第八話 本音
俺達はひたすら走り続けた。途中躓き、転び、足を痛めながらともかく進んでいった。
すると木々が陽光を遮り朝なのに薄暗さを演出していたその場が急に明るみを増した。
一体、ここはどこだ。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
山は出たのだろうか?
周囲を見渡してみると、また別ルートで木々が続いている。でも、ここには見覚えがある。登ってくる時に見た景色だ。
山をまだ抜けてはいないが、確か麓からそうでもない距離だった筈だ。どうやらもう少しで抜けられそうだ。
「……男はどうなった?」
叫びだしそうになる声を必死に抑えて、なるべく静かになるよう問い掛けた。唯香の能力は唯香が危険と判断した者の大体の位置を把握する能力。もうあの男の存在を知った唯香なら位置が分かる筈だ。
しかしそれに対して唯香は何も言わない。代わりに首を横に振る。
「……分からないってこと?」
コクリと一回頷く。
分からない……? どういうことだよ。聞いてた話と違う。
大体、いつまで逃げ続ければ良いんだよ。これは遊びじゃない。命が関わることを知った。そして、相手がいつどこから襲ってくるかも分からない。終わる前に殺されてしまうかもしれない。そもそもこれはどうやれば終われるんだ。あいつを殺せば良いのか。
――どうすれば良いんだよ、俺は。
「クソッ、クソッ……クソー!」
どうしようも無い無力感。そして恐怖に、思考はマイナスにしか向かわない。正直もうどうすれば良いか分からない。
警察に頼れない。人に頼ることも出来ない。頼ったらその人が危険に晒されてしまう可能性がある。
でも――、
気付いたら手が動いていた。
『もしもし、疾太!』
スピーカーから聞こえてきた声は今俺がいる世界とは別のところから聞こえているように明朗で、一日ぶりなのに、どこかとても懐かしく感じた。
『お前、昨日何急に出ていってんだよ。朝起きたら、お前いないからびっくりしたじゃねえか。電話やメール出ないし』
「……遥」
自分でも驚くくらい、それは弱々しい声になってしまった。
『……何があったんだ? お前が俺の名前を普通に呼ぶなんてよっぽどだぞ』
今ので何かを察してくれたようで、相手の声が真剣味を帯びる。
「遥……助けてくれ……」
『ハァ……ったく、本当にただ事じゃ無さそうだな。助けられるかは分かんないけど、話したいことがあるなら話しても良いぜ』
ありがたい。その心遣いがただありがたい。
こいつだからこそ話したくないと思った。
こいつだからこそ話したいと思った。
巻き込みたくない。でもこいつなら何とかしてくれるかもしれない。
そんな色んな考えが巡って掛けてしまった。後悔はしている。こいつを、いやこいつだけじゃない。家族も危険に巻き込んだらそれは全部俺の責任になる。
でも、電話だけなら大丈夫だよな。
「今から話すのは全部真実だから、驚かないで聞いてくれ」
遥の声を聞き少しだが冷静さを取り戻すことが出来た。一回大きい深呼吸をしてから、俺は全部話した。
ここ一週間であったことを。唯香のこと、敵の男のこと、そしてさっきあったことを、少ない語彙を使って必死に伝えた。
信じてもらえるかは分からないがそれでも伝えた。
その間、遥は終始無言で聞いてくれた。ただ聞こえてくる息遣いで何となく、驚いてることや気落ちしていることは伝わった。
『……そうか。俄には信じがたい話しだな』
苦笑しながら遥は言う。
それが当然の反応だ。
「まあ、そうだろうな。俺もさっきまで完全には受け入れて無かったからな」
『でもまっ、俺は今のが嘘だなんてこと微塵も思ってないぜ』
その言葉に思わず耳を疑ってしまう。ありえないと否定されるどころか、まさか肯定されるとは思わなかった。俺が言うのは百パーセントおかしいが、正直普通じゃない。
「……今のを信じるのか?」
『ああ、信じるぜ。お前はそんな大それた嘘吐ける程の脳味噌持ってないからな。それに合点いった部分もある』
……ったく、単にバカなのか、分かってるのか。
「その台詞、一昨日俺が言ったことに対して冗談言うなって一蹴した奴がよく言うな」
思い出される、夕暮れの公園でのやり取り。
『あれっ、そんなこと言ったっけ?』
「ああ、言われた。しかもわずか一秒で返された」
俺の言葉に対して電話越しに、えっ、あれっ、うーんなど狼狽している遥。それが可笑しくて、思わず笑みがこぼれた。なんだか随分久しぶりに笑った気がする。
『アハハハハ……ハハハ……悪かったよ』
「まあ、良いんだけどな」
別に気にしてはいないからな。少ししか。
『まあ、それはともかくさ……色々大変だったんだな、疾太』
急に神妙な声になる遥。
「それはもう、とってもな」
『で、助けて欲しいんだろ?』
ああ、しまった。そう言ってしまったんだった。
「いや、やっぱさっきの無しで。唯香と二人でなんとか解決するよ」
『いや、それこそダメだ。それが出来るならわざわざ電話なんて掛けてこなかっただろ。うーん、そうだな……疾太お前、俺の家に来れるか?』
「はあっ、お前の家!? 何で?」
まさか、こいつ――
『一緒に打開策考えてやる。何か思いつくまで家にいても良いぜ』
「何言ってんだ、お前! 言っただろ、敵は人を平気で殺せるようなイカれた奴らなんだ。俺達を匿ったらお前も、お前だけじゃない、お前の家族だって危ないんだぞ」
『それでも、親友が困っていて見捨てられるような真似は俺には出来ないんだよ。それに助けてって言ったのはお前だろ』
そうだ。だから言いたくもなかったんだ。こういう奴だから。そんなこと充分分かっていたから。
何で言ってしまったんだ、俺は。気がどうかしていた。
「なら、すまん、さっきのは無しだ。さっきは気が動転してたから、つい失言してしまった。だから、忘れてくれ」
『無理だ。悪いがキャンセルは受け付けない。だから来い。じゃないと、こっちから行くぞ』
「あのな……せめてお前を危険に巻き込まない方法で行かせろよ」
『だから、それを俺の家で考えるんだろ。そのまま彷徨ってたら、お前の方こそ危険じゃねえか』
「大丈夫だ。俺は自分が死ぬような妄想はしないから」
『でも誤差っていうのもあるんだろ。下手して、死ぬ可能性だって無くは無い』
「ハァ……」
こいつはこうなると折れないからな。このまま電話を切って、場所を移動するってのも良いが本当に俺を探しかねないからな。
「……疾太さん」
俺が必死に頭をフル回転させて思案していると、電話越しでは無い、すぐ近くから、俺を呼ぶ声が聞こえた。消え入るようなか細く弱々しい声。それは近くの木に背中を預けていた唯香が、久しぶりに発した言葉だった。
「行きましょう」
「行くって、何処に?」
「遥さんの家です」
電話の内容を知っているのは俺の言葉を聞いていたからか、それともこれもシナリオの内なのか。
どちらにしろ、唯香が言うということは行くのは決定事項なのだろうか。
でも――
「やっぱりダメだ。親友を危険に巻き込むわけにはいかない」
「それでもお願いします、疾太さん」
「……唯香?」
背中を曲げて、俺に頼み込む唯香は必死だ。やはり必要な行程なのか。
『唯香ちゃんも頼んでる訳だし、覚悟決めろよ、疾太』
「ハアッ……分かったよ。行けば良いんだろ」
『おっ、流石、親友。じゃあ、待ってるぜ』
「歓迎されるのはおかしいんだけどな……。それに、長居はしない。危険だと判断したらすぐに出ていくぞ」
『はいはい、分かった、分かった。それで良いから、ちゃんと来いよ』
「ハァ……んじゃあ。ともかくそろそろ切るぜ」
『おうっ、じゃあまた後でな』
「はいはい、じゃあな」
相手が切ったのを確認してから、携帯をポケットにしまう。
さて、向かうしかないみたいだな。
「行こうか、唯香」
「はい。……ありがとうございます」
「でもその前に確認しておきたいんだけど、敵の位置が掴めないっていうのはどういうこと? 能力を失ったとか?」
「すいません、さっきは動揺が凄くて……。私の能力は精神状況が大きく影響するんです。今は、多分まだ大丈夫。相手はこちらに気付いていないと思います」
まあ、相手も唯香の能力を知っている訳だし、来るとしたら唯香に感知されない人間を送り込んでくる可能性が高いだろう。そうなると唯香の能力に過信出来ないことになる。
それに多分、か。
「唯香は、今は大丈夫?」
「私は大丈夫です」
殊勝な笑顔でアピールする唯香だが、そうは見えない。明らかに造詣された顔だ。唯香も頭では分かっていても現状を受け止めきれていないんだ。早く終わらせなければいけないのかもしれない。
「まあ、あんまり無理しないで。俺は今でも精一杯だけどさ、それでも君の負担を減らすことぐらいは出来るかもしれないし」
「ありがとうございます」
その言葉に付随された笑顔を見た瞬間、心臓が縮み上がる錯覚に陥った。唯香のいつも通りの綺麗で可憐で癒しを与えてくれるあの笑顔だ。本物の笑顔を見て俺も思わず笑みが零れる。
もし、俺が言ったこと自体で気持ちが少しでも軽くなってくれたなら、それはとても嬉しいことだ。
「ハハハ、さてそれじゃあ本当に行こうか」
先は分からないけど、ともかく進むしかない。
そうして俺達は山を下り、遥の家を目指すことにした。
☆★☆★☆★☆
「よう、疾太! やっと来たか」
「ああ、来てやったよ、クソヤロ……クソ遥」
「あんまり言い直した意味無いじゃねえか! ていうか、誰がクソだ、誰が!」
あの山からタクシー等を利用して、時間にして約二時間。一日ぶりに遥の家に到着し、チャイムを鳴らすと出てきたこいつの憎たらしいニコニコ顔に思わず悪態を吐いてしまった。
何だ、その顔。してやったりってか。
「おおっ、唯香ちゃん、だよな? 本当に大きくなってる! それに、いや、なんと言うかやっぱり君は只者では無かったね」
「……? ありがとうございます」
唯香、よく分かってないな。俺は良く分かるぜ。確かに唯香、色々大物だからな。それは俺も共感だ。特に二つの膨らみとか。
「やっぱり信じてなかったのかよ、クソはる……クソヤロー?」
「何で疑問系なんだよ! そしてだからそれ、大して言い直す意味無いだろ! ていうか、今のはそういうことじゃなくて、信じてたけど改めて見ると、実感湧くなって感じだよ」
「冗談だって、分かってるよ、クソヤ……クソヤロー」
「あー、もう遂に只のクソヤローになっちゃたよ。せめて名前入れろよ。クソでも良いから、原型は留めよう。そして最早それ、完全に言い直した意味なくね!」
「うるせえ、クソヤロー」
「もう隠す気もなくクソヤローって言ってきたよ! クソヤロー一直線だよ。そして最早それ、只の暴言!」
驚愕の顔でツッコミを入れる遥。このツッコミを聞いてるとなんか結構癒されるけど、そろそろやめておくか。
「それより、her look a」
「遥な」
「あっ、噛んだ」
「なんで噛んだら英語調になるんだよ!」
おっと如何、如何。またやってしまったが、こんなことしてる場合じゃない。本題に入らなくては。
一転して俺は真面目な顔を作ると、遥も空気を察して合わせてくれる。
「――香苗さんっているのか?」
「母さん? 今は買い物行っていないけど」
「そうか。じゃあ、帰ってきたらどう説明するかな……」
「何の話だ?」
遥はきょとんとした顔で質問してくる。何の話だって……
「この姿の唯香を香苗さんにどう説明するかってことだよ」
まさか、一日でこんなに成長しましたなんて、細胞成長学者真っ青の嘘を吐く訳にもいかないし、かといって正直に言うってのもな……。
「ああ、母さんにはもう全部話しといたぜ」
いっそのこと、唯香の姉さんとか言うか。いや、それは唐突過ぎるか。さて、困ったものだな。
……んっ? 話した……?
「なにーっ! 話したって、まさか妄想から生まれたこととか全部か!」
「ああ、まあな。あっさり信じてくれた」
おいおい冗談だろ。妄想して生まれたとか知られたのマジで恥ずかしいんだけど。――じゃなくて、そんな話した遥もそうだが、香苗さんもあっさり信じるとは凄いな。いやまあ、香苗さんならそんな気もしなくは無かったが。でも、将来詐欺師にあっさりかもられないか心配です。
「ってことは、香苗さんも危険があることを知りながら俺達を匿ってくれるってことか」
「まあ、俺の母親だからな」
というより、あの母親だから遥ありの方が正しいと思うけど。まあ、要するに流石親子だ。
……ありがたい。
「まあ、とりあえず俺の部屋上がれよ」
「おお、悪いな。んじゃあ、上がらせてもらうわ」
「またお世話になります」
俺に続いて、行儀よく一礼してから上がる唯香。
そのまま二階の遥の部屋に向かう。
「さて、んじゃあどうするか」
部屋に入って勢いよくベッドに座りこんだ遥が話題提起する。俺達はその部屋主様に手を向けて促されたので六畳くらいの部屋全体に敷かれている薄緑のカーペットの上に、唯香は正座、俺は胡坐で座る。
「まずはどうすればこの逃走が終わるか、だよな」
「そうだな。逃げても逃げても敵が追いかけてくるんじゃ、どうしようもねえからな」
言いつつちらっと横に座る唯香を見る。何か思案している様子だ。一縷の期待はあったが、
やはり言う気は無いのか。そのことは遥には伝えていた為、あいつも無理に聞くということはしないみたいだ。
「もう海外にでも逃げれば良いんじゃねえか、てのは無理があるだろうな」
「ああ。そんな金無いし、こんなうそ臭い理由で金を提供してくれる人はいないだろうし、どうせ敵は追いかけてくるだろうしな」
「うわっ、全否定! うーん……じゃあお前が会ったっていう、唯香ちゃんの父親兼敵のボスを倒せば良いんじゃね?」
頭の上に電球が見えそうなしたり顔で、提案してくる遥。そんな案でよく言えたな。
「んなんで、終わるか?」
「分からんぞ。お前の妄想力ならあり得なくはない」
「はあっ、バカにすんなよ。そんなこと……」
あれっ、否定出来ないぞ。
「確かにあるかもしれませんね」
「えっ、唯香にもバカにされた!」
「いや、そういうことではなく、確かにそれで終わる可能性も否定出来ないのではってことです」
「そうそう、可能性はあるんだから」
唯香の肯定を受けて更に追撃を仕掛けてくる遥。
「いや、確かに一概には否定できないけど……えっ、何、終わるの?」
「さあ、それは分かりません」
分からないって……。答えは知ってる筈じゃないか。まあでも、やはり明言はしないみたいだけど、ヒントぐらいは与えようってところか。それともこれも決められた言葉なのか。
まあ、どちらにしろ唯香の言う通り、遥の案も完全には否定出来ないのは確かだ。
倒したところで他の奴が駆けつけて捕まえていくかもしれんし、ボスであるあの男が指揮を取っているなら、その指揮官を失えば計画が空中分解する可能性もある。とりあえずやってみないと分からないが、しかしその上でも一つ重大な懸念事項がある。
「まあ、それじゃあとりあえずあの男を倒せば終わると仮定するとしよう。しかしだな、遥。そうなると、一つ大きな問題がある」
「問題?」
「――どうやって、敵倒すんだ?」
これが一番切実な問題だ。俺達があいつを倒す。まずその前提が困難ということは忘れてはならない。
「敵は銃という武器がありますけど、こっちには何もないですからね。今のままじゃ、どうしようもないでしょうね」
「唯香ちゃん、相手の位置掴めるんだろ? なら、闇討ちとかは?」
「私の能力は相手が一定範囲内に入ったら大体の位置を掴めるというものなので、確実性に欠けます。私が感知出来ない範囲にいながら逆に襲撃されるかもしれませんし、襲撃前にばれたら終わりです。それに大体あっちもそれを警戒して周りを固めてくる可能性が高いですし、闇討ちは避けた方が良いと思います」
「そっか。じゃあ、今のところ打つ手なしか……」
「ええ、今のところはないですね」
今のところは、か。そういえば、前に何か勝算あるようなこと言ってたっけ。結局それを未だに聞くことは出来ていないけど、終わりが来るのが確実ならそろそろ何か希望の光が見えてくるはずだ。今はまだ全く差し込んでくる兆しすらないその光は、俺が見えていないだけなのか、最初から見えてくる筈がないものなのか。
「そういえばなんだけど、どうやって終わらせるか以前に、今敵はどうなってるんだろう? まだこちらの居場所はバレてないのかな。唯香ちゃん、分かる?」
「私が感じる範囲では、こちらに近づいてくる敵はいません。ただやはり、私が感知することが出来ない敵で襲撃してくる可能性がある以上、何とも言えないですね」
遥の質問に答えた唯香のその顔にはある引っ掛かりを覚えた。何処か陰りのようなものを感じたのだ。
何か、変な胸騒ぎがする。
「まあ、気にすんなよ。いざ、敵が近付いてくるようなことがあったら、その時はさっさと出ていってやるからよ」
「いや、その時は俺も――」
その時、チャイムが鳴り響いた。
遥の声を遮るように鳴ったそのチャイムの音に、ビクンッと体が大仰に反応してしまった。
「んっ、誰だ、母さんか? 両手でも塞がってんのかねえ」
更に増す、嫌な胸の鼓動。それと共に頭に過る最悪の展開。
「遥、ちょっと待ってくれ!」
「疾太さん!」
しかし少し遅い。あいつは既に部屋を出ていき、しかも駆け足で向かっていた。
俺は急いで後を追う。
ガチャッとドアが開いた音がしたのは俺がまだ階段を下りている時のことだった。
下りきってその光景を見た俺の耳に、最初に届いた声は遥のものでは無かった。
「お前ら、喋るな! 静かにしてもらおうか!」
やたらどすの利いた声を発したその黒スーツの男は、左手で遥の首を締め上げながら右手で持った拳銃の銃口を遥の頭に突き付けていた。
「遥!」
「クソッ、悪い……。油断してた。捕まっちまった」
言いながら、遥は強く唇を噛み締めている。非常に遺憾な顔をしていた。
何言ってるんだ、何言ってやがるんだよ、あいつは。自分が捕まってんだぞ。足だって震えてるじゃねえか。死ぬかもしれないんだ。怖くない筈がねえじゃねえか。
なのに、何で謝ってんだよ。何でこっちに気使ってんだよ。
「お前ら、黙れって言ってんのが聞こえねえのか!」
男は遥に突き付けていた銃を離したかと思うと俺に向け威嚇、その後再び遥の頭に押し付けた。
一瞬心臓が止まるような錯覚に陥ったけど、大丈夫だ。今のところは奴も撃つ気は無いようだ。
にしても遥の奴、平気ぶってはいるが、徐々に顔が青ざめて行っているのがはっきり分かる。やっぱり怖いんじゃねえかよ。
でもそれは自分も同じだ。さっきからぞわりとなんともいい得ぬ恐怖が体を支配しているのを感じる。
一番恐れていた事態になった。巻き込みたく無かった。なのに、巻き込んでしまった。やはり来るべきじゃなかったんだ。
何で、何でこんな早いんだよ。着けられていたのか。
ただ一つ、油断していた。まだ大丈夫だと勝手に思い込んでいた。その所為で遥を命の危険に晒してしまった。
いや、違う。今は悔やんでいる場合ではない。ともかく逃げなくては。だが、どうする、どうやって逃げる。
「よし、入ってこい」
俺が必死に逃走の手立てを思索していたというのに、その掛け声と共に入ってきたそいつの仲間であろう同じ格好をした三人が、出入口を固めてきやがった。逃走はより困難になってしまった。
クソッ、遥を助けた上で逃げなきゃいけないってのに。
それにこいつらの狙いは……
「おいっ、お前。明日香様はどこだ!」
俺に銃を向けた、扉の前を固めている男の一人が叫ぶ。
遥だけじゃない。唯香もどうにかしなくてはいけない、かといって下手な動きを見せれば遥の命に危険がある。この状況、正に打つ手がない。
どうしろっていうんだ。
「お前、明日香様の元まで案内しろ。こいつはお前が頼む」
遥を仲間に引渡した男は、標的を俺に変える。
「変なことは考えるな。下手な行動を取ったらすぐに撃つ」
クソッ、ただでさえ仲間を逃がすのが絶望的だってのに、見張りまで付くんじゃもう確実に無理だ。
どころかこのまま案内したら唯香はまず間違いなく捕まっちまう。だが、ここで逆らえば俺が殺されてこいつが自分で唯香を捕らえに行くだけだ。
ここは、言う通りにするしかない。
「……二階にいる」
やむを得ず、男を引き連れて二階に向かう。
唯香は今までの話を聞いていただろう。逃げるチャンスはあった。逃げたかな。いや、逃げたら俺達が殺される危険性が高いことは百も承知な筈。逃げろといっても逃げないだろうな。
「……ここだ」
「よし、お前から入れ」
さっきまで三人で長閑に話していた部屋の前に着いた。たった五分程前のことなのに全く違う景色に見える。
俺はドアノブに手を伸ばし、扉を開く――というところであることに気付いた。
確か俺が出た時、ドアは開けっ放しにしていった筈だ。なのに今は閉まっている。
……唯香が意図的に閉めた?
「おいっ、何してる! 早く入れ!」
「ちょっと待ってくれ」
唯香に何か考えがあるのか。可能性を探るが、思いつくものはどれも可能性は薄そうだ。
ただ、その中で一つ、この状況を打破出来る可能性を秘めたものがある。
こいつが俺を先に入れるのはおそらく、防御の為。俺を前にすることで唯香の不意討ちを妨害する為だろう。なら……。
俺はガチャっと思いっきり音を立ててドアノブを回す。そして三秒数えてからドアを開け――すぐにしゃがんだ。
っと共に響く銃声。
「ぐっ」
その発砲音の後に聞こえてきたのは、痛みを必死に堪えるような苦しみの声とバンと言う何かが破壊された音。
俺は顔を上げ、声の元を見る。すると、男が苦しそうな顔で出血した右手を左手で抑えているのが見えた。その手には先程まで持っていた銃が見当たらない。
「動かないでください。少しでも動いたらあなたを撃ち抜きます」
顔を動かし、声のした方に視線を移すとその先では両手で拳銃を構え、男の頭に照準を合わせている唯香が立っていた。手は震えている。
「唯香……」
「そのままゆっくり、少しずつ部屋を右回りに移動していってください」
「……分かった」
男は静かに立ち上がると、素直に言われた通りに移動を始める。それと同時に唯香も右回りに移動。最終的にはさっきのお互いの位置を入れ替えた形になる。
「――疾太さん、一気に行く準備をしてください」
俺だけにギリギリ聞こえる程度の声でそう囁いた唯香は、そのまま左手をドアノブに回し……
「ゴー!」
開いて一気に部屋を飛び出ていく。俺も合図にいち早く反応し、部屋を飛び出ると同時にすぐに扉を閉める。
その際に、唯香が出て行ったのを確認した男が瞬時に左腿辺りを弄っていたのが見えた。そしてすぐ直後に銃声が響く。
あっ、危ねえ……。見ると扉には幾つかの穴が開いている。当たってはいないが、正直あとちょっとだった。っていうか、あいつまだ銃を隠し持っていたのか。だとしたら、挟まれたら相当やばいぞ。不意打ち、その上一対一ならともかく大の男数人相手は無謀だ。
「一気に駆け抜けます」
唯香も音を聞き、銃を構えて全力で走りだした。俺もそれに着いて行くが、階段に入った辺りでさっきまで下に構えていた敵が登ってきていた。
「音がしたから何かと思って来てみれば、逃走か! お前ら、とま――」
「どけてください」
相手が言い切る前に相手の武器を打ち抜く。凄い。素人目だがはっきり分かる。唯香の銃の腕は本物だ。ともかく早い。スピードに関しては申し分なく、正直近くなのに、あまりはっきり捉えられていない。それに何より正確無比なコントロール、相手が持っている拳銃を的確に撃ち抜く技術は素直に凄いと思う。
「もう一度言います、どけてください」
相手に銃を向けながら唯香が言う。
「くっ……」
相手は苦々しい顔をしながらも渋々道を空けた。そこを俺と唯香は通過する。
しかし俺達が通過してからも、今の男には動きがない。あいつは他には銃を所持していなかったということなのだろうか。それなら有り難い。後二人を乗り越えてさっさと無事逃走だ。
「あと、二人!」
階段を下りきり、玄関に差し掛かったところで、唯香を視認した男二人が銃を構えだした。しかし、もう既に遅い。唯香の射撃はすぐに相手の武器を破壊した。
更に唯香は一瞬唖然とした相手を追撃するように威嚇射撃を放つ。
「次は当てます。その人を離して、体を伏せてください」
「わっ、分かった……」
遥を捕らえていた男も含めて二人は唯香に言われた通りに伏せて、遥は解放される。
しかし、遥は動こうとしない。どころかバタンと倒れ出した。
「遥!」
「大丈夫です。極度の緊張状態から急に開放された所為で、気を失ってるだけみたいです。それにここにいた方が安全だと思いますし、時間が無い。遥さんには悪いですけど、置いて先にいきましょう」
「はあっ、遥を置いていく! 何言ってんだ、そんなことしたら、寧ろ危険じゃないか!」
「それでも行くしかないんです! この状態の遥さんを連れて行きながら逃げるなんて不可能じゃないですか。このままじゃどちらにしろ皆捕まって終わりです」
「だからって置いていくなんて……」
身の安全の保証が無い。つまり親友が死ぬかもしれないというのに、置いていけだと。そんなこと――
「待てっ!」
バンッという音と共に遥のすぐ隣、そこにちゅんという何か物が当たる音がした。そこには小さな穴が開いているのがはっきり見て取れた。
何やってるんだ、あいつ。何処撃ってるんだよ。俺や唯香を狙ってるんだろ。遥に当たるところだったじゃねえか。遥は関係無いんだよ、狙ってんじゃねえよ。
「疾太さん、大丈夫ですから……、だからお願いします、私と一緒に逃げてください」
唯香の声は震えていた。苦渋の決断だったのだろう。唯香も悩んだ末の作戦なんだ。
それは分かる。今の俺と同じだ。でも、なら何で……
「クソ、クソ……クソー!」
俺は扉を開けて一気に駆け出す。背後に一瞬目をやると、一旦銃を向けて威嚇を入れた後、唯香も扉を潜りすぐ閉めてからこちらに駆けてきた。その際に門前に置かれていた黒い車のタイヤを打ち抜いた。
その後、俺達は無言でひたすら走った。俺は唯香の隣をただくっついて行くだけだったが、それでも必死に走った。肺は悲鳴を上げるし、喉も痛い。でも、走る。悔しい、情けない、怖い、それに何より腹立たしい。そんな押し上がってくる負の感情を振り切る為にただひたすら走る。
でも、もう限界だ。
俺は足を止め、それに気付いた唯香が少し先から振り返る。
「どうしたんですか、疾太さん? もしかして疲れた――」
「……何でだよ」
「えっ?」
「何で止めなかったんだよ!」
思わず声を荒げてしまった。でも今は、そうやって溜まった感情を吐き出すことしか出来ない。
その言葉を聞いた唯香は黙って俯く。
「こうなるって分かってたんだろ。俺達だけじゃない。遥まで危険な目に遭うって分かってて、何でさっき止めなかったんだよ! 何で肯定なんかしたんだよ!」
分かってる。唯香にとっては仕方ないことだったのだろうし、最終的に判断を下したのは俺だ。こうなったのも大本は俺だ。唯香を一方的に責めるのは間違っている。
それでも感情の抑制が効かない。怒りが、言葉が次々に込み上げてくる。そのやり場の無い感情を唯香にぶつけてしまっている。俺は最低だ。
「死んでたかもしれない。例え死なないことになっていたとしても、何かの間違いで死んでいたかもしれないんだぞ! 何でそれでも、逆らおうとしないんだよ!」
「……どうなるか分からないんですよ」
「……っ!」
俯いていた唯香が唐突に声を挙げる。その声からは怒りを感じる。でもそれだけじゃない。他の幾つもの感情が混沌としているのも感じた。
「もし、私が知ってた上で来るべき筈であった未来を変えたとしたら、それで何か起こってしまうかもしれない。勿論何も起こらない可能性もあるけど、それが原因で更なる不幸が起こるかもしれないんですよ! だから私には運命に従うことしか出来なかった……。それに……」
一旦荒げた声を抑え、かと思うと言葉を区切って間を空ける唯香。直後顔を上げ、俺の顔をしっかり見据える。俺もその目から逃れない。唯香のその目は輝いていた。
「疾太さんには分かりますか。自分が突然消えてしまうかもしれない恐怖が」
「えっ……」
突然の問いに戸惑ってしまう。予想だもしていなかった疑問だったからだ。寧ろ先が分かる唯香から言われたのが信じられない。言葉の真意を図りかねていた。
「さっき何があるか分からないと言いました。つまり、それは私がそれで消えてしまう可能性もあるということなんです……」
不意に唯香はポケットからブレスレットを取り出し、ぎゅっと強く握りしめる。
「私にはイレギュラーが起きたら、どうなるか本当に分かりません。でも、可能性だけの話でも、自分が突然消えてしまうかもと思うと怖かった。だから、今までシナリオで決められてきたことだけは確実に実行してきた。今回も例外ではないです」
あの、俺がプレゼントしたブレスレット。あれを貰った唯香は本当に大切にすると言って、実際毎日肌身離さず着けていた。それに、前に唯香は買った服で自分がいた証明になると言っていた。
ひょっとしたら唯香にとって、ブレスレットも、そしてニャン吉を拾ったということも自分がいたという事実を残す為だったのかもしれない。そんなことを考えた。
やっぱり唯香も、怖いんだ。自分の存在が無くなってしまうのが。
……そんなの俺は分かっていた。そんな唯香の言葉を否定することなんか全く出来ない。
ただ、反論は出来る。
「でも、だとしても何で話してくれなかったんだよ。何で俺が聞いても教えてくれなかったんだよ。話してくれるぐらい良かったじゃないか。そうすれば、唯香の気持ちも少しは軽くしてあげられたかもしれないじゃないか。前に言っただろ。俺でも負担を軽減してあげられるかもしれないって」
「仮に私があなたに話したとして、それが疾太さんにとって不都合だったとしたら。今回みたいに大切な誰かの命が関わるとしたら、私が消えてしまう可能性があると言っても多分、決められた運命に逆らってしまうと思っていたからです。例え疾太さんが優しいとしても、いや優しいからこそ」
言葉を受けて、反論しようとしたところで喋ることが出来なくなった。反論するべきなのに言葉が出てこない。全部、その通りだから。全く指摘の予知が無いからだ。
「でも、今気付きました。いや、気付ていていたけど、逃げていたんですね」
俺が黙ってから数秒程待って、唯香が溜め息を漏らす。それを皮切りに再び喋り始めた。
「私が怖がっていたのはそれだけじゃない。いや、それより、選ばれないのが……。今回みたいに、どちらかが消える可能性があるとなった時に私が選ばれないのが凄く怖かった」
唯香は何かを振り切るように上を向いた後、顔を戻す。
その顔を見て、胸が苦しくなった。これが胸が引き裂かれる思いというやつなのか。こんな思いは初めてかもしれない。
「――だって、私と過ごしてきた時間はあまりにも短すぎるじゃないですか」
涙が零れ落ちていた。唯香の綺麗な目からは雫がとめどなく溢れ出していた。
俺も目頭が熱くなるのを感じる。
「もしかしたら出会って間もない私のことなんかどうでも良いって、付き合いの長い家族や親友を選ばれたらどうしようって。そんなこと疾太さんが考える訳無いって自分に言い聞かせても、やっぱり怖かった!」
分かっていた。……つもりでいた。理解しているつもりでいた。でもそれは只の思い上がりで、全く理解してあげることなんて出来ていなかった。
何故気付いてあげられなかったのだろう。そんな自分が、何も出来ない自分が本当に腹立たしくてしょうがない。
でも、俺だけじゃない。
「唯香、ごめん。俺はバカだ。本当にバカだ。でも、それは君もだ。唯香、君はバカだ」
涙は相変わらず流しながら、キョトンとした顔で俺を見つめてくる唯香。
「バカって、なんですか」
唯香は泣きじゃくりながらも喋る。
「もっと俺を信用しろよ! 俺がそんなこと考える訳が無い? ああ、そんなの当たり前だ。過ごした時間なんか関係ねえ! どちらか助けられないなら、どっちも助ける方法を考える。助けたい奴は全員助ける。俺は誰も見捨てねえ! だから、変な心配してんじゃねえよ!」
叫びに近い声で、大きな声で唯香にぶつける。
それを聞いた唯香は更に泣きが強くなる。最早子供のように周囲を気にせず、大声で泣いている。
「ごめんな、唯香」
「ありがとう……ありがとうございます、疾太さん」
首を横に降ってからつっかえ、つっかえ喋る唯香。
今、唯香の本音を聞けて良かったと心から思う。
唯香に出会ってからの世界観だけじゃない。唯香自身も俺はどこかで普通の人間として見ていなかったのかもしれない。それは決して差別的な目で見たり距離を感じていたという訳ではなく、何処か普通の人間性を欠いて考えていたのかもしれない。いや、無意識でほんの少しぐらい距離を感じてしまっていたかもしれない。
でも、今唯香の話を聞いて。何ら普通の人間と変わらない、どこにでもいる自分を認めてもらいたいただの小さな女の子だと知ってようやく対等になった気がした。
「さて、泣いてばかりはいられませんね」
顔を左右に勢いよく振って、腕で目を擦りだす唯香。
「これでようやく使えます」
言うと手のひらを上に向けて、前に突き出した。直後、その手が輝きを放ち始めた。
「何これ、腕が光だした!」
「さあ、受け取って下さい、疾太さん」
その唯香の手から放射されている光は除々とに形を変えて、手のひらに圧縮されていく。そして最終的に形づくられ光を失って現れたものは、先程唯香が持っていたものに酷似しているが、微妙に違う黒い物体。
「それは……」
「敵を倒す為の最終兵器ってところですかね」
唯香の手に現れたもの、それはどこからどう見ても紛うことなき拳銃だ。いや、現れたというより、作られたという方が正しい。それを手渡される。
なるほど。納得だ。さっき遥の家で見た銃。あれ、一体あれはどうしたものだったのか気になってたが、そういうことか。
「つまり、唯香のもう一つの能力ってこれか」
「はい、私は拳銃を何も使わずして作りだすことが出来るんです。まあ、連発には体力をかなり消耗してしまうのであまり連発出来るものではないのですが」
ふうっと一息吐く唯香の顔には、疲れの色が見てとれる。
拳銃を作り出すって……また変な能力を考え出したもんだな、俺も。あの時の思考状態に、我ながらマジで引いてしまうレベルだ。
ちなみに、どうやらその能力によって作られた拳銃を売り捌いて金を儲けるというのが敵が唯香を追い回す目的、という設定らしい。
「でも、何でその能力、自称唯香の父親とか言ってる男が来た時には使わなかったのさ?」
使えば、あれよりは逃走に手間どらなかったかもしれないのに。
「作り出すのは今みたいに時間がかかるので暇が無かったんです。それに、出来ればこんな物騒な物は作り出したくなかったので」
「だとしても、せめて護身用として一つぐらい持っていても良かったんじゃない」
「何言ってるんですか、ここは日本ですよ。見つかったら銃刀法違反で捕まるじゃないですか」
意外と現実的な問題だった!
「それに、やっぱり出来れば普通の女の子でいたかったので。まあ、無理だったんですけど」
自嘲気味に笑いながら言った唯香は、しかし次の瞬間には一転、右手人差し指を立てながら真剣な顔を作り始めた。
「そして実は疾太さん。今回作り出したこの銃は普通とは少々違います」
「違うって?」
「その銃は使用者の全身体能力、技術、勘を底上げしてくれるものです。全く経験のない疾太さんでも、達人並みの技術を発揮することが出来ます」
「ほほう……」
なかなか面白いな。つまり、使えば誰でも天才狙撃主か。
これでやっと引っ掛かっていた部分も解決した。
「そうか。だから、唯香はあんなに狙撃が上手かったのか」
「いや、私が使ってたのは何の変哲もない普通の銃ですよ。私には凄腕のスナイパーという設定があったのであれはそのお陰。能力を秘めてるという銃は今疾太さんに渡したそれだけです」
そう言われ、もう一度拳銃を見つめてみる。
よくテレビ等で見かけるのと全く変わらないこの拳銃。でもこれにはそんなに凄い能力が隠されているのか。何だか、少しわくわくしてきた。
「そっ、それじゃあ、早速試し撃ちしてみよっかな」
「ちょっと待って下さい! 実はこの銃には弾数制限があるんです。不用意な使用は控えてるようにして下さい」
「えー! 弾数制限って?」
「十発です」
十発か。確かに、それならいざって時まで使う訳にはいかないだろうけど、制限がきついな。試せないのも残念だったし、それよりも色々な面で大丈夫なのだろうか。
「それじゃあしょうがないけど……でもじゃあ、ぶっつけ本番ってこと? そんないきなり上手く撃てるもんなの?」
「大丈夫です。本当にいきなり使いこなせる筈ですから。その銃の機能を信じて下さい」
自慢げな笑顔で言う唯香。こんな状況でこんな嘘をこんな顔で吐いた奴がいたとしたら、そいつはすぐに詐欺師になれるだろう。
だから、信じる。まあ元々、疑う理由なんか無いのだが。
「分かった。じゃあ、ぶっつけ本番だな」
っと言ったところで、あることに気付く。
「あれっ、でもそれってあらかじめ唯香が何個か作っとけば良いんじゃない? って、それは体力的に難しいのか?」
「いえ、体力云々以前にそれは無理なんです。その銃を作ることが出来るのは一度きり、そしてある条件を満たした場合のみなんです」
「条件って?」
「この銃は他人の為にしか作ることが出来ない。そしてその渡したい相手と心から理解しあえていると私が感じていることです」
「そっか……」
ようやく使える。唯香はさっきそう言った。つまり、今まではこの特殊な銃を作り出すことが出来ない状況だったということだ。それが今発動出来た。
――ようやく条件を満たすことが出来たんだ。
そして、それは俺も感じている。だから、勘違いではないのだろう。
「さて、準備は整った。まずは急いで遥を助けに行こう」
敵を倒せる武器を得た。唯香と共闘すれば多分さっきの敵程度なら倒すことは容易いだろう。
「大丈夫です、疾太さん」
遥の家に急いで引き返そうとしたところで唯香に呼び止められた。
振り向きその顔を見ると、その目は前だけを見据えているのが分かった。
「分かった。じゃあ、遥は良いや」
「……信じてくれるんですか?」
はあっ……ったく、聞いてる割にはあまり心配そうじゃないじゃねえか。
「当たり前だろ。なんせ、俺達は心から理解しあってるんだからな」
「そうですか。いや、そうですね」
顔を緩めながらそう言った唯香にドキリとするのを感じた。
「ちなみにあの後、銃声を聞きつけた近隣の住人が呼んだ警察がすぐに駆けつけた筈です。遥さんは保護されたでしょう。だから、問題ないんですよ」
「そっか、了解」
遥に危険はもうない。それが分かったからもう向かうべき場所は一つしかない。
「よし! じゃあ唯香、お父様の居場所はばっちりかな?」
「大丈夫です、近くはないですが範囲内に感じます」
「オッケー。んじゃあ、行くとしようか。いよいよ最後の――」
「その前に疾太さん。リュックに小型発信機付けられてますよ」
「――そうだね、発信機付けられてるね。それより改めて、いよいよ最後の……えっ、発信機付けられてるの!」
「はい」
「そっか。発信機付けられてるのか」
通りで相手の行動がやたらと早い訳だ。あの野郎、いつの間に。
それには驚いたし、正直気持ち悪いとも思った。でもそれより……
「まあ、いいや。それより、いよいよ行こうか」
「外して行かないんですか?」
だから、分かってる顔しながら聞くなよな。
「本来気付かないで、付けたまま向かうことになってたんだろ? なら、良いさ。せめて位置情報ぐらい与えてアドバンテージは無しにしてやる」
「ありがとうございます」
それは俺の台詞だ。
「それじゃあ、向かうとしましょうか。――最後の戦いに」




