だろう)
オレは頭の中で、そう言ってから、確認のために訊いた。
「もしお前が、俺の立場だったら、どうする?」
「座席は、エコノミー。差額で何かを買って、土産として持たせる」
即座に返ってきた言葉に、危うく吹き出しそうになった。予想していた通りだった。
「なんだよ、おい」それからわざとMに顔を近づけて、言ってみた。「手土産が欲しかったのか? それならそれと、早く言えよ」
「そんなわけないだろ」案の定、Mは怒ったような声で言った。「俺の場合、そんなものはいらない。俺は手ぶらでないと落ち着かないんだ」
Mは昔からウエストポーチの愛用者。今回も、十年前と同じものを腰に巻いていた。次の答えも見当がついたが、試しに訊いてみた。「もし、土産の用意がしてあると言ったらどうする」
「お前が勝手に処分すればいい」
思った通りの反応が、こうも続くと、やはり、笑ってしまう。
「何がおかしい」Mがむくれ顔で言った。
他人が見たら、喧嘩でもしていると思うかもしれない。
でもこれは、じゃれ合い。今の言葉にしても、オレたちの間では、相づちのようなもの。さっさと話の続きをしろ、と言う合図なのだ。
しかし、その時点で、オレの頭には何も浮かんでいなかった。だが「別に何も」と言ったところで、飛行機の座席の話をしていたことを思い出した。と同時に、オレの口から、勝手に言葉が飛び出した。
「お前が客室乗務員になったつもりで聞いて欲しい」
自分の口から出た言葉に、オレ自身が驚いたが、サラダを食べようとしていたMも、びっくりしたような顔でオレを見た。
「それって、スチュワーデスのことだよな」
Mと顔を合わせた数秒間に、ちょっとしたストーリーが頭の中に浮かんできた。といっても、いつものこじつけ話。
「決まってるじゃないか」と言ってから、Mを煽るように続けた。「お前は、世界の空を飛び回る美貌溢れるスチュワーデス。スタイル抜群。世界中のみんなから憧れの目を向けられるスチュワーデス」
オレとMには、いくつかの共通認識がる。その中には、客室乗務員という呼び方の廃止という項目もあったのだ。
Mは、フォークとナイフを持ったまま天井を見上げた。自分が制服を着た姿を想像しているらしいが、オレはその間を利用して、やわらかなステーキを頬張った。
「俺だと、どうしてもイメージが湧かない」十数秒ほどして、そう言った彼は、視線を戻すと、オレが喜ぶようなことを言った。「だから、お前のところの、女社長がスチュワーデスになった姿を想像してみたよ」
口を押さえてひと笑いしたオレは、ナプキンで口元を拭ってから話を続けた。
「例えば、そのスチュワーデスの最後のフライトが、これからお前が乗る便だとする」
そこで言葉を切ると、案の定クレームがついた。
「つまり今日で、定年退職だと言いたいわけ? 俺が、あの社長をイメージしているのに、それはないだろう」
以前Mは、オレのする話をこう評していた。
脈絡がない。言葉が短すぎる。主語無しが多い。結論までが長すぎる。横道に入ると、なかなか元の道に戻ってこない。聞いている方は、イライラする。
だが、オレに言わせれば、大抵の原因はMにある。彼の質問が、話を別の方向に誘導するのだ。
今の場合も、そうだ。
あ、そう。了解。それで? で済む話。
しかし、それでは話す方としては、全然、面白くない。Mだって、話がすんなり進んでいくことを嫌うはず。
実を言うと、オレはMが食いつきやすいように、目立つ仕掛けをしておいた。
そして思惑通り、Mはそれに気づき、ガブリと食いついたというわけだ。
うちの社長は、40歳になったばかり。美しすぎる女社長というタイトルで、業界紙に取り上げられたこともある。
しかし、ここで素直に「ゴメン」と言ったら、Mの期待を裏切ることになる。
「そんなつもりで言ったんじゃない」オレはまず、笑顔でそう言った。そして、それからあとの話を続けた。「いわゆる寿退社だよ。初フライトから、わずか二年で大企業の御曹司に見初められたスチュワーデス」
「あのさ」思った通り、またツッコミが入った。「入社二年目だと、ちょっとリアルさに欠けると思うんだけど」
映像関係者、あるいは、映像に興味を持っている人間の中には、ちょっとした言葉や、文字が、自動的に自分の脳裏に映像となって映しだされるというタイプがいる。このオレも、Mも、その中の一人だ。
「じゃあ、どういう設定にすればいいんだ」とMにボールを投げ返した。
「そうだな」しばらく考えるような目で、テーブルの端を見つめていたMが「そんなこと、どっちでもいい。おまえの好きにしてくれ」と言った。
いつもの展開だった。
「わかった」
オレは、少しぬるくなった野菜ジュースを一口飲んでから、話を進めることにした。