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お礼の電話のついでに

 実によくできたストーリーだと思った。

 本当なら、ここで僕は大げさに驚いて見せるか、心配そうな顔をして、どうして夢だと思われるんですか、と言わなければならないところだ。

 しかし、そのどちらもできなかった。黙って、彼の話を聞いていただけだった。

 とっさに反応できなかったのには理由がある。話を聞くうちに、僕の考えが次々と変化していったからだ。

 最初は、仕掛けに気づいた僕を、もう一度混乱させるための作り話だと思った。いわゆる二段オチの前振りってやつだ。

 しかし、こうも思った。彼は本当に夢だと思っている。だから心底悩んでいる。

 だが、話を聞き終えたとき、今僕自身が、夢を見ているのかもしれないと思った。タクシーに乗ったのも、この地べた里庵も、もしかすると、東京での二日間さえも、僕の夢。

 もちろん本命は、99パーセント以上の確率で最初のやつだ。だが残りの二つだって、可能性はゼロではない。

 だったら、今はっきりさせてやる。すぐに答を出してやる。

 そんな自信があったのは、彼との会話や、彼の言動を第三者的視線で観察していたからだろう。

 可能性の少ない方から検証することにしたのは、Pに、お礼の電話をするのを忘れていたことに気づいたからだ。

 それに二段オチなら、何もしなくても、時間が経過すれば結果が出る。運転手が夢だと思い込んでいた場合でも、Pとの会話の中で、彼を納得させる方法を見つけ出すことができるかもしれない。

 結果から言うと、Pへの電話は、タクシー運転手だけではなく、僕にも良い効果をもたらした。


「あ、そうだった」急用を思い出したふりをした僕は、手刀を切るような仕種をしながら「話の途中で、すみません」と言って椅子から下りた。

 そしてウエストポーチから携帯を取りだしたあと、運転手に、日付と今の時間を訊いた。

 怪訝そうな表情を浮かべた運転手は、腕時計に目をやると、日時を答えた。

 それは僕の携帯の待ち受け画面と同じだった。それでここが現実の世界だということが確定した。

「すみませんね」と謝ったあと、言い訳で場を取り繕った。「仕事をしていないと、時々今日が何月何日だったかを忘れることがあるんです」

 ワンコールで、Pが出た。

「いよーっ、モテ男」いきなりの大声に、思わず耳から携帯を遠ざけた。

「なんだよ、おい。酔っ払っているのか?」

「そんなわけないだろう」それからPは、フフフと含み笑いをしながら「羨ましい奴だな」と言った。

「誰が?」

「うちの連中全員お前が気に入ったらしい。お前と一緒に仕事がしたいんだってさ」そして声を落としてつづけた。「もちろんその中に、あの社長も入っている」

 彼女を見たほとんどの男どもが虜になるという社長が僕に対して、どのような感想を持ったのか気になったが、今はそんな話をする時では無い。その話は無視しよう。

「お前のおかげで、夢のような二日間だったよ。ありがとう」東京に招待してもらったお礼の中に、夢という言葉を入れたのは、運転手の注意を、僕に向けさせるためでもあった。

「言っとくけど、お前を招待したのは、俺じゃない」

「ああ、確かにあの億万長者のおかげだよ」運転手の視線がこっちにきたのを確認した僕は、あの名前を、そこで口にした。「でも、お前と、トリエステがいなければ、今回の招待旅行は絶対になかった」

「トリエステ?」

 Pは戸惑ったような声で言ったが、僕にとっては、ありがたいことだった。

「もう忘れたのか? トリエステだよ、トリエステ。トリエステは、俺の夢の中に出てきた女の子」

 意識してトリエステを繰り返すと、視界の隅で、運転手が首を傾げた。

「そう言えばお前の場合、夢と現実がごちゃ混ぜになるときがあるんだったよな」Pはその後、笑いながら言った。「考えてみれば、羨ましいよな、人生を二倍楽しめるわけだから。でも、まさか、そのトリエステが、三つ指ついてお前を出迎えてくれたって言いだすんじゃないだろうな」

 待っていたセリフだった。これで僕とPの会話の内容を、運転手に分かってもらえる。

「実を言うと、まだアパートには帰っていないんだ。でも、今お前が言った通りにならないとも限らないよな。黒い箱からトリエステが出てきて、俺を出迎えたら、どうすればいいんだろう」

 Pは再び、ハハハと笑った。

「もし、そうなったら、俺に報告する前に、病院にいけ。なんならもう一度、東京に出てこい。良い病院を紹介してやるよ。スッゲー美人を担当医師にしてやるよ」

 と、そこで、店のドアが開いた。

 少し息を切らして入ってきたのは、おばちゃんだった。意外なことに、商品がぎっしり詰まった買い物袋をぶら下げていた。

「ごめんね、ほったらかしにして、なにしろこの時間でしょ、店が混んでいて」

 そこで電話中の僕に気づいたおばちゃんは「あ、ごめん」と小さな声で言うと、運転手と視線を交わすこともなく、そのままカウンターの後ろに回った。


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