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世界初。アイマスク式ディスプレイ? 【M視点】

 Pの会社では、発想力を高めるために、会長直伝の腹式呼吸法を取り入れているらしい。

 直伝、という言葉があるところをみると、呼吸法にも流派のようなものがあるのだろうか。

 そういえば、ヨガには数種類の呼吸法があると聞いたことがある。ロシア式呼吸法という文字を、何かで見たような気もする。

 でも、そうは言っても、所詮、腹式呼吸。

 基本的には、息を吸って、息を吐く。その繰り返し。仮にやり方を間違えたとしても、体を壊すようなことにはならないだろう。

 という結論に達した僕は、肺の中の空気を出すことから始めることにした。

 そうすることによって、自然に息を吸い込むことができる。そんな記事を、何かで読んだことを思い出したからだ。

単純に腹をへこませ、口から空気を吐き出した僕は、しばらく息を止めた後、腹に力を入れながら、ゆっくりと鼻から息を吸った。

 でも、一呼吸した時点で、最高で十回までと決めた。

 思った以上に腹筋を使う作業だった。百回続けられる自信もなかった。だいいち、そこまでやるとなると、眠りとは逆の方向にいってしまう。

 

 アイマスクの中に、人影のようなものが現れたのは、もうこれで腹式呼吸をやめよう、と思った時だった。

 気がついたら、目の前三メートルほどの、うす暗い空間に男のシルエットが浮かんでいた。

 普通なら、この時点で異常事態に気づかなければならないところだ。

 しかし僕は、それをごく自然に受け止めていた。

 理由は、二つ。

 前日、秋葉原の映像機器売り場に行ったこと。

 ほんの数時間前に、次世代ディスプレイは、眼鏡式で決まりだな。

 と言う会話があったこと。

 そんなわけで、僕は、客室乗務員が持ってきてくれたアイマスクを、新方式の映像機器だと勘違いしてしまったのだ。

 何かの拍子に、電源ボタンが入ったらしい。そんな軽い気持ちしかなかった。

 男の姿が消えると、上空からの映像になった。

 いわゆる、俯瞰映像だ。

 わっ、すっ、げぇー、

 思わず、妙なつぶやきが漏れてしまうほどの、衝撃を感じた。

 ひょっとすると、シートの裏側にも映像が映っているんじゃないかと思うくらいの、リアルな超ワイド画面。というより、自分自身が空中に浮かんでいて、そこから、本物の地上を眺めているような感じ。

 頭上の無数の星々。遠くに霞む繁華街の街明かり。なだらかな丘を覆い尽くすようにひしめく一戸建て住宅の群は、僕の足元。等間隔に並んだ街灯が、夜の帳が下りたゆるやかな坂道を、やわらかく照らし出している。

 ここが飛行機の中だとは信じられないくらいの、果てしない空間が目の前に広がっていた。

 しばらくすると、カメラがゆっくりと動き始めた。

 向かった先は、団地の中心から離れた明かりの洩れる二階建て。近づくにつれ、虫の声が聞こえはじめる。

 カメラはカーテンの隙間から、室内にズームイン。見えてきたのは、壁にもたれて子守唄らしきものを口ずさんでいる若い母親。と、その膝の上で眠る幼子。

 カットが変わると、カメラは母親の背後にあった。母親の肩越しに見えるのは、真新しい仏壇。

 この画面に、先ほどの男が、フェードイン。

 と思っていると、その通りの展開になった。

 回想場面らしいが、どっちなんだろう。これから始まるのだろうか、それとも、ラスト間近?

 そんなことを考えていた時、あることに気がついた。

 僕は、さっきから、アイマスクの下で目を閉じたままだった。

 しかし今度も、おかしいとは思わなかった。

 鼓膜を通さずに音が聞ける骨伝導式ヘッドホンが、どこでも買える時代に、視神経に直接働きかける映像機器があったとしても、不思議はない。

 そんな思いが、どこかにあったのだろう。

 しかし、その時点で、僕の興味は、映像から別のものに移った。

 どういう仕組みで、映像が映るのだろう? どこから音声が聞こえてくるのだろう。

 物は買わないが、新商品の情報収集を趣味にしている僕は、居ても立っても居られなくなった。もう、眠ることなど、どうでもいい。

 アイマスクを外し、目を開けると、映像も音も消えた。でも、気にもとめなかった。省エネ機能は当たり前。

 シートを起こした僕は、アイマスクを両手で持って、あらゆる方向から眺めてみた。

 しかし、いくら念入りに調べてみても、液晶パネルのようなものや、スピーカーらしきものは、どこにも見当たらなかった。

 コードレスということは、電波を使っているはず。だとすると、その電波が、地上に影響を及ぼすことはないのだろうか。

 一個あたりの価格は、どれくらいなんだろう。

 発明したのは、日本企業だろうか。それとも韓国? 中国? 

 もしかすると、シェールガス革命に沸くアメリカで開発資金を調達した、まったく無名のベンチャー企業かもしれない。

 想像は、膨らむ一方だった。

「いかがなされましたか?」

 顔を上げると、さきほどの客室乗務員だった。

 なぜか、心配そうな表情で僕を見ていた。

 僕としては、深刻な顔をしていたつもりはなかったのだが、他人には、そう見えたのかもしれない。

 僕は、彼女を安心させるために「すごいですねぇ」と笑顔で言った。「こんな商品があったなんて、はじめて知りました」

 ネット検索にも引っかかってこない最新式の映像機器を貸してもらって、ありがとう、という意味も込めて、そう言ったのだが、どういうわけか、客室乗務員は思い悩む表情になった。


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