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何気ない会話の中に隠れていた、とても大事なこと、その2

「実を言うと、この店も、俺のグループが関わっているんだ」

 その言葉で、なぞの一つが解けた。

 ステーキ専門店は、歴史を感じさせる古いレンガ造りの建物。入り口の両側に屈強なガードマンか、ドアボーイが立っていたとしても、何の違和感もない。

 歴代首相の殆どが訪れる店。と言われれば、誰もが、そのまま信じてしまうはず。

 そんな格調高い店の開店一時間前に、ふらりと訪れた僕たちを、三分ほど待たせただけで、受け入れてくれた背景が、やっと見えてきた。

「なるほどな」僕はステーキにナイフを入れた。「つまり、この店のお偉方と顔なじみというわけだ。だから、開店前にも関わらず、入れてもらえたんだ」

 当然、肯定の言葉が返ってくると思った。だが、そうではなかった。

「違うね」Pはパンにバターを塗りながら僕を見た。「まったくの、ぶっつけ本番だよ。入れてもらえたのが信じられないくらい」そしてパンを頬張りながら続けた。「俺たちは、基本的には、顧客と接触しない。なれ合いになるのを防ぐために、そうしているんだ」

 と言うことは、僕をここに連れてきた目的の中には、営業時間以外に訪れた客に対する店の反応を見るという項目も、含まれていたらしい。

 となると、僕にはPに協力する義務が発生する。

 先ほどの、視線という言葉を思い出した僕は、ナイフとフォークを動かしながら、さりげなく正面のスタッフに目をやった。距離にして十数メートル。淡い照明の下に姿勢を正して立っていた。

「こっちを見ているようだけど、視線は、全然感じない」Pのスタッフになったつもりで、そんな報告をすると、Pは「だろ」と言って、ちょっとだけ、笑みを浮かべた。「客に威圧感を与えない教育が、スタッフ全員に行き届いているんだよ」

 店を褒めたように聞こえるが、自画自賛。

 どうだ、見たか。俺たちの仕事ぶり。大したものだろう。

 そんな風にも、とれる。

「早い話、ここの店の接客マニュアルは、一から十まで、お前たちが考えたっていうことなんだよな」

 ギヒヒ、と笑ったPは、またしても「違う」と言った。「俺たちの仕事は、問題点を提起するだけなんだ。対処法は、顧客自身が考えることになっている」

 高級ステーキをおごってもらっている立場だったが、僕は思いついた質問を口にした。

「解答無しで、元手もいらない。まったくの、言いっ放し、こんな気楽な仕事があるなんて知らなかったよ。で、一体、どれくらいのアドバイス料が入るんだ」

 何が嬉しいのか、Pは目を細めて笑った。そして「たいていの人間が、そう思うみたいだな」と言った。

 どうやら、僕の考えのどこかが、間違っていたようだ。

「リサーチのための経費が、結構かかるのか?」

「いや」Pは笑いながら答えた。「アドバイス料はゼロ。本業だけで食べている」

 僕は頭を整理するために、フォークとナイフを置いた。そして、グラスの水を飲んだ。

 Pの本業は、不動産の売買と、貸借物件の管理、またはその代行。しかし、経営アドバイザーの肩書きも、持っていた。

 さっきのサウナも、古いホテルを再建する『プロジェクトEDO』の総責任者も彼だった。アドバイザーとして、徹夜も珍しくないと言っていたが、それに対する請求は無し。 なのに、Pは仕事に対して、一言の不満も洩らさなかったどころか、今も、生き生きとした目をして、そのことを喋っている。

 なぜ、なんだ。

 グラスが空になっても、納得できる答が見つからなかった。

「失礼します」

 背後から声がした。やってきたのは、氷水の入った新しいグラスを運んできたスタッフだった。突然だったので、びっくりして、声が出なかった。

「ありがとう」僕の代わりに、小さな声で礼を言ったPが、思い出したように「なにか、お勧めの飲み物がありますか?」と訊いた。

「はい、ございます」スタッフは落ち着いた声で答えた。「野菜ジュースは、いかがでしょう」

「産地は?」とPが質問した。

 スタッフは、ちょっとだけ間を置いて答えた。「山梨でございます」

「新鮮?」

「はい」スタッフは、そこで初めて笑みを浮かべた。「明け方まで、高原の朝露を浴びていた野菜です」


「うちの会社が取り扱うほとんどの物件は、サービス業関連なんだ」

 そう前置きしたPは、食後の野菜ジュースを飲みながら、次のような話をした。

 相手の身になって考える。これが、うちの会長の根っこの部分にあるんだ。

 店舗探しも、店舗紹介も、お客様の立場で考えろ。お客様の利益と、会社の利益は連動する。幸せを求めたいのなら、相手が幸せになることを願いながら、手伝え。お客様の繁栄は、次のお客様に繋がる。

 零細企業の社長か、飲食業を営む人間なら、真剣に耳を傾けるような内容なのだろうが、僕が聞きたい話ではなかった。

「ちょっと、いいか」と僕は言った。「今お前が話していることと、飛行機の座席は何か関係があるのか?」

 十秒ほどの沈黙の後、Pは中途半端な返事をした。

「あると言えば、ある。ないと言えば、ない」

 Pにしては、珍しい言葉だった。明確な答を用意しておいてから、話を進めるというのが、これまでの、彼のやり方だった。

 僕がそのことを口にすると、Pは待っていましたというように、ニッと笑った。

「会長の口癖に、自分と関係のない人にも、顧客と同じ気持ちで接するように。というのもあるんだ」

 簡単に肩すかしを喰らったような感じがした。

「会長の最終目的は、全世界の平和だな」

 皮肉を込めて、そう言ったのだが、Pは、感心したような目で僕を見た。

「よく分かったな」

 当たり前だろう。一目で見抜いたよ、とでも言えば、格好良く終わるのだろうが、そんな言い方はできなかった。

「ほんとに、そうなのか?」

 僕の皮肉が最初から分かっていたのか、Pは、にこにこ笑って答えた。

「うちの会長が言うには、その考えを持っていれば、だれでもいつかは、億万長者になれるらしい」

 そのセリフに興味を覚えた僕は、つい、彼の話に反応してしまった。

「億万長者になりたいのなら、経費の節減とか、貯蓄から始めるのが普通なんじゃないのか?」

「うちの会長は違う」Pはきっぱり否定した。「高いものと、安いものがあれば、迷わず高い方を選ぶ。会長が値切ったところを見たことがない。聞いたこともない。常に相手の言い値で買う」

 そんな言い方をされれば、当然、こんなことを言いたくなる。

「じゃあ、明らかに、価値のないものでも、相手の言い値で買うのか?」

 Pは口元に笑みを浮かべて、僕をしばらく見つめたあとで「相手に、その度胸があればな」と言ってから、話を、飛行機の座席に戻した。


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