魔法の言葉? 【運転手視点】
たぶん、情報提供先も一発で当てる。
そうなったら、話に弾みをつけるために、すごいですね、お客さん。とすこし驚いたふりをしてやろう。そしてすぐに、こう続けよう。
どうして分かったのか、教えていただけませんか。
そうすれば、相手はきっと喜ぶ。喜んだついでに、正解に至るまでの種明かしを聞かせてくれる。調子に乗って、聴力アップに関する秘密を洩らすかもしれない。
運転手は、そんなストーリーを立てていたのだが、話は違う方に向かっていった。
「やっぱり、あれですよね。店舗情報を欲しがるのは、県外の不動産屋に決まっていますよね。東京とか大阪とかの……」
運転手は戸惑った。途中で語尾を濁した理由が分からなかった。話を誘導するような言い方にも疑問を覚えた。
どうしてスパッと言わないのだろう。店舗情報専門という言葉から想像されるのは、タウン情報誌ぐらいなのに。まさか向こうも、引き延ばし作戦に出たんじゃないだろうな。
そんなことを考えながら、タウン情報誌のスタッフと親しいんです。と言おうとしたとき、運転手は不思議な感覚に襲われた。
と言っても、運転に支障をきたすようなものではない。どちらかというと、その逆。
空の彼方で、勝利を祝うファンファーレが鳴り響いたような、暗闇の中に一筋の明かりを見つけたような、頭の芯がフッと軽くなったような、そんな気がしたのだ。
どうしてだろう。
運転手は首を傾げた。
これも、先ほどの光と関係があるのだろうか。それとも……
と、運転手の口から「あ」と言うつぶやきが漏れた。
これと似たような体験をした日の記憶が、唐突に浮かんできたのだ。
幼稚園に上がる前の秋だった。父方の実家の裏山に一人で栗拾いに行き、迷子になった。とっぷりと日が暮れた雑木林の中にうずくまっていたとき、暗闇の向こうから自分を探す祖母の声を聞いたとき感じたものと、ほとんど同じ感覚だった。
違うところがあるとすれば、その後だ。
あの日は、これで助かったという安堵感と、恐怖から解放された喜びで、大声で泣きだしたが、今日はその部分がない。
でもどうしてだろう。どうして、こんなときに、すっかり忘れていたあの日のことを思い出したのだろう。それも客と話をしている最中に……
待てよ。
運転手が考えを切りかえたのは、頭の隅に残っていた、外的要因、の文字が光ったような気がしたからだ。
これも、後ろの客が関わっているのかもしれない。また何かしたのかもしれない。
運転手は、乗客のセリフを頭の中でなぞった。その中に手がかりが隠れているような気がしたからだ。
その予想は当たった。
不動産屋という言葉を言った後、先ほどと同じ感覚に包まれた。
これが、あやしい。魔法の言葉にしては垢抜けないが、物は試し。今度は声に出して言ってみよう。
アチチチ、
運転手が顔をしかめたのは、彼の口から「不動産屋」という声が出た直後だった。
熱風のようなものが、つま先から首に向かって一気に駆け上ってきたような気がした。と言っても、ヤケドをするような熱さではなかった。
何かに似ている、
記憶を探るまでもなく、運転手はすぐに思い出した。
温泉だ。熱い湯に浸かる時、いつもこうなる。体が馴染むまでの数十秒間、無意識のうちに顔をひきつらせ、熱い、熱いとつぶやいている。
「どうかしたんですか?」
乗客の声に、運転手は我に返った。
あぶない、あぶない、運転中に他のことに気を取られると、ろくな事は起こらない。
「あのですね」
そこまで言ったところで、運転手は自分の体に、ある、変化が起こっていることに気がついた。




