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妄想少女  作者: カオス
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第五話 親友

 現在、時刻にして六時五十二分、三十九秒。三十九秒は適当だ。

 この時間は夏休み真っ只中である俺ら学生の大半にとっては夢見心地なインザ布団タイムだが、勿論そんなの社会人には関係のない話。今日もご苦労なことに会社勤務に勤しむ社会人ばかりだ。そして今が丁度、その社会人達の多くが会社に向かって憂鬱に歩を進め始める時間帯。まあ、つまりここもようやく人通りが増えてきたところということだ。

 俺らがこの街中に入ったのは約一時間前。

 その時はまだ人が疎らで隠れるなんて不可能だったが、その間、夏休みの遊びでダメージを受けている我が財布に更に追撃することになったがやむを得ずコンビニで食料調達して歩きながら食べたり、そこら辺をぶらぶらすることで時間を潰して今の時間となった。ちなみに唯香の食費は俺の約二倍というビックリ価格。流石成長期だ。成長期?

 ただそれだけじゃない。この一時間でやったことは他にもあり、それはもう一つある一時間前と変わった状況に起因している。

 それは――


「行くよ、ニャン吉」


「にゃーお」


 発言と共にそれを抱き抱える唯香。

 一、二、三。一人、二人、三匹。

 そう、何度数えても変わりようがない。猫が一匹増えたのだ。

 流石に直接持つと衛生上良くないので箱に入れてだが唯香が猫を抱き抱えている。

 というのもこの猫、街中に入って少し歩くとビルとコンビニの間の路地から弱々しい声が聞こえてきたので向かってみると、段ボールの箱に入っているなんて使い古された方法でそこに佇んでいたのだ。しかも誰か拾ってくださいのメッセージ付きで。

 それを見た心優しい唯香がコンビ二で買った猫用ミルクと魚のおつまみをあげたお陰で今は元気を取り戻してはいるが、さっきまでは空腹で大分弱っていた。結果すぐに唯香になついてしまい、結局それをこの子が見捨てることが出来ず軽い論議の末、半ば押しきられる形で連れていくことに決定したという訳だ。

 ちなみにニャン吉は唯香命名。確か一般に言う雉猫に分類される、茶色を基調としてその中に黒のストライプ、そして腹部がほとんど白の毛を有しているこの姿を見れば、ニャン吉感は出てなくも無い気がする。が、なんかかなり安易な気が……。


「にしても、本当に大丈夫なの? やっぱりその猫連れて逃げるなんて難しいと思うけど」


 まだ小さいとはいえ、やはり逃げるには不便なのは間違いない。

 それに相手の情報は数が多いということだけ。実力、身体能力などは不明だけど、ペットがいることで移動に手間がかかるだけでなく夜の宿泊場所にも影響が出る可能性もあるという点も含めればやはり難しくなるという言葉が適切だろう。


「もう、心配性ですね、疾太さんは。大丈夫ですよ。私が抱えて逃げますし、流石にいざって時は疾太さんに任せます」


「うーん……まあ、それなら良い、のかな?」


 最初から腕力が上の俺に渡した方が良いっというのは最初から言っているのだが、流石唯香。自分で拾うと言った以上、自分で管理してあげるらしい。なんて殊勝な子なんだ。


「それにこんな可愛いのに疾太さんは見捨てられますか?」


 唯香は無邪気な笑顔で猫の頭を優しく撫でながら言う。

 確かに可愛いな、君が。……と口に出そうになってしまったがなんとか口を噤いで猫に視線を集中させる。

 確かに、唯香に撫でられてにゃーおと気持ち良さそうにしている姿は可愛いくて愛らしい。こんな子猫を見捨てるというのは、勿論俺にだってきついものがある。

 だけど、唯香も、いや唯香の方が状況は分かってる筈だ。どう考えても連れていくなんて百害あって、まあその愛らしさに癒されるという一利ぐらいはあるがその程度だ。

 にも関わらず、ここまで頑なな意思を見せるのには何か他にも理由があると俺は察していた。

 ……そして、今唯香の笑顔は時たま見せるあの儚い笑顔に変わっていた。

 だから、俺は自然と聞いていた。


「あのさ、唯香ちゃんがその猫を拾ったのって本当に可愛いそうって理由だけ? 本当は他にもあるんじゃない?」


 その言葉を聞いた唯香の顔が少し歪む。どこか悔しそうだ。聞いちゃまずかったか。

 しかし猫を撫でる手は止まらない。止まらず、震えながら猫の頭を擦る。


「……これは別に疾太さんを非難する訳じゃありません」


 その言葉はとてもか弱く近くにいる俺の耳にすら届くのがやっとの声だったが、やたらと俺の胸を掴みあげるように感じた。

 自分の心臓が押し潰されているような、そんな感じもしてきた。


「元々疾太さんはそんな気は無かったですし、仕方無かった。だから、もし文句を言うとしたら神様になるのかもしれませんね」


 俺は静かに続きを待つ。


「私、つい一週間ぐらい前に生まれましたよね。……目的は分かってるし、演じるべき役がある。そのこと自体は別に良いんです。だけど、それが終わったら消えてしまう……」


 唯香の消えなきゃいけないという言葉は矢のように心に突き刺さった。

 そう、俺達はずっと一緒じゃない……。それは分かっていたことであり、しかしどこか逃げていた現実。


「勝手に生み出されて、役目果たしたらもうさよなら。……そしてこの子も、最初は可愛がられたのかもしれない。大事にされてたのかもしれない。でも、都合が悪くなったから捨てられた。このままじゃ、この子死んでたかもしれない……。せっかく生まれることが出来た命を誰かの勝手で奪われるというのが私と重なってた。だから見捨てられなかったんだと思います」


 言い切ってから唯香は一回深呼吸をした。

 その目は光って見える。

 俺は何も言えないでいた。


「……すいません、感情をぶつけすぎました。……だからこんなこと言っといて私が言うのはおかしいかもしれませんが、私は本当に疾太さんが悪いとは思っていません。だからそんな顔しないでください」


 そんな顔、か……。一体どんな顔をしているのだろうか。

 唯香は俺は悪くないと言うし、勿論俺もこんな状況になるようにとった行動なんて一つもない。

 それでも唯香が俺の所為で生まれてしまったのは事実なようだし、そしてその所為で色々苦しめてしまっている。そのことに罪悪感を感じる。

 人間必ずいつかは死ぬ。

 だけどそれがすぐだと分かっていたら。せっかく生まれることが出来たのにそれが使命を果たす為だけだと、その間の短期間しかいることが許されないと分かっていたとしたら。

 それを受け入れることは出来るのだろうか。

 俺は実際にその立場に立っていないから知ったようなことしか言えない。所詮想像だけど、そんな現実を受け入れることは出来ないと思う。

 でも、唯香は今までそんな素振りを見せなかったから、それが当然だと……受け入れていると思い込んでいた。

 いや、素振りならあった。

 時々見せるあの儚げな顔。あれはそんな現実を嘆いていたのかもしれない。

 そして俺はそれに気付いていたのに、見ていない振りをしてたんだ。

 ……全部俺の所為なのに。


「ニャーオ」


 まだ小さいのに何かを察したのだろうか。

 唯香の腕の中に収まっている段ボールから突然ニャン吉がピョンと地面に飛び降りる。

 衰弱していた体で、唯香の腕辺りから降りたニャン吉の骨折を俺達は一瞬心配して焦るが、すぐに立ち上がったところを見ると、どうやら何事も無かったようだ。

 そしてニャン吉はそのまま少し進み、こっちに振り返ったかと思うと再びニャーオと何かを促すかのように声を挙げる。


「……ニャン吉が呼んでますよ。――さあ、行きましょう疾太さん!」


 さっきまでのが嘘だったかのように、一瞬でその声と顔に元の朗らかさを含ませた唯香。ニャン吉に次いで先を行ったかと思うと、俺の手を取ってくる。

 しかしその顔はどこか作り物めいていてそれでいて抑圧的だと感じた。

 もうこれ以上この話をするな。

 そう言われているようで、色々言いたかったことも躊躇ってしまう。

 だから、一言だけ。一人言のように呟くことにした。


「……ごめん」


 握られている手の力が強くなった気がした。


  ☆★☆★☆★☆


「さて、どうしたものか……」


 公園のベンチに腰を掛けながら、ハァっという溜息と共にそんなことを呟く。隣に座っている唯香も疲労の色がはっきり見て取れる。まあ、そりゃ朝早くからずっと移動しっぱなしだったもんな。

 ここまでのルートはと言えば、まずは見た目元気になったとはいえそのままという訳にも行かないので獣医にニャン吉の容態を診てもらいに行き、問題ないのを確認後、昼食、そして後は寝床探しに時間を費やした。そんなことをしていたら既に太陽は西に傾き、というか退場寸前で紅蓮の輝きを放つ時間になってしまった。

 もうじき夜の帳が降りる。……というのに悲しいかな、未だに寝床は決まっていない。

 今日も今日とて俺の財布は相変わらず減少の二文字しか知らない。その中身を考えると、聞いてみたがどこもコストオーバーの宿泊施設は論外、敵に終われているという状況上、家に戻ることや知り合いの家に泊めてもらうというのも難しい。

 いや、しかし状況が状況だし流石に……。

 さて、どうしたものか。


「ねえ、唯香ちゃん。泊まれそうなとこないし、もういっそのこと野宿にしちゃう?」


「野宿はまだ早いですね。……でも大丈夫ですよ。安心していてください」


 にっと悪戯めいた笑みで言う唯香。

 ――野宿はまだ早い?

 その言葉も気になったがそれよりも何だろう、唯香のこのまるで心配していない様子は。寝床が無くて困っているのになんでそんな問題ナッシングな顔が出来るんだ。


「ねえ、唯香ちゃん。何でそんな余裕な顔してるの?」


「それはですね――」


「あれっ、疾太じゃん!」


 唯香の言葉を遮って公園外からある声が聞こえてきた。

 この聞き慣れた低い声は……


「噛んだ遥じゃないか!」


「おいっ、人を大事な場面で噛んでしまった奴みたいに呼ぶな。アクセントが違うぞ」


「ああ、ごめん、ごめん。で、君はこんな夕食時に何をやってたんだい、遥噛んだ?」


「人の姓名を逆にして質問してくるな。だから俺の名前は神田遥だ。――で、俺が何をやっていたかと言えば、これだよ」


 おおっ、何て求めた通りのツッコミなんだ。

 一般女性よりはしっかりしているが男の中では華奢な体と言える体躯にイケメンというよりハンサムが合う爽やかな顔立ち、そして何よりこの俺のボケを的確に拾うツッコミセンスの持ち主は、我が親友、神田遥で間違いない。

 で、その神田her look aは言葉と同時に手に持っていたビニール袋を前に突きだして来た。


「夕食の材料が足りなかったから買ってきてって母さんに頼まれたんだよ。……で、お前こそ何やってたんだ?」


「まあ、ちょっと事情があって家に帰れなくなったからふらふらしてたってところかな」


「ふーん……」


 しばらく俺に訝しげな目を向けていたher look aは、その目を俺から唯香とその隣で静かに寝ているニャン吉に移す。

 あれっ。何か今の目、見覚えあるぞ。両親、主に母親にもつい最近あんな目を向けられたぞ。


「おいっ、何だよ、今の犯罪者を見るような目は」


「……疾太、正直に答えろよ。……あの子は一体誰なんだ?」


 唯香とニャン吉から俺に向き直ったher look aの顔は何故かとても真剣になっている。

 しかし、誰かって……。まあ、今後色々相談出来る相手も欲しかったし、親友であるこいつには本当のことを教えておいてやるか。


「実はあの子はな、唯香ちゃんと言って俺の妄想から生まれた子なんだ」


「いや、今そういう冗談良いから」


 一蹴された。

 いや、すいません、今の事実なんですけど。

 まあ、そりゃこんなの冗談だと思うのが普通だろうけど。


「本当はなこの子夏休み利用して一人で旅に出てきたんだけど、家の前で倒れてしまってそれを俺が保護したって訳」


「……旅って一体どこから?」


 どこからだと? ……ああそういえば、何か言ってたな。えっと、確か……


「ロンドンだ」


「嘘を着くならもっと上手く吐け」


 なにっ、駄目だっただと! そんなバカな! いや、確かにこんな小さい子が一人でしかもロンドンから旅とか嘘くさい、っというかこの説明自体嘘くさいけど、親には通用したというのに。

 くそっ、こうなったら仕方ない。もう、実際何言っても嘘くさくなるし、何よりめんどくさいから、ここは適当に設定を作っておこう。


「本当はな、あの子は夏休みの間家に遊びに来てる従兄弟だよ」


「……本当か?」


「ああ、本当だ」


 俺の言葉を聞いて、強張っていた顔を綻ばせるher look a。

 と共に、安堵したのか小さく息を吐く。


「ふぅ、何だ、そっちか」


「そっちかって何だよ?」


「いやだって普通お前が幼女連れてたら、一番最初に誘拐を疑うだろ」


「何で皆最初にそれから疑うんだよ!」


「いや、ほらっ、お前ロリコンの気があるからさ」


「無いよ! 何で俺のロリコンは皆の共通認識になってんの!」


 そんな素振り見せたことも無い……筈何だけど。


「まあまあ、すまん、すまん。ともかくあの子はお前の従兄弟の唯香ちゃんな」


「ああ、そうだよ」


「……あれっでも、待てよ。お前とは小さい時からの付き合いだけどこんな小さい従兄弟がいるなんて話、今まで聞いたこと無いぞ。それに、家に帰れない事情って……」


 再び訝しげな目になるher look a。

 ちっ、しくった。

 確かに付き合いの長いher look aに急に従兄弟とか言ったのは逆に怪しかったか。

 しかし、今更嘘でしたなんて言いづらい。

 仕方ない。とりあえずここは……


「いやほらっ、最近分かった隠し子的な?」


「おい、マジかよ! なにその昼ドラ展開! 嘘だろ」


 her look aの驚きの声が辺りに響く。

 はいっ、すいません嘘です


「……それがマジなんだ。なっ、唯香ちゃん?」


 逃げの一手でつい唯香に振ってしまった。

 ごめん、唯香。こんな嘘に付き合わせてしまって。


「えっ、はい、えっと……」


 しかし見ると唯香は何か考えに耽っていたようでちゃんと聞いていなかったみたいだ。

 あたふたと困惑している。

 ……可愛い。


「あのさ、唯香ちゃん――で良いのかな? 君は疾太の従兄弟?」


 くっ、しまった。

 俺が再び質問すれば唯香なら空気を読んで合わせてくれた筈なのに、唯香の可愛い仕草に見惚れている内にher look aに先を越されてしまった。

 これだと正直者な唯香じゃ、


「えっ、違いますけど……」


「えっ、違うの!」


 やはりこうなってしまった。

 しかし丁度その時、状況説明を求む目で唯香がこちらを見てきた。

 チャンスと感じ、「あ・わ・せ・て」と口パクで伝えると唯香はハッとした顔をする。

 

「あっ、すいません。そうだ、そうだ、従兄弟です。すいません、ボーっとしてました」


「えっ、ボーとして従兄弟かどうか間違えたの! まっ、まあ、それなら良いんだ。ありがとう」


 ニコリと優しい笑顔を向けるher look a。

 流石、唯香。よくぞ、話を合わせてくれた。

 さて、この世にこんな可愛いらしい幼女が言った言葉を信用しないようなクソ野郎なんているわけはないよな。


「という訳だ、her look a。これで信じるだろう?」


「エセ英語調で名前言われたのは気になるけど、まあ信じるよ。唯香ちゃんはお前の従兄弟な――っと、そうだ。そういえば挨拶がまだだったね。初めまして、唯香ちゃん。俺は疾太の友人の――」


「神田遥さんですよね? 初めまして」


「えっ、うん……そうだけど、何で知ってるの?」


「疾太さんがよくあなたの話するので。……まあ、されなくても知ってはいたんですけど」


 最後の方は俺にしか聞こえない声で呟くように言った唯香。

 まあそりゃ、俺と同じ知識があるんだから、俺の親友を知ってて当然だろう。


「ああ、なるほど、そういうことね。それじゃあ、まっ、少しの間になるだろうけどこれからよろしくね。――で、そっちの猫は見覚え無いけど、疾太飼ってたのか?」


「いえ、さっき私が拾ったんですよ」


 俺が説明しようとしたところで唯香が代理に説明してくれた。


「名前は何て言うの?」


「ニャン吉です」


「ニャン吉……くっ」


 あれっ、今笑った? 笑ったよね。ニャン吉って聞いて笑ったよね。

 まあ、気持ちは分かります。安易過ぎるよね。だが、それだから逆に良い。

 その後、何事か俺、唯香、ニャン吉を交互に見ていく遥。


「えっと、ちょっと来てくれ、疾太」


「んっ、何っ、サンダル履いたか君?」


「人の名前を、外出前に娘に確認した父親の台詞みたいに呼ぶな。そんなことより早く来い」


 早く来いと言われると行きたくなくなるのだが、遥はやたら真剣なので今回は仕方なく公園の出口辺りまで着いていった。

 未だベンチに座る唯香をちらっと見てから口を開く。


「疾太、お前さっき事情があって家に帰れないって言ったよな?」


「ああ、うん……」


「唯香ちゃんもその事情とやらに巻き込まれて帰れない状況なのか?」


「ああ……そうだ」


 というより、俺が巻き込まれているのだが。


「で、その事情とやらの詳細は説明出来ないと?」


「……そうだな。出来れば聞かないで欲しい」


 敵やらと遥に説明してもさっきみたいに信じないだろうし、困惑するだけだろう。

 ……それにこいつなら本気で心配してしまうかもしれないし。

 にしても、何なんだ。さっきからのこの質問攻めは。


「じゃあ、最後にもう一つ。今つまり夜の寝所に困っているということだな」


「うん、まあ、そうなるな。で、おいっ、さっきから何だこの質問――」


「ハァ……。分かった。じゃあ、お前今日は家に泊まっていけよ」


 ……なるほどな。家に泊まっていけか。

 流石、遥。状況を察して何も聞かずに泊めてくれるというなんてやっぱり優しい奴だ。

 でも、その言葉に甘える訳にはいかない。それが出来るならとっくにこっちから確認している。


「その気持ちはありがたいだけどな――」


「はい。是非、お願いします!」


「ということで、良いか、あんたバカか君? ――って、ええー! 良いの、唯香ちゃん!」


 いつの間にやら近くまで来ていた唯香が、ペコリと頭を下げた。


「何で俺の名前はそんな常に他人を攻撃しているんだ。っていうか、一体どっちなんだよ」


「大丈夫ですよ。だから、お願いします、遥さん」


 深々と頭を下げる唯香。


「疾太も良いんだな?」


「あっ、ああ、頼む」


 正直友人、ひいてはその家族を危険に巻き込むのは気が引けるけど、ここはとりあえず唯香に合わせておくのが無難だろう。


「んじゃあ、待ってて。良いと思うけど、一応親に確認しとくから」


 携帯片手に遥が少し離れたので、小声で唯香に話し掛ける。


「ちょっ、唯香ちゃん。良かったの? これじゃ、神田家まで巻き込んじゃうじゃないか」


「大丈夫ですよ。敵の気配はまだちゃんと感じられますし、朝早く出ればまだ大丈夫でしょう。それに実はこれもプロセスの一つなんですよ」


 ああ、なるほど。

 ……言われてみれば確かにそんな妄想をしていた気がする。

 つまり、さっき唯香が言っていた安心してっていうのは遥の家に泊まることになるのを知っていたからなのか。


「……んっ。でもそれが分かってたならこんなに寝床探し回る必要が無かったのでは?」


「それもシナリオの一つでしたし、それに……」


 唯香は急に黙ったかと思うと、思い詰めた顔をして俯いた。

 やっぱり、理由は分からないけど先の内容は言えないということか。


「あっ、ていうかそんなことより疾太さん」


 等と俺が考察していたら、突然唯香がハッと顔をあげた。


「全く、さっきのあれ何ですか。私があなたの従兄弟って……。旅人だったり従兄弟だったり、私には何重の顔があるんだって話ですよ」


 冗談交じりの笑顔で唯香が言う。


「ああ、その話ね。ごめん、ごめん。ほら、あの場はあれしか思い付かなかったからさ」


 今後も増える可能性は否定しえないけど。


「おーい、オッケーだってよ、二人共。勿論ニャン吉もな」


 振り向くと、電話を終えた遥が携帯持った右手をブラブラさせてこちらに駆けてきていた。


「ありがとうございます。では、改めて遥さん、よろしくお願いします」


「ああ、よろしく」


「俺もよろしくな、her look a police」


「警察! 彼女、警察見てるの! もうそれ捕まってるよね! この前の友人殺したの彼女だよね!」


 本当に俺は良い親友を持ったよ。


  ☆★☆★☆★☆


「「おじゃまします(ニャーオ)!」」


「あらあら、いらっしゃい。遠慮せずゆっくりしていってね」


 公園から十分程歩き遥の家に着くと、その玄関には遥のお母さん、香苗(かなえ)さんが待機してくれていた。

 高校生になってからは友達の家で遊ぶというのが減ったから会うのは大分久しぶりだけど、その慈愛に満ちた目と微笑みの似合う口許。柔和な顔立ちと優しい雰囲気は全く変わっていない。心だけじゃなく体まで癒してくれるようだ。

 あー、疲れが一気に吹き飛ぶー。


「疾太君久しぶり、また大きくなったね。――で、そっちの君は唯香ちゃんだよね。初めまして。遥の母の香苗です」


「どうも、お久しぶりです。今日はよろしくお願いします」


「はい。初めまして、疾太さんの、従兄弟! の唯香です。今日はよろしくお願いします」


 そんな、従兄弟を強調して言わなくても。


「はい、こちらこそよろしくお願いします。それじゃあ上がって、上がって」


 ニコッという笑顔で歓迎してくれている香苗さんの言葉通りに靴を脱いでから、おじゃましますっと言って上がる。


「えっと、じゃあまず二人は大分体汚れてるだろうから、先にシャワー浴びた方が良さそうね」


「はい、そうさせてもらうと嬉しいです」


 流石に汗で体はベトベトだ。入りたいと思ってたから丁度良い。


「なら疾太さん、先入って良いですよ。私は後でも構いませんから」


「えっ、良いのよ、別に二人で入っても」


「……なっ!」


 悪戯めいた笑みで香苗さんが言うと、途端に一気に顔を赤くする唯香。

 唯香だけじゃないい。俺も赤くなっているのが分かる。


「ふふっ、二人共顔赤くしちゃって可愛いわね」


「何お前も赤くなってんだ。やっぱりロリコンなのか?」


「違うわ!」


 ……ったく、しかし香苗さんもそういう冗談はやめて頂きたい。

 少し想像してしまったが、そんなことになったらとてもじゃないが正気でいれる自信がない。

 いやっ、違う。断じて俺はロリコンでは無いのだが、やはりダメなものはダメだ。


「それじゃあ、疾太君は風呂の場所分かってる筈だから行って。服は適当なの用意しておくから。それと唯香ちゃんは部屋で待機してもらおうかしら。――遥、唯香ちゃんを部屋に案内してあげてね」


「はいはい、分かってるよ。よし、じゃあ唯香ちゃん着いてきて」


「あっ、それじゃあお願いします。行こう、ニャン吉」


「ニャーオ」


 そう言って唯香がニャン吉を抱き抱えようとしたところで、突如香苗さんが声を挙げた。


「ちょっと待って!」


「えっ、どうしたんですか?」


 唯香の問いに一層頬を緩める香苗さん。


「ふふふ、猫ちゃんはこっちよ。私が洗ってあげる。我が家の敷居を跨いだからには例え猫とはいえ体を綺麗にしてもらうわよ」

 

 何故かさぞ楽しそうに笑う香苗さんからは、何か裏を感じるのは気のせいだろうか。


「あっ、良いですよ、香苗さん。ニャン吉は俺が風呂入る際に一緒に洗います。香苗さん、今夕食作ってる最中何ですよね?」


「あっ、うん、そうなの。じゃあ、お願いしようかしら」


「はい、分かりました」


 そうして、俺はニャン吉を連れて風呂に、唯香は遥と一緒に部屋に、各自別行動を取ることになった。


  ☆★☆★☆★☆


「観念しろよ、ニャン吉。お前はこの俺の攻撃から逃れることは出来んのだ」


「ニャー、ニャー!」


「泣こうが喚こうが無駄だ! さあ抵抗せずに素直に受けるんだ」


「ニャー、ニャー、ニャー!」


 風呂場に響き渡る猫の泣き声、もとい鳴き声。

 なかなかしぶとい奴だ……。

 というのも、何もこの状況は俺がニャン吉に動物虐待をしているという訳ではなく、俺の気持ちよく洗ってやろうという好意を無下にするニャン吉にシャワーを掛けてあげようと奮闘しているところだ。だがしかし、やたら嫌がって逃げてばかりだ。おとなしく浴びてくれない。

 そういえば、先程猫の洗い方について軽く調べた際に、猫が濡れるのを嫌う理由というのも見た。

 それによるとどうやら猫の祖先であるリビアヤマネコが砂漠出身で、濡れたまま寒い夜を迎えると蒸発の際の気化熱で体温を奪われ命の危険がある。だから、本能的に嫌うということらしいが、なるほど。確かにこれは想像以上の拒否っぷりだ。

 しかし、ここまで露骨に嫌がられると逆に燃えてきてしまう。

 ということで、このままじゃ埒があかないので、仕方なくニャン吉を無理矢理抱えて左手でホールド。ニャン吉は暴れ続けるが爪を食らわないように気を付けて、そのまま少し弱めのシャワーを体全体に浴びせる。

 ニャーという鳴き声が木霊する。

 のは初めの内だけで、すぐに洗礼の儀への反抗をやめた。というか、寧ろ気持ち良さそうな顔をしている。

 

「お前な……」


 なんて、転身の早さだよ。もう忍者もとい忍猫にでもなれよ。お前は一年に一度くらいの頻度で現れる十年に一度の逸材だよ。

 

「ったく……こうしてやる!」


 なんか無性に悪戯したくなったので、ニャン吉を仰向けにして、その白い腹にシャワーを当てながらコリコリと優しく指でいじくり回してやった。もう逃げる心配は無いのでホールドは解除している。


「ニャオー……」


 にしてもこいつ、心無しか気持ち良さそうなだけでなく嬉しそうにもしている気がする。

 ……久しぶり、なのだろう。

 ニャン吉は、こいつは本来違う名前、違う環境で生きてきた。

 その時の様子なんて猫が話せる訳じゃあるまいし俺には知る術は無い。だけど、多分定期的に体を洗ってもらっていたんだと思う。本来猫が本能的に嫌う筈である体を濡らすことに対して、こんなに気持ち良さそうにしているのは慣れているからなのだろう。

 でも初めは拒否をした。

 人に慣れているこいつがそうした理由は違う環境、まだ関わって間もない俺に洗われることに対しての本能的な恐怖からかもしれない。

 

「……お前も色々大変だったんだな」


 ニャン吉の体を起こして、背中を優しく擦る。

 こいつは大切にされていた筈だ。そんな主人から急に俺だもんな。寧ろ当然だ。……なんだ、この罪悪感。

 ただ、そんな大切にしてくれていた筈の飼い主に、こいつは捨てられた。

 止むを得なかったのかもしれない。何か事情があったのかもしれない。

 だけど結果的には相手の勝手な都合で命の危機に晒されたんだ。


「……俺も同じか」


 ……俺も同じだ。

 唯香は俺を非難する気はないと言っていた。

 だけど、気持ちがあったとか無かったとかそんなの置いといて、結局唯香が苦しむ原因を作ったのは俺だ。なのに、俺にはどうしようもない。

 本来その不条理への怒りは俺に向けられるものだ。神様等と形の無いものに怒りをぶつけようとしても虚しいだけだ。なのに、唯香は決して俺を責めない。

 ……そのやり場の無い怒りを俺にぶつけたい筈なのに。


「ンニャー?」


 その声でハッと我に帰ると、そんな俺をニャン吉は円らな瞳で見つめていた。

 まるで、心配してくれているみたいだ。


「ごめんな、ニャン吉」


 まさか猫に心配されてしまうとは。

 そんなに深刻な顔をしていたのだろうか。

 それとも突然手が止まったから、続きを促しているだけなのか。

 

「さて、洗ってやるか」


 何故か準備よく用意されていた猫用シャンプーをニャン吉の体に付けてあげる。

 しかし香苗さんは、平然と猫用シャンプー用意しといたからと言っていたが、この家には猫はいない筈なのにどうして猫用シャンプーがあったのだろうか。まさか、遥に連絡受けてから俺らが来るまでに買ってきたというのか?

 だとしたら、なかなかの俊敏性とおもてなし精神だが。


「ニャ二ュー……」


 ニャン吉は、気の抜けたような息までして本当に気持ち良さそうだ。

 俺も息抜きをしよう。大きく息を吸って、その反動で息を排出する。

 俺が考えても仕方がない。

 罪悪感は消えない。でも、唯香は普通をのぞんでいる。だから何も言わず、今はただ望み通りに、今まで通りに接してあげるのが一番なのだろう。

 でも、そんなの言い訳だと、ただの何も出来ない自分への養護だと気付いていた。


  ☆★☆★☆★☆


 猫の体を洗うという初めての体験にはやはり時間がかかってしまったが、その後入った唯香はすぐに上がり、そろそろ空腹がやばくなってきたところで香苗さんの作った夕食を御馳走してもらうことになった。


「うわっ! 香苗さん、これ凄い美味しそうです!」


「本当、イッツ、ルック、デリシャス!」


「何で英語で言うんだよ」


 食卓に入ってすぐ見えたそのテーブルの上のビーフシチューとサラダ、そしてガーリックトースト。

 高級レストランで出されても違和感の無いくらいの見た目レベルを有し、空腹で非常に強まっていた食欲をより一層上昇させるその一級品料理を見たら、自然と英語になってしまったとしても仕方がないだろう。

 見た目だけでなく、部屋に入った瞬間に届いたシチューやバターの香ばしい匂いも、食べずして既に料理の質を物語っていた。

 更にテーブルの近くの床に、皿に乗せたキャットフードが置いてある抜かりの無さも高評価だ。


「まあっ、ありがとう! それじゃ皆お腹空いてるだろうから早速食べちゃって」


「「「頂きます!」」」


 三人で一斉に挨拶をして食べ始める。

 そしてそれぞれ食べ初めに手に着けた品の種類は違えど、顔は皆一様の笑顔になった。


「んー、やっぱり美味しいですね」


「本当、本当、流石香苗さん! 相変わらず美味しいです。料理の腕は全く衰えていませんね」


 というか、寧ろ上がってる。


「そう言ってもらえると本当に嬉しいわ」


「まあ、俺の母さんだからな。当然だろ」


 そう誇らしげに語る遥。


「そうだな、流石キンタマ蹴るな君の母親だ」


「誰だよキンタマ蹴るな君って! ていうか、それ絶対流石とか思ってないだろ!」


「いやいや、本当に思ってるぜ、かったるいわ君」


「まるで説得力皆無なんだけど!」


「はあっ!?」


「何でお前がキレてんだよ!」


 いや、流石ツッコミ怪人her look aだ。

 時、場所選ばず、ツッコミは常にキレッキレやな。

 そしてその俺らのやり取りを聞いて、やたらにこやかな人物が一人。


「遥、楽しそうね」


「あなたに着けてもらった名前、バカにされてるんですけど! 本当に楽しそうに見えますか!?」


「ええ、とっても楽しそうだったわ。特にサンダル履くな君って言われてる時は」


「えっ、誰がそんなこと言ったの!」


「えっ……あっ、思わず本名で呼んでしまったわ」


「何その十七年目の真実! じゃあ俺の神田遥って名前は何なんだよ!」


「おいおい、そんな前世での名前をいつまでも引きずるなよ」


「んな訳あるかっ!」


 俺と香苗さんの二人にもしっかり対応する遥。やはりこやつ、只者ではない。 

 っとそこで、俺の隣でぷっと笑いをこぼす声がした。そっちを向くと口を抑えた唯香が、ゴクリと急いでものを飲み込んでから堪えきれずに笑い出した。

 ――今日は唯香の色々な一面を見たからだろうか。

 どこかその純粋な笑顔が久しぶりのように思えて、それを見たのが嬉しくて思わ俺も吹き出してしまった。笑いというのはやがて周囲に連鎖していくもの。気付けば香苗さんも笑いを零していて、皆で声を出して笑っていた。

 まあ、ただ遥だけは疲れた顔して溜め息吐いてたけど。


「んっ、んぐ……」


 っと笑っていたら、まだ口に残っていたパンを喉に詰まらせてしまった。

 胸をどんどんと叩いて、一気に水を飲み干す。心配してくれた唯香が背中を擦ってくれたこともあって、すぐに苦痛は過ぎ去った。


「はっ、はあ……危なかった」


「全く、疾太さんは危なっかしくて私がいないと駄目ですね」


「あはは……本当かもね」


 顔が熱くなるのを感じた。

 醜態を晒してしまって恥ずかしかったが、それとは裏腹にこのやり取りを見た遥がぷっと軽く吹き出した。


「ったく、お前は昔っからそういうとこあるよな」


 その言葉をトリガーに皆が再び笑い出した。

 今度は遥も笑っていた。

 そんな感じで夕食は皆で楽しい時間を過ごすことが出来た。


  ☆★☆★☆★☆


「さて、寝るとするか」


「ああ、そうだな。そうするか」



 遥に促され、既に敷かれていた布団にダイブインする。

 遥はベッドを譲ると言ってくれたが、流石に泊めてもらってるのにそこまでしてもらうのも悪いので、遠慮して布団を貸してもらうことになった。

 それに最近は唯香にベッド貸してるから布団慣れしてるしな。

 いやー、にしても普段と違う布団というのも良いですな。家のとは違うふかふか感があって気持ち良い。

 普段は唯香と一緒ということもあって色々な意味でどこか寝づらい部分も一ミリ程あったが、今夜は良い眠りに着けそうだ。

 ……あっ、敵に追われてるからそんなにゆっくりしてられないのか。

 

「じゃあ、電気消すぞ」


 俺の首肯を確認して、遥はベッドの近くのスイッチで電気を消す。すると途端に闇が広がり、一切周囲を視認出来なくなった。

 電気が消える前に時計を見たら時間は十二時過ぎだった。

 夕食を食べた後は、食事の後片付け、そして三人プラス観賞一匹でゲーム等をして遊んだ。

 唯香は相当疲れが溜まっていたようで十時には先に別室で布団に入ってしまったが、その後も俺たちはゲームに熱中していたらこの時間になってしまった。


「…………」


 にしても、寝れない。

 物音一つ無い静寂な部屋。体は疲れているし、布団も気持ち良い。なのに、何故か寝れない。

 まあ昔から俺はどうもこういう家以外での寝付きってもんが悪かい方だったし、ゲームや久しぶりの友人宅での宿泊で興奮がまだ冷めやらないというのもある。だけど、今回はそれだけじゃない。

 今日は色々あった。唯香曰く敵に追われ、朝から一日中逃げ続け、そして唯香のことも色々あった。そんな様々な変化に少し混乱しているんだ。正直あまり落ち着かない。


「疾太、起きてるか」


 五分程だろうか。寝返り等して睡魔を呼び込もうと些細な努力をしていたら、小さいが静謐なこの空間では充分な声で遥が呼び掛けてくる。


「んっ、どうした、her look a?」


「こんな寝るって時でもお前は相変わらずだな。――じゃなくて、やっぱりお前も寝れないのか。まっ、布団入ってみたもののあんなにゲームに熱出した後じゃ流石にな」


 俺も同じ理由だけど、俺の場合はそれだけじゃない。


「ああ、まあな。で、眠れないから何か話しでもしようってことか」


 そういえばこういうお泊まりでは、話が終わってから電気消せば良いのに何故か消した後にも話しようとする奴いるんだよな。

 何の為の消灯か意味を考えなさいよ!

 まっ、今回はお互いに眠れないから暇潰し感覚みたいな感じなのだろうが。


「いやっ、何か話っていうか、ちょっと言いたいことがあってさ」


「言いたいこと?」


「ああっ。いやっ、その、唯香ちゃんってなかなか可愛いよなって思って」


 ぶほっと、吹き出してしまった。

 はあっ、可愛い?


「お前、まさかロリコン――」


「いや、お前と一緒にするな! 単にお前の従兄弟って割には可愛い子だなって思っただけだ」


 二重の意味でどういう意味だ、それ。

 まあ、本当は従兄弟じゃないんだけど。


「それに客観的な意見だよ。何て言うか、小学生らしからぬ魅力があるっていうか、あの若さにして既に大人の魅力があるっていうか」


 まあ、そりゃ当然だろ。何せ、俺の理想像百パーセントの子なんだからな。

 なんか唯香が褒められていると、俺も褒められているようで嬉しい。

 ……っていうか、よく考えたら流石だな、遥の奴。確かに唯香はあの小学生の姿が本物ではない。ヒーローではないがあれは仮の姿で、本当は俺と同年代の可憐女性になる筈だった。それを本能的に感じているのだろうか。

 大体いくら可愛い子供がいたって、高校生から見ればそれは所詮ペットやマスコットキャラクターに向ける可愛いだ。普通は対等な女性としての魅力をもって可愛いとは言わない。

 でも遥の言い方だと、まるで後者のように聞こえる。

 というのは言い過ぎなのかも知れないが少しでもそう感じるところがあるなら、それはやはり長い付き合いなだけあって、そういう面も気が合うということなのかもしれない。


「それに、良い子だしな」


「……まあな」


 全くもって否定のしようがない。


「まっ、負けず嫌いが過ぎるところもあるけどな」


 そこも否定出来ない。

 さっきも、某野球ゲームで負けてはもう一回を繰り返し、五回連続コールド負けという殿堂入り級の記録を打ち立てたからな。

 あの三者連続全球スローボール空振りは最早芸術の域に達している。

 しかもそういう明らかな手加減をすると怒るのも相変わらずだったし。

 仕方なく三割程度の力でプレイしても負けられないというのには辛いものがあった。


「確かにそうだけど、そういう一面も結構可愛いだろ」


「……ったく、ロリコンが」


「だからロリコンじゃないって言ってるだろ……」


 くっくっくとあくどい笑いが聞こえてくる。

 ったく、バカにしてるな遥の奴。


「でも、あの子も小さい内から色々大変だよな」


 しかし、笑いはすぐに収まり、少しトーンが落ちた声が聞こえてきた。


「……そうだな」


 相槌は打ったものの、俺と遥の大変は全く度合いが違うのは分かっている。

 遥の言っているのは、隠し子っていう俺の咄嗟に吐いた嘘設定のことだろう。

 でも俺のは違う。いや、そもそも大変なんてもんじゃないのかもしれない。


「……ごめん、眠くなったから寝るわ」


 何だか今の話でどっと疲れた。

 あっ、勿論遥との会話が疲れるという訳ではない。寧ろ楽しいし、もしそんなだったらこんなに長く友達なんかやってない。

 でも、今回は疲れた。


「そうか。分かった。んじゃあ、おやすみ」


「ああ、おやすみ」


 目を瞑ると、すぐに眠りに落ちた。

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