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何気ない会話の中に隠れていた、とても大事なこと、その1

 これから話そうとしているのは、まだ誰も知らない話だ。

 しかし、国家機密とか、企業秘密といったようなものとは、まったく関係がない。

 つまり、僕個人の話なのだ。


 実を言うと僕は、自分専用の3D映像システムを持っている。

 といっても、大型モニター、専用装置、スピーカーシステム、それらを組み合わせたどこにでもあるホームシアターのようなものではない。

 映画を見るのには、多少の手続きがいる。でも、そんなにむつかしくはない。

 目を閉じて、腹式呼吸を七回繰り返すだけでいい。すると、頭の中にスクリーンが現れて、自動的に映画がはじまるのだ。

 

 その現象が最初に起きたのは、今から三年ほど前。東京から帰る飛行機の中だった。

 後から分かったことだが、その現象が起きる少し前に、前兆のようなものが、いくつかあった。

 しかし、そこから話をすると、とてつもなく長くなってしまう。

 ということで、その部分は割愛して、その日の午前中、早めの昼食を食べ終えた僕と、僕の親友、Pの会話から始めることにする。



「こんな日を、飛行日和と言うんだろうな」

 店を出るとすぐ、Pは、そんなことを言った。

 僕たちの視線の先にあったのは、青く澄み渡る空。どこまでも、どこまでも広がっているように見えた。とても、東京の空とは思えなかった。

「本当に、そうだな」

 と言った僕は、その美しい風景とはまったく関係のないことを口にした。

「今日の俺だったら、連続宙返りをするジェット戦闘機の中でも、ぐっすり眠れる。だから、窓際なんて必要なかったんだよ」

 僕とPは、二日連続の徹夜。それだけではない。腹の中には、食べ終えたばかりの300グラムの和牛ステーキと、絞りたての野菜ジュース。

 睡眠不足と満腹感の相乗効果。

 もし、目の前を、ひつじが一匹通りかかったら、その瞬間に、夢の世界に引きずり込まれていたはず。

「そう言われれば、そうかもしれないな」先ほどと違って、僕の意見をすんなり受け入れたPは、少し遠慮したような声で付け足した。「でも、できることなら、ちょっとの間、我慢した方がいいと思うけどな」

 食事中に聞いたのだが、帰りの便は、富士山が良く見える座席らしい。

 それだけなら、僕も素直に「ありがとう」と言っていた。その一言で、別の話題になっていたと思う。だが、その座席というのは、いわゆるファーストクラスだった。

 もちろん僕は辞退した。

「もったいないよ。観光シーズンで、他に空席がないのならともかく。エコノミーに変えてくれ」

 しかし、予想していなかった言葉が返ってきた。

「だからこそ、だろ」

 Pは時々、意味不明なことを言う。でも、彼との付き合いの中で、慣れっこになっていた。

 たいていの場合、聞いているうちに、なんだ、そんな意味だったのかと、自分でも納得できる程度の話。はっきり言えば、中身のない言葉遊びのようなものが、ほとんど。

 たぶん、今のも、どうでもいい話。それにしても、面倒くさいやつだな、こいつ。

 聞こえなかったふりをして、まだ半分以上残っているステーキを楽しもうと思ったが、急に、その理由が知りたくなった。

 彼の発想の原点が、この話のどこかに隠れているのかもしれない。そう思ったのだ。

 僕は、急いで口の中のステーキを飲み込んだ。

「どうして、だから、こそ、なんだ?」

「ほら」フォークを持ったまま、僕を見つめていたPが、同意を求めるような目で「感じるだろう?」と言った。

 もしかすると、飛行機か、富士山に関する音楽でも鳴っているのだろうか。でもそれと、ファーストクラスの座席が、どこでどう繋がるんだ。

 耳を澄ましてみた。

 でも、僕の知らないクラッシック風のBGMが、かすかに聞こえているだけだった。

 めったに口にする事ができない料理。その途中で、余計なことなど考えたくなかった。

「何も、感じないけど」とだけ言ってやった。

「シセン」

 一瞬、四川、という文字が浮かんだ。

 この店に入る前に、Pが「このあたりには、美味い四川料理を食べさせてくれる店があるんだ」と言ったのを思いだしたからだ。

 と同時に、無性に腹が立ってきた。

 以前、僕のアパートの近くのラーメン屋で食べた、シュールストレミングを連想させるようなとんこつラーメンの味が、喉の奥によみがえってきたのだ。

「今、中華料理の話をするなよ。せっかくの肉が、不味くなるじゃないか」

 と言うと、Pは、ほんの少しの間、ぽかんとした表情を見せたあと、クックックッと笑った。

「違う違う、スタッフの視線だよ」

 広い店内にいた客は、僕たちだけだった。

 本来の開店時間は、午前十一時半。ちょっと無理を言って開けてもらった会員制のステーキ専門店。がらんとした店内。

 黒を基調にした制服を着た五、六人のスタッフが、四方の壁に張り付いたような恰好で立っていた。

「お前に、その気があるのなら、試してみろよ」

 Pはいたずらっぽい笑みを浮かべて、そう言った。

 またしても、意味不明な言葉。顔つきからすると、彼の頭の中には、何かしらの映像が浮かんでいるらしい。

 しかし、五感のほとんどを、目の前の料理に集中させていた僕には、Pが、どのようなことを基にして、そのようなセリフを言ったのか、まったく分からなかった。

 食事中に無駄話をしてはいけません。小学校の時、習っただろう。

 僕は頭の中で、そう言ってから「何を試すんだ」と訊いた。

 Pは、聞こえるか聞こえないかぐらいの小声で答えた。

「ナイフかフォークを落とすんだよ」

「俺が?」僕は、自分のナイフとフォークを交互に見てから、視線を戻した。「どうして?」

 真顔で答える僕に、Pは、やれやれと言うように、小さなため息をついた。そして「あのさ」と言ってから、種明かしを始めた。

 この調子でいけば、こいつが乗る飛行機が飛び立ってしまう。

 たぶん、そんなことを思ったのだろう。


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